幕間38 (日野トウヤ)②
11月25日、オーバーラップノベルス様より一巻が刊行されます!
次の投稿は明後日です。
グラディエーターが終わった次の日、麻耶から連絡が入った。
十八時に指定された場所に来るようにと指示され、そこで全ての段取りを整えるという。
ついに来た。
復讐の時だ。
「どうかしたの?」
「なんでもないよ。……夜、少し出かけて来るから、夕飯は先に食べていて」
「夜? ……怪しい。誰と会うの?」
悠美がトウヤの行動を訝しむ。
それは女性の影を見たとかではなく、何か良くない考えを持っているのではないかと疑っている目だった。
この中で、トウヤと最も長い付き合いなのは悠美だ。
最近、何か思い詰めているのを見ており、嫌な予感がしていたのだ。
「……田中さんに会うだけだよ。昨日、相談に乗ってもらったからさ、そのお礼がしたくて」
そんな悠美を安心させるように、咄嗟に名前を出してしまった。
ごめんなさいと謝罪しながら、彼だったらどうしただろうかと考えてしまう。
彼は、田中は復讐を否定しなかった。
でもそれは、成さなければ前に進めない場合だ。
僕はどうだろうかと考える。
周りには支えてくれる人がおり、信頼しあえる仲間がいる。
前に進めている。
奇跡と呼んで良いほど、恵まれた環境にいる。
トウヤはピタリと動きを止めてしまう。
おかしい、何かがおかしい。明らかに違和感があり、これは何だと考え込む。
しかし、家族の亡骸が脳裏に思い浮かび、憎しみの炎は激しく燃え上がってしまう。炎はトウヤの疑問を覆い隠して、思考を中断させた。
加護により状態異常耐性が上がっいても、上位者からの影響を全て防げる訳ではない。ましてや、真実である以上、引き返すのも難しかった。
時間になり、麻耶に指示された魔力精製所に赴く。
そこには多くの外国人探索者がおり、全員がグラディエーターの選手並の実力者だった。
何かが起ころうとしている。
いや、何かを起こそうとしている。
明らかに、黒一を倒す為だけの戦力ではない。
田中がいなければ、ネオユートピアを制圧出来るだけの戦力だ。
その中に己も加わっており、何をするのかと警戒してしまう。
距離を置くべきかと考えていると、魔力精製所の上階部分に麻耶が立ち、演説を始めた。
「皆様、今回は私の願いに応え、集まって頂きありがとうございます。我々は本日、彼の地に赴きます!」
力強く言い切る麻耶に合わせて、周囲から歓声が上がる。
「彼の地、世界樹ユグドラシルが守る約束された地へと行くのです! ですが、懸念材料は幾つかございます」
憂いたような仕草をする麻耶。
それが胡散臭くて、トウヤは顔を顰めた。
「儀式の最中に、我らの敵である探索者監察署が攻めて来る恐れがあります。このネオユートピアには、黒一も来ています! 奴は必ず邪魔をしに来るでしょう! そう、我らの仲間を幾人も葬ったクソ野郎です!」
黒一は全員の共通認識なのか、ブーイングが鳴り響く。
「ですが、安心して下さい。黒一が人を殺せない場を用意致しましょう! 邪魔をするなら、この地を奴の墓場にしてやるのです!」
オーッ! と雄叫びが上がり、どれだけ黒一を恨んでいるのかが伺える。
「しかし、懸念材料はそれだけではありません。我が同志、大道も妨害に動く恐れがあります。彼の実力は、黒一にも匹敵しております。その為、多くの人員を裂かなくてはなりません。皆様は黒一を倒したいとお思いでしょう。ですが、半数は大道を抑えてもらいたいのです」
それで本当に大丈夫なのかと声が上がる。
黒一の実力を知っている者からすると、百人の40階突破者がいたとしても不安なのだ。
「ご安心下さい。その為に、協力者を連れて来ております。日野トウヤ様、どうぞ前へ」
急に話を振られて困惑するトウヤ。
「ぼ、僕ですか?」
「ええ、貴方様です。皆様、日野トウヤ様はミンスール教会の信徒では御座いませんが、黒一に強い恨みを持つ者です。奴に対する思いは、我らと同じなのです!」
トウヤに向けて、強い歓声が上がる。
そして前へ前へと押しやられ、麻耶の前へと押しやられた。
麻耶はトウヤを見つめると、その背中から純白の翼を広げた。
「っ⁉︎ て、んし?」
まるで御伽話に出て来るような天使の姿に、トウヤは困惑する。それはトウヤだけでなく、この場にいる者全て同じだった。
麻耶が普通の存在ではないと、誰もが知っていた。
それは、良い意味でも悪い意味でもだ。だが、そのカリスマ性は本物で、多くの他人を惹きつけた。
その根本にある物が、人を超越した存在だとするなら……もう誰も、麻耶を疑えなくなってしまった。
上階から麻耶は飛び降り、ふわりとトウヤの前に降り立つ。
「こちらを……」
トウヤは、絶望を呼ぶ天使から一振りの剣を差し出される。
純白の刀身に、赤い血文字のような紋様が刻まれており、これがダンジョンからの産物であると察せられた。
それを片膝をつき、恭しく受け取る。
何かが間違っている。
そう察しながらも、逆らう事が出来なかった。
「これは断罪の剣、その者の罪を償わせる剣です。これで、あの黒一を倒して下さい」
「はい……」
おかしい、何かがおかしい。
そう分かっていても、頷く事しか出来ない。
田中さん、貴方ならどうしましたか?
