幕間37(天津道世)その1
11月25日、オーバーラップノベルス様より一巻が刊行されます!
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書籍はWEB版を大量に加筆しております。
新たなエピソードも加えております。
18時にも投稿します。
明日は本編に戻ります。
幕間ばかりで申し訳ないです。
天津輝樹の手帳を預かっている。
その知らせが届いたのは、豪州で新たに発見されたダンジョンについて、交渉を行っている最中だった。
以前にも、亡くなった夫の手記を持っている奴がいると、探索者協会で報告を受けていた。
しかし、何も知らない受付は、アポを取ってないと会えないと追い返してしまった。
それは仕方ないと、特に責めるような真似はせずに、次に来た時は通すようにと指示をしただけだった。
だが、それからそいつは一向に現れなかった。
リーゼントをして、世紀末のアニメに出て来そうな服装をした男。聞いただけで頭が痛くなりそうな格好だが、そういう輩は一定数存在していたりする。
所謂、ネタに走った装備だ。
大学のサークルで面白半分で潜る奴に多くみられ、その一度きりで二度と同じ格好はしなくなる。
何故なら、大抵の場合コスプレで、防御力が無いからだ。
そんな話はいいとして、今回連絡をよこしたのは、天津輝樹の存在を知っている奴からだった。
「輝樹の手帳を預かっている。平次さんが言っていた、権兵衛が持って帰ってくれた」
そう告げたのは、本田源一郎だった。
源一郎は道世よりも年上で、平次よりも年下の探索者だ。
現役時代は、怪力無双と恐れられた探索者でもある。
今では、ホント株式会社の会長をしており、家族との生活を満喫しているただの老人。
最近は、グラディエーターに契約した探索者を出場させており、探索者協会に商品を卸すのを断って、関係が冷え切っていた。
もしや、それを交渉材料に?
一瞬疑ったが、あの男はそんな真似をするような奴じゃない。
それに、権兵衛と言った。
義父がよく言っていた男の渾名だ。
平次が名付けており、代わりにナナシと平次は呼ばれていたと聞く。この話は、源一郎も知っているからこそ、この名前を出して来たのだろう。
「どうかしました?」
隣に座った老人が話しかけて来る。
「なんでもないよ、にしても厄介な物を見つけたもんだよ」
道世の隣に座るのは、大きな杖を持った老人、世樹マヒト。
今回、豪州でダンジョンを発見した人物でもある。
「はっはっはっ、すいません。いろいろと立ち寄ってたら偶然」
「そんな偶然あるもんか。あっち絡み忙しいんだろうが、娘の世話はちゃんとしな」
嫌味を言ったつもりだったが、マヒトは笑みを浮かべて「そうですね」と同意するだけだった。
軽口を叩いたりしているが、道世はマヒトが苦手だった。
最初から苦手かというと、そうではない。
時間が経つにつれ、段々と人間味が薄れて行っているような気がして怖くなったのだ。
得体の知れない化け物。
世樹マヒトという存在を、そう感じ取っていた。
道世は過去に、ある男によってダンジョンの最下層に落とされている。運良くユグドラシルの上に落ちて、地上に戻されているのだ。
その時に、平次とマヒトが世界樹と関係していると知った。
だから、高次の存在に影響を受けたせいかと考えたが、平次を見る限り変化はなく、どうにも違っているようだった。
相談をしても、平次は平気だと言って真面目に取り合わない。息子の大道も、マヒトを師匠と呼んで慕っており、道世が言った所で聞きもしないだろう。
誰も私の意見なんて聞きゃあしない。
おかげで、今も隣で人のフリをする化け物と一緒に、会談を行うハメになっている。
三日間の会談を経て分かったのは、めちゃくちゃ嫌われているという事だ。
豪州への探索者協会の設置、それに伴って人員の派遣と現地の人員育成。現地物流会社との提携、卸先との協議を行い、豪州のみでダンジョンの物資を消費するよう調整。輸出する際は、魔力の宿っていない食肉に野菜を加工した物のみを限定とする。などなど、多くの要望を出して、全て却下されて来た。
そりゃそうだろう。
ダンジョンから産出された物を海外に売り払って、魔力を外にばら撒けば、世界の終焉が早まると説明しても、そんな情報は誰も信じない。
そもそも、日本も便利だからと輸出している物もあり、説得力が皆無なのだ。
その中でもネオユートピアは良い例で、大量の魔力を毎日消費し続けている。世界が滅びると言うのなら、そこからどうにかするべきなのに、寧ろ規模を広げていた。
だというのに、規制しようなどと、ふざけた話でしかない。
もっと言うと、日本は世界から恐れられている。
兵器の所持数という点では、大した物ではないのだが、人や兵隊という面から見ると、探索者という化け物を大勢飼っているように見えるのだ。
怖いのだ。国全体としては温和な性格をしていても、そこに住む全員が同じではない。
