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幕間32(ヒナタ)その③

 ヒナタは旅立つ。

 兼ねてからの望みではあったが、こうも緊急で決まるとは思わなかった。


 アクーパーラが夜の世界の訪れと共に姿を隠した理由は、ユグドラシルから説明された。


 昼の世界と夜の世界。

 このどちらかに存在を固定すると、その存在は強化されるという。

 ただし、一定の力を持っている者には効果は無いそうだ。ヒナタでも、僅かな能力の上昇しか恩恵はなかった。

 それよりも強いアクーパーラが、なぜ昼の世界に固定しているのかは不明だという。


 何にしろ助かったのは事実。

 だが、また昼の世界が訪れたら、再びアクーパーラは姿を現すだろう。その時は、ヒナタは殺され、ユグドラシルは消滅し、この地は不毛の大地に変わり果てる。


 それが簡単に想像が付くほど、アクーパーラは強力だった。


 親父は、どうやってあいつを倒したんだ?

 弱点のような物でもあるのか?


 そこら辺は、再会したときにでも聞いてみよう。


 そんな事を考えながら、ヒナタはその存在を夜の世界に固定する。

 やり方は簡単だった。

 この世界に己の魔力を全量流し、その意志を伝える。それだけで、ヒナタは夜にしか存在出来なくなった。

 もちろん解除も可能で、やり方は同じ方法である。


『じゃあ、行くよ。何かあったら、直ぐに呼び戻してくれ』


『うむ、その枝はしっかりと持っておれよ。お主は、そそっかしい所があるからのう』


 出立を告げると、ユグドラシルから念押しされる。

 ヒナタの手には、世界樹の枝が握られており、この枝を通じてユグドラシルとの交流が可能となっていた。


『分かってるって、荷物入れにでも放り込んでおくから』


『まったく分かっておらん! それがあれば、我が転移を使えるのじゃ! 絶対に肌身離さず持っておれよ!』


 忠告を無視して、世界樹の枝を掌サイズの倉庫に入れる。

 これは、都ユグドラシルにある錬金術師の工房で作られた物だ。形は平らな楕円形をしており、中央には空間魔法の魔法陣が刻まれた水晶が嵌っている。

 個人携帯型収納端末器という正式名称はあるが、名前が長過ぎるので、荷物入れや倉庫と呼ばれている。


『ちゃんと確認はするから大丈夫。それよりも、二号は大丈夫なのか? 子供とも別れる事になるけど』


 話を振られたマヒトだが、ヒナタの方は見ずに、マヤを抱いたミューレと向き合っていた。

 マヒトにとってミューレとは、師にして最愛の人である。ミューレとの別れは、身を引き裂かれそうなほど辛い出来事だった。

 ましてや、子供のマヤとも別れなければならない。

 これが最善の選択だったとしても、決断するのにどうしようもない痛みを伴うものだった。


『必ず、必ず権兵衛さんを見つけ出して、君に会いに行く。それまで、待っていて欲しい。少しの間、マヤを頼む』


 それは短い別れの挨拶だった。

 だが、思いはしっかりと伝わったのか、ミューレは深く頷き告げる。


『貴方の帰りを待っています』


 マヒトはミューレを抱き締める。

 その間にいるマヤが泣きそうにしているが、ぐずり出す事はなかった。その代わりに、マヒトの服を掴んでいた。

 それをゆっくりと外すと、愛おしむように撫でてそっと離れた。


『大丈夫か?』


『ええ、今生の別ではありませんから』


『……そっか』


 都ユグドラシルから外の世界に旅立つヒナタと違い、マヒトは地上へと帰還する。

 アクーパーラの目を掻い潜るには、この方法しかなかったのだ。

 ヒナタも地上にという案もあるにはあったが、そうするとダンジョンの侵攻が進んでしまい、三百年と持たずに、世界が飲み込まれてしまう恐れがあった。

 それだけ、ヒナタという存在は強力になっていたのだ。

 その点、マヒトは元は地上の世界の住人だ。

 一部が変質していたとしても、地上への影響は少ないと判断された。


『マヒトよ、お主の使命、忘れるでないぞ』


『はい』


『うむ、では送るぞ』


 ユグドラシルは転移の魔法を発動する。

 最後に微笑みを浮かべたマヒトは、光に包まれてこの地から姿を消した。


『またな、マヒト』


 これで、昔からの知り合いは全員いなくなってしまった。


 寂しくなり、自然と長剣に触れてしまう。


 ひんやりとした感触が、どこか自分の心みたいだなと思ってしまった。



---



 都ユグドラシルを発ってから二度目の夜の世界が訪れた。


 ヒナタは彼方此方を見て回り、親父が語ってくれた世界を体験する。と言っても、経験できるのは夜の世界だけなので、楽しさは半減していた。


 昼と夜とでは世界の様相は一変する。

 夜は不毛な大地が大半を締めており、モンスターの強さもそこまでではなく、数が多いだけで大した苦労はなかった。

 ただ寝床を探すのには苦労した。

 親父の話では地面に穴を掘り、周囲をガチガチに固めてから寝ていたと聞いている。それを実践できたら良かったのだが、残念ながらヒナタは地属性魔法が得意ではない。

 光属性なら得意だが、それ以外の属性は微妙なレベルなのだ。