ここにいない頼りになる男の姿を思い浮かべて、トウヤは必死に逆らおうとしていた。
ーーー
変化は静かに起こった。
空で繋がっているパスが光を帯び、高密度の魔力が流れ始めた。
それからしばらくすると、周囲にツノ兎やヘッドバッド、痺れ蛾にゴブリンのような、ダンジョンの10階までに出現するようなモンスターが現れ始めたのだ。
「どうして地上にモンスターが⁉︎」
モンスターは地上に出て来られない。
それが定説だったはずなのに、地上に出現している。
近くの探索者に瞬殺されるほど弱いモンスターとはいえ、これは異常事態と言えた。
そんなトウヤの疑問に、麻耶は何でもないように答える。
「これは、彼の地に向かう為の前段階です」
「前段階? モンスターが現れる事がですか?」
「違いますよ。ここは、ダンジョン化するんです」
「ダンジョン⁉︎」
これまで、ダンジョンがあるとされているのは世界に三箇所だけ。それも関東、中部、九州と日本だけに存在しているというのが一般的な認識だった。
だが、それだと……。
「……ここが、四箇所目のダンジョンになるという事ですか?」
「おっしゃる通り、日本では四箇所目になります。ですが、世界では八箇所目になります。ダンジョンは、他国にもあるんですよ。公表はしておりませんがね」
何故公表しないのか、その理由は何となく想像出来る。
かつての日本の二の舞を避ける為だ。
探索者という少数の団体に、当時の日本政府は敗北した。
そうなるまでの過程は残酷なものが多く、殆どの閣僚が姿を消してしまった。
国がダンジョンの存在を隠すというのは、それだけ、一般市民が力を持つ事を恐れている証なのだろう。
それと、ここまで聞いて田中の話を思い出した。
「……ダンジョンって増え続けているんですか?」
「そうです。ダンジョンはいずれ、世界を呑み込むでしょう。それを防ぐ為にも、我々は活動して来たのですが、どなたも信じてくれなかったのです」
「僕は、ある人から世界の終わりを聞かされました。おおよそ三百年から六百年で、世界はダンジョンに滅ぼされると。それは、真実だったんですね」
信じたくはなかった。
世界が滅亡するなんて、嘘であって欲しかった。
田中は、その頃にはみんな死んでるから気にするなと言っていたが、それは無理な話である。
自分に子供が出来て、その子にも子供が生まれて、続いて行く命がある日突然終わる。そんな無慈悲な世界は、余りにも悲し過ぎた。
「……その話はどなたから?」
「田中さんです。知りませんか? 昨日のグラディエーターに出場していたんですけど」
「……田中ハルト?」
「そうです。もし、麻耶さんが悪巧みをしているのなら、その障害となるのは黒一でも大道でもなく、田中さんだと思いますよ」
「……」
無言になった麻耶は、どこか不機嫌そうに見えた。
ーーー
黒一がこちらに向かっているという情報が届いたのは、割と直ぐの事だった。
消耗させる為に向かわせた外国人部隊が、悉く倒されているという。
「思っていたよりも早かったですね、こちらも準備をしておきましょう」
麻耶が合図を出すと、多くの探索者が動き出す。
その者達は40階を突破した精鋭であり、先行して足止めをしていた者達と一線を画す実力者だ。
黒一福路の情報を、もう一度整理する。
レベルは48とトウヤの遥か上を行き、スキルの数も七つと多い。それも全てのスキルが高い熟練度まで達しており、正面から挑めばトウヤは一秒と持たずに敗北する。
その上、黒一は【福音】というレアスキルを持っている。
スキルの効果中は一切のダメージを負わず、更に黒一の攻撃は必中になるというぶっ壊れ性能だ。
トウヤの持つレアスキルも凄まじい物ではあるが、この福音の前では霞んでしまう。
