ネオユートピア11
結局、俺と千里と美桜、そしてフウマでグラディエーターを観戦している。
ポップコーンとコーラを手に観戦しているのだが、どうにも盛り上がりに欠ける。
おおーっと歓声は上がるのだが、それ以上の歓声が上がらないのだ。
試合内容は悪くはない。
後半に持って来るだけあり、前半の試合よりもレベルは高い。なのに、前半よりも盛り上がらない。
これはあれだ。
観客も疲れて来ているのだ。
だから、一時間という休憩時間を設けていたのだろうが、はっきり言って不十分だ。
俺のように、何日間もぶっ続けで戦うだけの体力があるのなら問題ないが、一般人ではそうもいかないだろう。
もっと運営側は、観客に寄り添うべきだ。
そう思わないか? と二人に意見を求めると。
いや、それはハルトくんのせいじゃ……。
あれを超えるのは無理なんじゃないですか。
などと、俺のせいにされてしまった。
うん、まあ、それは分かってた。
俺スゲーをやってしまったのは分かってた。
別に誇る気はないけど、俺は強い。それくらいは自覚している。ただしそれは、地上での話だ。
奈落には、世界を滅ぼすような大怪獣がうじゃうじゃいる。これからは、あんなのを相手にしないといけないのだ。
俺の強さなんて、大した物ではない。
下手すりゃ、一撃で殺される程度の力しかない。
なんだか、気が遠くなりそうだ。
気が滅入りながらもパクパクとポップコーンを食べつつ、しょっぱくなった口をコーラで洗い流す。
この組み合わせは、エンドレスで食べられるから困る。
食べ過ぎると、さらに体重が増加してしまうが、今回が食べ納めだと考えたら、そんなの気にする必要もない。むしろ、もっと食わせろと言いたくなる。
ポップコーンとコーラの暴力に見舞われている間にも、試合は消化されて行く。
内容はそれなりの物になっているのだが、やはり盛り上がってはいない。何だか、悪い事したなぁという気持ちになる。
それもこれも、あのおっさんが悪いのだ。
俺は悪くない。そう自分に言い聞かせて、周囲の視線をガン無視する。
周りの観客からチラチラと見られていて、少々居心地が悪い。それも見られるだけで、それ以上の接触をして来ようとする人は誰もいない。
それには千里達も気付いており、なんだか居心地が悪そうにしていた。
中途半端に目立ち過ぎたな。
気持ち良かったとはいえ、アイム・ア・チャンピオンはやり過ぎだった。
これは仕方ないなと、千里達に少し離れとくよと告げて席を立つ。
俺が動くと、隣の座席に座っている三人がわざわざ立って道を開けてくれた。
なんか、ごめんって思った。
残ったポップコーンをコーラで流し込んでゴミ箱に捨てる。
これからどうするかなぁと見回してみると、一番最後尾にその人を見付けた。
俺は迂回して近付いていき、その人に話しかけた。
どうも、この間ぶりです麻布先生。
そう、その人は麻布先生だった。
先程すれ違った時の姿とは違い、スーツ姿にきっちりと決めた七三。整ったちょび髭と、鍛えられた細身の体。四十台という年齢だろうが、その身から溢れる生命力はもっと若く見える。だが、その生命力とは裏腹に、その目には負の感情を感じ取れた。
麻布先生は俺に話しかけられたのに驚いており、「田中くん……」と目に光が戻り、いつもの麻布先生に戻っていた。
お隣いいですか?
すいません。自分の席だと目立ってしまうんですよ。ここは、麻布の薄い影に隠れさせてもらえませんか?
ああ、大丈夫です。ちゃんと身を縮こまらせますんで、席を譲って貰う必要はないですよ。いや、本当大丈夫ですって、何なら隣で正座してますんで。
ああ、すいません。なんか、いつもの麻布先生じゃない気がしたんで、ウザ絡みしてみました。
素直に言うと、麻布先生は狼狽えて俺から目を逸らした。
その視線の先は、闘技場で戦っている探索者。
別におかしな話ではない。ここは探索者同士の戦いを観戦する、趣味の悪い場所なのだから。
俺は麻布先生の隣に座って、黙って観戦する。麻布先生から、話しかけて来るなオーラが出ているのだから仕方ない。
だからじっと見ているのだが、この空気が耐えられなくなったのか、麻布先生の方から切り出して来た。
え、人を殺したいくらいに恨んだ事ですか?
