幕間38(日野トウヤ)①
11月25日、オーバーラップノベルス様より一巻が刊行されます!
トウヤが今住んでいるのは、幼馴染の桃山悠美の実家だ。
理由は、中学一年の時に、探索者が原因のとある事件により家族を亡くしたからだ。
家族を失い、ひとりぼっちになったトウヤは動けなくなっていた。それを心配した桃山家が、総出でトウヤを支えて立ち直らせたのである。
その中でも、常に隣に寄り添い、必死に励ましてくれた悠美には、頭が上がらないとトウヤは思っていた。というより惚れていた。
何とか立ち直ったトウヤは、事件の概要を警察官から聞かされる。
その事件は、ある探索者が、ある人物を暗殺したという内容だった。それも、この暗殺は車の運転中に実行されており、暴走した車両がトウヤの家族の乗った車に衝突し、歩行中の女性や他の通行人も巻き込んだのだ。
「どうして、その探索者を逮捕しないんですか?」
それは当然の疑問だっただろう。
人を殺して、関係の無い人達を巻き込んでいる。
逮捕するには、罪状は十分なはずだった。
だが、返って来たのは期待していた言葉ではなかった。
「探索者を処罰するのは、我々の管轄じゃないんだよ」
「じゃあ、誰が彼等を捕まえるんですか?」
「探索者監察署。そこが、犯罪を犯した探索者を処罰している。方法は知らないけどな……」
「探索者観察署……」
それからトウヤは、探索者監察署なるものについて調べていく。
余り知られてはいないが、この組織は確かに存在していた。
元は警察組織の中にあった一部署が、探索者の暴走により現職の警察官が亡くなってしまった事件をきっかけに、完全に独立した組織になっている。
この組織に所属する条件は単純明快。
ただ強い事だ。
その強さを証明する方法は、ダンジョン40階を突破する事だと定められていた。
トウヤは将来、探索者監察署に所属しようと密かに決めた。
そこに所属して、自分や家族のような存在を出さないようにしようと考えたのだ。
しかし、居候の身として、何よりも心配してくれる人達を思うと、危険な探索者になりたいなどと言えるはずもなく、部活で己を追い込み鍛えるくらいしか出来なかった。
中学ではサッカー部から陸上部に転向して、百メートル走では全国大会にも出場した。
高校では空手部に所属した。全国には行けなかったが、県大会で好成績を残すまで強くなった。
そして、高校三年。
桃山悠美の両親に許可をもらい、探索者として活動を開始する。
探索者を始める理由も、その思いが本物であると決意を語った。
そして、一人で生きて行けるようになったら、悠美に告白するつもりだと語り、許可を頂いた。
どちらかというと、前者より後者の理由で頷いてくれた気がするが、まあ、とりあえず許可はもらったのだから問題無いだろう。
一緒に探索者をやってくれる仲間を募ると、悠美や九重、神庭が手伝ってくれると言ってくれた。
途中で加わった三森も、お金に執着して不安はあるが頼りになる仲間だ。
いろいろとトラブルはあったが、順調に探索は進んだ。
この一年間で探索者の後輩も出来、様々な体験を経て人間としても大きく成長出来た。
中でも、田中ハルトとの出会いは強烈だった。
人として尊敬できるかと言うと、そうではないが、どこか抜けていてもとても頼りになる人物だ。
それに何より、信じられないほどに強い。
元々強いのは知っていた。
それが、理外と呼べるほどの領域にいるとは思わなかった。
本当に人なのかも怪しく、神や魔王の類いだと言われた方が、まだ納得が行った。
事実、田中が倒した存在により、トウヤは加護を受けていた。
世界亀の加護。
効果は生命力上昇と魔力の質の向上、万象への干渉。他にも、長寿に子供を作りやすい体質になっているようだった。
正直、最後のは何なんだと言いたかったが、前の三つは間違いなくトウヤの助けになった。
もっと言うと、田中が勝利した事により、あの場にいた者全員が新たな力を得ていた。
普通のユニークモンスターでは、決して手に入らないとされているレアスキル。
それを全員が手に入れたのだ。
覚悟を決めて、強大な存在に抵抗しただけで手にしてしまった。
あれは、それだけの相手だったのだろう。
決して手を出してはならない上位の存在。
絶対に人では到達出来ない領域。
世界亀とは、それだけの存在なのだろう。
こうして新たなスキルを手に入れたのだが、力を得たせいで、余計な者を引き寄せてしまった。
「日野トウヤさんですね」
現れたのは、金髪の恐ろしいほど美しい女性だった。
年齢は二十代前半、全てを魅了しそうな笑みを浮かべており、本当にこの世の者なのかと疑ってしまうほどだ。
暗闇や中で、薄らと輝く女性。
触れてみたい。
そう思って手を伸ばして、これが異常な状態だと気付いた。
「ぐっ⁉︎」
伸ばした手を拳に変えて、己の額を殴る。
衝撃で足元がふらつくが、どっしりと構えて目の前の女性を睨み付ける。
「流石です。上位の存在に認められただけはありますね」
あっけらかんと言い放つ女性は、トウヤの心情などどうでもいいといった様子だった。
なんらかの方法で、洗脳しようとしていたのに、まるで悪びれた様子がない。それどころか、トウヤを人として見ていないような気さえした。
「誰ですか、貴女は。何の用があってこんな事を……」
返答次第では、相応の対応をする。
