幕間35(世樹麻耶)(天津大道)
(世樹麻耶)
大道が戦っている頃、麻耶は闘技場を離れてネオユートピアに戻っていた。
黒一は多数の事件を抱えており、こちらを気にする余裕は無い。
麻耶を警戒していた大道も、下らないイベントに参加させて一時間は離れている。
そして、最大限に警戒しなければならない父も、今は日本にはいない。
わざわざこの時間を設ける為に、様々な手段を用意した。
本来ならば、ここまで急ぐ必要はなかったのだが、麻耶という存在価値を示すために必要な行動だった。
「麻耶様、こちらになります」
「ええ、ええ、分かっておりますとも。私が作り出した物ですから、どのようにすれば良いのか理解しております」
側近を連れて訪れたのは、ネオユートピアの端にある魔力精製所。
ここから精製された魔力が、様々な魔道具を動かすエネルギーとしてネオユートピア全体に送られている。
「本当に可能なのでしょうか? 永遠に魔力を供給するなど」
ここまで案内した職員が呟く。
それに反応したのは側近で、麻耶という絶対的存在を否定した者を強く睨み付ける。
もしも、麻耶が許可を出したのなら、即座に亡き者に変えていただろう。
しかし、穏やかな口調の麻耶は職員に丁寧に接する。
「ええ、間違いなく。ここにある賢者の石は、単体で膨大な魔力を生み出し続けております。これ一つで、ネオユートピアは永遠のエネルギーを手に入れるのです」
「おお、それは素晴らしい。ですが、そのような貴重な物を、誰の目もなく使用してもよろしいのですか? 催し物を開けば、ミンスール教の支持者も集まるのでは……」
「問題ありません。そのような目的で、我々は活動しておりませんので。我らに付いてくる者さえ救われたのなら、私はそれ以上は望みません」
その言葉に違和感を持った職員だが、これ以上の問答は許さないと側近に睨まれてしまい、大人しく下がった。
麻耶は前に進み、今も大量の魔鋼石が変換されている魔力炉に近付いて行く。
仮に、一般人がこの中に入っても、人体には何の影響も無い。
何故なら魔力が生み出されているだけで、魔力を内包していない者には何の影響もないからだ。だが、ダンジョンに潜り、一つでもレベルを上げていれば大量の魔力の影響を受けて、その身は分解されるだろう。
しかし、それもプロ探索者レベルまでになれば耐えられる程度でしかない。
ただし、それはこの程度の魔力量ならばだ。
もしも膨大な魔力が使用されたら、一般人だろうとプロの探索者だろうと、平等に分解されてしまうだろう。
そんな魔力炉の中に入って行く麻耶。
ヒリヒリと魔力が震える感覚がある。
いつもなら鬱陶しい感覚も、それも今は心地いい。
目標の達成。
これで、あとは待つだけで良い。
手に持った一つの鉱石を掲げる。
それは琥珀色の球体で、その中心には光輝く魔力の塊があった。これは、ネオユートピアを百年は賄えるだけのエネルギー量ではあるが、永久というほどの物ではなかった。
これは賢者の石ではない。
というより、そんな物はこの地上には存在しない。
魔力を流して、球体を発動する。
すると一つの魔法陣が広がり、魔力炉に張り付いて行く。
これは転送する為の魔法陣。
世界樹がある地へと、繋がる道を開く魔法陣。
この計画は、ネオユートピアを建設する段階から始まっていた。
世界樹の枝より送られて来るイメージに従い、パスをネオユートピアに配置して行った。
空から見れば、巨大な魔法陣になっていると気付くだろう。知識ある者が見れば、これが意味のある物だと気付いただろう。
だが、その内容まで理解した者はいない。
「お父様は気付いていらしたけど、どうして放置したのかしら?」
その疑問も、今はもうどうでもいい。
全てを終えて魔力炉から出る。
そこには、倒れた職員と側近がいた。
「何をやったんですか、麻耶っ!」
「あら、遅かったですね梨香子。貴女なら、もっと早くに仕掛けて来ると思っていましたよ」
側近と職員を昏倒させたのは一ノ瀬梨香子。
近衛隊に所属しており、マヒトの指示で動く存在でもある。
「ふざけてないで答えなさい! 今の何ですか? 貴女は何を考えているんですか⁉︎」
麻耶にとって梨香子は、一度は心を許した相手だ。
良い友人になれたと思う。
だから、最後に忠告しよう。
「その内分かりますよ。これも、明日中には発動していると思うので、梨香子はネオユートピアから離れて下さい」
「だから、何をしたのか聞いているんです⁉︎」
だが、その忠告も聞かないのなら、もうお終い。
「梨香子、貴女は判断を誤りましたね。貴女がすべきは大道と共に来るべきでした。たとえ間に合わなかったとしても、貴女の命は助かっていたのですから」
麻耶の背中から純白の翼が広がる。
その姿を見て、梨香子は息を呑み動けなくなってしまった。
狂った天使のなり損ないが、友人だった一ノ瀬梨香子に襲い掛かる。
ーーー
(天津大道)
どこぞの太った探索者に殴り倒された大道は、闘技場の医務室で目を覚ました。
「……ここは?」
「あっ、大道さん起きましたか?」
声がした方に顔を動かすと、二人の女性が立っていた。
この二人は聖女部隊に所属しているが、麻耶の支配下にない者達だ。
理由は、教祖のマヒトが連れて来ており、麻耶でも無闇に指示できない存在だからだ。
「小梅と牡丹か、どうして俺は寝てたんだ?」
「覚えてないんですか?」
「ああ、どうして俺はここにいる?」
記憶が完全に飛んでいる大道を見て、二人は驚く。そして、グラディエーターのイベントに参加して、敗北したという事を簡潔に伝えた。
「俺が、負けたのか?」
「はい、凄まじい戦いでした。それから、相手の選手から伝言があります」
「伝言?」
「はい、今度剣を貰いに来ると言っていました」
「剣?」
剣と聞いて訝しむ大道。
それを見た小梅が、壁に立て掛けてある長剣を指差した。
「っ⁉︎ 馬鹿な! どうしてこれがここにある⁉︎」
「大道さんは、この剣を使って戦っていたんです」
「これを使って、負けた?」
大道は、そんなはずはないと否定したかった。しかし、長剣を出現させており、こうしてベッドの上に転がっているのなら、そうなのだろう。
「……相手はどんな奴だった?」
「太っていて、黄金のマスクを付けていました」
「なんじゃそりゃ?」
余計に相手が分からなくなった。
だが、それよりも長剣を戻すのが先だ。
手を伸ばして、長剣を肉体に戻そうとする。
「ん?」
何度か手を伸ばすが、長剣が戻って来る気配が無い。それ以上に、長剣との繋がりが薄くなっている感覚がある。
そんな、まさか。そう心の中で狼狽えながら、直接長剣を手に取る。
大道は、頭の中に流れてくる意思を感じ取った。