遠くで戦っている音が聞こえて来る。
夜空は光の線で覆われており、明るいはずの星々が見えなくなっていた。
みんなは無事かな……。
現れるモンスターの種類が変わり、一般人では生き残るのも難しくなっていた。
本来なら、こんな所にいるのではなく、みんなと一緒に人助けに動いていただろうなぁ、と何気に思ってしまった。
きっと田中さんも、多くを助けているだろう。それこそ、トウヤが必要ないくらいに。
そう考えると安心出来て、田中との会話を思い出してしまった。
〝俺のいない所でやれよ〟
〝そりゃ、友達なら止めるだろう?〟
復讐を否定はされなかった。
でも、見付けたら止めると言われた。
「僕はどうしたいんだろう……」
復讐を遂行したい自分と、田中に止めて欲しい自分がいる。
そんな中途半端な心ではダメだと思い、頬をパンッと叩く。そして立ち上がり、道の先からやって来た黒一を睨み付ける。
「ご機嫌よう。どうしたんですか、そんなボロボロの姿で、貴方らしくないですね」
麻耶が一歩前に出ると、いつもの微笑みで黒一に嫌味を言う。
「これはこれは麻耶さん、悪趣味な翼まで付けて天使ゴッコですか? 貴女に白は似合っていませんよ」
一人で来た黒一はボロボロのジャケットを破り捨てると、トンファーを構えて周囲に目配せする。
「あら、貴方が私の色を選んでくれると言うのかしら? それは大変気持ち悪いですね」
「いえいえ、そうおっしゃらずに。直ぐに、貴女に似合う真っ赤な血に染めて差し上げますよ」
「あら怖い。ですが、それは貴方では無理ですよ」
その言葉が合図だったかのように、周囲を囲っていた外国人部隊が動き出す。
一斉に放たれた魔法は、黒一でも避けるのは不可能な速度と威力。やるならば、被弾を最小限に止める為の特攻だが、黒一はそれを選択しない。
「福音」
鐘の音が鳴り響く。
同時に魔法は着弾し、激しい衝撃が周囲を震わせる。
ただの探索者ならば、骨も残らないような魔法の攻撃。
その中央で、何事もなかったかのように佇んでいる黒一。
こうなると分かっていた。
だから近接戦を仕掛ける。
無謀だと分かって仕掛ける。
全ては黒一を消耗させる為。
「まったく、面倒ですね。その程度で私の徳が無くなるとでも思っているんですか?」
黒一のトンファーが唸る。
素早く振られたトンファーだが、近接戦を挑んだ者の盾と接触して防がれた。かに思われたが、トンファーの影がすり抜けて、盾を持つ腕を破壊する。
更に全身を破壊して、蹴りで後退させた。
「遊香さんのモンスターがやられたのはいたいですね、貴方方を殺せなくなってしまった」
続く外国人部隊も同じように破壊して、無力化する。
実力差があり過ぎて、『福音』云々の前に相手になっていない。
それが分かっていながらも、果敢に挑む者達。
彼らは殺されないからと特攻し、倒されていく。倒されて、治癒魔法で回復されて再び立ち上がる。
武器を破壊され、体をぼろぼろにされても挑んで行く。
その姿は、さながら殉教者のようだった。
何が彼らを駆り立てるのか分からない。
もしかしたら、世樹麻耶のためという理由だけなのかも知れない。
それを恐ろしいと、トウヤは思ってしまった。
戦いは続き、外国人部隊の攻撃が届きそうになる。
それを見て、勝ち筋を見出したのか激しく攻め立てる。
このまま行けば、黒一を倒せるかも知れない。
そんな時に、乱入者が現れた。
「インカーーーッ‼︎‼︎」
怒号を上げて現れたのは、怒りに狂った男と、髪がボサボサで目の下に大きな隈のある女性だった。
その二人の目に宿る感情は同じ物で、それはトウヤもよく知る目だった。
二人が睨んでいる先にいるのは、外国人部隊の魔法使いの男だった。
一瞬の間。
それが不味かった。
黒一が一瞬の隙をついて、治癒魔法使いを無力化してしまったのだ。
