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幕間32(ヒナタ)その②

投稿時間、間違えてました。

次は19時に三話目投稿します。

 そこには絶望が広がっていた。

 この地に、多くの命が生きているのは知っていた。

 そこはたくさんの生命が溢れ、一つ一つが意志を持ち、多くの笑顔と幸福で満たされた世界だった。


『俺が、遅かったから』


 もっと、早く決断すれば良かった。

 もっと、ユグドラシルの話を聞いておけば良かった。

 もっと、この地に住まう人々を考えておけば良かった。

 そうすれば、そうすれば……


『……みんなを救う事が出来たのにっ!』


 目の前の、生き残った少女を抱きしめる。

 ごめん、ごめんと呟き続けて、亡くなってしまった者達に謝り続けた。



ーーー



 ヒナタが英雄として祭り上げられたのは、誰も倒せなかったキングヒュドラを討伐してから直ぐだった。


 多くの者が世界樹の元に集まり、式典が行われた。


 銀髪に黒い翼の天使。

 明らかに普通の天使ではなく、一部では同族殺しをして堕天した者ではないかと囁かれた。

 そんなヒナタが、大勢が見守る中を歩いていきユグドラシルの元へ行き、片膝を突いた。


『オリエルタとキューレの子ヒナタよ、此度の働き誠に見事であった! 聖龍の元で修行し、神をも殺す力を手に入れたお主には、英雄の称号こそ相応しいであろう!』


 これまでヒナタという存在は、一部の守護者にしか伝えられておらず。それも、今回の戦闘で多くが命を落としてしまった。

 事情を知る者には口止めをしており、今の言葉が真実だと認識させる。


 これは、この地の安寧を守る為である。

 

