準備2
オーバーラップノベルスより書籍一巻が発売されます! 日程は11月25日に決定しました!
これも応援して下さる皆様のおかげです。
ありがとうございます!
また予約が始まりましたら、告知させて頂きます。
それでは、よろしくお願いします。
いやー、遅れてすいません。
そう言ってホント株式会社に到着すると、会議室に通された。
会議室に集まっているのは、社長の愛さんに会長のアグレッシブジジイ、熊谷さんパーティに俺と一緒に治癒師として参加する美桜。それから、概要を説明してくれる八丁さんの九名だ。
あっ、すいません。部屋掃除してたら夢中になってしまいまして。
あっはい、直ぐに座ります。
資料はこれですね。はいはい。
んー、試合の相手は同格の探索者と。熊谷さん達なら楽勝っすね!
適当言ってるでしょうって?
そんな事ないですよ! 本心から思ってますって!
思ってるだけですけど! 実際に負けても知りませんけどね!
え? 俺は出ないのかって?
あのな美桜、治癒師が戦って負傷したら、誰が選手を治療するんだ?
俺なら怪我の心配も無いだろうって?
あのな美桜、人を何だと思っているんだ。俺だって傷付くし、今もこうしてメンタルを削られている。分かるか? 人はな、言葉の暴力で大怪我する事だってあるんだぞ。人を人外扱いするのはやめろ、主に俺に対してな!
あっ、すいません黙ってます。はい。
喋り過ぎたせいで、愛さんに怒られてしまった。
隣に座っている会長は、興味深そうにこちらを見ており、服の上からでも分かるほどの胸筋を動かしていた。
暑苦しいな、この爺さん。
そんな暑苦しい会長だが、見た感じそこそこ強い。
それこそ熊谷さんパーティを相手にしても、圧倒する力を持っている。
もう、この人が参加した方が良いのではないだろうか。
若者を蹂躙する老人。
こっちの方がよほどインパクトがありそうだ。
企業の宣伝にもなるし、興行の目玉にもなりそうな気がする。
まあ、俺がとやかく言う必要もないか。
八丁さんの説明は続き、対戦相手の特徴を教えてくれる。
すでに一度、グラディエーターに出場しているようだ。その時の映像もあり、今からそれを流すという。
映像を見て、熊谷さん達は誰をどう攻略するのか考えており、その中で俺にも意見を求められた。
そうですねー、やっぱりここは前衛を戦闘不能にして人質に取るのがセオリーじゃないですかね。残りは魔法使い二人なんで、前衛を盾にも出来ますし。その気になれば、投擲武器にもなりますんで、使い勝手も抜群です。装備を剥ぎ取れば売れますし、一石二鳥ならぬ三鳥はいけますよ。
……あの、そんなに引かないでもらって良いですか。
素直に答えたのに、ドン引きするとかあんまりじゃなかろうか。
納得いかないんですけど、と文句を言おうとするとフウマが俺の間違いを指摘してくれる。
なに、パーティでの戦いじゃなくて個人戦だからその理論は通じないって?
なんだ、そうだったのか。
すいません、勘違いしてました。
そうですね…………相手が一人なら友好的に握手しながらの水平チョップが効果的かと。連続してのモンゴリアンチョップまで続けられたら最高ですね。不意打ちですけど、会場を盛り上げるには一番効果的です。
え、違う? プロレスじゃないって?
分かってます分かってます。
グラディエーターで、いかに人気を獲得するかですよね?
それも違う?
じゃあ、何が目的なんですか?
グラディエーターは、どれだけ目立てるかの興行じゃないのか?
試合に勝つに越した事はないのだろうが、有名にならなければ次も無いのではないのだろうか。ここは何をしてでも目立つべきだ。
その方が、俺的には面白いから。
「真面目に答えなさい」
……はい。
愛さんに怒られて、一応真面目に答えてみた。
ただ、参考にはならなかった。相手の苦手そうな所は、熊谷さん達も理解していたし、取れる手段も限られていた。相性は悪くはないので、あとは当日のコンディション次第ではなかろうか。
そのコンディションも、俺達治癒師次第なのかも知れないがな。
この後は、今後の予定を聞いて終わりとなる。
一応、同行者も連れて来て良いという話で、誰か連れて行きたい人はいるかと尋ねられる。これは事前にお知らせは来ていたので、俺はいないと答えておいた。
すると美桜が質問して来た。
「千里は誘わないんですか?」
……なんでだよ。
私が誘って良いですかって?
……いいんじゃね、俺に聞かなくても良いだろう。
そう答えると、何がおかしいのか美桜がクスクスと笑い出した。
ちっ、やり難いなこいつ。
俺は美桜から顔を背けて、おかしそうに笑ってる会長を見る。なんだよと睨むと、「若いのぅ」と呟いていた。
くそぉ、なんて唸っていると、愛さんから会議終了を告げられる。
さっさと帰ろうとすると、愛さんから呼び止められた。
なんでも話があるらしく、残って欲しいらしい。
はいはいと了承すると、場所を移動しましょうと隣の部屋に連れて行かれた。
部屋に入ったのは俺と愛さん、そして会長の三人だった。
何の用だろうかと首を傾げていると、愛さんから以前渡した都ユグドラシルの端末が渡された。
なんでも私達には使えないから、貰っても仕方ないという理由からだった。
それから、世樹マヒトには会ったのかと尋ねられる。
世樹マヒト、それは、それは……それは…………誰だっけ?
