ネオユートピア⑦
いよいよグラディエーター開催日がやって来た。
待ちに待ったこの日である。
麻布先生の件など考えないといけないのだが、それもこれも、今日が終わってからでいいだろう。
そんで明日考えて、結局何も分からずに一日が終了するのだ。
明後日には帰るので、それでおしまい。
きっと麻布先生の行動も偶然で、あそこでミンスール教の首飾りを拾ったのも偶々の偶然なのだ。そもそも、あの人が人殺しなんて出来るなんて思えない。
人殺しをするのは、自暴自棄になってる人やどこか狂った人なのだ。あの人には守る者があるのだから、そんな真似出来るはずがない。
だから大丈夫。
黒一のクソ野郎が変な事言うから、変に気を遣ってしまった。
今度出会ったら、問答無用で殺してやろう。
それくらいしてもいいだろう、ちゃんと蘇生魔法で復活させるからさ。だから安心。どれだけしばき倒そうが、命の保証はバッチリだ。
うし、ヤルカ。
なんて決断していると、隣から「ブルル」とフウマに急かされる。
もう直ぐ約束の時間だから、早く行こうというのだ。
今の時刻は午前九時前。グラディエーターの開始は午後六時からで、そんなに焦らなくていいと思うかも知れないが、いろいろと準備があるので昼前には現地入りしておきたい。と愛さんから言われている。
時間厳守と言われているので、早く行くとしよう。
ホテルの部屋を出ると、千里と美桜も部屋から出て来るところだった。
おはようと挨拶をすると、二人も返してくれた。
千里も朝から来るのかと聞くと、こっちに一人でいても暇だから一緒に行くそうだ。
そっかと頷いて、三人と一頭で集合場所に向かう。
集合場所はネオユートピアの玄関口である。
ポランに乗り、ネオユートピアの朝の景色を眺める。
美しい、とは口が裂けても言えない。汚くはないのだが、張り巡らされたパスに違和感を感じてしまって、どうにも好きになれない。
ここが崩壊してしまうという話を聞いてからは、これが原因ではないかと勝手に想像している。
このパス気持ち悪いとブチギレた誰かが、破壊して回るのだ。連動して繋がっている建物も倒壊して、地獄絵図が完成する。
そうならない事を祈るが、起こるのなら俺達が帰ってからにして欲しいな。
千里と美桜にもこういう情報があると伝えているが、帰らずに残っているのが今の状況だ。不確かな情報なので、信じる必要はないのだが、個人的には千里には帰ってほしかった。
こいつにはもう、危険な目には遭わせたくないんだよ。
千里がどうかした? と見て来るので、美桜から離れるなよと言っておく。俺に守れる範囲は決まっているから、極力二人でいて欲しいのだ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、大丈夫だよと背中を叩いて来る。
何が大丈夫かは分からないが、まあ、きっと大丈夫なんだろう。
玄関口に到着すると、既にみんな集合していた。
時間は五分前だが、早速グラディエーターの会場に向かうようだ。
グラディエーターの会場である闘技場は、ネオユートピアから車で十分ほどの距離にある。
その短い時間、バスに揺られて現地入りする。
既に多くの大会関係者が到着しているようで、いろいろと準備に取り掛かっていた。
その中に、いないはずの人物を発見した。
いや、人ですらない奴だ。
その金髪を見て、どうしてここにいるんだ? と疑問に思ってしまう。
愛さんに少し離れますと告げて、俺はそいつの元に向かう。
そいつは多くの人に囲まれており、笑顔を振り撒いていた。ただ、その顔が作り物に見えて、どうしたんだろうかと心配になる。
近付くと、そいつは俺の姿を見て驚いていた。
いやいや、驚いているのは俺の方だ。
どうしてお前がここにいるんだよ。
そいつは「田中様、お久しぶりです」と頭を下げる。
下げた姿を見て、何か違和感を覚えた。顔立ちは間違いなく本人なのだが、力というか、根本的な何かが違っているように感じる。
もしかしたら、地上への影響を考えて力を抑えているのかも知れない。
それなら納得だな、と俺も挨拶を返す。
久しぶりだなミューレ、いつこっちに来たんだ?
