実家5
長期休暇も終盤に差し掛かり、実家に兄ちゃんと姉ちゃん家族が訪れた。
「いらっしゃい」
「久しぶりだな、元気してたか?」
「あんた、また大きくなってない? 少しはダイエットしなさいよって、馬⁉︎」
帰って来た二つの家族を迎えると、広かったリビングが途端に狭く感じてしまう。
姉ちゃんは横になっている俺に小言を言うと、その隣で横になっているフウマに驚いていた。
「え、ウマ⁉︎」「おうまさんだ⁉︎」
甥と姪がフウマを見つけて駆け出した。
嫌な予感がしたのか、フウマは顔を上げて二人を見てから俺を見る。
その目は助けろと訴えており、俺はフウマの頭を撫でて、諦めろと告げる。
標的を見定めた二人のモンスターは、漫画を読んでいるフウマを覗き込み、頭を撫で始めた。
無反応を決め込むフウマだが、残念ながらそれは悪手である。
子供二人は、フウマの事情なんて知った事かと抱き付いたのである。それだけでなく、騎乗して「いけ!」とどこかを指差したりしている。
姪は母ちゃんに「おばあちゃん、にんじんないの?」と食べ物で釣る作戦に出たようである。
雑食のフウマは、本来なら人参だけでは釣れない。
しかし、相手が子供となると話が変わって来る。
「メ〜」と鳴きながら、フウマは起き上がり人参に齧り付いたのである。
「あれって、ハルトのペットか?」
「ペットっちゃーペットだけど、そこまで可愛げは無いぞ」
「また変わったのを飼い始めたわね、世話って大変じゃないの?」
「飯と漫画とアニメとゲームを用意しとけば大人しいもんだよ、他の馬は知らんけど」
「それは馬じゃなくて、引き篭もりにするやつじゃないの?」
似たようなもんだ。
大きなお腹を抱えた姉ちゃんと義姉のヨシナさんは、自然と母ちゃんの方に行き、男連中は父ちゃんの方に集まる。
子供達は自然と母親達の方に行き、フウマに乗って遊んでいた。
「お前、仕事辞めたって本当なのか?」
無職になったのを聞いたのか、俺に問い掛けてくる。
「うん、今は無職。安心してくれ、あと三ヶ月もすれば就職するから」
こことは違う、別の場所でだがな。
本当か? と疑う兄に追随するように、義兄のマサフミさんが目線を鋭くして指摘する。
「それは信頼できる所なのか? 就業規則は確認したのか? 月平均の残業時間はどれほどだ? 企業の平均年齢は? 定着率は? 福祉も充実してないと、いろいろと大変だぞ」
「え? あ、うん、はい、確認しときます」
「確認してなかったのか⁉︎ 企業名はなんだ? 今から調べてやろう」
「やめて下さい、いろいろと確かな所なのは間違いないんで。いや、ちょっと、落ち着いて落ち着いて、落ち着け!」
怒り立つマサフミさんを、どうどうと制止する。
心配してくれるのはありがたいが、行き過ぎてクレーマーに変身してしまいそうである。
俺の仕事から話題を変えるために、一つ聞いてみる。
「ところでさ、どうして今日まで帰って来なかったんだ? 家も近いし母ちゃんも身重だしさ、様子見くらいしなかったのか?」
俺が実家に戻って来てから今日まで、兄ちゃん達の顔は見ていない。
何かと忙しいのかも知れないと思い、俺も特に言わなかったのだが、長期休暇が始まっても後半まで来ないのには違和感があった。
そんな俺の質問に答えたのは、隣に座る父ちゃんだった。
「それな、父さんが来なくていいって言ったんだよ」
「なんで?」
「ほら、母さん精神的に参っていただろ。そんな状態でハルカ達に合わせると、孫達に被害が及ぶかも知れなかったからな」
事情を聞いて、それを考えていなかったなと反省する。
母ちゃんの症状が良くなったのは、治癒魔法を掛けたあとからだ。女王蟻の蜜も影響しているかも知れないが、少なくとも俺が治療するまでは大変な状態だった。
治った今だからこそ来れるのだろう。
身重なのは、姉ちゃんもヨシナさんと同じなのだから。
そんなヨシナさんから、こっちに声が届く。
「ハルト君ハルト君! あの映画に出て来た、ゴブリンに襲われてるのってハルト君だよね⁉︎」
「違います」
「えー、でもあれハルト君だったよ、タカト君も認めてたし。ねえ?」
ヨシナさんが兄ちゃんの方を向くと、二人同時に頷く。
もう何度目だろうか?
