ネオユートピア⑨
休憩時間になり、お客が会場から離れている中でイベントが開始された。
司会の男性が、ルールを説明する。
凄腕の探索者がおり、彼に勝利すれば賞金一億円を贈呈する。
一般人でも参加出来、時間内なら自由に参加可能である。仮に集団で勝利しても賞金は贈呈され、見所があると判断されたら別途賞金を出すという物だった。
最後のは急遽設定された賞らしく、出場者を広く集める手段だと運営の人が言っていた。
会場に残っているのは半分くらいしかいないが、かなりの歓声が上がった。
近くでトップ探索者と接触出来る上、お金も貰えるかも知れないのだ。それはもう盛り上がるだろう。それこそ、俺達が必要ないくらいには。
俺達は通路で待機しており、お互いに顔を見合う。
おいおい、これって俺達必要ないんじゃないのか?
何のためにこのコスチュームを用意したと思っているんだ。
この装備は子供が作ってくれたんだぞ。
出番無くなったら、俺達ってただのコスプレした集団じゃないか。
などなどの心配の声が上がってしまった。
だが、その声も凄腕の探索者が闘技場に姿を現すと声を潜めた。
司会者のコールで登場した凄腕の探索者。
顔は目元だけを白のアイマスクで隠しているが、その身から発せられる圧力が尋常じゃなかった。
近くからゴクリと息を飲む音が聞こえて来る。
先程までの俺達の出番無くなっちゃうんじゃね? 的な心配は無くなり、えっ俺達これからあれと戦うの? といった思いに変わってしまっていた。
それは客席にいる者達にも言えたことで、参加しようと思った奴らは、浮かした腰を再び椅子に落としてしまう。
さあ、参加を希望する勇者はいらっしゃいませんか⁉︎
凄腕探索者ダイドウを倒し、賞金を手にする勇者はおりませんか⁉︎
と声高々に宣言する司会者。
この言葉は、客席を煽るのと同時に、俺達の登場する合図でもある。
予定では、一番手である紫色のタイツ男、紫ピ◯ミンが行くはずなのだが、怖気付いているようで腰が引けていた。
心配になって、早く行かないと参加賞も貰えないよと煽って上げると、覚悟を決めた大きな目玉で飛び出して行った。
人って、金の為になら恐怖を乗り越えられるんだなと初めて知った。
ダイドウと紫ピ◯ミンの戦いは一瞬だった。
跳び蹴りを仕掛けた紫ピ◯ミンに、カウンターのラリアットが炸裂して昏倒してしまった。
最初の挑戦者が手加減して倒されたのがよかったのか、他の挑戦者も気持ちよく飛び出して行く。
次に登場したのは草臥れたサラリーマン。
鉄板入りの鞄で攻撃するが、カツラを取られて無事に敗退。
刺青シールで身を固めた男も、高圧の水属性魔法で洗い流されて敗退。
ダンボール戦士は、子供の力作だからと自ら装備を脱いで挑んだ。
ぶっちゃけ、この人が一番活躍した。
探索者としての力量も去ることながら、装備の内側に着ていたシャツに、子供の顔がプリントされていたのだ。更に客席から「お父さん頑張れー!」の声が響く。
これにはダイドウも困惑して、倒すに倒せないといった様子だ。つーか卑怯だ。子供まで使うなんて、大抵の人は躊躇うだろう。
子供の前で、父親を無様に倒していいのだろうか?