その覚悟が伝わったのか、女性は更に笑みを深めて自己紹介を始めた。
「私は世樹麻耶と申します。ミンスール教の聖女を勤めさせてもらっております。この度は、トウヤ様に悲しいお知らせをしに参りました」
「悲しいお知らせ?」
そんな話は聞きたくない。だが、何故か聞かなければ後悔しそうな気がしてしまった。
「ご家族が亡くなられて、さぞお辛い思いをした事でしょう。実行した探索者は、探索者監察署の者によって処罰されましたが、貴方はそれで納得していますか?」
「何が言いたいんですか? 罰を与えているのなら、僕がそれ以上を望む事はありませんよ」
「それは、処罰されたのが最近だと言ってもですか?」
「は? 何を言っているんですか? 犯人は、四年前に死んだと聞いていますよ」
そうだ。犯人を逮捕して責任を取らせたと、確かに聞いていた。
犯人は特殊な能力を使い、多くを殺して来た人物だと聞いている。だから、もう日の下に出て来る事は無いと教えてくれたのだ。
「いいえ、生きていましたよ。去年の夏に、寿命が尽きようとした時に殺されたんです。それまでは、何の問題もなく平穏に過ごしていました」
「そんな話、デタラメだ! 僕は確かに聞いたんですよ! 警察署で、犯人は粛清されたって!」
「いいえ、あの事件を担当した者が、己の私欲の為に犯人を逃していたのです。その証拠も残っております」
ここに、と資料を手にする麻耶。
だが、トウヤはそれを手にする事が出来なかった。
これを取れば、何かが壊れる。
そんな予感がしたから。
それに気付いた麻耶は、優しく見えるように微笑み、告げる。
「貴方の家族を、真に殺した者を知りたくはないですか?」
言葉がトウヤの陰鬱とした心を刺激する。
「貴方は、大切な家族を奪った者を許すのですか?」
蓋をしていた悲しみに、憎しみの炎が灯る。
「私に協力してくれるのならば、その者を葬る場を用意いたしましょう。どうしますか?」
伸ばされた資料は、地獄への片道切符のように見えた。
麻耶の言葉に乗れば、日常を捨てる道を歩むだろう。
その資料を払い除けろと、心のどこかで叫んでいる。
だけど、家族を殺した奴を殺してやると、憎しみが悲鳴を上げていた。
「……本当に、そんな奴がいるんですか」
「ええ、最低のクソ野郎です」
これまでで、最高の笑みを浮かべる麻耶がいた。
ーーー
それからは、新たに手に入れたスキルを試しながらダンジョン探索に勤しんだ。
パーティメンバー全員がレアスキルを得たというのもあり、30階までの探索は順調に進んでしまった。
梃子摺る事もなく、ただスキルを試しながらあっさりと到着してしまった。
「……なんだか、呆気なかったね」
「ですね、レアスキルとはここまで強力な物なんですね」
ワイバーンの亡骸を前に桃山が脱力したように呟くと、神庭が同意した。
「別に良いじゃない、あって困る物でもないんだし」
「そうですけど、これまでの努力よりもスキル一つの方が強力っていうのが、ちょっと……」
九重が杖を片手に何でもないように言い、三森は複雑そうに呟いた。
曲がりなりにも探索者として魔法を磨き、身を守れるように盾や武器の扱い方を学んでいた。
それもこれも、より多くの収入を得るため。
だというのに、レアスキルを得ただけで、ここまで来てしまった。
それはとても良い事なのだが、努力を否定された気がしてしまったのだ。
だが、神庭はそれを否定する。
「それは違いますよ。努力して来たからこそ、あの場面で全員が動けたんです。そうでなければ、我々は何も出来ずに、あの戦いに巻き込まれて死んでいました」
「そうだね。こうやってスキルを使い熟すのも練習は必要だ。何もかもを否定するのは間違っているよ」
トウヤはこれまでの、みんなが頑張る姿を見ていた。
これまでの努力に相応しい成果が、今出て来たのだと考えれば何もおかしな事ではなかった。
他の探索者からすれば、幸運に見えるだろう。
事実、やっかみも増えていた。
レアスキルを偶然手に入れた幸運な奴ら。そう陰で言われているのも知っている。
だけど、そんな外野からの言葉は響かない。
あの戦いを見ていない奴らが何を言おうと、雑音でしかないからだ。
良くも悪くも、田中の戦いはトウヤ達に影響を与えていた。
そんな日々が過ぎていき、麻耶からネオユートピアに来るようにと、チケットと一緒に連絡が入った。
ーーー
パーティメンバーの四人に、ネオユートピアに行こうと声を掛けると、みんな喜んで了承してくれた。
以前、麻耶にもらった資料を手に取り内容を確認する。
事件の実行犯、本田実。
探索者監察署担当捜査官、黒一福路。
本田実は反社会勢力との繋がりのある前科者だった。出所後は探索者として活動するが、途中で挫折して裏の依頼を受けるようになる。
その道に連れ込んだのは黒一福路。
人を貶め、人を傷付け、人を殺す。
裏の仕事とはそういう物で、そんな中に、あの事件が発生した。
本田実は昨年まで生きており、黒一の手により始末される。
それに巻き込まれるように、何の関係もない本田実の仲間も殺されており、証拠になりそうな者は全て始末されていた。
悪だ。
この男は、間違いなく悪だ。
そんな奴が、探索者を裁く側にいる。
探索者監察署に対するイメージは地に落ちた。
この組織は、犯罪者が正義を隠れ蓑に活動しているに過ぎない。
そんな事が許されるのか?
