ネオユートピア⑤
18時に幕間投稿。
目の前には、忘れたくても忘れられないクソ野郎がいる。
クソ野郎である黒一は、「そんなに警戒しないで下さい」と敵意が無いかのように振る舞う。
更に、「そもそも、私では貴方に勝てませんから」と降伏宣言までして来た。
何が狙いだ?
仕事でこっちに来ている?
ならさっさとどっか行けよ、嫌いなんだよお前が。
おい、千里に話しかけんな。気にすんなよ、こいつは最低最悪な野郎だから。
何もしてないでしょうって?
…………確かに。
くそっ、考えてみたら、こいつに危害は加えられてなかった。新島兄弟を倒すのに邪魔はされたが、魔人化を防ぐ為と考えたら当然の行動だった。
あの時の俺は、たとえ魔人になったとしても、あの兄弟を殺していただろう。
見方によっては、助けられたと言える。
くっそ〜、ここでぶちのめしたら俺が悪者じゃないか。
唸っている俺に、黒一は更に話しかけて来る。
何だよ。お強くなられたようでって?
何で知ってるんだよ。
模擬戦見てた?
見てんじゃねーよ! 俺に許可取ってからにしろ! 絶対許可しないけどな!
ここで起こった事件を知ってますかって?
海岸沿いの件なら昨日聞いた。
それならグラディエーターの事件はって?
そっちは知らん。
え、死んだ人達って同じパーティメンバーなの?
ふーん…………俺はやってないからな。
こいつは確か、犯罪を犯した探索者を始末する組織の一員だったはずだ。もしもこいつが疑っているなら、ここは否定しておかなくては……あっ、でも、これで曖昧にして、襲わせれば自然とぶちのめせるんじゃ……ありだな。
いや、そう言えば、もしかしたら……ん、違う?
犯人の目星は付いている。
……じゃあ、何で逮捕しないんだよ。
殺害方法が分からないのか。
アリバイもあって、立証が難しいと。
なら何で犯人だって決めつけるんだよ?
そういうスキルを持った奴がいるのか。
……なあ、何で俺にそんな話をするんだ?
俺の問い掛けに黒一は、
「貴方に邪魔されたくないからです」
と嘘くさい笑みを浮かべて宣う。
俺はそれに何も返せなかった。
ただただ、無言で睨み付けるしかなかった。
それではと言って、去って行く黒一。
拳を握り締めて、その背中を見送る。
もしも、もしももしも、未来の話が本当だったとしたなら、俺はどうするべきだろう。
俺は、あの人を捕まえる事が出来るだろうか。
あの、子供思いの優しい父親を、俺はどうするだろうか。
麻布先生、あんたどうしちまったんだよ。
心の中で呟くと、どうしようもなくやるせなくなってしまった。
そんな俺を心配してか、千里と美桜がどうしたのかと尋ねて来る。何でもないと答えるが、それは通じないようだ。
だからといって、話せる内容でもなく、なく……未来の話が本当だったら?
さっきの思考の中に、やばい話を思い出した。
ぶっちゃけ、規模で言えばこっちの方が大きい。人が一人二人死んだとかのレベルじゃない。
何せ、このネオユートピアが崩壊するんだからな。
そんな話を外で出来るはずもなく、二人を連れて場所を変更する。
向かうのは、人気の無い場所。だが、そんな場所には小型の監視カメラがあるので、何だか気持ち悪くなってホテルの部屋まで移動してもらった。
それもこれも、黒一を見たせいだ。
あー縁起悪ぅ、塩でもまいとこ。
ホテルの部屋に戻ると、フウマが呪いをテーマにしたアニメの必殺技の真似をしていた。
こいつ、呑気でいいなぁと思った。
ーーー
(夢見未来)
助けてくれた田中にお礼を言うと、焼け焦げた首飾りを持ちMRファクトリー本社へと戻った。
会社に戻ると軽い騒動になっており、姉の焔や灰野灯樹、大炊インカが捜索の為に出ようとしている所だった。
「未来⁉︎ どこ行ってたの!」
「ごめん、お姉ちゃん。ちょっと探し物があって」
心配する姉に謝ると、焼けた首飾りを渡す。
それを受け取った焔は、これは何? と首を傾げていた。
「それ、ミンスール教の信者の証。香織さんが亡くなった近くに落ちてた。もしかしたら、犯人の手掛かりになるかも……」
深いクマのある目を真剣な物にして告げる。
しかし、反応は姉ではなく予想外の所からあった。
「それは、こちらで預からせて下さい」
反応したのはMRファクトリーの社員で、未来の予知夢の内容の聞き取りを行っている女性だった。
その女性から発せられる声量はいたって普通なのだが、表情に焦りのような物が見えた。
それを感じ取った焔は、女性社員に問う。
「貴女、何か知っているの?」
「いいえ、ただ捜査機関にお渡しするだけです。お願いします。それをこちらに……」
間違いなく焦っている。
しかし、その原因が分からなかった。
それを問い詰めようと考えた焔だが、そこに仲間のインカが割って入って来る。
「まあまあ、良いじゃない渡しても。捜査の役に立つんだよ? そんなにツンケンする必要ないじゃん」
「インカ、勝手な事しないで」
笑みを浮かべたインカは焔に近付き、焼け焦げた首飾りを取ると、そのまま女性社員に渡してしまった。
何をするのと文句を言おうとするが、灰野もインカ側に付いてしまう。
「落ち着けって。俺達が手掛かりを持っていたとしても、それを活かせるとは限らないだろう。専門家に任せた方が、犯人の特定に繋がる」
「それはそうだけど……」
渋々納得する焔だが、納得がいかない。
それはMRファクトリーに対する疑念でもあり、何か裏で大きな力が動いているような気がしたからだ。
灰野はそんな焔の心情に気付いておらず、ただ己の思いを吐露する。
「罪には罰を、絶対に犯人は殺す。動機なんて関係ない。加賀見と火口の仇は絶対に取る」
「……罪には罰を」
ただ、その言葉は焔の心の闇に触れてしまった。
過去の罪が襲って来るような感覚。
知る者はもう残っていないはずなのに、怨みが背後から迫って来ているような気がしていた。
「お姉ちゃん?」
そんな姉を心配した未来は、ただその姿を見ている事しか出来なかった。
この日の晩、未来は姉の焔が炎に巻かれる夢を見た。