数えるのも嫌になるほど、あのイケメンのエキストラと間違われる。マスクとサングラスを新調しないと、また勘違いされるかも知れないな。
やれやれ、仕方ないな。
映画の上映を止める方法を考えないとな……。
「なんか、よからぬ事を考えてないか? 悪い顔しているぞ」
「そんな事ないって。ただ、どうやったら映画を中止に出来るか考えていただけだよ」
「いきなり物騒だな。爆破予告なんてして警察沙汰だけは絶対に止めろよ」
「…………」
「おい、無言になるな。いい事聞いたみたいな顔は止めろ」
その手があったか、流石は兄ちゃんだ。
犯罪においては、俺よりも数倍頭が回りそうである。
「犯罪と言えば、近くのコンビニで人が暴れたらしいな。犯人は捕まったのか?」
「捕まったって言ってたよ。そこで働いてた人が言ってたから、間違いないよ」
「当事者がいたのか。被害とかはどうだったんだ? 今日見たら、いつも通りだったけど」
「コンビニは大丈夫だって、壊れたのは犯人の車両くらいだって働いてた人が言ってた」
「車が壊れるって、どれだけ暴れたんだ? 走り屋が事故でも起こしたのか? それだけの規模なら、ニュースになってそうだが」
「車は山道で壊れたから、暴れたとかはなかったよ。って働いていた人が言ってた」
「……その働いていた人って誰だ?」
兄ちゃんの指摘に、そっと手を上げる。
別に悪い事した訳ではないので隠す必要もない。
なにせ昨日、家に警察が来て事情を説明しており、俺は悪くないとお墨付きを頂いたのだ。
まったく、急に警察が来て連行されるから、残りの時間を留置所で暮らすのかと焦ってしまったぜ。
警察の話によると、犯人は俺がローキックした後、野生動物に襲われたらしく文字通り死に掛けていたらしい。
更に、主犯格には余罪があり、暫くは刑務所から出て来れないそうだ。
あの元彼女は、どうやってそんな人と出会ったんだ?
アングラな世界に憧れていたのだろうか?
平穏を望む俺には、まったく理解出来ない世界の人達だ。
「まあ、無事なら良かった。あっマサフミ君、あのチケットって余ってる?」
「はい余ってます」
「なあハルト、昔から格闘技って好きだったよな?」
「学生の頃は見てたけど、今は見てないよ」
「そうなのか? マサフミ君が七月に開催されるグラディエーターのチケット持っているんだが、いらないか?」
「グラディエーターって、あの?」
今度、俺もついて行くイベントだったはず。
探索者の戦いを見せ物にした、何とも下らない催し物。
そんなのが人気らしく、グラディエーターに出場する為に探索者になる人も増えていると聞く。
「いらないか?」
「俺はいらないかな。兄ちゃん達で行ってきなよ、余ってるならちょうどいいじゃん」
「行きたいのは山々だが、その頃が出産予定日なんだよ。どうせ無駄になるならって、譲ろうと思ったんだ」
「ふーん、他の人に譲った方がいいよ。正直、探索者同士の戦いに興味無いんだ」
「格闘技が好きだったのに?」
「あれとこれとは、まったくの別物だからな。格闘技の方が至高だ!」
「違いが分からん」
俺は泥臭い試合が好きだ。
派手さも好きだが、勝利を得ようと根性で立ち続け、必死に足掻く選手の姿をかっこ良いと思うのだ。
その点、グラディエーターは対モンスター用の技術を人に対して使っているだけのものだ。派手さはあっても、規模が大きいだけで泥臭さがない。
見たいのは人対人の試合であって、半ば化け物に片足突っ込んだ奴らの殺し合いじゃない。
結構人気なんだがなと兄ちゃんは呟いて、マサフミさんに他の人に渡してくれとお願いしていた。
「ねえ、チャンネル変えて良い?」
そう言って近付いて来たのは姉ちゃんだった。
お腹を大きくしており、どっこいしょといった様子である。
はい、とテレビのリモコンを渡すとき、何気なく姉ちゃんにお願いしてみる。
「なあ、姉ちゃん」
「なに?」
「お腹触ってみていい?」
「は? なんで?」
「いや、気になったから」
理由が無い訳ではない。
ひとつ確かめておきたい事がある。
困惑した姉ちゃんだが、少しだけよと触らせてくれる。
そっと手で触れて、スキル『トレース』を使用する。
「っ⁉︎ ごめん、ありがとう、助かったよ」
「なによ、一体?」
今ので分かった。
母ちゃんのお腹にいる赤ん坊に、何が欠落しているのかを。
「ごめん、トイレに行ってくる」
吐き気を覚えて、トイレに直行する。
あったのだ。
姉ちゃんのお腹の中にいる赤ん坊にはあったのだ。
「あの赤ん坊には、魂が無い」
母ちゃんのお腹には、魂が宿っていなかった。
明日から幕間を投稿。