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ネオユートピア⑩

 静まる会場。

 盛り上げるつもりだったのに、思わずしばき倒してしまった。


 それもこれも、話を聞かないおっさんが悪い。


 人がどこで手に入れたのか聞いているだけなのに、暴力に訴えるとか、どうかしてるんじゃないか。

 そんなんだから、殴り倒されるんだよ。


 というより、せっかく勝利したというのに、会場から何の反応も無い。

 客席は満員で、多くの人から注目されているのに、誰もが呼吸を忘れたかのように静かだ。


 一度、観客席を見回してみる。

 やはりというか注目されており、どうしたら良いんだろうかと頭を悩ませる。

 プロレスラーなら、これをどう対処するだろうか?

 気まず過ぎて逃げ出すだろうか? 否、プロレスラーならば、こここそが己のステージだと興奮するに違いない。

 かつて、巌流島で行われた無観客試合とは違うのだ。

 客がいるのなら、それを盛り上がらせてこそのプロレスラーだろう。


 ……そうか、こうすればいいのか。


 俺は右手を掲げて、人差し指を天井に向けて俺こそが最強だとアピールする。


  アイム・ア・チャンピオン


 すると、遅れて会場から大歓声が上がる。

 歓声ではない大歓声だ。

 耳が痛くなるほどの大歓声。

 はっきり言って心地良い。たまらなく気持ちいい。

 そうか、プロレスラーに限らず全てのスポーツ選手達は、この歓声を受けるために日々努力しているのか。


 歓声は更に激しくなり、それはまるで嵐のように激しく、激しく……魔法で攻撃されてるやん。


 魔力の波を発生させて、魔法を解除する。


 視線を動かして攻撃して来た馬鹿を見る。

 そこには杖を持った女性と、倒れたダイドウに治癒魔法を使っている女性がいた。


 どうやら魔法を使ったのは、宗教っぽい服を着た女性で、俺を見て怯えているようだった。


 じゃあ、なんで攻撃してんだよという話だ。

 まあ、攻撃して来てんだから、これもパフォーマンスの一貫なのだろう。

 仕方ないなぁ、と優しく退場させてあげようと一歩踏み出すと、女性は転んで「来るなー!」と叫んでいた。


 いやいや、それって失礼じゃない?

 というより、パフォーマンスなんだからその対応はまずいでしょ。


 迫真の演技なのかと疑ったけど、どうにも本気でビビっているようなので足を止めてしまった。


 これって、攻撃したら完全に悪者じゃん。

 この歓声を受けて、ヒール(悪役)に回るなんて出来ない。このままヒーローとして、気持ち良く退場したい。


 なので女性を高速で迂回して、ダイドウの手から長剣を取る。


 治癒魔法を使っていた女性は、突然現れた俺に驚いていたが、別に危害は加えませんよ〜と手を振っておく。


 魔法使いの女性が、ダイドウさんから離れろと叫んでいる。

 そりゃ俺だって、おっさんの近くにいたくないわいと離れてあげる。


 よし。どうしてこの長剣が渡ったのかは不明だが、回収は出来た。

 このおっさんが人殺しをするようにも見えないし、事情は後で聞けばいいだろう。

 それに、ナナシはこの程度の奴に負けるとも思えないしな。


 ヒナタへの手土産も出来たし、一億円も手に入るし、成果は上々だろう。

 なんて思っていたら、長剣から意思が流れ込んで来た。


 ……ト太郎?


