幕間36 ①(黒一福路)
11月25日、オーバーラップノベルス様より一巻が刊行されます!
12時と18時にも投稿します。
明日も幕間になります。
時間は午前中にまで遡る。
朝早くから、夢見焔の遺体が発見されたと連絡が入った。
昨日、炎に飲み込まれながらも助かったというのに、なんと残念な結末を迎えてしまったのでしょう。
黒一はそう呟きながら、身支度を整える。
これから遺体の見分を行わなければならず、捜査に適した人員である、宮塚影美を連れて行く。
影美は元々霊感を持っているのに加えて、【霊視】なるスキルまで手に入れてしまった人物だ。以前は看護師として働いていたが、度重なる霊の干渉により職場を追い出されてしまった。
そこに運悪く、墓参りに来ていた黒一に見つかり、そのままスカウト(強制)されてしまったのである。
更に運の悪い事に、黒一の見立ては正しく、新たに獲得したスキルが追跡や解析といった有用な能力ばかりだったのだ。
「影美さん、起きてますか? 準備が出来たら行きますよ」
影美が泊まっている部屋をノックすると、起きているのを知りながら声を掛ける。
数秒もすると、ガチャリと扉が開いて影美が姿を現した。
「あのー、さっきまで仕事していて、今し方戻って来られたんですよ。今回は総司君か遊香さんを連れて行ってもらえませんか?」
気まずそうに、視線を逸らしながらのお願い。
ダメ元で言っているのがよく分かる。
「行きますよ。二、三日寝なくても案外平気ですから」
事実、黒一もこの五日間は、まともに眠れていない。
連続して、探索者による事件が発生しており、探索者監督署の人員が総出で当たっている状況なのだ。
それこそ、まるで何者かが意図的に起こしているかのようだった。
誰の仕業か尋問しようにも、犯人は全て自害しており、影美の霊視を持ってしても何も答えなかったのだ。
それはまるで殉教者のようで、何かを心から信じて口を閉ざしていたのだという。
世樹麻耶。
殉教者と聞いて、まず思い浮かんだ人物だった。
ミンスール教会という世界樹を崇拝する宗教団体。
新興宗教のように小さな団体ではあるが、その構成員の大半が探索者というかなり危険な集団である。
そして何より、
「世樹マヒト、彼には早く引退して欲しいんですけどね」
「?」
生ける伝説。探索者協会の影の立役者。
当時の日本政府には、天津平次よりも危険視されていた人物。
そして何より、黒一の力を持ってしても力が測れなかった存在だ。
若かりし頃、ミンスール教と揉めた際に一度挑んでおり、本田源一郎が間に入ってくれなければ、黒一は容赦なく殺されていただろう。
世樹マヒトとはそういう人物だ。
今は大人しくしており、政府からの監視も解かれているが、黒一はその姿を信じていない。
対面して分かる異質さ。
麻耶よりもずっと異常な存在。
黒一は、いずれはマヒトを倒すと心に決めて、ダンジョンに挑んでいた。
だが、強くなればなるほど、彼我の差を実感するようになる。
40階を突破し、50階を突破してもそれは変わらなかった。
「最後に無事が確認されたのは、昨晩の0時。その時は意識もあり、妹とも会話をしていたようです」
「……亡くなったのは、ここではありませんね。死後、こちらに運ばれたようです」
「火口香織の時と同様ですか……」
まるで、影美のスキルを把握しているかのような行動。
死者の魂は、己の肉体に寄り添うのではなく、死んだ場所に留まる。それ故に、遺体を動かされては霊視のスキルが効果を発揮出来ないのだ。
「はい、移動した方法も空間魔法によるものか、アイテムボックスを使用したと思われます。微かに魔力は残っていますが、追跡は途中で切れてしまっています」
「それも同じですね。容疑者は今もホテルに滞在中ですけど、そのようなスキルは持っていないのは確認済みですし、共犯者がいる形跡も無い。病院の映像はどうなっています?」
近くを通った者に確認すると、病院側に確認中という。
それなら、直接見に行こうという事になり、車に乗り移動する。もう少しでネオユートピアのゲートという所で、影美が待ったを掛ける。
「止まって下さい。いました、あそこが殺害現場です」
影美が見ている方向は、海沿いにある岩場。岩の背が高く影になっている所もあるが、満潮時には隠れてしまうような場所だ。
車を降りて、黒一は影美を抱えると岩場に飛び降りた。
「…………はい、確かに伝えておきます」
何も無い所に向けて話をしていた影美は、頭を下げて礼をする。
すると、何も無いはずの場所で、何かが動く気配がした。しかし、それも直ぐに収まり、何事も無かったかのように波の音だけが響いていた。
「どうでしたか?」
「犯人は分かりました。ただ、動機がはっきりとしません。彼女と共犯者だったようですが、裏切る理由が……」
「共犯? おっと、今は車に戻りましょう」
足元に波が迫って来ており、ここに止まっていては海に飲み込まれてしまう。
路肩に止めていた車に戻ると、影美が口を開く。
「黒一さんは、四年前の出来事を覚えていますか?」
「ええ、影美さんが加わった頃ですね」
「はい、その頃に元探索者による犯罪が急増したのは覚えていますか?」
「確か、半グレに元探索者が加わってたんですよね。中には、後ろ盾にプロの探索者がいたりして、大変でしたね」
「そうです。その関係で、麻布針一が逆恨みから犯行に及んだものだと推測していました」
「……」
「今回死亡した夢見焔、加賀見レント、大吹インカは、その半グレを裏で操り、手駒として使っていたようです」
「それを知って犯行に及んだと。では、火口香織はどうして殺されたんでしょうか?」