いいや、それは許さない。
他の誰かが見逃していたとしても、絶対に裁いてやる。
あの怪しい女の手を取ってでも、仇を取る。
トウヤの憎しみの炎は、静かに燃えていた。
だから、周囲の誰にも気付かれる事はなかった。
「トウヤー、準備出来た?」
「っ⁉︎ う、うん準備出来てるよ」
心を支えてくれた桃山家のみんなにも悟られず、トウヤはその刃を研ぎ澄ませていた。
ーーー
ネオユートピアに到着してからは、驚きの連続だった。
ビルの高層群に空を渡る橋、運転手もタイヤもない乗り物に、年中変わらない気温。
遊ぶ所にも困らず、いつまでも遊んでいたいと思えるアトラクションが多数用意されていた。
ただし、お金が湯水のように消えて行く。
今回、麻耶から用意されたのは宿泊先のホテルとグラディエーターの観覧チケット。それだけでも、五人だと二百万以上の金額が掛かり、それだけでも大変助かるのだが、食べて遊ぶだけで、パーティの資金の半分が消費されていった。
「グラディエーターに、ハルトって出るのかしら?」
「出場しないのではないですか、彼が出ると試合になりませんから」
九重の疑問に神庭が答え、その意見に「そうだね」と皆が賛同する。
闘技場の前で、田中ハルトと遭遇しており、いろいろと話をする事が出来た。
その時に、同じ大学の先輩だという人もおり、世間は狭いなぁと驚いた。
ただ、田中の隣にいる女性を見て、桃山が酷く落ち込んでいた。どうしてとは言わないが、今は上の空状態である。
試合が始まった。
どれも凄い迫力で、参考になる動きも多かった。
だが、そのどれにも勝てないという印象を抱かなかった。
自分ならどう戦うか、どう対処するのかを考えており、勝ち筋を見出していた。
それはトウヤだけでなく、他のパーティメンバーも同じ様子だ。
楽しむ、というよりも研究の為。少しでも己の血肉にしようと、全員が試合に意識を向けていた。
ある意味充実した時間が過ぎていき、ようやく一時間の休憩時間になる。その頃には、みんな疲れてしまっており、ふうと一息ついていた。
休憩時間にはイベントが行われるらしいのだが、正直、誰も注目していなかった。
しかし、ダイドウと呼ばれる探索者が現れてから空気が一変した。
見ただけで分かる、圧倒的な強者。
歴戦の戦士であり、これまで出場していた選手の誰よりも強い。
イベントだからか、白いアイマスクをしているが、その程度で彼の印象は変わらない。
彼に勝てば一億円。
善戦しても賞金が出る。
善戦してもだ。
それだけ勝利が難しいのだと、主催者側も理解しているのだろう。
だが、その思惑は破られる。
様々な挑戦者が現れては敗れていき、トウヤも参加してみようかとタイミングを見計らっていた所、黄金のマスクを被った彼が現れた。
「は、ハルトくん?」
「なんで田中さんが?」
絶対に参加しないと思っていた人物。
バランスブレイカーの田中が、参戦する理由が何なのか理解出来なかった。
ただ、一つだけ分かるのは、ダイドウの敗北だけだった。
戦いは凄まじかった。
他の観客は誰も目を離せなくなっていた。
これまでの試合が、お遊びに思えるほどの規模になっていたのだ。
戦況を正確に把握している者はいないだろう。
探索者のトウヤ達でも、何をしているのか全ては理解しきれていない。
特に、ダイドウが長剣を手にしてからは段違いだった。
この闘技場程度の規模では、絶対に収まらないと思える魔法が飛び、全てが無効化される。
目で追えないほどの速さで動き、会場を破壊していく。
衝突する度に、闘技場全体が激しく震える。
これは人同士の戦いではない、化け物が争っているだけだ。そう皆が感想を抱いていた。
だからこそ心を掴まれた。人を超越した存在を見て、皆が目を離せなくなってしまった。
だが、その終わりも呆気ない物だった。
分かってはいたが、田中は本気を出していない。まるで幼子を相手にするように、攻撃をいなしていただけだった。
事実、最後は殴り飛ばして終わってしまう。
静寂に包まれる闘技場。
田中が右手を上げて勝利を主張して、ようやく皆が動き出した。
この日一番の歓声が上がり、万雷の拍手で讃えられる田中。
ふざけた黄金のマスクが、一際輝いて見えた。