 たった一体のモンスターにより、多くの命が奪われ、多くの住む場所を失った。

 住人は不安と恐怖に苛まれる。

 この地が聖龍の結界により守られていたとは知っていても、それを実感している者は守護者を除いてほとんどいなかったのだ。

 ましてや、守護者でも敵わないとは誰も思っていなかった。


 外の世界には、神のような化け物共がいる。

 何度も言って来た内容が、今回の襲撃で真実だと明らかになってしまった。


 多くの者達が絶望し、聖龍の結界の復活を願った。


 だが、それが叶う事はない。


 だからこそ、聖龍に選ばれた英雄が必要だったのだ。

 キューレと同じ力を持ち、聖龍の魂が宿った長剣を持つヒナタは、その英雄になり得た。


 ヒナタは無言を貫き、ユグドラシルより差し出された純白のマントをその身に纏う。

 そのマントはまるで、真実を隠すように黒い翼も隠してしまう。


「キュー」


 ただ不安になりながら、ヒナタはその場に立ち続けた。



ーーー



 それからのヒナタは、大勢の者から尊敬され崇拝されるようになる。


 中には親しい者も出来たが、その者達にも少しだけ距離を置いてしまう。

 いずれは、親父を探しにこの地を出る。

 この意思は変わってはおらず、親しくしてくれる者達に申し訳なく思っていた。


 この地を襲撃するモンスターは、その後も続く。

 そのどれもが強力なモンスターで、森に出現していたモンスターと同等の強さを持っていた。

 激戦に続く激戦だった。

 神を殺す力を持っていたとしても、その者が直ぐに強くなる訳ではない。鍛錬をし、経験を積み、死地を乗り越えてようやく強くなるのだ。


 その点で言えば、ヒナタは恵まれていた。

 共に戦い、助けてくれる仲間がいるのだから。


 親父にもフウマという仲間はいたが、ほとんど漫画を読んでばかりで役に立っていなかった。


 だから、ヒナタは恵まれているのだ。



 目の前に迫る舌先に反応出来ず、死を覚悟する。

 油断はしていなかったはずだった。


 10m近い体格に全身鎧を身に付けたモンスター。

 手には同等の大きさの巨大な剣が握られており、剣を操る技術も相当なものだった。

 その身には雷を纏って敵の接近を阻み、その巨大な剣で敵を葬る。


 そのモンスターを相手に、ヒナタは終始圧倒していた。


 巨大で頑強な鎧に身を守られ、雷を纏っていたとしても、聖龍の長剣を阻むのは不可能だ。

 巨大な剣と真正面から打ち合って弾き飛ばし、ガラ空きの胴体を鎧ごと深く斬り裂いた。

 その傷は即座に治り、鎧までも再生してしまうが、問題は無い。


 再生するのならば、その仕組みの根源から破壊すれば良い。


「キュイ」『アマダチ』


 生み出された白銀の光が長剣に宿る。

 今はまだ、親父のようにアマダチだけの具現化は難しい。出力を抑えれば可能だが、このモンスター相手では、それでは足りなかった。


 アマダチを突き立てるため、ヒナタは飛翔する。

 空高く舞い上がり、一気に滑空し始める。

 その速度は音速を超えており、ドンッドンッと更に加速して巨大な鎧のモンスターに突撃した。


 白銀の刃が通過する。

 音はなく、圧倒的な力で放たれた一太刀はモンスターを袈裟斬りにしていた。


 力を失ったのか、崩れ落ちていくモンスター。

 その兜が外れて、モンスターのカエルの顔が顕となる。


 反応したはずだった。

 モンスターの目は死んではおらず、最後の足掻きに舌が伸ばされたのだ。だから、それに合わせて長剣で防ぐように動いた。

 だが、舌は直前に枝分かれしてしまったのだ。


 一瞬の硬直。

 予期せぬ動きに、判断を迷ってしまった。


 死ぬ。

 終わりが、ヒナタの目の前に広がっていた。


 しかし、それは他の者が引き受ける。


『ヒナタ!』


 ヒナタに良くしてくれていた守護者が飛び込み、その身を挺して守ってくれたのだ。


 血飛沫が舞う。

 無数の舌に貫かれた守護者は、痛みを感じることなくその命を終えた。


「キュ?……っ⁉︎⁉︎」


 たちまち落下して行く仲間を見送り、何が起こったのか考える。

 そして、声にならない声を上げた。


 ヒナタは怒り狂い、アマダチがその手に宿る。

 力のままに顕現したそれは、短剣の形をしており塵一つ残すまいと振るわれる。


 絶大な光は鎧のモンスターを全て飲み込み、跡形もなく消し去ってしまった。


 キュハキュハと肩で息をする。

 怒りが治らない。

 俺のせいで死んでしまった。

 仲間が、親切にしてくれた奴が、そしてこの地に住む者達が。

 多くの者達が死んでいく。


 俺が弱いから、守れない。


『……親父だったら、全部守れたのかな』


 全ての力を使い果たしたヒナタは、空中に止まっておくことが出来ず、気を失って落下してしまう。


 それを受け止めるのは、何の力にもなれないオリエルタだった。



 ヒナタは仲間に恵まれた。

 多くの者がヒナタを慕っていた。

 だから、ヒナタの心は満たされ、多くの喪失を味わってしまう。

 ヒナタを慕った者達は皆、己の命よりもヒナタの命を優先する者ばかりだった。だから皆が率先して、その命を差し出していく。


 どれほどの命が奪われたのだろう。

 どれだけの親しい者達の姿が見えなくなっただろう。


 多くの仲間の命に救われたヒナタは、更に力を付けて英雄に相応しい力を手にする。


「キュウ」


 ヒナタは一人涙を流す。

 どれだけ力を付けようと、いなくなってしまった仲間達は戻って来ない。失われた命は戻らないのだ。

 少しでも救えるように、蘇生魔法も覚えた。だが、それで救える命は指の数にも届かない。


 そして、疑問を持ってしまう。

 どうして皆は、この地に住む者達の為でなく、ユグドラシルの為に命を懸けるのだろうかと。

 この地が、ユグドラシルの力で維持されているのは分かっている。ユグドラシルを守る事が、大勢の命を救う事に繋がるのも理解している。

 だが、戦う者達は皆、ユグドラシルを第一に思っていた。


 何故、残された者達を考えない?

 何故、愛する者を思い浮かべない?

 何故、俺の命を優先する?

 何故、ユグドラシルを最優先に考える?


 そんな疑問を抱き始めたときに、事件は起こる。


 巨大な亀の形をした神、アクーパーラがこの地を訪れたのだ。



 突如現れた神の姿に、皆は恐怖する。

 見ただけでも分かる神聖な存在。

 崇拝するユグドラシルよりも上位に位置し、聖龍に匹敵する力を持った世界の化身。


 神は告げる。

 私を喰らった者を出せ、と。



『俺は行くよ。あいつの狙いは、俺と二号だから』


 集まった仲間達の前で、アクーパーラの元へ行くという意志を伝える。

 それに反対する声が上がるが、他に解決策はなかった。

 アクーパーラは、この地を更地に変えられる力を持っている。本来ならば、このような通告をする必要がないのだ。問答無用に攻撃すれば良いところを、わざわざ意志を伝えて来た。ならば、交渉する手段はあるはずなのだ。


