ネオユートピア17
11月25日、オーバーラップノベルス様より一巻が刊行されます!
めちゃくちゃ情報量が多い中で、一番緊急を要しそうな所へ直行する。
そこは、トウヤが黒一を突き刺して殺そうとしている場所。
マジで何やってんだと言いたくなる場所だ。
言っておくが、別に黒一を殺すのは反対しない。
トウヤの復讐相手が黒一なら、俺は喜んで手助けしただろう。
だけど、今は駄目だ。
今のネオユートピアは、半ばダンジョン化している。こんな所で人を殺せば、魔人化してしまう。
一人くらいなら問題無いかも知れないが、周囲で倒れている奴らもトウヤがやったとしたら、間違いなく魔人化する。
この馬鹿野郎が! とトウヤを殴って、黒一から引き離す。
更に、俺の前でやるんじゃねー! と付け加えて、すかさず治癒魔法で黒一の治療を開始する。
ついでに、周囲で倒れている人達も治療する。
広範囲の治癒魔法は初めてだが、案外やれるもんだ。地面から緑が生えて来たが、それはまあ良いだろう。
はあ? どうして黒一を庇うのかだって?
馬鹿野郎! 誰がこのクソ野郎を庇うか! トウヤ、テメーもう一発ぶん殴るぞ!
じゃあ、どうしてだって?
ダンジョンで同族殺しが御法度だからだよ。今、ここはダンジョンになってんだよ。もしも、お前が人を殺せばモンスターになっちまうぞ。
俺がそう告げると、トウヤは驚いていた。
それと気になっていた復讐の相手を尋ねると、黒一で間違いないと教えてくれた。
やっぱりそうか。
今度やる時は、俺がサポートしてやるから今は我慢しろと伝えておく。
するとトウヤは「え?」とよく分かっていない返事をしていた。
そんなトウヤは一旦置いといて、黒一の治療に専念する。
治癒魔法で一時的に回復したが、黒一に突き刺さった剣が抜けない。ぐぐっと力を込めると、内臓を激しく傷付けてしまう。それも治癒魔法で回復させるが、刃が傷を更に広げようとして来る。
明らかにこの剣の効果。
どういった効果なのか分からないが、治癒魔法だけで回復させるのは無理そうだ。
女王蟻の蜜を取り出す。
夢見焔はこれで治せたのだが、黒一はどうだろうか。
口の中に押し込んで、風属性魔法で無理矢理飲み込ませてやる。体に染み渡り、魔力が変質し肉体が若返るが、それ以上の変化が見られない。
突き刺さった剣がまったく抜けないのだ。
いっそ黒一の腹部を消し飛ばして、物理的に取り出そうと考える。しかし、念の為にトレースをして深く調べてみると、剣から伸びた何かが黒一の魂に絡み付いていた。
何だこれ?
