おまけ話
誤字報告、多くの感想ありがとうございます!
今回の話は、本編にまったく関係無いものとなっております。
其の①
この地域に、この世界を守護する一柱が誕生しようとしていた。
それは未だ胎児であり、母体の中で生まれる時を待っていた。
その肉体は器に過ぎず、魂を入れると世界を守護する神となる。
しかし、幼い肉体では悪霊や妖怪などの魑魅魍魎共に抵抗する術がなく、ある程度育つまでは擬似人格が宿り、悪意を持った者達から目をくらませる役目を担っていた。
これまでにも、世界は多くの神を生み出していた。
それは人に限らず、動物だったり魚だったり、昆虫だったり、植物だったりもした。
そして今回は、人の子が選ばれた。
理由は、その胎児には元から神気が宿っていたからだ。
本来なら、世界が送る魂と共に宿る力が、その肉体には予め備わっていたのだ。
これは奇跡と呼んで良い現象だった。
だが、同時に問題でもあった。
意思のない神気に、魑魅魍魎が寄って来るようになったのである。
世界はそれを良しとせず、母体を保護しようとした。しかし、その母体にも微弱ではあるが特別な力が宿っており、世界の力が届き難い状態になっていた。
これでは、母体を満足に守れない。
衰弱していく母体。
このままでは、赤子が生まれ落ちると同時に亡くなってしまうだろう。
世界としては、赤子が生まれ落ちればそれで良かったのだが、それは余りにも悲し過ぎた。
可能な限り力を送り、母体を保護していたがそれにも限界がある。母体の番が健気に寄り添っていたが、それも役には立たなかった。
どうすれば。
そう考えたとき、巨大な光が現れた。
それは母体がいる場所から遠く、どういう存在なのか分からなかった。知覚しようにも、光が強過ぎてはっきりと姿が見えなかったのである。
その光は更に力を増してやって来る。
「誰だお前?」
母体を救われ、その姿をはっきりと見た時、世界は母体への力の供給を断ち切った。
あの存在は、下手に刺激をすれば世界を破壊すると理解したのだ。
この世界から生まれた存在でありながら、この世界に縛られない存在。
世界が生み出せる神を遥かに凌駕した力を持っており、明らかにイレギュラーな存在だった。
今は見守るしかない。
あの存在は、少なくともあの母体を大切に思っていた。
魑魅魍魎共も、あれの前では塵芥であろう。
だから、今は力を溜めておこう。
あの侵略者に対抗する力を、少しでも蓄えておくのだ。
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其の②
なんか凄いのが現れた。
山から人間の街並みを見下ろしていた妖狐は、突然現れた大きな光を見て警戒する。
あれは、この地域を守護している氏神よりも圧倒的な力を持っていた。
『悪霊どもが集まっていきおる……』
大きな光を救いの光だと勘違いした大量の悪霊が、光に焼かれて昇天して行く。
凄い光景だのぅ。
そう呑気に眺めているが、結構問題だったりする。
一応、ここら一帯の妖怪を統括している妖狐なのだが、こんな力を持った者に対抗する術がなかった。
もしもあの力を取り込み、己の糧にしようとする頭の悪い妖怪が現れたら、怒りを買い、ここら一帯の妖怪が滅ぼされるかも知れない。
気まぐれを起こされて、殺戮しに来るかも知れない。
そうならないように、どうするべきか考えていた。
『こりゃ〜どうしようかのぅ……』
大妖怪の妖狐と言えど、まだ三尾の子供の妖狐だ。
力はそこらにいる妖怪よりも、少し強い程度である。
妖狐に被害が及べば、親の九尾が動く手筈にはなっているのだが、
『母様でも、アレには勝てないじゃろうなぁ』
子供の妖狐でも、一目見て理解出来るほどに、力の差は歴然だった。どうやっても勝てない。寧ろ、姿を見せただけで討伐される可能性すらあった。
だとしたら、どうやっても呼ぶ訳にはいかなかった。
マジでどうしようかなぁ。
そう悩んでいると、一羽のカラスが近付いて来た。
『八咫烏か?』