 次の瞬間、俺の手から長剣が弾かれた。

 くるくると回りながら宙を舞ったそれは、ダイドウの側に刺さる。

 それはまるで、主人であるダイドウの側を離れないと言っているかのようだった。


 見た目だけならそうなのだが、流れ込んで来た意思は少し違う。


 『まだ待て』


 という簡単なものだった。


 いろいろと言いたい事はあるのだが、うん、まあ。


 まずは、ト太郎がどうして長剣になっているのか説明して欲しい所だ。ヒナタが使っていたというのを考えると、事情は知っているのだろう。

 とりあえずあっちに行ったら、そこから聞いてみよう。


 俺を警戒している二人に向き直り、伝言をお願いする。


 ダイドウに伝えろ、今度その剣取りに行くから、それまで大切に持っておけよ。


 そう告げると、首を縦に振って了承してくれた。


 俺は多くの歓声に送られて、闘技場を後にした。



ーーー



 えっと、はい。

 何となくは分かってました。はい。

 ちょっとそれは無理なんで、これから……はい、直ぐに。

 やり過ぎてる感はあったんですけど、辞めるに辞められなかったんですよね。

 ええ、はいはい、反省してます。

 はい、ちゃんと会場の修復はやりますんで。

 はい、申し訳ありませんでした。


 俺は再び闘技場に戻って、地属性魔法を使って荒れた会場を修復した。


 会場から出ると、運営の方々と愛さんが待ち構えており、テメーなに会場破壊してくれてんだと怒られたのだ。

 一応、愛さんは庇ってくれたのだが、その賠償額の高さに倒れそうになっていた。

 何で請求されるのか尋ねると、選手には保険を適用しているが、それ以外には掛けていないらしい。更に、会場が壊れ過ぎて次の試合が始められないのだと言う。


 保険がどうのって、じゃあなんでこんなイベントをしたのかツッコミたかったが、次の試合が始められないのは完全に同意だった。

 何せ、壁だけでなく足場も砕けており、普通に歩行するのも困難なのだ。その中での試合も面白そうだが、動きの悪い試合では観客は喜ばないだろう。


 交換条件で、俺が選手として今後も出場すればチャラにしてやると言われたが、それは出来ないと修復を選んだのだ。

 確かに、さっきの歓声は気持ち良かった。

 もっと浴びたいと思った。

 地上にいるなら、このまま試合やっても良いな。って思うくらいには気持ち良かった。


 だが、俺は奈落に行くのだ。

 ヒナタが待つあの地に。


 壁も床も先程までのよりも更に強固な物に作り替えて、サクッと修復を終える。その時間、わずか十秒。

 たとえ周りの建物が崩壊しようとも、この壁と床は残り続けるだろう。

 それくらい頑丈にしておいた。


 一仕事終えて、熊谷さん達が待つ控室に戻ると、凄くドン引きされた。

 みんなイベントを見ていたそうで、いろいろと感想を言われた。

 一般人や探索者をかじった程度の奴には、接戦に見えたようで大変好評だった。だが、選手レベルの人には、圧倒的な実力差がありじわじわと甚振っているように見えたようだ。


 正直、そうしたのは事実なので否定は出来ない。

 俺の質問に、おっさんがさっさと答えれば、ワンパンで沈めてやれたのに、無駄に焦らすから削っていくしかなかった。

 それも、会話が聞こえなければ、ただのいじめに映るのだろう。


 何かすいませんと謝っておいて、残りの自由時間を各々で過ごす。

 選手の皆さんは、試合を観戦しに行くらしく会場に向かって行った。俺と美桜も千里と合流すべく、控室を後にする。


 因みに愛さんはVIPルームにいるらしく、いろいろと会談しているのだろう。

 社長は大変だな、本当に。


 千里や今回同行して来た人達が観戦している場所に向かっていると、清掃員とすれ違う。

 その人物は帽子を深々と被っており、俺の知っているその人よりも体格が大きく、若くなっているように見えた。

 それだと別の人なのだが、魔力はその人の物なのだ。


 じっと横目で見ながらすれ違うが、麻布先生と同じ魔力を持つ人は、こちらを一瞥もせずに去って行った。


 何だろうなぁと嫌な予感がしつつ、千里と合流した。

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おもしろい(´・ω・`)
くるなーw笑った
書籍化おめでとうございます。
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