幕間37(天津道世)その2
11月25日、オーバーラップノベルス様より一巻が刊行されます!
息子の大道から麻耶が暴走していると連絡があったのは、マヒトとまだ話をしている最中だった。
「どうしますか?」
作り笑顔のマヒトは、杖を持ち席を立っていた。
「行くに決まってるだろう。それで、あんたはどうするんだい? 娘の行動を容認していたようだけど」
「……もう結末は変わらないと思いますが、一人でも多くの命を救いましょう。あくまでも、ダンジョンの危険性を示したいだけですから。それに、あそこには彼もいます。……顔くらい、合わせるべきなんでしょうね」
最後の呟きには、昔のマヒトに戻ったような気がした。
それに驚いた道世は動きを止めてしまい、「どうかしましたか?」と心配される。
「いや、あんたにも人間味が残ってたんだと思ってね」
「……」
二人は、それぞれの付き人に、先に日本に戻っていると告げる。
それからマヒトは杖を掲げると、魔法陣を展開して道世と共に日本へと飛ぶ。
目的地はネオユートピアだが、今回降り立ったのはホント株式会社の前だった。
「……何を考えているんだい?」
「受け取る物があるのでしょう。さあ、早く」
その済ました笑みに舌打ちをしたくなる。
だが、ありがたいのも事実だった。
「少し待ってな」
道世はそう告げて、ホント株式会社に入って行く。
受付に探索者協会の会長だと告げると、直ぐに本田源十郎へと連絡を取ってくれた。
ありがとよとお礼を言い、エレベーターで最上階を目指す。
エレベーターが上昇する間、過去を振り返る。
道世ら無鉄砲だった若かりし頃、私にはなんでも出来ると信じて、探索者活動を開始した。
それは周りを巻き込んでおり、友人知人を半ば強制的にパーティに参加させていた。
その中には天津輝樹も含まれており、無理矢理加入させてしまったせいで、かなり嫌味を言われてしまったりもした。
それでも、ついて来てくれたのは、輝樹の優しさからだろう。
道世達の探索者としての活動は、正に快進撃と言って良かった。
当時の史上最速で20階と30階を突破し、その間にも新たな仲間が加わり、戦力を増やしていった。
何もかもが順調だった。
本田源十郎や他の探索者と衝突する事もあったが、それも含めて順調だった。
40階を突破し、クイーンビックアントを偶然にも発見して討伐した。手に入れた生命蜜をみんなで飲み、更に戦力を増強する。
装備も一新して、更には探索者協会会長である平次にも指導を受けており、現役の探索者の中でも最強格となっていた。
勢いを落とす事なくダンジョンを潜り続けて、当時の最速で50階までたどり着き、ボスモンスターを撃破した。
全てが順調だった。
順調な中でも、ひとつだけ失敗がある。
探索者として活動する中で、輝樹とそういう関係になってしまったのだ。
恋人になった訳ではない。
探索者として活動する中で、恋人というよりも、仲間として受け入れてしまった。
それでも、そういう関係にはなったのは、お互い思い合っていたからだ。
この頃から、探索者パーティでの恋愛は成就しないと噂が広まり始めていた。
まあ、私達はそんなんじゃないからねぇ。
なんて言い訳をしていても、やる事はやっていれば体に変化だって起こる。
そう、大事な時期に、これまでチームを引っ張って来た道世が妊娠したのだ。
それはもう責められた。
どうして言わなかったんだと、無茶せず安静にしろと、相手はどこの勇者だと散々怒られた?