『みみ子、どうするつもりだ? あれにちょっかいを出せば滅ぼされるぞ』
『みみ子言うな! 手出しがヤバい事くらい分かっとるわい。だからと言って、放置も出来ん』
この三本足の烏は八咫烏といい、隣の地域を取り仕切る妖怪である。その八咫烏に言われて、妖狐のみみ子はどうしたものかと腕組みする。
はっきり言ってやれる事は少ない。
あれがどうしてここに来たのか調べるのと、配下の妖怪に手出し無用と命令するくらいだった。
『九尾には頼れんのか?』
『母様に死ねと申すか? それがキッカケで、全妖怪が滅ぼされるかも知れんのじゃぞ』
『交渉という手段もあるだろう、九尾はそこら辺も得意と聞く』
『それくらいなら儂でも出来るわい。まあ、それも、相手が話の通じる相手ならばな。そうでなければ、問答無用で滅ぼされるだろうのう。そもそもの話、交渉材料が無い』
『それは安心しろ、奴は人の形をしていた。あれが人間ならば、金銭を与えてやれば何とかなるかも知れんぞ』
『見たのか?』
『空を飛んでいるのを見た』
『人が空を飛ぶ訳なかろう……』
『豚に乗って飛んでいた。この目に狂いは無い』
本当かのう。そう疑問に思うが、八咫烏の目は千里眼のように遠くを見通せる。それを知っているので、信じるしかなかった。
『まっ、一度は見に行かなくてはならぬからな』
みみ子はそう言うと、木の上から飛び降りようとする。しかし、八咫烏はそれを制止する。
『待て』
『なんじゃあ? 儂の代わりに行ってくれるのか?』
『そんな訳ないだろう。今し方、北の鬼が気付いたようだ。これを契機に攻め込んで来る恐れがある。用心しておけよ』
『なっ⁉︎』
それだけ言うと、八咫烏は飛び去ってしまった。
北の鬼とは、九尾の妖狐と肩を並べる大妖怪である。そんな妖怪が動けば、大災害が発生してもおかしくはなかった。
『世が混乱するかも知れんのう』
そう心配しながらも、今は目の前の脅威だとみみ子も木から飛び降りた。
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その者は、一見普通の人間のように見えた。
体格が少々よろしくないが、一般的な人間の雄の姿をしていた。
朝は散歩から始まり、家事を主にやっている。
コンビニで仕事をしていたが、トラブルが原因でクビになっていたくらいで、他は普通の人だった。
因みにトラブルを起こした人間は、みみ子の配下を使って痛め付けている。二度と近付かないようにと暗示も掛けているので、再びこの男を刺激する事はない。
油揚げが飛んで来る。
それをキャッチすると、その場から離れて男を観察する。
「ここら辺に、キツネっているんだな」
男はエプロン姿で、窓からみみ子を見ていた。
狐ではない、妖狐じゃ。
心の中で否定しながら、ハムハムと油揚げを頬張る。
うーん、安物じゃな。
油揚げには五月蝿いみみ子としては、満足いく味ではなかった。
この程度の御利益では、転ぶのを一回防ぐくらいしか与えてやれないな。そう評価しつつ、久しぶりの油揚げを堪能した。
数日間見ていたが、穏やかとは決して言えないが、どこかにはいそうな性根の男だった。
この分ならば、害さなければ問題はないだろうと安堵するみみ子。
だから何事もなく、男からも気付かれる事なく去ろうとする。しかし、
「ブルル」
なんか変なのに見つかった。
馬っぽい見た目をしているが、豚のように丸くて、馬か豚か判別出来ない不思議な生物がジリジリとにじり寄って来るのである。
こいつは、あの男からフウマと呼ばれていたペットだ。
『なんじゃ、あっち行け』
普通の生物ならば、みみ子の思念に従うのだが、このフウマは違う。
「ブルル」
みみ子の思念に抵抗して、嫌だと首を振るのである。
更に近寄って来たフウマは、警戒するみみ子に対してどこからか取り出した油揚げを差し出す。
『むっ⁉︎ この匂い、竹之の油揚げか!』
それは、地元産の竹之屋という店の油揚げだった。