そう告げると、何故かみんなの動きが固まった。
どうしたのだろうかと訝しんでいると、ミューレが笑顔のまま顔を上げて言う。
それはどなたですか?
ここでようやく自分の失敗に気付いた。
この人、ミューレに似てるだけの人だと。
思いっきり人違いならぬ、天使違いをしてしまった。
やらかしたと思い「人違いでした、すいません」と謝罪する。
いえいえお気になさらず、と言うミューレのそっくりさん。
すいませんともう一度謝罪をすると、俺は離れようとしてある事に気付く。
どうして、この人は俺の名前を知っていたのだろう。もしかして、前に知り合っていたのだろうか。
ど忘れしてしまって、申し訳ない限りだ。だからここは、さっさと離脱するに限る。
いやーすいませんでした。じゃ。
え? ええ、田中ですよ。
うちに入信しに来たのではないのかって?
いえいえ、本当に人違いしただけなのでお気になさらずに。
……どうして俺が治癒魔法使えるの知ってるんですか?
前に本部で見せてくれたでしょうって?
そうなんですか? なんかすいません、覚えてなくて。
何だろう、この女性と話していると、黒一を思い出してしまう。見た目はまったく違うのに、どこか似ている気がするのだ。
あっちがゴキブリとしたら、こっちがシロアリのような……あれ? 前にもこんな思考をしたような気がするな。
何だったかなぁと集団を見回してみると、胸元にミンスール教の証があるのに気付いた。
おうふ。
リアルでこんな声が出ちまったぜ。
あの、あなた方はミンスール教の関係者様方でいらっしゃるのでありましょうか?
言葉はおかしくなってしまったが、俺の問いに対する答えはイエスだった。
やべー団体に絡んでしまった。
証の首飾りは俺も持っているが、ここで付けたら怒られそうなので辞めておこう。
とりあえず、マヒトによろしく言っといて下さいとお願いをして、その場を後にする。
愛さんのいる方に向かっている間、背中に突き刺さる警戒するような視線を感じた。
この後、千里と美桜に何やってるのと怒られた。
美桜はミンスール教に散々つけ回されたらしく、軽いトラウマになっているそうだ。そんな団体に絡みに行くなとの事のようだ。
それは確かに悪かったな、すまんと謝っておく。
割り当てられた控え室に行き、熊谷さん達に頑張って下さいと激励の言葉を送る。
ウォーミングアップの相手をお願いされているので、試合一時間前くらいに調整するつもりだ。その時に治癒魔法を使って、体調を万全に整える予定になっている。
その時間までは暇なので、闘技場を回って行こうと思う。
以前来た時も思ったが、ここの設備はかなり充実している。単純に広いというのもあるが、子供が遊べるレジャー施設から飲食、お土産屋、銭湯や映画館も完備されている。
お金さえあれば、ここだけで生活が完結してしまいそうなほどの設備なのだ。
それ目当てなのか、大会前だというのに客が多く散見され、各々楽しんでいるようだった。
そんな中で、ある人達を発見した。
今日はよく知り合いと会うなと思いながら、声を掛けてみる。
ようトウヤ、久しぶり。
そう、トウヤが率いているハーレムパーティが買い物をしていたのだ。
あちらは俺を見て田中さん⁉︎ と驚いており、こんなところで何してんのよと九重に怪しまれた。
お前らこそ何してんだよ?
え? ネオユートピアのホテル無料宿泊券とグラディエーターのチケット貰ったから、みんなで来てるのか。
めちゃくちゃ恵まれてるな。それ、普通に購入したら百万じゃ足りないだろう。
ん? どうしたトウヤ、何か雰囲気変わったか?
なんか男前になったっていうか、覚悟を決めたような……あっ、ごめん、これ以上は言っちゃ駄目だったな。
変な勘違いしてないかって?
