ネオユートピア19
11月25日、オーバーラップノベルス様より一巻が刊行されます!
活動報告に特典情報を載せています!
本日と明日、6時と18時に投稿。
18時は幕間です。
空に、暗黒な巨大な龍が現れた。
黒龍には三対の翼があり、二本の腕と二本の足、そのそれぞれに鋭い爪が備わっている。頭部には二本の角鹿が生えており、剥き出しになった牙は全てを噛み砕きそうなほど鋭利な物だった。
そして何より、その身には空間を歪ませるほど濃密な魔力を纏っていた。
ああ、嫌だ嫌だ。
今から、あれを相手にするんかい。
見た目は聖龍のト太郎に似ているが、纏う雰囲気がまったくの別物だ。
まあ、あれが何にせよ、倒さないと俺は死ぬ。
最悪、世界が滅びる。
ああ、嫌だ嫌だ。
ふぅと息を吐き出して、並列思考で魔力循環を強く意識する。
これまでの行動で、半分近く魔力を消費してしまっている。それもこれも、フウマが何も考えずに魔力を使うのと、黒一に使った蘇生魔法のせいだ。
万端な状態でも、勝てるかも分からないような相手に、消耗している状態だと限りなく勝率はゼロに近くなる。
まったく、困ったもんだ。
収納空間から蟻蜜を取り出して、一杯だけ飲む。
少しは魔力が回復するが、それもしないよりはマシな程度だ。
「……田中さん、アレは、何ですか?」
未だに残っている黒一が、巨大な黒龍を見て聞いて来る。
「んなもん知るか。それよりも早く行け、どうなっても知らないぞ。……ああ、ちょっと待て、これをやる」
もう一度、収納空間からビンに入った女王蟻の蜜を取り出して、黒一に渡す。
「これで、トウヤの事は見逃せ」
都合が良いのは分かっている。
自分を殺そうとした相手を見逃せと言っている。そんなの、被害者からしたら許せる訳がない。
たとえ、己に非があったとしてもだ。
俺だったら、蟻蜜を渡されようが報復は行う。
だが、黒一の返答は違った。
「これは……分かりました。私を狙わない限りは、今回の事には目を瞑りましょう」
ただ単に、女王蟻の蜜の価値を理解していただけかも知れないが、とりあえずはトウヤは見逃された。
用事も済み、さっさと行けとジェスチャーをすると、上空で魔力が膨れ上がるのを感じ取る。
「ちっ⁉︎」
舌打ちをすると、不屈の大剣を地面に刺して魔力を高める。
奴を倒すという意思を込め、輝く大剣を作り出す。
近くで息を飲む音が聞こえるが、気にしている場合じゃない。何せ、上空では黒龍が大きな口を開けて、大量の魔力を溜めているんだからな。
膨大な魔力。
あんなのが地上に当たれば、ネオユートピアが消滅して、周辺にも大きな影響が出るだろう。
そんな事させるか!
「アマダチ!」
俺の手から閃光が走り、黒龍から絶望するようなブレスが放たれる。
俺達の中間地点で衝突した二つの力は、強烈な衝撃を残して相殺した。
「リミットブレイク・バースト」
不屈の大剣を取ると、一気に空へと上がる。
地上で戦闘を始めたら、その影響は冗談では済まない。もっというと、最初の一撃から冗談を言えない被害をもたらしていた。
ネオユートピアのパスは今でも残り輝いているのだが、その下にある建物が半壊していた。
それだけ、最初の一撃が凄まじかったのだ。
「弁償とか言われないよな」
そんな心配をしつつ、馬鹿でかい黒龍に向かって突貫する。
大きければ、動きは遅いはず。
そう考えて接近したのだが、しっかりと反応されて、鋭い爪が迫っていた。
だが、そんな大きな物に当たるはずもなく、風を操り空中で軌道を変えて避ける。そこから、通り過ぎる腕に大剣を突き立て、一気に走り抜けた。
その黒い体表を切り裂いてやろうと刃を走らせたのだが、通り過ぎた場所を見ても何の変化も起こっていなかった。
そう、無傷だった。
それどころか、俺のそばで人型の黒いのが生えて来た。
ああ、こいつには見覚えがあるな。
「お前かよ」
そう言うと、黒い人型の口が開いてニチャリと笑う。
瞬間に両断して、周囲に現れた大量の同じ人型に無数の風の刃で切り裂く。
こいつはヒナタ達と過ごした森で、最後に戦った奴だ。
完全に殺したつもりだったが、どうやら生きていたようだ。それも、最悪なほどの力を得て復活している。
黒龍の頭部が向いて、空洞の目が俺を見る。
途端に衝撃が襲って来て、盛大に吹き飛ばされてしまう。
「ちくしょうが! その体はト太郎の物だろうが!」
文句を言いながら、収納空間から大量の土を取り出して、鉄の槍に作り替える。魔法陣を六つ展開して、風を纏わせて最大火力の魔法を放つ。
ドッ! という発射音、そして黒龍に着弾すると、最初に衝突した物と遜色ない衝撃が空に走り抜ける。
だが、この程度ではダメージにならなかった。
黒色が剥がれて骨が見えても、直ぐに黒が覆ってしまう。
今度はこちらの番だと言わんばかりに、無傷の黒龍が恐ろしい速度で空を駆け抜けた。
「ぐっ⁉︎」
避けようとしたが、空で轢かれて弾き飛ばされてしまう。鎧がなかったら、全身の骨が折れていたかも知れない。
黒龍は旋回して、再び突っ込んで来る。