竹之屋は百年以上続く老舗であり、地元に限らず全国にファンがいるほどの美味しい油揚げを作るお店で有名なのである。
みみ子の大好物であり、この油揚げを献上した者には、宝くじが三千円くらい当たる御利益を上げていた。
『気がきく奴じゃのう、明日また来るでな。同じ物を用意しておれば、配下にしてやらんでもないぞ』
ハフハフと満足気に食べながら告げると、フウマは「ブル」と頷いていた。
あの恐ろしい力を持った男のペットならば、繋がりを持っておくのも悪くないかも知れないなと、軽い気持ちでの提案だった。
あくまでも、油揚げはついでである。
『竹之の油揚げは美味いのう〜』
ついでと言ったらついでなのである。
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それから油揚げを求めて、もとい、男の観察の為に足繁く通う。
「また来てんのか、ほい」
男に安物の油揚げを貰い。
「ブルル」
フウマに竹之の油揚げを貰う。
『最高じゃのう』
美味美味と堪能していると、それを見かねた八咫烏がやって来た。
『……みみ子、餌付けされとらんか?』
『んっ⁉︎』
なに馬鹿な事を言っておる! こうして、油断させて真意を訊ねるという方法を取っているというのに!
そう反論したいが、口の中に油揚げがあるせいでそれどころではなかった。
「ブルル!」
その様子を見ていたフウマは、八咫烏を見て目をキラキラとさせていた。
まるで漫画やアニメに出て来るような妖怪の姿。それを間近に見て感動しているのである。
じゃあ、ダンジョンのモンスターはどうなのかという話なのだが、あっちは趣味ではないので瞬殺オーケーだ。
フウマは最近ハマった漫画の影響で、妖怪っぽいのが好きになっているのである。
『む、そいつは我らの会話を理解しているようだぞ』
『それがどうした? フウマが、普通でない事くらい分かっておるだろう』
馬や犬だって人の言葉を理解するのだ。
普通でない主人に飼われたフウマが、会話を理解出来ないはずがないではないか。そう当たり前のように、みみ子は受け入れていた。
『それでどうした? 八咫烏も油揚げが欲しいのか? 言っとくが、やらんからな』
『いらん。みみ子が遊んでいる間に、奴が動き出したぞ』
『奴?』
『北の鬼が、神殺しを成す為に動き出した』
『……なんじゃと』
驚きの余り、みみ子の口から竹之の油揚げがこぼれ落ちた。
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北の鬼、酒呑童子は千年以上を生きる鬼である。
その昔、大いに暴れ回り、多くの人間を葬り回っていたが、やがてそれにも飽きて北の地を支配して、山に籠るようになっていた。
だからと言って、大人しくなった訳ではない。
目に付く者がいれば即座に動き、その刃で敵の首を跳ねていた。
なのだが、長い何月の中で、骨のある奴も現れず、長い微睡の中にいた。
世界が大戦に包まれても動かず、ただただ微睡続けていた。
たまに訪れる人間を潰す以外は、何もせず横になっていた。
そんな酒呑童子は、ある存在が現れて覚醒する。
それは余りにも強大な力を持った者だった。
挑めば滅ぼされる。
そう察するのに時間は掛からず、どうするべきか迷ってしまった。
永い永い年月を生きて来た酒呑童子は、今更死を恐れたりはしない。
それなのに迷ってしまった。
強者に挑める唯一の機会であり、神殺しの称号を得る絶好の機会だった。
それが分かっているのに動けなかったのだ。
屈辱だった。
大妖怪と呼ばれた酒呑童子が、恐れて隠れてしまったのだ。
それは、決して許される事ではなかった。
全てを使って、敵を葬ると決めた。
どちらかが倒れるまで、戦いは終わらないと決めた。
総力戦だ。
己の力で勝てないのは分かっている。
ならば、手下を連れて行く。
使うのは己の全てである。手下に加えて、力ある者達を集めて敵のいる場所へと向かう。
百鬼夜行を引き連れて、酒呑童子は目的地へと向かう。
