ネオユートピア⑧
グラディエーターが始まった。
会場は満員で、その人気の高さが伺える。
中には外国人の探索者らしき人達もおり、楽しそうに談笑していた。
今回の試合数は全三十試合とかなりの数である。
プログラムは前半後半で分けられており、間に一時間の休憩が予定されている。この休憩時間も、試合が長引けば削られる。
熊谷さん達が参加する試合は、前半戦のメイン試合となっている。
因みに、メイン試合と言っているが、実際の試合は個人戦二試合、チーム戦一試合の合計三試合が行われる。
これは他の幾つかの試合でも組まれており、その影響で試合数は三十試合と多くになっていたりする。
こんな試合数を消化出来るのかというと、制限時間が設けられているので問題はない。決められた時間で全力でぶつかれば、探索者のどちらかは確実に敗退する。
探索者はモンスターを殺して来た奴らだ。普通の格闘技の試合とは攻撃の規模が違うのだ。
開始十五分前からオープニングセレモニーが行われる。
司会の挨拶から始まり、オーケストラが演奏する中でどこかの国の歌手が歌を披露する。
歌の内容は戦いをテーマにしており、このグラディエーターを意識して作詞作曲された物だった。
素晴らしい歌唱により会場が温まると、早速試合が開始される。
一試合目は、ダンジョン30階を突破した探索者の試合だ。試合内容はパーティ戦で、前衛が潰れた方がそのまま押し切られて負けてしまった。
その様子を控室のモニターで見ていた。
調子はどうですか?
そう熊谷さんに尋ねると、かなり良いという返答をいただいた。
今も美桜が治癒魔法を使って、選手の体調を整えており、いざとなれば俺も参加するので、熊谷さん達の体調不良はあり得ない。あとは試合前の緊張感だが、探索者にそれを感じる者はいないだろう。
荒事を生業にしている探索者が、緊張で動きが鈍っていたらダンジョンで生き残れないからだ。
次々と試合が消化されていき、十試合目が終わる頃、運営から準備をお願いしますと案内される。
おっしゃ行くか! とパーティリーダーが皆に声を掛けて、全員が立ち上がる。
準備は万全、体調も申し分ない。
これで負けたのなら、実力不足によるものだ。
運の要素もあると思うかも知れないが、その運を引き寄せるのも実力の内である。
十一試合目、十二試合目が消化され、いよいよ第十三試合目である。
パーティリーダーが先頭を行き、その後にメンバーが並び、サポーターは一歩遅れた後に着いて行く。
入場ゲートに立つと、俺と美桜は離脱して割り当てられた待避壕に移動する。
音楽が流れ、スポットライトに照らされて出場する選手達。どちらもパフォーマンスなどせずに、ただ歩いて出て来る。やや面白みに欠けるが、これはこれで強者感があって良い。
選手の登場が終わり、司会者が各選手の紹介をしてくれる。相手は熊谷さん達と同じく、40階を突破した連中だ。ただし、経験はあちらが長く、対人戦闘にも慣れていそうだった。
熊谷さん達の試合は個人戦から開始される。
先鋒、と言っていいのか分からないが、熊谷さんが務める。
対する相手は、剣と盾を持った戦士タイプの探索者だ。映像を見た限り、攻守共に高いレベルにあり簡単に勝てる相手ではない。
試合が開始され、先に動き出したのは熊谷さんだった。
双剣を持ち、スキル加速を使用した攻撃は、観客から見たら目にも止まらぬ剣戟に見えただろう。
しかしそれを、相手選手は盾で受け止めて見せ、反撃の剣は熊谷さんを捉えていた。
ガッと激しい音が鳴り、双剣で受け止めた熊谷さんは大きく後退させられる。
着地して軽いステップを踏む熊谷さん。
その顔には笑みが浮かんでおり、まるで勝利を確信したかのような表情をしていた。
一瞬だが、こちらをチラリと見た。
口元が動いており、独り言を呟いたようだった。
その態度に相手は激昂、なんてするはずがなく、更に熊谷さんの動きに集中していた。