だったら、こっちもやってやらあと、大量の土を取り出して巨大な鉄の槍を作り出す。
大量の魔力を消費して作り出した魔法は、これまでで最大限の威力になる。
それこそ、単純な攻撃力だけならアマダチ以上だ。
「弾けろ!」
消し飛ばすつもりで放った魔法。
避ける事も許さない速度で飛び、黒龍に着弾した。
殺せはしなくても、ダメージにはなったはずだ。だから、不屈の大剣を握り追撃しようとした。
しかし、黒龍の勢いは衰える事はなかった。
大きく上がった煙の中から現れたのは、骨の頭部。
それから首の部分も骨として現れ、胴体からは未だに黒く染まっていた。
「頑丈過ぎんだろう!」
肉の黒は弾き飛ばせても、骨には傷一つ付いていなかった。俺の最大火力の魔法は、ト太郎の骨に負けてしまったのだ。
追撃した勢いは止められず、そのまま黒龍へと攻撃を仕掛ける。
勢いよく頭部に大剣を突き立てようとするが、硬すぎてギンッと弾かれてしまう。
錐揉みしながらも正確に自分の位置を把握して、風で俺自身を吹き飛ばして、再び黒龍へと刃を突き立てる。今度は弾き飛ばされる事なく、その体に刃は通る。
だがそれも、ト太郎の骨を操っている黒い奴の部分だ。
ト太郎の骨をどうにかするのは無理。
なら、操っている黒いこいつを、どうにかするしかない。
「アマダチ」
こいつに効く一番の攻撃は、アマダチだ。
不屈の大剣で支えながら、アマダチで黒龍の身を切り裂こうとして、バランスを失った。
「っ⁉︎」
不屈の大剣を刺している所から、俺が立つ所までが空洞になり、落下を始めたのだ。
だったら内部から切り刻んでやる。
そう意気込んで放とうとするが、四方八方から黒い触手のような物が伸びて来て、俺の体の自由を奪う。
ギチギチと締め上げながら、俺を殺そうとする。だが、魔改造された守護獣の鎧はその圧力に耐えて見せる。
というより、その程度でやられてたまるか!
力任せに動いて、不屈の大剣を片手で操る。そして、拘束している物を全て切断した。
こいつは何がやりたかったんだ? そう訝しむが、その答えは目の前の顎を見て悟った。
「アマダチ!」
再びのアマダチ。
それよりも早くに、黒龍からブレスが放たれており、俺は激しく吹き飛ばされてしまった。
風を操る暇もなく海に落ち、海底へと勢いよく沈んで行く。夜というのもあり視界は真っ暗で、どこまでの深さまで落ちたのか分からない。
あのブレス、いくらアマダチで威力を軽減したとしても、前までの俺だったら大ダメージを受けていただろう。
海亀を完全に物にしてから、体が異様に頑丈になっている。
たぶん、溶鉱炉(千九百℃)に落ちても余裕で生きていられるんじゃないかと思っている。水圧も割と平気だし、マジで人間離れして来たなと……、余計な事考えて、なんか落ち込んだ。
まあそれは良いとして、これからどうする。
はっきり言って、正面から戦って勝てる相手ではない。
だからと言って、搦め手がある訳でもない。
先程の攻防で、通じる攻撃は最大火力の魔法かアマダチというのは分かった。それも、ト太郎の骨に通じず、あの黒い気持ち悪い奴にだけ通じる。
最後に拘束された時を思い出す。
あのわずかな間で、頭部を元に戻していた。
分かってはいたが、再生能力も尋常じゃない。
奈落で出会った大怪獣ほどでなくても、それに近い存在感を感じる。
……逃げたら駄目だよなぁ。
そんな事を考えたからだろう。
突然、海が割れて、攻撃の準備をしている黒龍が空にいた。
「やっべ」
海底の土を操り、即席のシェルターを作る。
可能な限り頑丈な壁を幾重にも重ねて、苦し紛れの防御を固める。
どれだけやっても安心出来ないが、やらないよりはマシ程度の防御壁。
その防御壁も、強烈な魔力の暴力を受けてヒビが入り始める。
その間に、本日三度目のアマダチを準備する。
もう魔力も、残り少なくなっており、あと二回が限界だろう。集中して回復すればもう一回くらい可能だが、そんな時間は与えてくれないだろうな。
「アマダチ!」
シェルターが崩壊すると同時に、アマダチを放つ。
暫しの拮抗のあと、突然黒龍からの攻撃が止まる。
俺が放ったアマダチは、黒龍の頭部の半分を飲み込み空へと駆け抜け消えて行った。
ダメージを負い、悲鳴を上げる黒龍。
「っ⁉︎」
これはチャンスだと思い、攻撃を仕掛けようとして動きを止める。
黒龍が何かをしようとしたわけではない。
未だに悲鳴を上げており、怯んでいる様子だった。
ただ、その近くに佇む存在を見て、目を奪われてしまったのだ。
そいつは、普通の守護者とは違う装備を身に付けており、長い銀髪に黒い翼、イケメンと言っていいほどの端正な顔立ち。
その立ち姿からは、どれだけの修羅場を乗り越えて来たのか分からないほどの、圧倒的な強者感が溢れていた。
その男が、光の剣を持って黒龍を真っ直ぐに見つめている。
「ヒナタ‼︎」
思わず呼んでしまった。
面影はその顔立ちくらいだが、それでも見間違えるはずがない。
俺の声が届いたのか、ヒナタは俺を見て微笑むと大きく飛翔した。
「キュルルル‼︎」
その声は再会を喜んでいるようにも聞こえた。