ネオユートピア⑥
修正の報告。
前章の最後に手に入れたスキルを
【崇拝】→【象徴】
に変更しております。
そうですか、俺に八百長をしろと言っているんですね。
何か仕事があればやるとは言いましたけどね、そんな卑怯な仕事が回って来るとは思いませんでしたよ!
黒一と出会った翌日、愛さんから呼び出されて、仕事を依頼された。
内容は、グラディエーターのイベントに飛び入り参加して、会場を盛り上げて欲しいというものだった。それも強い探索者に挑戦して、いい感じに負けろと言うのだ。
いくら何でもそれはないでしょうと抗議しているのだが、
「勝ってもいいのよ」
と、まるで俺が勝てるかのような口振りだった。
いやいや、どうしろって言うんですか?
わざと負けろだの、勝ってもいいだの、どっちなんですか?
好きにしていいって言われても……負けた方がいいんですよね?
違う、盛り上がったらそれで良いと。
分かりました。その時の流れに合わせてやって……いやいや! 参加しませんよ! 昨日の模擬戦で、それなりに貰ったんであと三日は大丈夫ですからね。
参加するだけで三百万? 勝てば一億……んー、少し考えてもいいですか?
どうぞと言われて顎に手を置いて考えてみる。
都ユグドラシルに行けば、どうせ使えなくなるから金はいらない。
でもそれは、俺の場合だ。
父ちゃんや母ちゃんはどうだろう。
これから子供も生まれるし、お金は幾らあっても嬉しいはずだ。兄ちゃんや姉ちゃんも同じだろう。
この先、会えなくなるのなら、もう少し親孝行しとくか。
参加します。んで、しばき倒して来ます。
俺がそう告げると、しばかないでいいから盛り上げてね、と心配されてしまった。
大丈夫、何せ俺はプロレスにハマっていた時期があるからな。
会場の盛り上げ方ならバッチリだ。
急遽決まった明日のイベントで、どうやって会場を沸かすのか、頭の中でイメージしておこう。
というわけで、フウマを強制的に連れて、買い物に来ている。
場所はネオユートピアの中でも、お土産屋が並んでいる場所で、価格もリーズナブル……ではなかった。
かなりの高額商品が並んでいた。
店内を歩いているお客さんのレベルも高く、みんな品があり、住む世界が違っているように感じる。
何だろう、この場違い感。
まるで、俺とフウマが異物のようじゃないか。
……ふざけやがって、負けてたまるか!
俺は胸を張り、肩よりも先に出ている腹で風を切って歩く。
そこをどけ、俺様がお通りだと威張って歩く。
威張り散らして進んで行くと、みんなが横に避けてくれる。これはかなり気持ちいいな……嘘だ。全然面白くない。寧ろ、やべー奴がいるから関わらんとこという視線を感じる。
それに比べてフウマはどうだ?
多くの子供達に集られて、「メ〜」と泣いているではないか。何の抵抗もせずに、子供に引っ張られながらも俺について来る姿は、何とも愛くるしい。これは人気にもなるだろう。
ごめん、これも嘘。全然可愛くないや。俺を睨んで、早く助けろやと訴えて来るのだ。
助けて欲しいなら、もう少し良い感じの態度を取れやと言いたい。
なんて思っていると、品の良いお爺さんが話しかけて来た。
はいはい、何でしょう?
え、フウマを譲って欲しいって?
すいません、フウマは渡せないんですよ。
百万出すって言われてもねえ、え? 一千万……いや、流石にちょっと……一億円って、孫のためって言われても、譲れない物は譲れないんですよ。
でも、そこまで言うのなら、考えなくもないですよ。
一億五千万……二億……三億……もう出ませんか?
