幕間33(世樹麻耶)
美しい金色の髪を後ろに纏めた女性は、ネオユートピアの重鎮達と会合を行っていた。
内容はネオユートピアのエネルギーである魔鋼石の採掘、新たな設備の開発、新しく建造された建物へのパスの接続。他にも数多く協議を行い、これからの運営の調整を行っていく。
そんな中でも異彩を放っている麻耶は、微笑みを浮かべながら、ここの連中を殺したくて仕方なかった。
どうして、この方達は下らない話をしているのだろう。
どうして、無力な奴らが喋っているのだろう。
どうして、家畜以下の奴らに笑みを浮かべなければならないのだろう。
私がこんなにも苦しんでいるのに、こいつらは何で充実した顔をしているのだろう。
「世樹さん、ここに通したいのだが不都合はあるかね?」
何の価値もない豚以下の存在が話しかけて来る。
肉塊に変えてやりたい気持ちを押し殺して、ある計画の為に笑みを浮かべ続ける。
「そちらの方はしばしお待ち下さい。今のバランスを壊すと、機能しなくなる恐れがありますので、各所で調整したのち、パスをお通しします。よろしいですか?」
「ああ、構わない。私達はこの技術には疎いからな、専門家の貴女がいてくれて助かってるよ」
「お気になさらずに。皆様の役に立てる事こそが、私どもの何よりの喜びですので」
恭しく頭を下げる。それに続くように、お付きの者も頭を下げる。
麻耶に付き従っているのは二人。ミンスール教会が率いる聖女部隊と近衛隊の各一名である。
聖女部隊の者は、治癒魔法が使えるだけでなく、ダンジョン20階を突破している探索者だ。
近衛隊は、30階を突破した探索者で構成されている。つまり、全員がプロの探索者以上の実力を持っている。その数も膨大で、九州地区に滞在している外国人部隊を合わせれば、自衛隊を圧倒可能なほどの戦力だった。
「次にネオユートピアのエネルギーである魔鋼石についてだが、向こう三ヶ月分の備蓄は出来ている。だが、集まりが悪くなって来ている。政府に探索者優遇法案を施行させたのにだ。積極的な探索者の育成と、代替可能なエネルギーの採掘が必要になると思われる……」
「お話の途中ですが、失礼します。ネオユートピアのエネルギー問題ですが、現在、新たなエネルギーをMRファクトリーと開発中でございます。近日中に成果をお見せできるかと」
「おお、流石は世樹殿。このネオユートピアを一人で作り出したと言われるだけの事はあるな」
「そんな……ただの偶然ですよ。私が知る知識を皆様に有効活用して頂けたらと思っただけです」
「では、エネルギー問題は任せてもよろしいか?」
「はい、お任せ下さい」
麻耶の強い返事に、皆が賛同する。
誰も麻耶を怪しいとは思わない。何故なら、ネオユートピアの技術は麻耶からもたらされた物だから。
二十年前に構想し、誰も知らない技術を使い、たった五年で完成させたのだ。建築物は随時増築しているが、その決定権は全て麻耶が握っていると言って良かった。
「そう言えば、他国でもダンジョンが見つかったそうじゃないか。そちらにも人を派遣するのかね?」
「はい。ミンスール教には、あちらの出身者が数名おりますので、聖女部隊の人員含めて支援させてもらえたらと交渉しております」
「そうか、新たな信者を獲得するチャンスですからな。あれでしたら、ワシらも支援しましょう」
「ありがとうございます。その時は相談させていただきます」
オーストラリアにダンジョンが現れたことは、ゆっくりとだが広まり始めている。
これで、ダンジョンは四つになった。と多くの人が考えているが、実態は違っていた。
今、この世界にあるダンジョンは七つである。
一般に知られているのは日本にある三つだが、それに加えて、今回のオーストラリアが一つである。
発見されてない物が二ヶ所あり、アフリカの地下空間に一つ出現しており、太平洋の海底にも一つある。
最後の一つはアメリカが秘密裏に管理しており、日本のような物資の獲得ではなく、あらゆる兵器の実験場として使われていた。
麻耶はこの情報を父であるマヒトから教えてもらっていた。
マヒトは世界を飛び回っており、各地の調査を自ら行っているのだ。見た目は老人ではあるが、その実力が高いのを麻耶は知っていた。
だが、正確な強さまで把握している訳ではない。
ただ、近衛隊最強である大道が、「絶対に戦いたくないな」と評価するほどの強さである。
それは、最強と名高い探索者協会会長や、あの黒一よりも強いという意味だった。
「では、来週に行われる興行についてです。前回大会から他国の要人を招待しておりますが、前回のグラディエーターが好評で、今大会は更に増えております。参加する企業も増えており、新たな選手も増加しております。それは大変喜ばしいのですが、興行の質の劣化が懸念されます。新たな選手で40階をクリアしている探索者は二パーティのみ、後は30階をクリアしたのが精々といった所です。グラディエーターに参加する40階クリアしたパーティ数は、これで六つとなりましたが、その中でカードを組むのも限界があります。目玉となる試合の数が限定されているのが、課題となっています。直ぐに参加パーティを増やすのは難しく、何らかのイベントをここで打ち出しておきたいと考えています」