どれほど強かろうとも、必ずその命は貰い受ける。その心意気は、正に称賛するに相応しいものだった。
『……馬鹿な』
だが、現実は無常である。
「ヒヒーン!」
目的地に着く前に、訳の分からん馬に蹂躙されたのだから。
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時は数時間ほど前に遡る。
『どうする⁉︎ このままでは、妖怪が滅ぼされてしまうかも知れぬぞ⁉︎』
「ブルッ⁉︎」
『落ち着け。ここは九尾に頼み、北の鬼を説得か封印してもらうんだ』
『馬鹿者! それでは母様が亡くなってしまうではないかぁ。もっと何か良い方法はないのか?』
泣きそうになるみみ子の訴えだが、残念ながら八咫烏にはその手段が思い浮かばない。
というより、このまま衝突させて、酒呑童子を滅ぼせば良いのではないかと思っていた。
観察していた例の男は、力は途轍もなく強大だが、無闇に暴れるような輩ではない。
たとえ、一体の妖怪が危害を加えたとしても、他の妖怪に矛先を向けないという確信があった。
それを証明したのは、他でもないみみ子という存在だ。
そこにいるだけで悪霊を浄化させ、悪意ある妖怪を無意識に消滅させる存在が、何故かみみ子だけ受け入れている。
その違いは、男に害意を持っているかどうかである。
害さない限り、あの男は動く事はない。
そうなれば、酒呑童子とその配下が滅びるだけだ。
北の治安が乱れるが、それも仕方のない犠牲と割り切るしかない。
その旨をみみ子に伝える。
これで、我らが動く必要はないと。
犠牲も最小限ですみ、この地も乱れる事はないと伝える。
八咫烏としては、最善の案を出したつもりである。
だが、みみ子は納得しなかった。
『ならん! 関係のない多くの者達が苦しむのだぞ! それを見過ごして、この地の長が名乗れるか!』
『落ち着けみみ子、必要な犠牲と割り切るんだ。我らではどうやっても、酒呑童子の動向は変えられん。九尾やぬらりひょんに頼ろうにも、奴らは首を縦にふるまい。下手に動けば、恐ろしい男に見つかると警戒してな』
『じゃが! それでも、救える者達は救いたいんじゃ……』
最後は尻すぼみになり、言葉に力を失ってしまった。
分かっているのだ、力が無い者がどれだけ吠えても何も変わらないと。
それでも悔しさから、みみ子は狐の姿から人の子の姿に変える。
『おい、何を考えている。止めろよ、それは禁忌だぞ』
妖怪は人間に縋ってはいけない。
かつて、妖怪の一体が人と恋に落ち、妖怪を滅する存在を生み出してしまった。
故に、人間との接近を禁じている。
許されるのは殺し合いのときと、恩を返すときだけである。
恩を返すにしても、過度な物は認められておらず、度を越せば禁忌を犯したと判断される。
この場合、恩もなく殺すつもりもないみみ子が接触すれば、同族から葬られるだろう。
『儂一人の命で多くが助かるならば、それは本望じゃ!』
死は怖い。
だが、これから先、あのとき判断を誤らなければと後悔する方がもっと怖い。
だから、みみ子は強がって二本の足で歩き出す。
そして、前に進めなくなった。
『なんじゃ⁉︎』
「ブルル」
何が起こっているのか分からず混乱するみみ子に、二足歩行で立ち上がったフウマが、まあ待てよと前脚でポンと叩く。
『これは、フウマがやっておるのか?』
「ブル」
フウマは頷いて肯定する。
それから、ここは俺に任せとけとみみ子に伝える。
要は、北の鬼っていう奴を止めれば良いんだろうと、そいつらをしばき倒せば丸く収まるんだろうと、だったら俺がやってやるという意志を伝えたのだ。
『フウマ……何を言っておるのか、さっぱり分からん』
「メッ⁉︎」
だが残念なことに「ヒン」「ヒヒーン」「ブルル」では通じるはずもなかった。
だからフウマは風を操り、強硬手段に出る。
『今度はなんじゃ⁉︎』
みみ子を浮かせて、フウマは自身の背に乗せると一気に上空へと舞い上がったのだ。
『フウマよ、どこへ行こうというのだ?』
「ヒヒーン!」
これから、北の鬼に会いに行くんだよ!
