実家3
実家に帰って来て数日が過ぎた。
当初、暫くの間こっちにいるからと告げると、なんでそんなにいるんだよと迷惑そうな顔をした父ちゃん。
だが反対に、母ちゃんは心良く受け入れてくれた。
どうして父ちゃんは嫌がるんだと聞くと、母ちゃんとの二人きりの時間を奪われたくないからと素直に宣いやがった。
シ◯と思った。
「仕事はどうするんだ? こっちで探すのか?」
「仕事はしない。蓄えはあるから、それで十分やって行けるから大丈夫だ」
「蓄えって……残りの人生、何があるか分からないんだぞ。蓄えだって底を付くかも知れないんだ、何かしら仕事はしなさい」
「えー……分かったよ、バイトだけでもやってみるよ」
ここで意固地になっても、何かあるのかと疑われるのも面倒なので、とりあえず了承しておく。
この数日で決まったルーティンがある。
朝起きたらフウマを散歩に連れて行き、母ちゃんに変わって朝食を作る。
仕事に行く父ちゃんを見送って、女王蟻の蜜で気を失っている母ちゃんをベッドに寝かせる。
洗濯物をして外に干し、お隣さんに「おはようございます」と挨拶をする。
庭に迷い込んだ狐に、安物の餌をやる。
ゲームをしているフウマをどかして、家の掃除をする。
その頃になると、二度寝した母ちゃんが起きて来るので、フウマを連れて散歩に向かわせる。
フウマはいざとなれば乗れるし、治癒魔法も使えるので、何があっても安全と言えた。
帰って来るまでに、昼食の準備をする。
朝はガッツリ気味なので、昼食は軽めである。
帰って来た母ちゃんとフウマを迎えて昼食になる。
食べ終わると、母ちゃんはそのままソファに座り、フウマは漫画を読み始める。
母ちゃんに予定がある日は、出掛けたりするのだが、大抵は家でのんびりしている。
そんな二人に「買い物行って来る」と告げて、晩飯の買い出しだ。
買い物が終わると、僅かな自由時間になる。
大抵の場合、散歩して懐かしい風景を見て回る。雨の日でも関係なく歩いて回る。
特に意味はない。
ただ、懐かしいなと思いながら見て回っているだけだ。
そんで家に帰ると、洗濯物を取り込み風呂掃除をして、晩飯に取り掛かる。
父ちゃんが帰って来ると、晩飯を食べて風呂に入り、二人に治癒魔法を使って就寝だ。
……仕事する暇なくね?
一人暮らしだと、そんなに大変じゃなかった家事も、三人と一頭がいるとそれなりに大変になる。
しかも母ちゃんは妊婦で、大切に扱わないといけない。
フウマを極力一緒に行かせるようにはしているが、それでも絶対ではないので心配ではある。あの不明な存在も気になるしな。
いや、それはまた別の話だな。
「という訳で、家の事してたら仕事が出来ん。諦めてくれ」
以上の事を説明すると、父ちゃんが渋い顔をしていた。
「そこまで家事をしなくて良いんだぞ。母さんも動けるときはやってくれてるし、父さんも手伝うぞ」
父ちゃんがそう言うと、余計な事を言うなと母ちゃんから睨まれていた。
どうやら今の環境が、よほど心地良いと見える。
「いーや、俺がやるよ。親孝行はやれる時にやっときたいしな」
「ハルト、あなた……」
母ちゃんが感動したのか口元を抑えている。
良かった。俺の思いが届いてくれたようである。
「鼻の穴が開いているわよ。働かない理由にするなら、家事は母さんがやります!」
「え⁉︎ 別におかしなこと言ってないだろ! 何でそうなるんだよ⁉︎」
「お前はな、嘘をつくとき決まって鼻が膨らむんだよ」
「むっ⁉︎」
鼻を抑えて確認すると、確かに鼻の穴がいつもより開いていた。
ちくしょう〜、働きたくない俺の心がバレバレだ。
数ヶ月後からは強制的に働かされるので、今はゆっくりしておきたい。そこら辺を説明しようとすると、いろいろとボロが出そうなので、可能なら何も言いたくない。
「仕事なら、父さんの伝手で紹介してやれるが」
「いや、いい。身内からの紹介は、何かあったとき大変そうだから」
俺が辞めるのは確定しているのに、父ちゃんの顔を潰すような行為はしたくない。
もしかしたら、無職の息子というので近所で噂が広まっているかも知れないが、それはそれで諦めて欲しい。
「分かった、何かバイト探してみるよ。それで良いだろう?」
短期のバイト、若しくは日雇いをすれば良いだろう。いざとなれば、ダンジョンに行って金を稼いで来てもいい。交通機関を使えば、迷子になるリスクだって無くなる。
「中途半端にやるくらいなら、将来役に立つ資格を取りなさい。士業なんかお勧めだぞ」
「勉強めんどい。それに、士業なんて簡単に取れる資格じゃないだろ。時間だって足りないって」
こっちにいるのは二ヶ月間くらいだ。それだけの勉強量で、俺が取れるはずないだろうが。そもそも取ってどうするんだよ。あっちじゃ使えねーよ。
「やってみないと分からないだろう」
「分かるよ」
「何を根拠に言っているんだ?」
「だって……父ちゃんと母ちゃんの子供だから」
「……」
