ネオユートピア18
11月25日、オーバーラップノベルス様より一巻が刊行されます!
巨大な魔力の動きを察知して、再び意識を浮上させる。
あと少しで蘇生魔法が終わるというのに、集中させてくれないこの状況に悪態を吐きたくなる。
今度は何だと顔を向ければ、そこにはパスに繋がるほどの巨大な魔法陣と、世界樹の枝から抽出したであろう魔力が解き放たれていた。
あれはまずい!
だが、今はまだ手を離せない。
そこに丁度戻って来たダイドウに叫ぶ。
そいつを止めろと、今以上の災厄が起きるぞと叫んで危険を伝える。
それに頷いたダイドウは、直ぐに動いてくれた。
ト太郎の意思が宿った長剣を握り、勢いよく斬り掛かる。
大量の魔力を消費した天使の防御結界。
それとぶつかった剣はギギギッ! と火花を散らして、少しずつ亀裂を入れて行く。
だが、間に合わない。
ダイドウの力は十分に発揮されているが、それでも間に合わなかった。
ネオユートピアの上空が光り輝き、大きな亀裂が入る。
それはまるでSF映画に出て来そうな光景。宇宙からインベーダーが攻め込んで来る前兆のようだった。
この光景はきっと遠くからでも、見えていただろう。
何が起こるのか分からない恐怖。
明らかに普通の光景ではない。
やがてガラスが割れるような音を立てて、世界の破片が落ちて来る。
その先に見えるのは、前に見た光景。
この世界にはない建造物。
空に浮かぶ巨大な島。
それを繋ぐ光の道。
そして何より、圧倒的な存在感を発している巨大な樹木。
逆さまに映る、都ユグドラシルがそこにはあった。
最近までいた場所なのに、いずれは行かなければならない場所なのに、この光景が不安に見えるのは何故だろうか。
女天使が歓喜の声を上げる。
やっと、やっと彼の地に行けると純白の翼を広げて、空に向かって羽ばたいた。
こんな事態を引き起こしておいて、どこかに行くなんて許されない。
ダイドウは攻撃を加え続け、天使の防御結界を破壊する。手を伸ばし、その翼を掴むと地面に引き摺り倒した。
お前は何をやったんだと、ダイドウは激怒している。
あの天使の名前は麻耶というらしく、マヒトの娘なのだと言う。
ダイドウがいろいろと言っているが、麻耶はまるで幼子のように暴れており、どいて、邪魔しないでと涙を浮かべて訴えているだけだった。
それとは別に、地上にも影響が現れる。
奈落から大量の魔力がこの世界に流入しており、大きな影響を与えていた。
周囲を見渡すと、プロの探索者でも敗北しそうな、強力なモンスターが出現し始めていた。
どうすんだよ、この状況。
俺はうんざりしながら、急いで黒一の治療を終えると、蹴り飛ばして起き上がらせる。
悔しいが、この中で確実に生き残れるのは黒一とダイドウだけだ。ダイドウが麻耶を捕まえている以上、こいつに頼るしかない。
おいテメーこの野郎、トウヤと周りの奴らを連れて逃げろ。
「貴方はどうなさるんですか?」
……アレの相手をする。
突然現れた巨大な敵意。
明らかに俺に向けられており、こちらに向かって来ているのは明らかだった。
あー、嫌になる。
あの規模の敵と戦って、俺は生き残れるのか?
この大地は無事に持つのか?
そもそも、何で俺が狙われるんだよ。
守護獣の鎧を装備して、不屈の大剣を強く握る。
上空を見上げると、三対の翼を持つ巨大なドラゴンが姿を現した。
ーーー
かつてビルメシア・ラーラという女天使がいた。
ビルメシアは、聖龍に守られ、世界樹ユグドラシルの愛された種族に生まれた事を、心の底から幸福に思っていた。
世界樹を守る守護者である事が、とても誇り高かった。
実力も守護者の中でも上位におり、誰からも尊敬される天使だった。
そんなビルメシアだからこそ、新人の教官として抜擢された。それを不幸だとは思わなかった。寧ろ、自身よりも強い守護者を育てるのだと意気込んでいた。
そんな最中に、若い天使の中から反発が起こる。
何の危険も無い、平和な世界で力を付けてどうするのかと。神である二柱に守られた世界の中で、戦う必要はないのではないかと訴え出したのだ。
外を知らない若造の言葉。
そんな言葉に何の価値もないと取り合わなかったが、その思想は大きく広がってしまった。
これは危険だと、ビルメシアは反発して来た天使を制圧する。
きっとこれは事故だった。
若い天使は自己防衛能力が低く、装備も身に付けていない。だから、守護者である彼女に叩き付けられて即死してしまった。
世界から黒い異物が生まれて、ビルメシアへと流れて行く。
それは、抗えないほどの多幸感をもたらし、もっともっとと、どうしようもないほどの欲求に駆られてしまう。
周りには、その欲求に答えてくれるモノが沢山あった。
もっともっとと暴走したビルメシアは、当時の天使の半数を殺して堕天してしまった。
その結果として、聖龍の結界に閉じ込められ、解放された先で田中ハルトに討たれる。
それも、田中ハルトのアマダチは、その存在の根幹から破壊する力を持っている。
不死だろうと、実体がなかろうと、魔王だろうと、神だろうと、全て殺す力を持っていた。
だからビルメシアは、狂ったまま死ぬはずだった。
残った肉体も湖に落ちて、消えて無くなるはずだった。
だが、湖の底には、天使の根幹となる神の残骸が残っていた。
消えそうになりながらも、聖龍の亡骸に手を伸ばす。その手は、すでに手として機能していなかったが、触れられてしまった。
触れた瞬間に、ビルメシアの崩壊は止まった。
狂った意識はそのままだが、その身は無事に残ってしまった。
狂いながらも、ビルメシアは考える。
再び戦いを挑んでも、相手にもならずに負けてしまう。
あの力に抵抗するには、それ以上の力が必要だ。そう考えて、ある答えを導き出す。
この神の力を使おうと。
ビルメシアに限らず、全ての天使の根幹にあるのは聖龍の力である。
だから、余計に馴染んでしまった。
最初は一部分だけ、そこから長い年月を掛けて全身に行き渡らせる。更にその奥底まで侵食して、己の物にしようと更に長い時間を掛ける。
まだ、まだ、まだ。
どれだけ時間を掛けても、全てを侵食するのは不可能だった。深く深くと侵食しようとするほど、この身が焼かれて行く。
所詮、細胞の一つに過ぎない力では、亡骸だとしても神には太刀打ち出来なかった。
完全に、神の亡骸を己の物にするのは不可能なのだ。
だから、諦めた。
諦めて、一時的に乗っ取る方法に舵を切った。
この身を燃料にして、わずかな時間、聖龍として活動する。
力も、魔力も、神聖さも劣化した物でしかないが、それでも残り滓の状態よりは可能性があった。
全てはあの男を殺すため。
そうすれば、更なる興奮を得る事が出来るはずだった。
そして、時は来る。
長い間眠り、一時的な侵食を完了した。
あの男を強く感じる。
神にしか許されない魔法を使い、その存在を主張している。
俺はここにいるぞと主張している。
ああ……ああ! 行こうじゃないか!
お前を殺してやろうじゃないか!
聖龍の肉体を乗っ取ったビルメシアは、ほんの半日という時間制限の中で、田中ハルトを求めて空に飛び立った。