大丈夫、俺は分かってるから。
そう、トウヤは大人の階段を登ったのだ。
この中の誰かと、若しくは全員とそういう関係になったのだろう。それなら、いろいろと覚悟を決めるのも納得がいく。
俺はトウヤに近付くと、避妊はしっかりしろよとアドバイスしておいた。
やっぱり勘違いしてるじゃないかって?
大丈夫大丈夫、俺は誰にも言わないから。だから安心しろって。十代の男子なんて猿だからな、女子に無理はさせんなよ。
「この人、人の話聞かない⁉︎」
トウヤは嘆いているが、それがまた怪しい。
そんな風にトウヤと話していると、どういう関係? と千里が話掛けて来た。
トウヤは千里を見て、その節はお世話になりましたと頭を下げる。
何の事か分かってない千里は混乱していた。
俺は、トウヤがこの対応をするのに、心当たりがあった。
まだ東風が生きていた頃、パーティメンバーと喧嘩をしたトウヤを三人で慰めたのだ。
だが、その時の記憶は千里には無い。
何故なら、俺が消してしまったから。
俺がトウヤに説明しようとすると、千里が「ごめんね、昔の記憶が消えてるんだ」と申し訳なさそうにしていた。
俺はなんだか悔しくなって、奥歯を噛み締める。
その様子を見て、何かを察したトウヤは俺と千里を交互に見て、改めて自己紹介してくれた。
こいつは出来る男だ。
だからこそ、ハーレムを作れたのだろう。
トウヤに引き続き、四人のパーティメンバーも自己紹介してくれた。千里と美桜も自己紹介をして、お互いに挨拶を交わしていた。
交流もかねて全員で昼食を食べようという話になった。
適当な店に入って、焼きうどんを注文する。
熱々の鉄板の上に盛り付けられた焼きうどんを食べながら、話に耳を傾けていると、どうやらトウヤ達と美桜の大学は同じだったようだ。
それで親近感を覚えたのか、いろいろと会話をして盛り上がっていた。
完全に部外者な俺と千里、あとフウマは焼きうどんを食べながら話を聞いていた。
食事も終わり、トイレに向かうとトウヤも付いて来た。懐かしの連れションである。
最近どうよ、と会話を切り出してみる。
するとトウヤは「田中さんは、復讐ってどう思います?」と真剣な表情で聞いて来た。
それは最近の話じゃない。そうツッコミたかったが、そんな雰囲気ではなかった。
出すものを出して、どうすっかなぁと考える。
復讐はやめるのが一番で、仲間の為に生きるのが幸せだと伝えようか。それが無難だし、道を外さないようにする最善の方法だ。
だが、それを俺が言うのか?
復讐をした俺が……。
なので、真剣に思った内容をトウヤに伝える。
復讐の方法にもよるが、俺はありだと思っている。復讐をしても虚しいだけと、よく知らんどっかの誰かが言っているらしいが、そんなもん他人が決めるもんじゃない。
復讐しなければ、前に進めないってんなら、確実に成し遂げろ。俺が言えるのはそれだけだ。
あとはお前の覚悟次第だ。
その覚悟は何なのかって?
今ある物を、全部捨てる覚悟だよ。
復讐の結末次第で、全てを失うからな。俺の場合は、運が良かっただけだ。
俺はやった事があるのかって?
あるさ。後悔してないし、同じ状況になっても同じようにするだろうな。
だから、まあ、俺が言えるのは後悔しないように行動しろって事だ。
ああ、そうそう、俺の前ではするなよ。絶対に止めるからな。
矛盾してませんかって?
馬鹿野郎、目の前で友達が間違ってたら、全力で止めるだろう。
お前は仲間が間違ってたら止めないのか?
だろ、そういうこった。
ほら戻るぞとトウヤの背中を叩いて促す。
すると、手を洗って下さいよと至極真っ当な意見をいただいた。