母にも連絡が行き、輝樹の父親にも知らせが行った。
それからはもう、てんやわんやで、怒られて祝福されながら、今でいう授かり婚をした。
輝樹と二人で、周りがわちゃわちゃしている様子を、どうなるんだろうね? と他人事のように見ていたのを良く覚えている。
二年間の探索者活動の休止を宣言して、出産に備えた。
家事は母に手伝ってもらい、輝樹は探索者協会に就職して、新人探索者の指導を行うようになった。
穏やかな日々が過ぎて、大道が生まれると喧しくも充実した日々が始まる。
概ね順調だった。
道世の人生は幸福で、概ね順調だった。
だが、探索者を辞められなかったばかりに、幸せを失ってしまった。
休止宣言から二年後、道世は大道を母に預けて探索者に戻る。
二年経ったというのに、仲間のメンツに変わりはなく、寧ろ各々鍛えておりレベルアップしているようだった。
焦りがなかったかと言われると、少しはあった。
だが、それ以上に頼もしい仲間がいてくれて嬉しかった。
輝樹も定期的に50階以降に潜っていたようで、その動きも洗練されていた。
これなら、60階まで行けるはずだ。
全員が平次に並ぶ探索者になれると信じて、探索を進めていく。
一年が過ぎ、二年目でようやくダンジョン60階に到達する。
51階からの環境は最悪で、雪原が広がり、底の見えないクレバスが数多く存在していた。そんな中でも強力なモンスターは現れ、しかもこれまで以上のフィールドの広さだ。だから、到着までに二年も掛かってしまった。
だが、たった二年で到達した。
きっとここまでが、道世の、このパーティの絶頂だったのだろう。
「よう、お前らが巷で噂の、最強の探索者って奴か?」
ボスが出現する門の前に、右腕が機械になっている男が刀を肩に乗せて座っていた。
どうしてここに人が?
私達よりも先に来た奴がいるのか?
そう考えて困惑していると、男が立ち上がり刀を向ける。
「おい、さっさと答えろ。ここは寒くて嫌いなんだよ」
何でもないように殺気を飛ばして来る男。
だが、その殺気は果てしなく強大で、全員の体が硬直して動けなくなってしまった。
「チッ、ただの雑魚じゃねーか」
男は殺気を解くと、右腕を刀の柄で打って抗議する。
「何でこいつは人の顔が判別出来ないんだ。男か女かも理解してねーじゃねーか」
何を言っているのか分からなかったが、殺気が解かれて、ようやく道世達は動けるようになった。
「……あんたは、一体、何者なんだい?」
「あ? お前らの先輩探索者だよ。んで、今からお前らの中に、目的の奴がいるのか確かめる。死にたくなけりゃ気張れよ」
「何を言ってっ⁉︎」
走る刃に辛うじて反応して、道世は空間魔法を使い回避する。それが合図となり、全員が戦闘に入った。
「いいねぇ、悪くない。だが、弱い」
分かっていた。敵わないのは、最初に見た時から分かっていた。だが、引くわけにはいかなかった。引いた瞬間に、殺されるのも理解していたから。
全員が必死だった。
必死に抗った。
でも、無駄だった。
最初にやられたのが宗近友成。
武神と呼ばれるほどに戦闘能力が高く、武器の扱いについては平次でも舌を巻くほどの技量の持ち主だ。
そんな彼が最初にやられて、パーティはあっさりと瓦解した。
雪の中に倒れた宗近を治療しようとして、治癒師は呆気なく倒された。
男の気を引こうとした斥候は、あっさりと接近されて腹を殴られて意識を奪われた。
魔法使いは必殺の魔法を放つが、機械の腕に吸収されて一瞬で捕まり、全ての魔力を奪い取られて気絶した。
不甲斐ないと彼らは思うだろうが、それだけ実力に差があったのだ。
だが、そんな中でも道世と輝樹は善戦したと言っていいだろう。
道世の空間魔法と収納空間に納められた数多の武器を使い、男を翻弄する。
輝樹の正面からの大きな一撃は、男でもダメージを受けるほど強く、距離を取らせるのに成功していた。
そんな二人を、この男はじっくりと観察する。
「……こっちだな」
呟くと同時に、迫っていた輝樹と倒れた他の仲間を纏めて吹き飛ばしてしまう。唯一、最初にやられた宗近だけは、その範囲から外れていた。
「みんな⁉︎」
意図的に外された道世は、クレバスに落ちて行く仲間達を見て後を追おうとする。しかし、そうはさせないと男は動き、道世の首を掴む。
「くっ⁉︎ は、離せ!」
その言葉を無視して、男はじっと道世を見ていた。
じっと見つめる目の瞳孔は開いており、光を宿していない。この男からは生を感じられなかった。
怖い。
これまで、修羅場と呼べる窮地には何度も遭って来た。