流石だ。
俺は相手選手にそう称賛を送る。
だが、今回は相手が悪かった。
熊谷さんは、スキル加速の強さを更に一段階引き上げる。体への負担は更に増すが、日頃から鍛え続けている肉体は、その負荷に耐えられる。
観客席からは、熊谷さんが消えたように見えたかも知れない。
ドッと音が鳴り、相手選手が盾で受け止め切れずに後退させられる。更に高速の連撃を加えて、あっという間に壁際まで追い詰めて見せた。
ここまで試合が開始して一分。
相手選手も己のスキルと磨いて来た技術を駆使して抵抗するが、それも長くは続かなかった。
目にも止まらぬ熊谷さんの攻撃に耐えられず、最後は首元に刃を当てられ屈してしまった。
余りにも早い決着。
だが、会場から送られたのは、これまでで最高の歓声だった。
握手を交わして試合を終える二人。
お互いに讃えているようで、見ていて胸が熱くなるような展開だ。
この結果には、雇っている愛さんも満足しているに違いない。
待避壕に戻って来た熊谷さんに、怪我はないですかと尋ねると、攻撃を受けたように見えたか? と自信満々に言われた。
熊谷さんは次に出るリーダーに続けよと声を掛けると、ベンチに座った。
余裕でしたね。
そうでもなかったって?
まあ、そうでしょうね。相性が良かっただけで、攻撃は受け止められてましたからね。
そう、熊谷さんは終始圧倒していたように見えるが、最後の首元に添えた以外は防がれていた。
それが分かっているのか、まったく傲っていない。
寧ろ、もっと強くなろうという意識すら感じる。
そんな熊谷さんに、頑張って下さいねと言葉を送っておく。
それに小さく、ああと返事をしてくれた。
この後の試合の結果は、リーダーは勝利して、チーム戦は残念ながら負けてしまった。
敗因は単純に実力差だ。
前衛が突破され、後衛の魔法使いを早々に倒されてしまった。それからは各個撃破されて、あっという間に終わったのだ。
分かってはいたが、相手方のチームの方にパーティリーダーがおり、統率力もあちらが上だった。
負けるべくして負けた。
そんな印象の試合だった。
前半の試合も終わり、これから休憩時間である。
俺はよっこらしょと立ち上がると、怪我人の治療を美桜に任せて準備を始める。
愛さんに言われたイベントは、この休憩時間に行われる。
凄腕の探索者に勝利すれば、賞金一億円という内容だ。
飛び入り参加が可能で、一般客に広く参加を呼びかけるらしい。
だが、探索者を相手に勝てる一般人なんているはずもなく、参加するサクラが必要なのだ。
俺は事前に知らされていた場所に向かう。
その途中で、清掃員とすれ違う。
麻布先生?
背丈や格好はまったく違うのだが、どことなく麻布先生に似ている気がした。
また人違いだな、と闘技場に着いたときの一件を思い出して、声を掛けるのを辞めておいた。
ふう、また恥ずかしい思いをする所だったぜ。
廊下を進み、到着した所は普通の部屋だった。
だが、中にいる奴らが異様だった。
俺と同じように、サクラとして参加する奴らのはずなのだが、格好が普通ではなかった。
草臥れたスーツ姿、これはまだ良い。
上半身裸で体に偽物のタトゥーを入れた男性。
ピ◯ミン(紫)のコスプレをした奴。
ダンボールで作られた鎧を装備した訳分からん奴。
女子高生の格好をしたオヤジとヤバい奴らが並んでいた。
俺は無言で収納空間から黄金の覆面を取り出して、サッと被って見せた。
お互いに頷いて、みんなの思いが一つだと理解した。
全てはイベントを盛り上げるため。
その為に、各々が考えてこの姿をチョイスしたのだ。
俺達は同志だ。
いろいろと間違っている気はするが、今だけは同志だ。外だと絶対に関わりたくない奴らだが、今だけは仲間意識が芽生えてしまっていた。
運営の人が入って来ると、俺達の姿を見てかなり驚いていた。