実家4
本日は同窓会だ。
服装は自由とメッセージには書いていたが、場所がホテルなので、念の為にスーツで行こうと思う。
「サイズ合ってなくない?」
「少し痩せたかな?」
「逆でしょ、お肉が余っているわよ」
母ちゃんに指摘されて腰回りを触ってみると、うん、いろいろとはみ出しているね。
これはあれだ。
実家に帰って体を動かしてないから、無駄な肉が付いてしまっているのだろう。
「ダイエットしないと……」
「そうね、プールなんて良いんじゃない? 母さんも行っているし。今度、一緒に行こうか?」
「いや、遠慮しておく。体動かすなら、思いっきり動かしたい」
そうなると、選択肢はダンジョンしかない。
その場合、フウマを残して一人で行くことになるが、大丈夫だろうか?
「母ちゃん、体の調子はどうだ?」
「おかげさまで、嫌な夢も見てないし毎晩ぐっすりよ。体調も前より良くなってるくらい!」
たまにトレースして母ちゃんの体を調べているが、特に異常は無い。
いや、一応ある。
それは母ちゃんではなく、赤ん坊の方だ。
未だに男女ははっきりしないが、女王蟻の蜜の影響で体が頑丈になっている気がするのだ。まあ、それは良いのだが、相変わらず欠落した感覚が拭い切れない。
他の赤ん坊を調べた事がないので、こんなものかと決め付けるのもありだが、何か引っ掛かるのだ。
「あの存在も現れてないしな」
「どうかした?」
「何でもない。とりあえず私服にしとくよ」
スーツを諦めて、私服に着替える。
いつもとは違うおニューの服。
少しでも細く見えるように、黒系の服を準備している。
「うし、んじゃ行って来るよ。フウマ、母ちゃんをよろしくな」
「ブル」
床に寝そべり、漫画を読んでいるフウマに呼びかけて家を出る。
小さく返事をしたフウマの体は、ぶるんと震えており、その体の醜さを物語っていた。
「やっぱ、あいつも連れて行くべきか……」
俺だけでなく、フウマもダイエットが必要なようだ。
ーーー
時刻は十八時を回っており、ホテルの会場にはそれなりに人が集まっていた。
今回の同窓会は一つのクラスだけでなく、同学年が集まってのものとなっている。
おかげで知らない人が多く、懐かしい顔も名前が出て来なかったりする。一応、プレートに名前を書いて入場しているのだが、それでもピンと来ないのはどうしようもない。
服装は俺が危惧していただけあり、大半はスーツだ。私服もいるのだが、どうにも場違い感がある。
会場がホテルじゃなければ、ここまでなかっただろう。
「ようハルト、元気してたか?」
「タケっち、ミヤちんもこの間ぶり。二人ともスーツかよ、私服で来てくれよ」
「いやー、やっぱ社会人だし、場所が場所だからな。そういうハルトは何で私服なんだ?」
「……サイズが合わなくなってた」
「ぶっはははっ! ああ、悪い悪い。いやー、そんだけ太たらしゃーないって。あれ? お前、向こうでサラリーマンやってたんだよな? スーツじゃないのか?」
「仕事辞めて、今は無職だ」
「マジで?」
「マジマジ、仕事のストレスでこんなに太っちまったんだよ」
「嘘つけ、去年は普通だったじゃん。たった一年で倍以上太くなるのか?」
「見ろ、これが証拠だ」
腹を叩いて、立派に育ったお腹を披露する。
すると、「おおー」と感心した声が上がる。
「これはまた立派に育って。一体、何をこんなに詰め込んだの?」
「たくさんの栄養と、朝の一杯さえあれば完成さ。そんなに手間はいらない。ああ、運動なんてしたら絶対駄目だぞ。お兄さんとの約束だ。良いな?」
「分かったよハルトお兄さん! 絶対真似しないね!」
そこまで言うと、三人であははと笑う。
懐かしい内輪でのやり取りに、学生時代を思い出す。
今みたいなのを、暇さえあればやっていたように思う。横で聞いてた奴が笑い出したら、何故か勝ったような気がしていた。