トウヤにこの剣は何だと尋ねると、断罪の剣だと教えてくれた。突き刺した相手の罪に応じて、その効果は上下するそうだ。
そうか、これが黒一ならこうなるのも納得だな。
……諦めるか。
別に、そこまでして助けてやる義理もないしな。
こいつの命よりも、さっさとこの事態を収めた方がいい。
空で輝いているパスが関係しているのは分かるが、下手に触れたら大爆発が起こりそうで手が出せない。
だから魔力を供給しているここに来たのだ。
なので、建物の上にいるダイドウとミューレに似た天使を引き摺り降ろして、この建物を破壊してしまおう。
そう思って立ち上がろうとすると、腕をガシッと掴まれてしまった。
「田中さん、恥を忍んでお願いします。助けてはもらえませんか」
黒一が、まるでゴキブリのような生命力で目を覚まして、懇願して来た。
はっきり言って嫌だ。
このまま見殺しにしたい。
別に一人くらい殺したって、トウヤは魔人化しない。だから大丈夫なはず。
そう思ったのだが、俺の考えを悟ったように黒一は言う。
「私が死ねば、彼を殺す為に探索者監察署が動くはずです。それを許すのですか?」
……ちっ、少しだけ待ってろ。
一旦、治癒魔法を使って黒一を延命すると、ダイドウの元に向かう。
二人がいるのは建物の上空。
その二人が争い始めたのは、空間把握で分かっていた。
しかし、ダイドウに天使を殺す気は無いのか、攻めきれていない。反対に天使の方は、着実にダイドウにダメージを与えていた。
そんな二人に風の魔法を放つ。
急な奇襲に反応出来なかった二人は、盛大にぶっ飛んで行った。
これで邪魔者はいなくなった。
建物の中には、誰もいないのは空間把握が教えてくれる。もしも、反応しないタイプの奴がいるのだとしたら、きっとそいつは人間じゃない。
そう、奈落に住むモンスターに違いない。
だから、全部破壊しても安心だ。
黒一の横に降り立つと、周囲を地属性魔法の壁で囲み、衝撃が来ないように保護する。
魔法陣を展開する。
破壊、貫通、爆発、収束、吸収の魔法陣。
石の槍を更に硬質化させて鉄の槍に変え、風を纏わせる。
この建物を破壊するのに、ここまでの魔法を使用する必要はない。だが、中にある魔力の塊を消滅させるには、これだけの魔法が必要だった。
「素晴らしい……」
横からそんな声が届くが、テメーに褒められても嬉しくねーんだよボケ!
放った魔法は建物に直撃、地面ごと全てを破壊して海の彼方まで運んで行ってしまう。魔法が通った跡は、結晶化しておりキラキラとガラスのように光を反射していた。
空のパスは未だに輝いているが、それも供給される魔力が無くなった以上、やがて消えるだろう。
さあ、あとはこのいけ好かない黒一を治療して終わりだ。
しゃがんで黒一に触れて、力を解放する。
「リミットブレイク・バースト」
蘇生魔法を発動して、黒一の魂から異物を取り除く作業に入る。
こいつの魂は、はっきり言っておかしい。
黒く濁っているようにも見えて、透明で美しい場所もある。人は両面を持っていると言うが、ここまで極端な魂を持つ人間はそういないだろう。
そんな魂にこびり付いた糸のような物。
これのせいで、この剣が抜けなくなっていた。
さっさと取り除くか、と行動しようとすると、絹を裂くような大きな悲鳴が上がる。
今度は何やねんと顔を上げると、天使が狂ったように叫んでいた。
どうして⁉︎ どうして⁉︎ どうして邪魔をするの⁉︎ 私はあそこに行きたいだけなのに、貴方様の元に帰りたいだけなのに! どうして⁉︎ どうして⁉︎
そう叫ぶ天使の手には、世界樹の枝が握られていた。
んー……この事態を引き起こしたのは、あのミューレに似た天使だよな。しかも、帰りたいとか言っているし、明らかにユグドラシル関係の奴だ。
……ふう、どうしようか。
俺の気持ちとしては、あいつを始末したい。
ただ、都ユグドラシルに帰りたいだけの理由で、この事態を引き起こしたのなら許してはおけない。
だが仮に、ミューレの親族だったら、あいつはヒナタの従姉妹という事になる。
ヒナタの身内を殺すのか?
そんなの、俺に出来るわけないだろう。
オリエルタのように、ヒナタを捨てたとかならともかく、ただ帰りたいと泣いている奴を、手にかけるのは気が引けた。
そんな考え事をしていたからか、黒一が吐血する。
こっちも時間がないようだ。
蘇生魔法に集中する。
黒一の魂に張り付いた糸を、一本一本取り除いて行く。
それを許さないと更に糸が伸びて来るが、剣に落ち着けと触れると、それ以上伸びて来る事はなかった。
それでも、無数の糸が張り付いているので、取り除くのに時間が必要だった。
だからだろう、事態の変化に気付けなかったのは。
ミューレに似た天使が、巨大な魔法陣を展開して、新たな魔力の塊を捧げていたのを。