 普通以上には使えても、親父レベルでは扱えない。風属性も、フウマのようには扱えない。


 だから諦めて、宿泊用のアイテムを使用する。

 親父のような旅をしてみたかったが、こればかりは仕方ないと魔法で横穴を開けて、アイテムを使う。

 掌サイズのアイテムは魔力を流すだけで起動し、パキパキと音を立てながら一つの部屋に姿を変えて行く。


「キュイ」


 最初使った時は、なんだか漫画で見た秘密道具みたいだなぁと感心したものだ。

 部屋の中には寝台と、洗浄効果のある魔法陣が設置されているだけだが、他の物は荷物入れにあるので問題ない。


 落ち着くと、世界樹の枝を取り出してユグドラシルに状況の確認を行う。

 大抵の場合、何もないという返事がある。

 だが、今回は違っていた。


『マヤを地上に送った?』

 

 マヒトとミューレの子供、マヤを地上にいるマヒトに送ったという。

 理由は、マヤが魔力中毒を起こしたからだそうだ。


 この地は魔力に満ちており、天使は自然と体内に取り込んでしまう。

 天使の子供は、体内に溜まった魔力を無意識に外へと吐き出すのだが、半分が人間であるマヤにはそれが出来なかったのだ。

 体内にある魔力を強制的に放出する技術はあるが、一歩間違えれば、魔力欠乏症になり死に至る恐れもあった。

 ならば、魔力の無い地上に向かえばその心配も無くなると考えたそうだ。

 

 ミューレにとって、苦渋の決断だった。

 夫に続き、娘とも別れることになってしまう。下手をすれば、もう二度と出会えないかも知れないのだ。

 それでも、大切な娘の命のために決心をした。


 その決断を、ヒナタは責めることは出来なかった。


 少なくとも自分の時とは違い、愛するが故の選択だったから。



---



 相変わらずの夜の世界を過ごして行く。


 夜の世界が何も無い不毛な世界かというとそうではない。

 光を発する山があったり、長い長い細い川が流れていたり、それが広い海に続いていたり、その周辺には朽ちた建築物が並んでいたりと色々な物があった。


 そんな中でも一番驚いたのは、地下世界があった事だ。


 地下の世界には、都ユグドラシルと同様に多くの住人が住んでおり、独特の文明を築いていた。

 ヒナタが侵入すると、もの凄く警戒されてしまい、地下世界の警察機関に攻撃されてしまった。


 攻撃自体は大したものではなかった。

 なので気にせずに侵入した謝罪をして、自己紹介を念話で行った。


 念話の技術が無かったのか、彼らは驚きながらもヒナタを受け入れてくれた。


 地底人である彼らの特徴は、瞳孔の大きな三つ目という点だろう。

 目の位置が各人によって異なっており、等間隔で配置された目を持つ者が、美しいとされていた。


 なので、二つしか目のないヒナタは、この地では不細工扱いされてしまっていた。


 外からの来訪者と聞き、興味津々に集まる地底人。

 そしてヒナタを見た感想は、


「目が足りてないわ」「それに小さい」「デーモンじゃないみたいね」「なにあの羽、邪魔じゃないの」「背が高いわね」「邪魔ね、場所を取っているわ」「何より顔が……」「不細工ね」「不細工だね」「不細工だ」「不細工」「不細工」……etc。


 などと、概ね酷評をいただいてしまった。

 酷評されたヒナタはというと、新鮮な反応に笑ってしまった。

 これまでのヒナタは、多くの愛情が注がれ、多くの尊敬と畏怖の念を受けていた。このような対応は初めてで、楽しくなってしまったのだ。


『気にしてないから安心して。文化が違うと、こうも価値観が違うんだな』


 ヒナタの強さを知っている地底人が、怒ってないかと心配して様子を伺う。それに、大したことはないと返事する。

 更に続けて、気になる単語が出て来たので、目の前の地底人に尋ねてみる。


『ところで、デーモンって何だ?』


 初めて聞く名前に興味を持った。

 話を聞くと、この地底世界を侵略しようと襲って来るらしく、かなり厄介なモンスターなのだそうだ。

 しかも、武器や防具を身に付けているらしく、それなりの文明を築いているかも知れないという。


 へーと頷いていると、この地下世界の一区画の代表が住む家に連れて来られた。

 それから面会するのだが、この区画の代表は女性だった。見た目から年齢などは分からないが、老齢を感じさせる雰囲気から、相応に歳を取っているものと思われる。


 話の内容は、自己紹介から始まり、この地がどうやって出来たのか。その規模と歴史を教えてもらった。


 もの凄く眠かった。

 途中から同じ話がループするので、かなりしんどかった。


 そのお礼に、ヒナタも話をした。

 世界樹が守る土地があり、多くの種族が文明を築いているという。守護者という存在を鍛え上げて、外から襲って来るモンスターを倒していると説明した。


 代表はヒナタの話に感心した様子で頷き、それが本当なのかどうか疑っていた。

 それを察して、証拠の道具を幾つか見せたのだが、警戒心を解くことはなかった。


 ヒナタはそれでも良いと思った。

 ここから都ユグドラシルまでは、かなり離れている。行き来するにも、転移魔法を使うか、危険な世界を進むしかなかった。


 一体どれほどの者が、ここまで来れるだろうか?