そんな懐かしい思い出だ。
「お前達は、相変わらずだな」
「委員長!」
中わけで、きっちりと髪をセットしている同級生が現れた。
彼は俺たちの委員長である。
学生時代はメガネを掛けていたが、今ではコンタクトをしているようだ。
「もう委員長じゃない。いい加減、名前で呼んでくれ」
「分かったよ委員長」
「次からは名前で呼ぶよ、委員長」
「ところで、名前なんだっけ?」
「お前らな〜」
怒る委員長に冗談冗談と言いつつ、本当に名前を覚えていなかったので、ネームプレートをチラリと見る。
そこには『一ノ瀬』と書いており、ん? となった。
一ノ瀬は姉ちゃんの今の苗字だ。
まあ良くある名前なので、偶然だろう。でも、もしかしたらがあるので、一応聞いておこう。
「なあ委員長、身内にマサフミって名前の人いる?」
「名前で呼べ。マサフミ? 確か、従兄弟にいたな。それがどうかしたのか?」
「……何でもないです一ノ瀬さん」
うーん、世間は広いようで狭いな。
俺と委員長は身内、とまではいかなくても、遠い親戚くらいの間柄にはなったようだ。
そんな遠い親戚から、いらん報告が届く。
「ところで田中、映画見たぞ。なかなかの名演技だったじゃないか」
「違うよ、人違いだよ」
またそっくりさんに間違われてしまった。
まったく、迷惑な話である。
つーか、あの映画お蔵入りにならなかったんだな。主演俳優が問題起こしているのに、苦情は来なかったのだろうか。なんだったら、俺がめちゃくちゃにしてやってもいい。
「あっ⁉︎ やっぱあれハルトだよな! 似てるなぁとは思ってたんだよ」
「俺も今度観に行くからさ、ハルト一緒に行こうぜ!」
「だから人違いっつってんだろ! あれは俺じゃない、そういう事にしておくんだ。分かったかな? 先生との約束だぞ」
「分かった。やっぱりハルト先生だって分かったよ!」
この生徒は何も分かってない。
やれやれ、まったく仕方ないなぁ……。
「ここは肉体に刻み込むしか……」
「おおいい!! 何物騒なこと言ってんだよ! いいじゃん、映画に出演して俳優とも知り合いになったんだろ⁉︎ こっちからしたら、羨ましいくらいだぞ!」
「……本音は?」
「醜態晒して恥ずかしくないのかなーて……嘘嘘っ! 冗談じゃん!」
「タケちん、君との思い出は忘れない。こうなってしまったのは、俺としても本意じゃないんだ」
タケちんを掴んで拳を握る。
一発で記憶が飛べば良いが、手加減次第では十発くらい必要かも知れない。
タケちんは逃れようとするが、「うおっ⁉︎ こいつ力強っ⁉︎」と驚いて俺から離れられないようだ。
大丈夫だタケちん、いざとなれば蘇生魔法もあるから。
「ちょっ⁉︎ 待て待て!」
「優しくするから、目を瞑っている間に終わるから、だから安心だ」
「お前らそこまでにしとけ、実行委員が挨拶するみたいだぞ」
委員長の視線の先には壇上がある。
そこには、実行委員である俺達の世代の生徒会長が登壇しており、マイクを片手に立っていた。
タケちんの運の良さに、ちっと舌打ちをして腕を解放する。するとタケちんは、え? と困惑していた。
「ちょ、今本気で殴るつも……」
「タケちん静かにしようぜ、話が始まるぞ」
注意すると同時に、実行委員が話始める。
内容は当たり障りないものだった。
高校を卒業して何年が経ったから始まり、みんな老けたといじりつつ、これまでの変化、これから結婚や離別などをするだろうと話し、最後に探索者になるとお得だと余計な一言で締めた。
話も終わり、立食形式の会場なので適当に料理を取る。アルコールも用意しているようなので、人数分取って行く。
「ハルトは探索者やってんのか?」
「一応、ダンジョンには行ってるよ。登録はしてないけどな」