そう言うと、歯軋りをして悔しそうにしている爺さん。
どうやらここら辺りが限界のようだ。
出来るなら、十億くらいまで値を吊り上げたかったが、まあ仕方あるまい。
仕方ありませんね、それで構いませんよ。
そう言おうとすると、顎の下に空気の玉が現れパンッと音を立てて、俺を天井付近まで跳ね飛ばした。
おうふっ⁉︎
痛みは無いが、思わず変な声が漏れてしまう。
スタッと無事に着地すると、俺に攻撃を仕掛けたバカ馬を睨み付ける。
バカ馬は同じように睨み返して来ており、テメーこそ何売り払おうとしてんだ、と殺気を微塵も発さずに怒り心頭の様子だ。
怒っているのに殺気を放たないのは、周りの子供に配慮したからだろう。何気に器用な事やんなこいつ。それに、今の魔法もまったく感知出来なかった。攻撃されたと分かったのも、魔法を食らった後だった。
実家にいる間、夜な夜などこかに遊びに行っているのは知っていたが、まさか魔法の訓練をしていたのだろうか。だとしたら、この上達ぶりも納得がいく。
まさか、アニメと漫画しか脳のないバカ馬だと思っていたのに、これは見直すしかあるまい。
俺はお爺さんに向き直り、すいませんやっぱ売れないっすわ、と断る。
お爺さんは、かなり引き攣った表情をして諦めてくれた。せっかく三億も値を付けてくれたのに、申し訳ない限りだ。
フウマに群がった子供達を親御さんの元に返して、さっさと買い物するとしよう。
だが、またしても声を掛けられてしまう。
その声はどこか懐かしかった。
おう、久しぶりだな、元気してたか。
なんて気軽に話しかけて来たのは、まったく知らないおじさんだった。
いや誰だよ?
忘れたのかも何も、お前みたいなオッサン知らん。
前に飲んだだろうって? 三回も奢ってやったって?
……んー、あったような無かったような、やっぱり無かったような。
奢ってやったのにふざけてるのかって?
そんなに怒らんでもいいやん。待って、思い出すから。
BAR、ダンジョンの近く、ウンチクを語るうざい奴……ああ! いたな小汚いおっさんが!
ごめんごめん、完全に忘れてた。いやー懐かしいな、どうしたんだよこんな洒落た所に。ここに美味しい酒でも売ってるのか?
え? けんか売ってるのかって?
ケンカって酒があるのか? 今度、またあんたの奢りで飲もうぜ!
思い出して良かった。
俺に酒を奢ってくれる貴重なオッサンだ。ダンジョンについてやたら詳しくて、はっきり言って話すのは面倒いが、BGM程度に聞いていれば我慢できる。
ここに何しに来たのかって?
ああ、覆面を買いに来たんだよ。ほら、プロレスラーとかが被ってるだろ、ああいうやつ。
何に使うのかって?
ふふっ、明日のお楽しみだ。
強盗なら辞めておけって?
馬鹿野郎⁉︎ 誰が強盗なんかするか! 金なら十分に持っとるわ!
誰が犯罪起こすかボケ。ここ最近は、警察のお世話になってないんだよ。
オッサンは怒る俺に若干引きながら、それならと店を案内してやると親切に教えてくれた。
連れて来られたのは、たくさんのお面が置かれたお店だった。これのどこに需要があるんだ? と疑問に思うお店だが、一定のお客さんが入っており、笑いながら写真を撮ってそのまま購入していた。
楽しんだら、その記念に買うとでもいうのだろうか。
俺にはその価値観が分からなかった。
ただ、ここにはプロレスラーが使いそうなマスクも置いているので、今の俺の要望は満たしていた。
う〜ん、こっちの白と金、どっちが良いと思う?
やっぱり金だよな、こっちのネオユートピア柄ってのも捨て難いんだけど、金は格が違うんだよな。
オッサンだったらどっちを付ける?
どうでもいい?
そこは間違っても金を付けるって言え。悩んでいる俺が、間抜けに見えるだろうが!
ここまで案内してくれた上、マスク選びに付き合ってくれる親切なオッサン。数回飲んだだけの関係だが、オッサンの人の良さが伝わって来る。
顔立ちとか違うんだが、何だかナナシに似ているような気がする。
何というか、その雰囲気がそっくりなのだ。
そんなオッサンに用事はないのかと尋ねると、迎えが来るまで問題ないそうだ。
なら大丈夫だなと思っていたら、オッサンを呼ぶ声が聞こえて来た。
「大道さん!」
そう呼んだ人物は女性で、探索者なのか魔力を持っているようだった。
それは良いのだが、胸元にあるネックレスを見て少しばかり眉を顰めてしまう。
ダイドウと呼ばれたオッサンは、女性に連れられて店を出て行ってしまった。
最後にじゃあなと手を振ってくれたが、どうにも返す気にはならなかった。
やって来た女性の胸元にあったのは、ミンスール教会の象徴である木の葉の首飾りだった。