何とも言えない空気になり、耐え切れなくて晩飯にしようと声を掛けた。
ーーー
「いらっしゃっせー」
夜のコンビニの自動ドアが開き、三人のお客さんが入って来る。
三人とも髪を染めており、少々やんちゃそうな服装をしている。
見た目だけなら、仕事以外では関わりたくないタイプの人達である。
「田中くん、品出しに行って来るから、レジ頼めるかな?」
「え? あっはい、どうぞ」
品出しはさっき終わったはずなのに、年配の店員は再び品出しに行ってしまった。
俺は今、コンビニでバイトをしている。
長期休暇というのもあり、人手が足りなかったらしく即戦力で雇われたのである。
今日で二日目になるバイトだが、大学時代にコンビニでバイトをしていたのもあり、勝手は大体分かっているつもりだ。
空間把握がお客さんの動向を把握する。
アルコール類を四本ほど手に取り、そのまま女が持つバッグに入れている。
「メビウスちょうだい」
「すいません、番号でお願いします」
客の男がタバコの銘柄を言うが、俺はタバコが分からないので分かりやすい番号をお願いする。
「これだよこれ! 店員なら銘柄くらい覚えておけよ、使えねーな!」
「すいません」
謝罪して、同じ種類のタバコを取って会計をする。
「あの、他に商品はございませんか?」
「あ? ねーよ、見りゃ分かんだろうが!」
「そちらに入っている酒類は違うんですか?」
「知らねーし、入ってねーし!」
「そうですか……580円になります」
「ちっ! 」
舌打ちをして、会計を済ませて出て行く三人。
自動ドアを潜ったところで、俺は追いかける。
「あの、すいません。会計してない商品ありますよね? 警察呼びますんで、少し待ってもらって良いですか?」
「はあ? 難癖つけてんじゃねーよ! 金払っただろうが!」
「そっちのバッグに入ったビールの方です。万引きは立派な犯罪ですよ」
俺は誠心誠意、努めて優しく教えて上げる。
別に、こいつらコ◯したろか、なんて思っていない。
警察に連絡していると、万引き犯が車に乗ろうとしていたので、商品の入ったバッグを掴んで止める。
「痛いっ⁉︎」
別に引っ張ってはいないが、女は大袈裟に痛がりだした。
それを無視して、警察への連絡を終える。
「テメー! 俺の女に何やってんだ!」
一人の男が、女の為に拳を振るう。
とても気合いの入った拳だが、パンチの打ち方がなってない。腰も入ってないし、最初から力んでいるのでもの凄く遅い。
だからこそ、助かったのだろう。
「いってー⁉︎」
俺を殴った拳を押さえて膝をついている。
威力がなかったおかげで、拳は痛めただけですんでいる。これがプロボクサーならば、己の拳の威力に負けて骨折していただろう。
まあ、何はともあれ、
「これで傷害だな」
こいつの罪が加算された。
女のバッグから手を離して、男を見下ろす。男は格好の割に、喧嘩もしたことがないのかも知れない。
男は俺を見上げると、酷く怯えた表情をしていた。
よほど、警察に突き出されるのが嫌だと見える。きっと余罪がたくさんあるのだろう。
なんて思っていたら、車のエンジンが掛かった。
ブオォォーン! と排気量多めの音を鳴らすと、急発進して逃げようとしていた。
正直、この二人がいれば一人くらい見逃しても良かった。しかし、前の歩道には部活で遅くなったであろう学生達が歩いており、このままでは轢かれてしまいそうだったのだ。
地属性魔法を発動する。
土の棘が車輪を貫いて破壊し、これ以上の走行を不可能にする。
ギギギーーッと車体下部が削れる音が響き渡り、学生達に当たる直前で停止した。
停止した車両に歩いていくと、運転席にいた男が転げるように出て来た。
そして、事故の衝撃に驚いて腰が抜けたのか、さっきの男と同じように怯えた表情をしていた。
「来るな、来るな! 来るなーー!!」
「やかましい、近所迷惑だろうが。お前らは警察が来るまで待機だ」
叫びながらお漏らしをする窃盗犯。
この馬鹿の首根っこを掴んで連れて行き、車を空いている駐車場に寄せておく。
車も掴んで移動させたからか、高校生達が驚いていた。
「怪我はないか?」
「え? あ? だ、大丈夫です」
「そうか、部活お疲れさん」
制服に付いた校章を見るに、俺の後輩っぽいので一応声を掛けておく。
未だ呆然としている高校生達だが、警察が到着すると同時に正気に戻って帰宅していた。
その後は警察に事情を説明して、防犯カメラの映像で確認してもらい、俺を殴った被害届けを出すと伝えておく。
そんで連行してもらったのだが、駐車場に止めてある窃盗犯の車をどうするかという問題が残った。
「ごめんね田中君。品出ししてたから、気付かなかったよ」
「……いいっすよ、大した事ないですから」
一通り終わった後で、中年の店員が戻って来た。
逃げたのは分かっていたが、ここまであからさま過ぎると、清々しいとすら思ってしまうのは俺だけだろうか?
二日後、お礼参りに来た奴らのせいで、バイトをクビになった。