手元にある資料をめくると、参加選手と組まれた試合の一覧が記載されていた。
合計三十試合、新たに参加する探索者の試合が多く組まれており、戦略も実力もまったく分からない状況だ。
これで盛り上がるのかと言われると、まったくの未知数だ。ぐだぐだな試合になったりすると、試合は盛り上がらない。逆に一方的だと一瞬は盛り上がっても、次の試合までに熱気が冷める恐れがあった。
何階までクリアしたから、レベルが近いからと言って実力が拮抗する訳ではない。
相性も大きく関係するので、実際に戦うまでその結末は分からないのだ。
「それで、イベントというのは何を考えているんだ?」
「はい、今回ミンスール教会に協力してもらい、近衛隊の隊長に参加願いました」
「近衛隊? それで、何をするんだ?」
「彼に勝利した者に、賞金一億円を用意しております」
「グラディエーターの試合と何が違うのかね? 目玉の選手には、それくらいの額が支払われていたはずだが」
「近衛隊の隊長には、誰でも挑戦可能なものです。観客はもちろん、選手の中からでも、我こそはという者を募ります」
「参加者は現れないのではないか? 選手にも、本戦が控えているんだぞ」
「そこはサクラを用意します。数名スカウトしていますので、彼らに飛び入りで参加してもらい、会場を盛り上げてもらおうと計画しています」
どうにも不安の残るイベントではあるが、やってみようという事で話はまとまった。
この興行は、既存の格闘技イベントとは勝手が違っており、半ば手探り状態で運営しているのが現状だ。なので一度やってみて、不評なら別の方法を試そう、という結論に行き着くのがほとんどだった。
「世樹さんはいいのかい? 近衞隊が興行に使われるのを嫌っていると思ったんだが」
「ええ、今回だけになりますが……」
「その存在を認知させる為かね? それとも、戦力のお披露目かい?」
「どのように受け取られても構いません」
ここで否定しようが、ここにいる者達の思考は変わらない。せいぜい、麻耶が勢力の拡大を企んでいるくらいしか予測していないだろう。
その前提からして間違っていた。
麻耶にとって、ミンスール教は価値のある物ではなくなっていた。
全ては目的の為。
私が価値ある物だと、彼の地に知ってもらう為。
それだけの為だけに、ミンスール教もネオユートピアも存在していた。
◯
会合が終わり、ポレンに乗りネオユートピアの空を行く。
眼下には光り輝く世界が広がっていた。
ここの住人は日常的にこの景色を見ているのだろう。
何とも贅沢な物だ。
家畜以下の分際で……。
そんな思いには蓋をして、付き従う二人に確認をする。
「黒一の動向は?」
「殺人事件について調べているようです。こちらの動きには気付いてないかと思われます」
「そう、九州の部隊の到着は予定通りに行きそうですか?」
「はい、グラディエーター当日に到着するように準備は整っております」
「協力者は?」
「既にご友人と、ネオユートピアに着いたようです」
「よろしい。あとは、大道をどれだけ遠ざけられるかですね」
「……麻耶様」
「はい」
「隊長に協力を仰ぐことは無理なのでしょうか? 話せば分ガッ⁉︎」
近衞隊所属の付き人の首を掴み持ち上げる。
足がぶらんと空中に投げ出され、手を離せば下に落ちるだろう。
パスの中で落ちても死にはしないが、掴んだ手の力が徐々に込められていき、まるで万力のように絞められて行く。
「貴方は分かっていませんね。大道を連れて来たのはお父様よ。お父様は、彼の地への帰還をお望みではないの。もしも計画が耳に入れば、全てが台無しになるとお思いなさい」
「はっはい⁉︎」
ポレンに落とされた近衛は、げほげほと咳込み酸素を求めるように必死に呼吸をする。
その姿が癪に障る。
愚かな内容を口にして、無様な姿を晒している。
どうしてこんなにも弱いのだ。
どうしてこんなにも醜いのだ。
どうしてこんなにも愚かなのだ。
どうしてこんなにも愚鈍なのだ。
どうしてこんなにも怒りが湧いて来るのだ。
どうして私が見捨てられなければならないのだ。
どうしてあんなにもあんなにもあんなにも尽くして来たと言うのに……私では足りないというのですか?
「分かってくれたのなら、それで良いのです」
怯えた付き人に、微笑みを浮かべて許しを与える。
麻耶の顔を見て安心したのか、付き人の二人は安堵した表情だった。
足りないというのなら、もっと集めます。
力が足りないのなら、相応しい者達を集めましょう。
そちらに行く準備は、すでに整っているんです。
だから、だから、だから、待っていて下さいね。
狂った天使が偽りの笑みを張り付けて、関係の無い全てを巻き込んで、故郷への帰還を願っていた。