これで、負傷すれば退場を余儀なくされる。
「そろそろ終わらせましょう」
再び大量の魔法が飛ぶ。
ひとつひとつが必殺の力を持っており、魔法使い達の最大の魔法だった。
だがそれを受けても、黒一は当然のように無傷で立っている。
トウヤはタイミングを見計らう。
一際大きな鐘の音が鳴り響いており、仕掛けても無駄だと理解する。
黒一の魔力が高まり、何かをしようとしている。
外国人部隊は急いで離れようとするが、その判断は遅かった。
「黒連破撃」
黒が広がる。
トンファーから黒い影が伸び、高速で放たれる。
黒の打撃は、パスから放たれる光を拒絶するかのように、周囲を黒に染めてしまう。
黒に飲み込まれた者達は、全身を砕かれ意識を刈り取られる。
死なないように手加減されており、このまま放置すればモンスターに襲われて死ぬだろう。
ここだった。
鐘の音が止んだこのタイミングだった。
トウヤは己のレアスキルを発動する。
【百万の軌跡】
黒一が顔を上げて麻耶を見る。
その一瞬、隙だらけになった腹部に向けて空間魔法で飛ぶ。
本来なら絶対に通じない攻撃。
たとえ一瞬だとしても、黒一は反応してトウヤの頭部を破壊しただろう。
事実、反応はしており裏拳がトウヤの頭部に向けて走っていた。
しかし、それは当たらない。
僅かに逸れた裏拳は、トウヤの上を行き空振りに終わった。
馬鹿な。
黒一はこの現象に驚きながらも、福音を鳴らそうとする。しかし、間に合わないと悟り身を捩らせる。
だが、それを分かっていたかのように、剣の軌道は黒一の腹部を深く貫いた。
トウヤのレアスキル【百万の軌跡】は、百万回の行動をシミュレートして最善を選択するスキルである。
百万回行っても起こらない事は発動せず、百万回に一度でも起こるのなら、それは実現する。
だから、トウヤの復讐の刃は届いてしまった。
「がはっ⁉︎ 貴方とは、どこかでお会いしましたかね?」
血を吐き出しながら、黒一はトウヤに尋ねる。
「お前は、本田実が起こした事件を覚えているか? 六年前、お前が指示を出した事件だ!」
トウヤの言葉に、ああと何かを思い出したような仕草をする黒一。
「ああ、それですか。残念ですけど、私は提案しただけで、指示はしていませんよ。ゴホッゴホッ! この剣、特殊な力が宿っていますね……」
黒一は、突き刺さった剣を抜こうとするが、まるで固定されたかのように動かない。それどころか、急速に体力が奪われていき、立っていられなくなり膝をついた。
「貴方は、日野トウヤさん、ですね。この度は、ご愁傷様でした。……麻布、さん、には振り込んだんですけど、貴方の、口座、は凍結、されていたので、渡しそびれて、いたんですよね。すいません」
「……何を言っているんだ?」
「……ああ、そうですね、私のルールでしてね。巻き込まれた、方には、金銭で補償する、ようにしているんですよ。それだけの、話です。……まさか、払い損ねたばかりに……」
急速に生命力を失っていく黒一。
それを見て、離れるトウヤ。
あれだけ暴れた男が死ぬ。
恐ろしいまでの力を持った男が死んでしまう。
……何かがおかしい。
それは黒一の死ではなく、これまでの状況に対する疑問。
どうして、黒一は殺さなかった?
襲う外国人部隊を殺せば、無駄に消耗する事もなかったはずなのに。
何かがおかしい。
麻耶に問おうにも、新たな乱入者が現れてそれどころではない。
嫌な予感がトウヤを襲う。
それと同時に頬に衝撃が走り、激しく殴り飛ばされた。
「何やってんだ! この、馬鹿野郎!」
それは、トウヤが知る中で最も強い男、田中ハルトだった。
「俺の前でやるなっつっただろうが!」
理不尽な存在の理不尽な行動により、トウヤの復讐は終わりを迎えた。