そう伝わらない思いを乗せて嘶声、北ってこっちだよなと割と正解な方向に向かって空を駆ける。
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それは百鬼夜行と呼ぶに相応しい光景だった。
富士の樹海を通り更に勢力を増して行く軍勢は、まるでこの世の終わりのようだった。
その中でも、一際力を持つ鬼がいた。
北を支配する鬼と呼ばれ、この百鬼夜行の長である酒呑童子である。
肉体は人の物と変わらないが、大きさを自在に変えられ、腰にある刀は千の妖怪と万の人を斬った妖刀がある。
血のような赤色の袴を履いており、上半身は裸である。
体には、紋様のような刺青が彫られており、これが普通の物ではないと迫力が物語っていた。
『……もうここまで、酒呑童子と話をせねば』
上空より、百鬼夜行の軍勢を見て、怖気付いてしまったみみ子。だが、それではいけないと、自らを奮い立たせて酒呑童子の元へと向かう。
そうしようとしたのだが、フウマが一向に動かない。
『行くぞフウマ! 酒呑童子は先頭を歩く者じゃ、……フウマ?』
声を掛けても反応が無く、どうしたのだろうと顔を覗き込むと、目をキラキラさせて見惚れているようだった。
そう、フウマは妖怪の群勢に感動していたのである。
あとは呪◯師が揃えば完璧なのだが、残念ながら近くにはいないようだ。
それは確かに残念ではあるが、この分なら◯術師がいてもおかしくはないと思えたので、フウマのテンションは爆上がりしていた。
あとは、呪物が揃えば言うことはない。
『フウマ! 気付かれたぞ!』
みみ子の声に反応して、フウマは風を纏う。
ほぼ同時に、四方から鴉天狗による斬撃が放たれた。
『なっ⁉︎』
驚きの声を上げるのはみみ子ではない。
強襲して来た鴉天狗達からである。
驚きの理由は、フウマの纏う風に触れた刀が、一瞬にして分解され消えてしまったからだ。
もちろん、フウマの行動はそれだけではない。
動きの止まった鴉天狗達に向かい、空気を固めた球体を飛ばして意識を刈り取ったのである。
「カァ⁉︎」と鳴き声を上げて落下する鴉天狗達。
今の攻防により、百鬼夜行の全ての妖怪達から狙われるようになってしまった。
最初に向かって来たのは、空を飛べる者達。
雲雀や空を行く子供の雲童子から、天狗に鵺などの強力な妖怪まで襲って来る。
しかし、そのどれもが脆弱だった。
ダンジョンで言えば、天闘鶏にも劣る。
その程度の存在が、フウマに触れられるはずがないのだ。
竜巻を巻き起こし、今し方向かって来ていた妖を昏倒させる。それでも向かって来る者には、更なる追撃を用意している。
『な、何が起こっておる⁉︎』
百鬼夜行からの強襲に怯えて目を閉じていたみみ子は、吹き飛ばされて行く妖怪達を見て混乱していた。
これをやっているのが、フウマだというのは分かる。
フウマが空を飛ぶのも、あの男のペットだと考えたら、ギリギリ納得する。
しかし、酒呑童子率いる妖怪の軍勢をこうも簡単に蹴散らして行くのは、理解が追い付かなかった。
「ヒヒーン!!」
地上に向けて、フウマは今からそっちに行くと嘶声いてみせる。
急降下すると地上にいる妖怪達は警戒し、背中にいるみみ子は「コーン⁉︎」と甲高い声で鳴いた。
地上に降りると同時に、酒呑童子が斬り掛かって来る。
それを問答無用で吹き飛ばし、無慈悲に隊列を成した妖怪どもを薙ぎ払う。
空気を圧縮した玉が飛び、竜巻が全てを飲み込んで行く。
正に、一方的な戦いだった。
いや、これはもう戦いとは言えなかった。
大人が子供相手に、大人気もなく倒しているのと大差なかった。