それがきっかけで、子供がグレたらどうしよう。
というより、家庭が崩壊しないか心配だ。
なんて無用な悩みが溢れて、動きが鈍ってしまう。俺だって少しは考えるレベルだ。一般的な思考の持ち主なら、その効果は覿面だろう。
だが、ダイドウは違った。
何らかの魔法を使って、ダンボール戦士(中身)を子供の側に送ったのである。
おお! と初めて見る魔法に、観客から歓声が上がる。
最後に女子高生の格好をしたオヤジだが、ブーイングの後に容赦なく殴り飛ばされていた。
こいつは本当にどうでもよかった。
さあ、次は俺だな、と向かおうとすると、観客席から五名の探索者が飛び降りた。
その人物達は、さっきまで行われていた試合に参加していた選手達だった。その中には熊谷さんの姿もあり、格上の探索者と手合わせが出来るチャンスと、自ら飛び込んだようだった。
どんだけ戦闘狂なんだと言いたくなる。
そんな飛び入り参加した者達を前にしても、ダイドウの態度は変わらなかった。
ただ淡々と相手にして、無傷で勝利してしまった。
熊谷さんも全力で挑んだが、動きが全て読まれており何も出来ずに敗退したのだ。
この展開には、会場は大いに盛り上がった。
さっきは圧倒的に勝利した選手が、圧倒的な実力差で負けてしまったのだ。戦いに派手さはなかったにも関わらず、これまでで最高潮の盛り上がりになってしまった。
だから、少しだけ気が引けた。
これから俺が出る事で、その空気が台無しになるのではないかと気が引けた。
さあ、残り時間も少なくなったし、行くかと闘技場に向かう。
多くの歓声に迎えられた黄金の覆面。
つまり俺である。
ザッザッと歩いて行き、ダイドウの前に立つ。
ダイドウは俺を見て驚いており、どうしてお前がここに? といった様子である。
そう、ダイドウは昨日会ったおっさんだったのだ。
よう、昨日ぶり。多分、俺が最後の参加者だからよろしくな。
なに驚いたんだよ、早く構えとけよ。
そうじゃないと、あっという間に飲み込むぞ。
収納空間から一本の剣を取り出して、ダイドウに斬り掛かる。
予想外の威力だったのか、ダイドウは驚くと同時に逃れるように後方に大きく飛んだ。
それに追撃のように風の魔法を送り、壁に叩き付ける。
一旦攻撃を止めて、ダイドウの様子を伺う。
俺に圧倒されて驚いているようだが、こちらを向いた顔は楽しそうに笑みを作っていた。
ああ、こいつはただの戦闘狂だな。
まったく、探索者には戦い好きが多くて困るな。
今度はこちらの番だと、ダイドウは魔力を漲らせて魔法を使う。
それは空間を操る魔法。
あの森で戦った奴らの中にも、同じような力を持った奴はいた。なかなかに厄介で、対策を考えるのに苦労したものだ。
だから最大限に警戒して待つ。
瞬きした間に、隣に現れたダイドウの刺突攻撃を避ける。
伸び切った動きに合わせて、俺は剣を切り上げてダイドウの剣を弾いた。剣を手放させるつもりだったが、反応されて僅かに狙いが外れてしまった。
また空間魔法で移動しようとするダイドウ。だが、何回も使わせるつもりはなく、魔力を乱して魔法をキャンセルさせる。
予想外の出来事に驚いているようだが、そこで立ち止まっているようじゃまだまだだな。
剣を連続して振り攻め立てる。
ダイドウも苦しいながらに受けて見せ、反撃までして来る。
多くのスキルを持っているようで、怪力を発揮したり、俺の動きを読んでいるような行動をしたり、雷を放って周囲を焼いたりした。
そして何より、その卓越した技術は目を見張る物があった。
剣を打ち合う度に、そこまでに至る道のりが見えて来るようだ。
何より、剣筋がナナシに似ていて懐かしい気持ちにさせてくれる。
いつまでも剣を合わせていたい。
その思いが、あの頃に戻りたいという願いからだと気付いて苦笑してしまう。
笑った俺を見て、何がおかしい! とダイドウが怒っている。
すまんすまん、昔を思い出したんだよ。
それにしても、おっさん結構やるな。
上から目線で言わせてもらうと、俺とここまで立ち合えるなら誇って良いと思うぞ。
怒んなって、俺なりに褒めてんだよ。
何だよ、ダンジョン何階まで行ってるのかなんて今重要か?
えー、40階だけど。
へー、50階クリアまで行っているのか、凄いじゃん。
まあ、それはどうでもいいだろう。
そろそろ時間も迫っているし、終わらせてもらうぞ。
俺がそう宣言すると、ダイドウは武器を捨てて俺を睨み付けた。
「後悔するなよ、俺の奥の手を見せてやる」
それは、闘技場が震え上がるほどの殺気だった。
先程まであった歓声は鳴りを顰めて、静寂が支配する。
そんな中で、片手を突き出したダイドウは一本の剣を生み出す。
片手に光が集まり始めると、ダイドウの力が増して行くのを感じ取る。
光は長剣を形造っており、神秘的で神聖な物に見えた。
懐かしい。
それを見て、俺はそんな感想を抱いた。
パンッと光が弾けて姿を現したのは、かつてあの森で使っていた長剣だった。
次回は幕間になります。