 それに、アクーパーラの元に行くのはヒナタひとりではない。


『ヒナタ、私の名前はマヒトです。いい加減覚えて下さい』


 共に都ユグドラシルに連れて来られた、世樹マヒトもいた。

 お世辞にも心強いとは言えないが、昔から知っている人がいるのは心強かった。


『俺にとっては二号だから、二号って呼ぶ。名前はなんて言うか、呼び難い』


『覚える気がないだけじゃないんですか?』


『そうとも言うかな』


 あははと談笑する二人。

 今はそれどころではないが、だからと言って悲観する気もなかった。

 どうにかする。

 どうにかしなければ、ここは滅ぼされてしまうから。


 それに、今だけは守る意味を見つけていた。


『マヒト……』


 叔母であるミューレが、マヒトの名前を呼ぶ。

 その腕の中には、小さな天使が眠っており、二人の面影を引き継いでいた。

 二号はそんなミューレに近付き、その目を真っ直ぐに見て言う。


『ミューレ、少しだけマヤを頼む。僕は必ず、君とマヤの元に帰って来るから』


 その言葉は死亡フラグだ。

 ただでさえ絶望的な状況なのに、ヒナタは更に嫌な予感がしてしまった。


『当然です。だって、私の夫なんですから』


 そんなヒナタの思いとは裏腹に、二人は微笑み合う。その間で、まるで人の子のようにぐずり出す赤子。

 マヤの泣き声は、父親との別れを惜しんでいるかのようだった。


 本来なら、異種族間では子供は出来ない。

 それを、ユグドラシルの生命を操る力によって成したのである。

 もちろん、ユグドラシルの力を持ってしても、無から有を生み出すのは簡単ではなかった。結界の範囲を狭めるほどの力を使い、二人の遺伝子を一つにして創り上げたのである。


 マヤの誕生は、ミューレやマヒトはもちろん、ヒナタも賛同して行われたものだった。


『じゃあ、行こう』


 ヒナタはマヒトに告げる。

 これ以上ここに止まっていると、離れられなくなりそうだったから。


 二人は歩み始め、扉を開き外に出る。

 このまま、アクーパーラが待つ場所まで行くつもりだったのだが、歩みはそこで止まってしまう。


 扉を開いた先には大勢の住民が詰めかけており、ヒナタを行かせまいとしていたのだ。


 行かないでくれと、死にに行くようなものだと、俺たちが代わりに行くからと、この命はあんたの為に使うからと、必死に引き止められた。


「……キュル」


 皆から引き止められて、ヒナタは嬉しく……はならなかった。


 いや、邪魔だから。別に死ぬ気もないし、お前らの命を使われても困るだけだから。だからどいてくれと、迷惑に思っていた。


 どうしようかと困っていると、肩をポンと叩かれて「慕われてますね」とマヒトが微笑んでいた。


 違うから。早く行かないと、あの化け物が何するか分からないだろう。そう言いたかったが、そんな雰囲気ではなかった。

 更に言えば、待たされたアクーパーラがブチギレていた。


「キュ!?」


 恐ろしいまでの力が、アクーパーラに収束していくのを感じ取る。

 その力は天変地異を引き起こすものであり、この地を破壊し、全ての命を奪う威力を持っていた。

 それを感じ取った者達は、体が震え出し絶望で何も考えられなくなってしまう。


 ヒナタは上空へと飛び立つ。

 まずい、急げ急げ急げと上空を目指す。

 長剣に全力のアマダチを込める。

 力を込め過ぎたからか、ヴヴヴッと音が鳴らしながら震え出す。


 だが、これでも足りない。

 ヒナタの直感が、これだけでは防げないと告げて来る。

 もっともっとと力を込めていき、やがて限界に達する。


 まずいまずいまずい!!


 何か手はないかと探しても、何も見つからない。

 焦った状態では尚更だ。


 もうこれで迎え打つしかない!


 仕方ないと覚悟を決めたとき、世界樹から力が流れ込んで来る。

 それは世界樹ユグドラシルが結界に使っていた力だった。結界を一時的に解除して、ヒナタへと送り込んだのだ。

 その力を受けて、アマダチは一層光り輝く。


 これなら!


 アクーパーラから、全てを破壊する水の魔法が放たれる。


『アマダチ!』


 白銀の光が放たれ、破壊の水と衝突する。

 膨大な力の衝突により、都ユグドラシルの建物は激しく揺れ、浮島は大きく動いてしまう。各所に設置されていた移動用パスも壊れて落下し、多くの住人を巻き込んでしまう。


 ほんの数秒の拮抗したのち、対消滅するように二つの力は消えてしまった。


 見事にアクーパーラの魔法を打ち破ったヒナタだが、喜ぶ事は出来なかった。

 何せ、次の魔法をアクーパーラが準備していたのだから。


「キュハキュハキュハ」


 息も絶え絶えで、魔力も残り少なく満身創痍の状態。ユグドラシルからの力は絶えず届いているが、それでも足りなかった。


 次の魔法は防げない。

 少しでも対抗しようと、アマダチを長剣に宿す。しかし、その力は弱く、先程の十分の一もなかった。


 終わらせない! 終わらせてたまるか!


 無理矢理力を振り絞る。

 それで力が増す訳ではないが、その様子を見たアクーパーラを躊躇わせるだけの気迫はあった。


 最後まで足掻こうとしたからこそ、奇跡は起きたのだろう。


 アクーパーラが魔法を放とうとすると、世界に夜が訪れたのである。世界が闇に覆われ、その闇はアクーパーラも隠してしまった。


 何が起こったのか分からずに呆然としていると、ユグドラシルから戻って来るようにと念話が届いた。


 地上に戻ると、声援と共に多くの住人達に迎えられる。

 彼らからすれば、凶悪なモンスターを追払い、この地を守ってくれた英雄にしか映らなかったのだ。


『すまない、通してくれ』


 そう告げても、感謝を伝えようとする群衆の波は抑えられない。結局、守護者達が迎えに来るまで、ヒナタは感謝され続けた。

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おもしろい(´・ω・`)
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[一言] やはりユグドラシルやそのコミュニティは好きになれない。 ここにいても幸せになれないね。
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