ネオユートピア②
ネオユートピアに入って直ぐにある駐車場に到着すると、バスから降ろされた。
ここでの移動は、基本的に交通機関か建物を繋いでいるパスを使用するそうだ。
理由は、景観を損ねるのと、車が必要ないくらいに移動手段が充実しているからだ。
近くの建物に入り屋上まで行くと、SF映画に出て来そうな移動式の乗り物が用意されていた。
最大四人まで乗れる物になっており、タッチパネルで行き先を決めるようだ。
何だか、都ユグドラシルでオークと間違えて乗せられた物を思い出した。
おかげで、めっちゃイラついた。
因みに、乗り物の名前はポレンというらしい。
三人と一頭でポレンに乗ると、パスと呼ばれる空洞の中を移動する。
パスは透明になっており、ネオユートピアの様子を見下ろせるようになっていた。
特に怖いと思わないが、美桜はそうではないようで千里に抱き着いていた。キャーキャー言っており、とても楽しそうだった。
このポレンがどうやって動いているのかは、俺には分からない。だが、このパス自体に魔力が流れており、ポレンがそれを推進力に変換しているのは分かった。
どちらも、都ユグドラシルで似た物を見た。
あそこでは使われてない時代遅れの技術だが、地上では最新の技術なのだろう。
本当に何なんだろうな、ここ。
下を見てネオユートピアを見ると、そこは魔力で溢れていた。
一つ一つは微弱だが、集めればそれなりの量になりそうだ。
まるでダンジョンに来たかのような錯覚を覚える。
ただモンスターの存在しないダンジョン。
一定の気温で維持されているというのも似ており、余計にそう感じてしまう。
せっかく綺麗な場所なのに嫌なもんだなぁと思いながら、今回泊まるホテルに到着した。
今回、ホテル代と食事代は、グラディエーターの運営が負担してくれているらしい。それだけ稼いでいるというのもあるのだろうが、選手に最大限パフォーマンスを発揮して戦ってもらいたいのだろう。
そのお零れに与れる俺達は、かなり恵まれているかも知れない。
ありがとうございます。
だから頑張って下さいね、と熊谷さん達に治癒魔法を掛けて労う。
ホテルに到着した俺達は、選手である熊谷さん達と集まって作戦会議をしていた。
何で俺? と思わないでもないが、治療班の美桜もいるので何故か自然と参加していた。
はい、はい、作戦はそれで良いかと。
今回は個人戦が二人に、残りがチーム戦になるのでバランスを重視して行きましょう。
相手の傾向を見るに、チームは前衛に特化して来そうなので引き込んで叩くか、不意打ちを狙う方が良いですね。確実なのが、試合前に弱らせておく事ですけど、誰か下剤とか持ってないですかね? あれだったら仕掛けて来ますけど。
ああ、そこまでしなくて良いんですね。
じゃあ、どさくさに紛れてガム踏ませますね。
え? それに何の意味があるのかだって?
ガム踏んづけた事ないですか?
あれ、結構ムカつくんですよね。試合前にやったら、冷静さを失うと思うんですよ。ええ、間違いないです。現に、俺も怒ってますから。
そう、何気にホテルから外に出ると、ガムを踏ん付けてしまったのだ。
吐いた人は前を歩いていた子供で、小馬鹿にした笑みを浮かべて、バスに乗って行ってしまったのだ。
今度見掛けたら、尻を叩いてやろうと思っている。
え、そんなに怒りが溜まっているなら模擬戦をやろうって?
嫌ですけど。
いや、やる理由がないというか、面倒くさい。
ああ、すいません。つい本音が。
今回勝つ為に協力してくれって言われましても……え? 別途料金を支払う……。
ちょっと待って下さいね、今確認しますんで……。
……仕方ないですね、俺に任せて下さい!
スマホで残高を確認すると、結構厳しい状態だった。
普通に生活する分には十分に余裕はあるのだが、ここで使うとなると足りなくなりそうだった。寝る所と食事が無料だとしても、遊ぶだけでかなりのお金を使ってしまう。
これなら、ギルドで換金しとけば良かったな。
とりあえず、模擬戦は明日行う事になった。
それから二日後に試合なので、十分に休息も取れるだろう。
作戦会議も終わり、ホテルの外に出る。
さっきはガムを踏んでしまったので、しっかりと足元には注意しておこう。
千里と美桜は、ホテル内にある施設を利用するというので別行動だ。他の人達も、家族や仲間と過ごすようで、ぼっちの俺は、自然と一人行動になってしまう。
足元からブルッと聞こえて来る。
そうだな、お前がいたなとフウマの頭を撫でる。
思えば、よく噛み付いて来たり突飛な事をしていたのに、今ではそんな行動を取ることも無くなっていた。
少し寂しくはあるが、フウマも成長したものである。
さあ、のんびりと散歩でもしようかと歩き出す。
外と違い、梅雨のジメジメとした暑さは感じない。パンフレットに書いてあった一定の温度に保っているというのは、本当だったようだ。
のんびりと一時間ほど歩く。
人工島ではあるが、その規模は広大で一日で回れるものではない。更に、建物の中には多くのテナントが入っており、見て回るだけでも一週間は遊べそうである。
それだけの店があるのに、コンビニに立ち寄ってしまうのは何故だろうか。
知らない土地に来て、そこにしかない店に行けばいいのに、何故かどこにでもあるチェーン店に入ってしまう。
まったく、人の行動とは不思議なものだ。
コンビニでお茶とジュースを購入して、散歩を続ける。
フウマにジュースを渡すと、風の魔法を操り器用に口に運んでいた。
もう、風を手足のようにというか、何でもありになって来ているなこいつ。
散歩をして思ったのは、人を見かけないというものだ。
まったく見掛けないわけではないのだが、極端に人が少ない。田舎でももっといるぞというくらい、姿を見ない。
その原因も、上を走っている移動手段のせいなのだろう。
ん? なんかおかしいな?
下から張り巡らせているパスを見て、何か違和感を感じた。数が膨大ではあるが、規則性を持って配置されているのは分かる。
その配置が、ある物に似ているような気がするのだ。
それが分からなくて、頭を捻る。
何か分かりそうで分からない、このもどかしさ。
この悶々とした気持ちに終止符を打ったのは、まったく別の所からだった。
怒声が聞こえる。
そちらを見ると、頭がボサボサの女性が走って来ており、その背後をスーツ姿の男達が追っていた。
俺はスッと身を引いて、女性を逃す。
すれ違う時、女性と目が合う。
その目は、大きな隈が出来ており、助けを求めるような泣きそうな顔だった。
それに頷いて、追って来る男達を見る。
男達は待て! と怒声を上げており、明らかに荒事を生業にしていそうな人達である。
女性が捕まれば、大変な目に遭うかも知れない。
そんな危険そうな男達に対して、更に引いて道を譲った。
女性がえっ⁉︎ と驚いた顔をする。
ブル? とフウマが小首を傾げる。
え、助けないのかだって?
なんで?
見ず知らずの人を助けてどうすんの?
今は助けられたとして、その後はどうすんの?
俺達、もう直ぐいなくなるんだよ。お前は責任持てるのか?
俺が助けたことで、彼女の立場が更に悪くなったらどうすんだ。
そう言うとフウマは黙った。
黙って、男達を魔法で足止めした。
はあ〜と盛大にため息を吐いて、面倒な事になったなと天を仰いだ。