コップを傾けてごくごくと飲むと、ビールが体内に染み渡って行く。
「登録しないでダンジョンって入れるのか?」
「うん、入るだけならタダだから。あとは己との戦いだな」
「なにその熱血な展開、モンスターとの戦いだろ」
なんて会話をしている間にも、遅れた人達が続々会場に入って来る。その中には知り合いの女性もおり、思わず目で追ってしまった。
「あれー、ハルト君はまだ気になってるのかな〜?」
「あの青春をもう一度! てのは無理だよ、彼女もう結婚してるからね」
タケちんとミヤっちがウザ絡みして来る。
目で追った女性とは、一時期付き合っていた事がある。それも高校一年の話で、お互い初めての関係だった。というのもあり、距離を縮めることが出来ずに、わずか数週間で別れてしまった。
まあ、これも経験だなぁと割り切ってはいたが、久しぶりに顔を見ると、あの頃の淡い思い出が蘇ってしまう。
「そんなんじゃねーよ」
「拗ねちゃって可愛いなー。因みに、彼女の旦那、警察に捕まってるらしいよ」
「は? そこの所詳しく」
なんでそんな話知ってるんだと聞きたい所だが、捕まった事情も気になる。
俺とタケちんは、ミヤっちの話に耳を傾けた。
「俺も聞いた話だけどな……」と、信用皆無の前置きをして話を始めた。
どうも彼女が結婚した相手は、少々やんちゃな人物なようで、最近暴行事件を起こしてしまったそうだ。
なんでも、彼の後輩がコンビニで万引きをして捕まったらしく、車で逃亡しようとして事故を起こしてしまい廃車になったらしい。
それだけなら旦那は関係無いのだが、その廃車になった車が旦那の所有物だったそうな。
後輩に責任を取ってもらおうにも、警察に捕まっているので直ぐには責任を問えない。ならば、そのきっかけになったコンビニに出向いて、暴れてやろうと思ったそうな。
この時点で、なんでやねんという感じなのだが、話はまだ続く。
後輩の万引きを追求した店員を拉致して、ボコボコにして金を請求するつもりだったようだが、事はそう上手くは運ばない。
店員を拉致して、移動するまでは良かった。
もっと言えば、殴る所まではよかった。
だが、そこからが地獄だったらしい。
なんと、その店員は探索者だったのだ。
攻撃は何も効かず、逃げ道を潰され、全員半殺しにされたらしい。
乗って来た車両も全て破壊されており、何もかもを失ってしまったという。
騒ぎを聞き付けた警察が到着するが、逃げる事は不可能で、そのまま捕まったらしい。
旦那には他にも余罪があるらしく、暫くの間出て来れないのではないかと噂されているようだ。
うーん……心当たりしかない。
万引き犯を警察に渡して二日後、十人くらいのやんちゃそうな人達がコンビニに訪れていた。
バイト中というのもあり、後にしてくれないかとお願いしても許してくれなかったので、中年の店員に断って渋々着いて行ったのだ。
これ以上、拒否してもお客さんに迷惑が掛かるので仕方なくだ。
そんで場所を変えて、山道の車も滅多に通らない所に連れて来られたのだが、話し合いをする前から殴って来たのである。
んじゃあ、もういいやと有無を言わずに車両を破壊して、全員にローキックを食らわしていったのだ。
もちろん手加減はした。
前回のゴタゴタで一般人への力加減も覚えたので、しっかりと骨一本で済ませている。ポーションがあれば直ぐに治るだろうし、病院に行っても一ヶ月もあれば治るだろう。話にあったような半殺しにはしていない。
一応、次来たらこんなものじゃ済まないからと忠告はしているので、これ以上ちょっかいは掛けて来ないと思う。
というか、警察に捕まってたのか。
探索者って名乗った覚えはないけど、力差を考えたらそうなるか。
んー、こりゃまずいかもしれん。
警察来るかな? あれから数日経ってるけど、何の連絡も来てないし大丈夫か?