聞いた覚えのある名前だが、ド忘れしてしまった。
ミンスール教会の創始者ですか?
俺のこと知ってたって?
なにそれ怖い。
宗教関係に巻き込まれたくないんですけど。
え、違う? 俺が言った事が事実だって教えてくれたと。
……マジで何者だ。
「マヒトさんは、貴方から二号と呼ばれていたと言っていたわ」
ああ⁉︎
二号か! 名前完全に忘れてたわ!
え、なに、あいつ宗教なんか作ってんの? 引くんですけど。
組織を作ったってのは聞いてたけど。え? もしかして前に貰った首飾りって、宗教関係の物なの?
ちょっとやだー。
つーかあいつ、怪我の具合は結局どうなってんだ?
杖を返してもらいたい所だけど、まだ治ってないなら諦めるしかない。
あの、二号って元気してました?
ん? なんか驚くような事ありました。
平次はどうかって?
平次って、ナナシの事ですよね?
それがどうかしました?
会長が突然立ち上がり、「本当にお前が権兵衛なのか?」と問い掛けて来た。
いや、田中ですけど。
名前間違えないでもらっていいですか。
そうじゃない?
平次に権兵衛って呼ばれていただろうって。
いや、まあ、そうですけど……てか、なんで知ってんの?
あいつ死んだって聞いたけど、会長は知り合いだったんですか?
命の恩人。平次に救われた奴は、他にも大勢いると。
ふーん……やるやんあいつ。
知り合いが慕われていたというのは、どことなく嬉しいものだ。
まあ、それはそれとして、あの野郎は俺のというか、ヒナタの剣をパクリやがったので、今度墓に文句でも言いに行ってやろう。
それから、会長からの話は長かった。
ナナシから救われた話から始まり、どんな人物で、どれだけ慕われていたのか、どれだけの功績を残したのか長々と話されたのである。
ふんふん。
ふんふん……ふん…コクコク……グー。
…………はっ⁉︎ トイレ掃除やってなかった!
え? ああはい、はい大丈夫です。聞いてます聞いてます。ナナシが国相手に喧嘩ふっかけたってやつですよね。
あの馬鹿、結構な事やりましたね。
いやー、馬鹿だわ、あいつは思ってた以上の馬鹿だったわ……はぁ〜、あの馬鹿が。
会長の話では、探索者協会を設立する際に国と争ったそうだ。
多くの人を巻き込んで、国の上層部と戦い、当時使い捨ての道具としてしか使われてなかった探索者の地位向上の為に多くの血を流したという。
その当時の出来事は、教科書にも載っていた。
国が傾くほどの騒動となり、日本を統治していた戦勝国が逃げ出すほどだったと習った記憶がある。
この騒動のおかげで、国は急速に力を取り戻して行った。
これは戦後最大の功績として評価されている。
だが、ナナシはその手を血で染めてしまったのだろう。
あの気の良い馬鹿がそこまでの事をやったのか?
それほど、当時は荒れていたのだろうか?
あいつが、何かに追い詰められていたのは知っているが、何やってんだテメーと言いたくなる。
え?
ああ、大丈夫です。
あの馬鹿は、満足してました?
そうですか、なら俺が言う事は何も無いです。
あっ、墓の場所だけ教えてもらっていいですか。文句は直接言いますから。
会長はメモ帳を取り出して、さらさらっと住所を書いて渡してくれた。
天津家? 天津、天津か……。
会長って、ギルドの会長とも知り合いだったりします?
おお、知り合いなんですね。一つお願いがあるんですけど、良いですか?
ありがとうございます。実はですね、完全に忘れてたんですけど、俺、天津輝樹さんの手記を持ってるんですよ。あとついでに装備も。これをギルドの会長に渡しておいて欲しいんですけど、頼めますか?
そこまで言うと、ガタッと音を立てて会長は立ち上がった。
「輝樹を知っておるのか?」
知ってるっていうか、ご遺体を発見しただけです。
手帳と装備は残されていたんですけど、白骨化した体は少しの衝撃で粉になってしまいました。はい。
俺は何もしてないからね。マジで。
収納空間から、奈落で回収した手帳と鎧、あとはボロボロになった刀を渡す。
刀は一度使っており、アマダチの威力に耐え切れなかったのだ。
これだったら、都ユグドラシルで修復してもらえば良かったなと反省する。
そんな風に思いながら会長に渡すのだが、受け取る時の手が震えていた。
暫くの間、受け取った装備と手帳を確認するように触り、おおっと感動したように、感嘆の息を漏らしていた。
それから会長は、必ず渡しておくと約束してくれた。
本来なら、発見した時の状況を説明する為に、俺が渡すべきなのだろうが、ほぼ100%渡すのを忘れそうなので、これで良かったのだろう。
じゃあ、お願いしますと頼んで席を立つ。
最後に愛さんから、「マヒトさんが、いずれ迎えに行くと仰っていたわ」と伝言を受けて、そうですかと返しておいた。