ネオユートピア12
18時幕間投稿。
これから先、幕間投稿が多くなります。
夢見焔が炎に巻かれて、この試合は相手選手の勝利となった。
そう、試合は中止にならずに続行されたのだ。
次の試合も変わらずに行われており、先程の出来事は自爆したとして処理された。
だったら、夢見焔は生きているのだろうと思うだろう。だが実際は、その生命力は急速に萎んでいた。専属の医療班が治癒魔法を使って治療しているようだが、間に合っていない。
俺は、それを空間把握で捉えていた。
どうするべきか迷う。
あの目は、麻布先生のあの目は本物だった。
復讐者として覚悟を決めた奴の目だった。
どういう手段を使ったのか分からないが、夢見焔を殺すつもりだ。
あの女が何をしたのかは知らないが、少なくとも、麻布先生の妻の死に関わっているのは確かだ。
じゃあ、救うべきではない。
俺が救ったら、俺がした復讐を否定する事に繋がる。
……だけどさぁ。
覚悟を決めると、舌打ちをして立ち上がり、夢見焔の元に向かった。
多くの人が集まる中、ドケドケと怒りを湧き上がらせながら進む俺。
治療を受けている夢見焔の近くには、ボサボサ頭の未来もおり、お姉ちゃんお姉ちゃんと泣き叫んでいた。
他には、美桜と千里を連れ去ろうとして、俺をブタ箱行きにしようとした男もいる。
その男は、俺の姿を見ると驚き、武器を手に最大限の警戒をする。
俺はそいつを無視して、夢見焔の側に行く。
なんでこんな事をせないかんのだと憤りながら、夢見焔を見下ろす。
そして、手を伸ばそうとして横から肩を掴まれた。
掴んだのは、この前の男。
仲間を心配してか、何するつもりだと警戒しており、それが妙に腹立たしかった。
男の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
そして、質問をする。
おい、お前らは前に、探索者監督署って所に所属していたか?
何の話だって? いいから質問に答えろ。お前の態度次第で、この女を助けてやる。
それでどうなんだ?
所属していたか。じゃあ、半グレグループを壊滅した事は?
何度もある。一時期、探索者崩れの不良集団が大量に発生したのか。
なら、そいつらと裏で手を組んでいたか?
最後の質問には、よく分からないというような反応をされた。その上、「そんな事して、何のメリットがあるんだよ」と逆に聞かれてしまった。
そんなの知るかと言いたいが、少しだけ反応した奴がいた。そいつは直ぐに姿を消してしまったが、空間把握でどこにいるのかは分かっている。
だから、直ぐに追いかけたかったが、残念ながらそれは出来そうにもなかった。
夢見焔の容態が、限界を迎えようとしていたのだ。
チッと舌打ちをして、男を離して夢見焔に手を掲げる。
他の治癒魔法使いや医者から止められそうになるが、男が大丈夫だと止めていた。
トレースと併用して治癒魔法を使う。
夢見焔の肉体は、今も焼かれ続けている。
その燃料は己の魔力。まるで拷問のように時間を掛けて全身を焼いている。
一体、どうしたらこんな状態に出来るのかと聞きたいほどに、手の込んだ仕掛けだ。よほど、強い恨みを買っているのだろう。
それを治癒魔法で治療する。
しかし、治った側から焼かれており、治癒魔法の効果は一時的な物でしかない。
これを、魔力のゴリ押しで治療するのは可能だ。だけど、なんでそんな労力をこいつに掛けにゃならんのだと思ってしまった。
なので、俺には必要のない物を使う。
近くにある容器を取って、収納空間に入っている蟻蜜を一口分掬う。
周りから凄い注目される。
それは治療をしているからではなく、この蟻蜜に注目が集まっていただけだ。
外に蟻蜜を取り出しただけで、匂いが充満してしまったのだ。
俺はもう前ほどの魅力を感じないが、耐性の無い人だと、飛び付きたくなるほど美味そうに見えるのかも知れない。
まあ、そんな物は知らないと、夢見焔の口の中に流し込む。意識がなくて飲み込めないだろうが、口を塞いで無理矢理飲み込ませる。
飲み込むと、魔力の変質が始まる。
これは千里の症状を見ていて、理解している。しかし、その変質具合がそこまで大きくない。
もしかしたら、前にも飲んだ事があるのかも知れないな。
まあ、それでも、魔力を燃料にしていた炎は消えていき、やがて完全に鎮火した。
あとは治癒魔法で回復すれば、治療は完了だ。
未来は姉が助かったと分かったのか、泣いて抱き着いていた。
治療は終わったが、意識はしばらくは戻らないだろう。ぶん殴ってでも覚醒させるのは可能だが、そこまでするのは流石の俺でも心が痛む。
なので男に連絡先を無理矢理聞いて、明日話を聞きに行くからなと告げておく。
男から感謝の言葉が出て来たが、喧しいと言っておく。
感謝するなボケ。
場合によっては、俺はこの女を殺すんだからな。
それが、助ける上で決めた覚悟だ。
せっかく助けた命ではなく、せっかく復讐した麻布先生の意を汲む。
普通なら、絶対に受け入れられなような考えだ。それでも、夢見焔が生きるに値しないと判断したら、救った俺の手で終わらせるべきだ。
ったく、どうしてこんな面倒な事に首を突っ込んでしまうんだ俺は。
事情を知っていそうな奴も、この闘技場から出ており、空間把握の範囲からも逃れている。まるで全速力で逃げているかのようだった。
ちくしょ〜と愚痴りながら千里達の所に戻る。
フウマは呑気にポップコーンを食べており、コーラをズズズッと飲み干していた。
そのポジションは俺のだったのになと思いながら、フウマの上に座った。
美桜から可哀想だよと注意されたが、フウマは自分を風属性魔法で守っているのでノーダメージだ。むしろ、感触がクッションになっており、座り心地は抜群に良い。
俺の機嫌が悪いと察したのか、千里が何かあったのと尋ねて来る。
何でもないよと答えて、でも、明日からは別行動するかもと言っておく。
もう、ここまで来たら、麻布先生の件は決着を付けておきたい。それがどんな結果になったとしても、放置した方が絶対に後悔する。
頭を掻きむしりたい衝動にかられる。
そもそも、頭を使うような作業は、俺には向いていない。
俺に無い頭を使わせるんじゃねーよ、まったくよう。
麻布先生を考えて、タイムリミットを考えて、どう行動するかを考えて、考えても無駄だなと気付いて、スーハーと呼吸をして、俺は考えるのを辞めた。
とりあえず、千里達と会話してた方が有意義だと気付いたのは良かったと思う。
色々あったが、グラディエーターも無事に終わり、明日の祝賀会が行われてこのイベントも終わりを迎える。
思えば、もっとのんびりとしておけばよかった。
余計な事に首を突っ込まなければよかった。
何もかも無視して、ここで帰っておけば、少なくとも悲しい犠牲を出さなくてすんだ。被害を拡大させずにすんだはずだ。
それもこれも、全て終わってから気付くのだ。
翌日、夢見焔が死亡したと連絡が入った。