うーん、分からん。とりあえず様子見だな。
「だから彼女、服装が派手になってるんだな」
「あー……言われてみれば確かに」
地味だった学生時代とは違い服装が際どく、化粧もそれに合わせた物になっている。髪色は派手ではないが、やたらと上に巻いた髪型をしている。
仲が良かったはずの女子グループも、彼女とは距離を取っていた。
もしかしたら、何かよからぬ噂が流れているのかも知れない。
「話しかけないのか?」
「無理、出来たら関わりたくない」
主に、旦那さん件で。
俺の返答に、「まあ、そうだよなぁ」と納得したミヤっち。
だから彼女とは会話をする事なくクラスメイトと近況の話をして、この同窓会を終える。
そのつもりだったのだが、それは許されないようだ。
彼女は誰とも話をせずに暇になったのか、こちらに歩いて来たのである。
「えっと、田中くん、だよね?」
どうして疑問系なのか聞きたいが、他のクラスメイトにも散々言われたから理由は分かっている。
「そうだよ。悪かったな、太って別人になって」
散々、太ったのを揶揄われたのだ。
若くなってね? とも言われたが、脂肪で肌が張っているだけかと馬鹿にされた。
おかげで、今の俺は不機嫌である。
「ああ、ごめんね。凄く変わっていて、誰か分からなかったから」
「いいよ、別に。ああそうだった、結婚おめでとう」
「ありがとう、かな……。田中くんは、別の地域に就職してるんだよね?」
余り幸せそうでないのか、引き攣った笑みを浮かべていた。
「そうだったけど、今は仕事辞めてこっちに帰って来てる。まあ少ししたら、また別の所に行かないといけないけどな」
「そっか、どれくらいのこっちにいるの? 暇だったら、今度遊ばない?」
「ごめん、俺、彼女いるから」
遊びに誘われたとき、何故か千里の顔が思い浮かんだ。
まあ、それとは関係なく、人妻は俺の守備範囲外だ。余計なトラブルはごめん被る。
「へー、彼女いるんだ。どんな子、可愛い?」
彼女というのは、断る方便としては常套句だろう。それが分かってなのか、知らずなのか近寄って来る。
「まあ可愛いかなぁ、いや、どっちかというと美人かなぁ」
「なに、ハルト彼女いんの? 写真見せてくれよ」
曖昧にして誤魔化そうとすると、酒に酔ったタケちんが参戦して来る。
こいつ、記憶飛ばしてやればよかったな。
二人してぐいぐい来るので、断り切れずスマホにある写真を出す。
別に問題は無いだろう。どうせ、こいつらが会う機会なんて無いはずだから。
「へー、美人だね」
「嘘つけ、他にも人居るじゃん。ていうか年下か? どうやって知り合ったんだよ⁉︎」
見せた写真は、この前の千里達との飲み会の物だ。やたら天照が写真を撮り、俺に送ってくれたのである。
他にも、東風達が映った写真もあり、そこにも千里は映っていた。
写真を見ようと、周りにいた奴らも集まって来ており、皆が疑いの目を俺に向けていた。
「信じるか信じないかはお前達次第だ」
「それは嘘つきの常套句だ。正直に言え、この写真は加工してるってな」
「加工してねーよ! 千里はちゃんと実在しとるわ!」
非常に失礼な事を言いやがる。
「じゃあ、どこで知り合ったんだよ?」
「ん? ダンジョンだよ。……いや、ショッピングモールだったかな?」
どっちが先だったかは、もうはっきりと思い出せない。
それから、どうやって仲を深めたのか、真実の中に嘘マシマシで固めて話していく。
ピンチだった所に颯爽と駆け付けたとか、それを何度もやったとか、いろいろと話をして行った。
その甲斐あってか、みんなはすっかり信じ……
「嘘だな」
「正直に言えば許してやる」
「その子のアカウントあったよ」
「メッセージ送ってみようぜ、本当かどうか確かめるんだ!」
てはくれず。
「あの、嘘つきました。ごめんなさい」
素直に認めて、謝罪するハメになってしまった。
その後もグダグダと話をしながら時間は過ぎていき、同窓会は終わりを迎える。
結局、今度遊ぶ約束もしたが、まあそれくらいは良いだろう。
何はともあれ、俺に取っては良い同窓会だった。