 都ユグドラシルにいる者でも数えられる程度、この地底世界の事はよく知らないが、そう変わりはしないだろう。


 どうせ交流が不可能なら、信じようと信じまいと、変わりはしないと判断した。


 そういう事ですからとお暇しようとした時、大きな警報が鳴り響く。

 どうやら、モンスターの襲撃を知らせるものらしく、早く避難をと指示される。

 指示に従い外に出ると、既にモンスターは侵入しているようで、戦いの音が聞こえて来た。


 モンスターの見た目は、コウモリの翼を持った人。

 一見、魔人族のようにも見えたが、肌が白くひび割れており、装備の質も悪い物だった。


 一人のデーモンと目が合う。

 こちらを見て歪な笑みを浮かべており、これは魔人族とは違うなと分かった。


 光の矢がデーモンの頭部を消し飛ばし、地底世界を明るく照らす。

 それが合図になり、地底世界に侵入したデーモン達はヒナタに襲い掛かった。



---



 戦闘と言える戦いではなかった。

 デーモンと呼ばれたモンスターは、ヒナタが戦って来た中でも弱い部類に入る。

 それこそ、ト太郎が張っていた結界内のモンスターよりも弱いくらいだ。


 どうして生き残っているんだ?


 この世界は、弱者には厳しい世界だ。

 ユグドラシルにより守られているか、地底世界のように隠れていなければ、あっという間に淘汰されてしまうだろう。

 少なくとも、デーモン程度では生き残るのは不可能な世界だ。


 何かあるのだろうか?


 このモンスターはいつから襲って来るようになったのか尋ねると、割と最近になってからだという。

 向かって来る方角も同じらしく、そちらに行けば何か分かるかも知れない。


『世話になった』


 地底世界で一泊すると、引き止める地底人達を振り切りデーモンの根城を探す。

 興味本意だった。別に地底人を助けようなどと考えた訳ではなく、純粋な好奇心からだ。


 夜の世界を飛び回り発見したのは、こじんまりとした建物と、数多くのデーモンの姿だった。


 無言で襲撃して殲滅して行く。

 大して強くはないのだが、数が数だけにそれなりに時間が掛かってしまう。

 逃げるのなら追うつもりはなかったのだが、一人残らずヒナタを排除しようと動いていた。


 そして殲滅し終わると、建物の扉を破壊する。

 砂埃が立ち込めて中は見えないが、ドクンドクンとした胎動が伝わって来る。


 一体何があるのかと、風を起こして砂煙を取り除く。

 そこで見た光景は、幻想的とも禁忌を犯しているとも思える物だった。


 直径二mほどの球体。

 何者かの腹。いや、この場合は胎盤と呼んだ方が正しいだろうか。

 胎盤の中にはデーモンの姿があり、それが今まさに生まれようとしていた。


 ズルズルと這い出て来たデーモンは、生まれたばかりだというのにヒナタを認識すると奇声を上げて掴み掛かって来た。


 まるで、最初からそう行動するようにプログラムされていたかのような動き。

 その存在に違和感を感じて、頭部を掴んで止める。


 ジタバタと暴れるデーモンをじっと観察して、違和感の正体に気付いた。


『魂が無い?』


 人型のモンスターで、少なからず知性が宿っていると思っていた。しかし、デーモンにはそれらが無く、ただ何者かに指示された行動を取っているだけだった。


 じゃあ、誰が地底世界を襲うように指示を出したんだ?


 新たな疑問が浮かぶが、胎盤が動き出し考えるのをやめて距離を取る。


 胎盤は一度ドクンと脈打つと、空気中に漂う魔力を吸収し始める。その中には、ヒナタが無意識に発していた魔力も混じっており、ぐるぐると胎盤の中で混ざって行く。


 そこで形作られたデーモンは、先程まで見ていた個体とは違い体はひび割れてはおらず、何より髪が生えていた。


 暫く待っていると、新たなデーモンは生まれ落ちる。

 先ほどは襲われたが、今度は違っていた。

 ヒナタの姿を認識した瞬間に、片膝を突き頭を垂れたのである。


『お前は襲っては来ないのか?』


 そう尋ねても、よく分かっていない様子だった。

 それから次々と質問を投げかけるが、何も答えは返っては来ない。その代わりに分かったのは、ヒナタの言う事を聞く、というものだった。


「……キュ〜」


 これ、使えるな。


 そう悪い笑みを浮かべながら、ヒナタは呟いた。

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おもしろい(´・ω・`)
[一言] なるほど、これではっちゃけたのかw
[一言] 更新ありがとうございます(´・ω・`)
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