やがて残ったのは、フウマとみみ子、そして酒呑童子の三体だけだった。
『馬鹿なっ⁉︎』
想定していなかった事態に、酒呑童子は狼狽する。
神殺しを目指して、勢力を拡大させながらここまで来たというのに、一体の化け物に壊滅されてしまった。
引き連れていた妖怪達も決して弱くはない。
それどころか、精鋭と呼ぶに相応しい者達を集めていた。
それを、僅か数分で無力化されてしまった。
そのような芸当は、酒呑童子には無理だった。
全てを殺すのならば、時間を掛ければ可能だ。だが、生かした状態というのは、どうやっても無理な芸当だった。
『何者だ?』
酒呑童子は、恐れる心を隠してフウマに尋ねる。
「ブルル」
フウマだと名乗るが通じるはずもなく、威嚇だと思われて、思いっきり警戒されてしまう。
覚悟を決めたように妖刀を引き抜き、妖力を漲らせて構える。
それを見て焦ったのはみみ子だ。
『待て! 待つのだ酒呑童子!』
ここに来たのは争いを止める為だ。
ここまでやっておいて何を今更という話だが、酒呑童子さえ無事ならば、北の地が荒れる事はない。
そう、ここで酒呑童子が無様に負ければ、その地位を巡り多くの妖怪達が争う事になる。
その被害は妖怪だけに止まらず、人間社会でも多くの血が流れるだろう。
それだけは阻止しなければならなかった。
『貴様は?』
『九尾の妖狐玉藻の子、みみ子と申す。酒呑童子よ、手に持った刃を納めて、話を聞いて欲しい』
『我が百鬼夜行の邪魔をして、話を聞けと申すか。既に引き返す道はない。そこの奴を殺し、先にいる神を滅ぼすまでだ!』
『これは不幸な事故じゃ。襲われた以上、反撃せねば我らが殺されていた』
『それで話が通ると思っとるのか! 神を滅ぼした後に、貴様の首を持って玉藻も滅ぼしてくれよう』
『待てと言うておろう! このフウマにも負けるお主が、神に勝てる訳がなかろう。儂は近くで見たが、お主では天地がひっくり返っても勝ち目は無いぞ』
『……我を愚弄するか。神よりも先に、貴様を血祭りに上げてやろう!』
『どうしてそうなる⁉︎』
説得どころか煽ってしまい、酒呑童子を怒らせてしまった。
本気なのか酒呑童子の肉体が大きくなり、武器もまた巨大になっていく。
それを、おおすげーなーとフウマは見上げていた。だが、それだけで、特に脅威を感じなかった。
『おおーーっ!!』
まるで全てを押し潰しそうな酒呑童子の一太刀。
それに対して、フウマは風の刃で対応する。
いつも通りの風の刃だった。
しかしその刃は大気を裂き、空を裂き、神にさえ通じる一太刀だった。
風の刃が妖刀と接触し、何事もなかったかのように通り過ぎて空を裂いて消えてしまった。
『馬鹿な……』
千の妖の命を吸い、万の人間の命を吸った妖刀だった。
それが半ばで切断され、宙を舞っている。
これは何事だと理解が追い付かず、折れた刃を目で追っていると、芦毛の小さな馬と目が合った。
そこからは一方的だった。
いや、最初から一方的だったのだ。
空気を圧縮した球体が、酒呑童子を貫いて行く。
視界を埋め尽くすほどの数に、その一発一発が肉体の芯まで響き、血反吐を吐き出すほどの威力を持っていた。
この攻撃は、酒呑童子が立っている限り続けられた。
決して倒れない酒呑童子を見て、みみ子は『フウマの攻撃が効いていないのか?』と訝しんだが、立ったまま気を失っているのに気付いて急いで制止する。
『待てフウマ、酒呑童子は気を失っておる! 白目を向いておるだろうが! このままでは死んでしまうぞ⁉︎』
「ブルッ⁉︎」
えっマジかよ⁉︎ と急いで魔法を解除するフウマ。