「違うんです。夢見焔を殺したのは、麻布針一ではなく、大吹インカです」
黒一は顎に手をやり考える。
予想とは違う名前が出て来たが、驚きはなかった。
寧ろ、なるほどと納得もした。
大吹インカの素性は調べてある。
海外より移住後、九州にある外国人にも解放されたダンジョンに潜り、頭角を表す。その後、帰化して日本国籍を取得。加賀見レント率いるパーティにスカウトされて、ダンジョン40階を突破し、パーティごと探索者監督署に所属する。数年間働き、引退。それからMRファクトリーと契約をして現在に至る。
経歴としてはこのような物だが、一つだけ問題があった。
九州で活動中に、ミンスール教に入信していたのだ。そこで様々なサポートを受けており、世樹麻耶とも接触していたのが確認されている。
もしも、あの女に魅了されて、指示に従っていたとしたら、仲間殺しも十分にあり得ると考えたのだ。
だが、と気になる事も出来た。
「では、殺した手口はどうなんでしょう。夢見焔と火口香織の殺害方法は同じですが、加賀見レントの殺害はどのような手段を用いたのでしょう?」
大吹インカは凄腕の魔法使いだ。
だが、誰にも気取られずに、加賀見レントを殺す規模の魔法を使えるような技量は無い。
それが判明しなかったから、麻布針一の逮捕も粛清も出来なかったのだ。ただ動機があり、子供を置いて突然現れた怪しい存在。それだけで、疑うには十分だった。
「分かりません。もう、本人に聞くしか……」
「そうですか……一度、現場に戻りますよ」
すれ違った車に、麻布針一の姿を見た。もしも、彼が犯人でないのなら、どうしてこの道を通る必要があるのだろう。
麻布の家も仕事場も、全てが反対側にあるのだ。
車を走らせ、現場に戻る。近くには麻布が乗っていた車両も停車されており、現場検証している警察に目を向けていた。
隠蔽を使い、黒一は己の印象を操作する。そして、呪詛の準備をして麻布に接触する。
「おはようございます。なんだか、物騒な事件が起こっていますね」
「え? おはようございます」
「お散歩ですか?」
「ええ、そんな所です。あの、あそこで誰か亡くなってたんですか?」
麻布は黒一を見ずに、現場検証を行っている方を見続けている。
「女性の方が亡くなられたようですよ」
「そうなんですか……。こんな場所で……」
「別の所で殺害されて運ばれたようです。何か心当たりはありませんか?」
「いえ、私は何も……貴方は警察の方ですか?」
「ええ、そんな所です。では、改めて質問します。亡くなった……今は止めておきましょう。彼が来てしまったので、話は別の機会に」
訝しむ麻布だが、黒一の言葉の意味が分かったのか、車を置いて急いで離れて行った。
黒一は振り返ると、道の先から歩いて来る人物を見る。
探索者とは思えないほど体格が大きな男性。
一度は戦い圧倒したが、今やり合えば間違いなく負けるだろう。
田中ハルト。
短期間で、信じられないほどの力を手に入れている。
この男は、もしかすると、世樹マヒトよりも強いかも知れない。
だからこそ、邪魔だけはされたくない。
この男が介入すると、何もかもを破壊しそうなイメージが湧いてくる。
黒一は極めて柔和な笑みを作り、田中に近付いて行く。この男にスキルの効果が無いのは、前の接触から理解しており、今はもう使っていない。
「おやおや田中さん、奇遇ですねこんな所で」
「気持ち悪い笑い浮かべてんじゃねーよ。んで、ここで亡くなったのって、夢見焔で間違いないのか?」
「おや、お知り合いでしたか。これはなんと言いますか、大変お悔やみ申し上げます」
「ふざけんなよ。で、どうなんだ?」
「ええ、そうです。死因は魔法による焼死でした。彼女も探索者として実績のある方でしたが、油断した所を狙われたようです。田中さんには、何か心当たりが?」
「……ねーよ、そんなもん」
「とはいえ、犯人は特定出来ていますけどね」
「……だからなんだよ」
ぶっきらぼうに言い放ち、視線を逸らす田中。
その田中に近付いて、お願いをする。
「邪魔、しないでくださいね」
そう告げると、チッと舌打ちをして去って行った。
田中は、勘違いをしているだろう。だが、修正するつもりはない。そもそも、麻布針一の容疑が晴れた訳でもないのだ。
接触して分かった。
カルマは見えなかったが、長年の直感が告げていた。
麻布はこの事件に関与していると。
「さて、どうしますかね」
起きている事件は他にもあり、さっさと解決したい所ではあるが、やり方を間違えれば田中は乱入して来るだろう。
それに、ミンスール教の動きも気になる。
九州から、多くの外国人探索者が行方不明になったとも報告を受けていた。行方不明の大半がミンスール教の信徒だという話もあり、油断出来ない状況が続いている。
やれやれという気持ちを押し殺して車両に戻ると、フリーズした影美がいた。
「影美さん?」
「……黒一さん、今の方は誰ですか?」
「誰とは? 田中さんなら、影美さんも知っているのでは」
「田中さん? あの方は人、なんですか?」
何を言っているのか理解出来ずに、顔を上げて田中の後ろ姿を見る。
太ってはいるが、どこにでもいる普通の男性だ。
特別に何かを感じる事はなく、カルマもまったく感じない。口調や態度はふざけた所はあっても、間違いなく善人だろう。
だから、影美が何を言っているのか理解出来なかった。
さっきまでは。
田中が振り返り、目が合う。
「っ⁉︎」
巨大な何かを幻視する。
その幻も一瞬で消えるが、全てを切り裂きそうなイメージだけは残ってしまった。