ありますよ、それはもう沢山あります。今も殺してやりたい奴がいるくらいです。
大切な人が殺された事ですか?
……似たような事、なら、ありました。
その相手ですか?
……殺しましたよ。邪魔は入りましたけど、きっちりとこの手で殺しました。
この答えが意外だったのか、麻布先生は凄く驚いていた。
君は後悔しているのかい? そう聞いて来る麻布先生。それに対して、俺は首を振って否定する。
後悔なんてしてませんよ。
俺は何度同じ場面になったとしても、あいつらを殺した奴を許さない。同じように殺します。必ず、この手で。
ゴクリと息を飲む音が聞こえる。
昔の事を思い出して、少し魔力が漏れていたようだ。麻布先生に限らず、周囲の人は悪寒が走ったような仕草をしている。
そんな俺を見てか、麻布先生は独白を始めた。
「私にはね、二人の妻がいたんだ……」
麻布先生の話は悲惨なものだった。
一人目の妻との死別。
その原因となったのは探索者だったらしく、それも裏の仕事を請け負う最低な奴だったそうだ。
そいつは、ある人物の殺害の依頼を受けており、車両事故を装って暗殺を実行した。しかし、車両は事故を起こし、そこにいた数名を巻き込んで帰らぬ人になってしまう。
その数名の中に、麻布先生の妻はいた。
犯人は去年亡くなっており、モンスターに食われているのを発見されたそうだ。
二人目の妻は、半グレグループに連れ去られた。
半グレグループの中には探索者崩れがおり、探索者監察署が粛清に乗り出した。
これで救われると期待した。
しかし、妻は帰って来なかった。
救出中に、犯人連中が始末してしまったのだと言う。
絶望したが、子供達の為に頑張らないといけないと踏ん張って立ち直り、なんとかやって来たそうだ。
だが、ある情報が耳に入る。
それは、犯人はまだ生きているという物だった。
半グレグループのバックには三人のプロ探索者がおり、今回の騒動のせいで自らの手で全てを始末したそうだ。
そして、そいつらは今ものうのうと生きているらしい。
この話を聞いて、君ならどうする?
麻布先生は正面を向いたまま俺に尋ねる。
殺しますよ、そりゃ。
なに当然な事を聞いているんだろうと軽く答えると、麻布先生は苦笑していた。
それに加えて、俺は告げる。
でも、麻布先生はダメですよ。守る物がありますよね。子供が待っているんだから、貴方は道を誤ったらダメなんですよ。
そう言うと、あはは参ったなぁと頭を掻いていた。
それからの麻布先生は何も喋らずに、ただじっと試合を見ていた。俺も無理に話し掛けずに試合を見る。
幾つかの試合が消化されて、ある人物が姿を現す。
それは前に俺が殺しかけた人物で、大きな斧を持った女戦士。
選手紹介のコールでは、焔姫 夢見焔と呼ばれていた。
彼女の登場で、後半戦一番の歓声が上がる。
そして、俺の隣に座る麻布先生の目付きも鋭くなる。
試合が始まった。
相手はスピードを活かすタイプの探索者で、パワータイプの彼女からすると相性は悪い。
しかし、己の苦手が分かっているのなら、対策も立てやすい。
動き出した相手を無理に追わず、確実に攻撃を避け、受け流して反撃して行く。
上手い。
ダイドウを除けば、間違いなくトップレベルの選手だ。
この試合は、夢見焔の勝利だろう。
そう確信していると、再び麻布先生が口を開いた。
「田中くん、すまないね。私は、止まれないらしい」
夢見焔の魔力が膨れ上がる。
武器に大量の魔力を流して、全てを焼き尽くすような炎を生み出した。
これが焔姫と呼ばれる由縁。
決着を付ける為の、彼女の最大の技なのだろう。
だが、その炎が相手に向かう事はなかった。
生み出された炎は、彼女に巻き付き全身を焼いてしまったのだ。
俺は隣を見る。
「関係のない人まで巻き込んでしまった。だから、もう、手段を選んではいられないんだよ」
麻布先生は、それだけを言い残して闘技場から去って行った。
多くの悲鳴が上がる中、俺はその後ろ姿を見送る事しか出来なかった。