不殺の心で望んだ戦いなのに、一番生かしておかないといけない奴を殺しそうになっていた。
魔法による攻撃を止めると、酒呑童子の体はグラリと揺れて、仰向けに倒れてしまった。
その姿は巨大な物ではなく、元の人間サイズまで縮んでいた。
『こ、これは、どうするかのう……』
北の地の平和を願ってここまで来たというのに、結果として全てを倒してしまった。
このままでは、敗北した酒呑童子は今の地位を追われるだろう。そして、空位となった座を巡り争いが勃発する。
フウマがこれほど強いとは思っていなかったが、あの男のペットならばそれも、まあ……いやないわとなった。
『フウマ、どうにかならんか?』
「ブルル!」
任せとけと頷いて、フウマは倒れた酒呑童子に近付いていく。そして、治癒魔法を使い治療を開始した。
すると……。
『ああああぁぁぁーーー!?!?!?』
酒呑童子は光に包まれた。
治癒魔法は生者への治療を目的とした魔法である。
ならば、酒呑童子にも効果がありそうだが、そうはならなかった。
酒呑童子の成り立ちは、数多の悪霊にある。
元となった人間の侍はいたが、その肉体を器に多くの悪霊が集り、一体の鬼を作り上げたのである。
酒呑童子の体が輝き出し、多くの魂が浄化されて行く。
それは、救われるはずのない罪深い魂達だった。
死してなお、多くの命を奪い続けた罪人の魂。それが、天へと上がって行く。
一千年を生きた大妖怪が、この地で浄化され消えてしまった。
『…………あーーっ』
やっちゃったよ!
こうならないようにしたかったのにぃ!
叫びにならない声を上げるみみ子。
これでは北の地が荒れてしまう。酒呑童子の代わりとなる者が決まるまで、血が流れ続けてしまう。
どうにかしないと、と考えても、思い浮かぶのは不可能なものばかり。
「……ブルル」
やっちまったと首を振るフウマ。
まさか助けようとしたら、止めを刺す事になるとは思わなかった。
項垂れたみみ子に近付き、すまんと肩を叩く。
『すまんではない。どうするんじゃ、このままでは多くの血が流れてしまうぞ』
「ヒヒーン」
まあ何とかなるさ、俺に出来る事なら何でもするからさ。と、どうせ通じていないだろうと高を括っての言葉を吐く。
『ほ、本当か⁉︎』
「ブルル」
男に二言は無いとキリッとした顔で返して、フウマは大変満足していた。
『で、では、フウマ頼む。ずっととは言わん、統治するに相応しい力を持った者が現れるまで、北の地を統治して欲しい』
「ブル!」
お安い御用だ! とやる気のない事を宣う。
これは仕方ないのだ。
だってフウマだから。
だって召喚主がアレだから。
だから、こうなるのも仕方ないのだ。
『まことか! では、まずここにおる者達を配下にしてたもれ。こ奴らは北の地の妖共じゃ。こ奴らを使い、酒呑童子を下した新たな統領だと広めるのだ!』
「……ヒヒン?」
あれ? おかしいな、話が噛み合っている気がする。その事に気付いて、みみ子に俺の言ってる意味分かる? と尋ねると、
『もちろんじゃ! フウマの言っている事は、全て分かるようになったぞ!』
おいマジかよ! と絶叫しそうな思いで「ヒヒーン⁉︎⁉︎」と叫んだ。
こんなんやってられないと、前言撤回しようとするフウマ。だが、フウマがぶちのめした妖怪達が起きて集まっており、まるで新たな王が現れたかのような歓声を上げてしまったのだ。
「……ヒヒーン」
これもう逃げられないじゃん、と諦めるしかないフウマは、問答無用で北の地の妖を統べる存在となった。
その後、昼は田中家でペットとして過ごし、夜はみみ子と共に妖の王として活動するフウマだった。