特に、探索者は争いを好む傾向にあるのも問題だ。
戦争になり、一人でも探索者が国に攻め込めば、その被害は計り知れないだろう。
だから恐れられている。
恐れられているせいで、いつでも大量破壊兵器を発射出来るように、準備されているという噂話まであるくらいだ。
どちらにしろ断られると分かっていたから、道世は率直な要望を出した。
それは、何をやっても変わらないと、心のどこかで諦めていたからかも知れない。
「では、我らミンスール教会は如何でしょう? 私達はあくまでも、住民の方々に寄り添う活動を行っているだけです。特別な治療には、相応の対価は頂きますが、常識の範囲内と考えております。主な活動としては皆様の治療、治癒師の育成に力を注ぐつもりです」
これには強い賛同を得られた。
元々今回の会談は、国と探索者協会との会談ではない。
国とミンスール教会との会談だった。
探索者協会は、そこに加えて欲しいと願い参加させてもらっただけである。
当初は、副会長がこの会談に参加する手はずだった。
提案する内容も、本来なら豪州寄りの物を考えていた。だが、道世が参加する事になり全てを変更したのである。
何故、参加者を変更したのか。
それは、マヒトからの要望があったからだ。
この行動に何の狙いがあるのか分からない。
探索者協会から道世を離したかったのか、日本から道世をどかしたかったのか。どちらにしろ、今の状態では何も出来ない。
しかし、会談が終わり昼食の時間になると、珍しくもマヒトに呼び止められた。
「なんだい? 明日には帰るんだ、これ以上の用事もないだろう」
「一緒に昼食でも如何かと思いましてね、お話したい事もあるので」
これ以上、何を話すというのか。
そう疑問に思いながらも、付き従う者達に離れていろと合図をして、マヒトに着いて行く。
場所はホテルのレストラン、その個室に二人で入る。
この個室には盗聴器が仕掛けられており、マヒトは杖を叩いて電流を流すと、全ての盗聴器を破壊した。
「分かっていながら、どうしてここを利用するんだい?」
「それだけの話があるという事です」
それは緊急を要する内容なのだろう。
道世はマヒトを油断なく見つめ、構えるように椅子に座った。
「話というのは、今回、貴女をこの会談に呼んだ事です」
「おや、ただの嫌がらせなのかと思っていたよ」
そう皮肉を込めて言うが、マヒトの表情は変わらない微笑みを浮かべていた。
この表情は、マヒトの娘でもある麻耶もよくやっている。
ただ、あっちは裏の顔を隠す為で、ある意味分かりやすい表情だ。だが、マヒトの物にはそれが無い。
ただ演じているようにしか、印象を受けなかった。
まるで、人間を演じる化け物のようだと感想を持った。
「率直に言いますと、ある出来事が起こったら直ぐに道世さんと転移する為です」
「ある出来事? それはなんだい?」
「麻耶は、ネオユートピアに設置したある装置を動かそうとしています。それは、ネオユートピアの存続に関わるほどの大事件をもたらすでしょう」
「それがなんだいって聞いているんだよ」
勿体ぶった態度に苛立ちを覚える。
だが、次の言葉で道世は頭が混乱する。
「ネオユートピアを、ダンジョン化しようとしています」
「……何を言っているんだい?」
この男が何を言っているのか理解出来なかった。
マヒトがユグドラシルから出された指令は、ダンジョンの危険性を世界に知らせる事と、世界を延命させる方法を伝える事、それから世界の侵食状況の把握のはず。
それなのに、どうしてダンジョンが増えるという話になるのか、まったく理解出来なかった。
「……私は、この世界を見て来た。人の良い面も悪い面も、ずっと見て来た。それで分かったのは、人というのは、大多数の欲望の為に動くという事でした。だから、私の話を誰も信じようとしないのも、それは仕方ない事だと理解しています。ダンジョンには膨大な資源が眠っていて、誰もが利用しようと考えるのは自然なのでしょう」
「自分の話を信じないから、強硬手段を取るってのかい?」
そんな子供の発想をしているのか! と怒鳴りたくなる衝動を抑える。
「いいえ、ただダンジョンの危険性を知ってもらおうと考えただけです。世界に、正しい認識を……いいえ、違いますね……それだけじゃない」
マヒトは目を伏して、顔を手で拭う。
すると、先程までの微笑みは消えて、無表情の誰かがそこにはいた。
「私達は絶望したんです。この世界の人間は違うのではないかと、危険を知って、皆が生き残る為に行動するのではないかと期待した。でも、違った。あの世界の奴らと、何も変わらなかった……」
「……何を言っているんだい?」
感情が無いかのような、抑揚のない喋りはどこか不気味で、道世はそう聞き返すしかなかった。
「……ただの老人の独り言ですよ」
いつもの作り笑顔を浮かべたマヒトは、目の前の道世を見ているようで、どこか遠い場所を見ているかのようだった。