だが、恐怖するような事は一度もなかった。
どんなに困難な状況だとしても、強い意思を持って挑み続けていた。だが、この男はどこかおかしい。
強い云々の話ではなく、生きているのかすら怪しい。
そして、それを証明するかのように、先程までとは違った声音が発せられる。
「お前ではない。大樹の加護を受け、様々な武器を扱うのは似ていても、肝心な物を宿していない」
機械の手が動き、全ての魔力を奪われる。
そして、まるで子供が玩具を捨てるように、クレバスへと放り投げられた。
落ちて落ちて、真っ暗な世界を落ちて、次に目を覚ましたのは世界樹が守護する世界だった。
音が鳴り、エレベーターが目的の階に到着したと教えてくれる。
扉が開き、廊下の突き当たりにある社長室に向かう。そこに、ノックもなく「入るよ」と言って立ち入ると、待っていたであろう源十郎に溜息をつかれた。
「本当に輝樹の手帳があるんだろうね?」
「挨拶も無しにいきなりだな」
「あんたに、余計なこと言う必要はないだろう? 昔は拳で語れって言ってたじゃないさ」
「そんな昔の話は忘れたな」
「ボケでも始まったのかい?」
「ふん、俺だってもう平次さんが亡くなった歳なんだ。衰えくらいする」
肉体は相変わらずの筋骨隆々だが、去年死にかけたのは事実。どれだけ鍛え上げられた探索者でも、己の衰えは自覚するのだろう。
そんな源十郎は、引き出しから古びた手帳を取り出して机の上に置いた。
「輝樹の手帳はここにある、それと装備も揃っている。刀以外はあの時のままだ」
「……そうかい」
震えそうな手を必死に抑えて、手帳を手に取る。
手帳をめくると、『すまない』と書かれており、その文字は間違いなく輝樹の物だった。
前半のページは、ダンジョンに現れるモンスターの弱点や動きの特徴が書かれていた。だが後半からは、奈落と名付けた世界で、必死に生きようとしていた仲間達の最後が記されていた。
ページをめくる手が震える。
めくる度に、居なくなった仲間達の顔が思い浮かぶ。
そして、最後に書かれた輝樹の文字は、道世に対しての思いと謝罪の言葉だった。
締めくくりに、この手帳を届けてくれと懇願する言葉が綴られていた。これを届けてくれた人物には、全てを渡すと記されているが、この願いが届いたのはきっと奇跡なのだろう。
「……大丈夫か?」
「黙ってな。デリカシーの無い男が、女の涙に触れんじゃないよ」
手帳を見直しながら、涙が溢れて来る。
嫌だねぇ、歳取ると涙脆くなるよ。
そう思いながら、ハンカチで涙を拭い手帳がこれ以上汚れないようにする。
戻って来た。
仲間達が、最愛の人が戻って来てくれた。
それだけが、ただただ嬉しかった。
「これ、貰っていくよ。……何かお礼しなくちゃね、何がいい?」
「いらん。儂も渡されただけたからな、礼なら田中にやってやれ」
「田中ってのは、田中ハルトかい?」
「ああそうだ。お前も知っていたんだな」
「あれだけの存在感だよ、隠す方が難しいだろう。それにしても……あいつが権兵衛なのかい?」
ダンジョンでは、時間さえも超越する存在がいると平次に聞いていた。だから、権兵衛が未来に現れるというのも知らされていた。
それに予感もあった。世界樹の加護を受け、収納空間のスキルを見た時から、あの男が追っている奴ではないのかと。
「宗近から知らされて、田中を見て来たが、あの世界でも生きて行けるだけの力を手にしたのかい?」
道世は天使に連れられて、奈落の世界に住むモンスターを見ている。
それを見て勝てないと確信した。
どれだけ鍛錬を積もうと、どれだけレベルを上げようと、あのモンスター達には勝てないと理解した。
存在としての格が、余りにも違い過ぎた。
だから、それらに勝利する田中は、きっと想像も付かないほどの高みに至っているのだろう。
そんな男に、何かお礼が出来るだろうか?
考えながら視線を動かすと、時計が目に入る。
時刻はすでに十八時を回っていた。
「おっと、長居しちまったねぇ。人を待たせているから、もう行くよ」
「ああ、久しぶりに昔みたいに飲もう。お互い老い先短い身だからな」
「嫌だねぇ、まだまだ三十年は生きるつもりだよ。でも、そうだね、宗近も誘って飲むのも悪くはないかもね」
昔は衝突した仲だが、一緒に酒を飲み交わした仲でもある。あの頃を知っている奴らを集めて、飲むのも悪くないなと思ってしまった。
待っていたマヒトと合流すると、今度こそネオユートピアに飛んだ。
そしてそこでは、地獄のような光景が広がっていた。