実家1
実家に到着したのは、出発してから二日後だった。
理由は道に迷ったからだ。
奈落にいたときの感覚で上空に飛び上がったのだが、なんとそこは大気圏外で、あかん行き過ぎたと地上に戻ると、よく知らない国に到着していたのだ。
どこだここ?
知らない街並みにアジア人とは違う肌の色。
これ別の国じゃね?
となって、再び上空に舞い上がった。
今度は間違えないようにと、上に行き過ぎないようにしたのだが、一面海でどっちに行けばいいのか分からなくなっていた。
おいおいマジかよと、スマホを確認しても圏外で使えない。諦めて世界中を飛び回り、ようやく日本に帰って来たら二日が過ぎていたのだ。
疲れた。
これ以上の移動を経験しているが、久しぶりにやると辛さが倍に感じられる。
「メ〜」
腹が減ったとフウマが鳴く。
俺は無視して実家に向かう。
「メ〜」
またフウマが鳴く。
フウマの視線の先には、とんこつラーメンのお店がある。
このラーメン店は地元では美味しいと有名で、こってり細麺、ボリューム少な目、替玉推奨(スープの関係で限界二回)な名店だった。
確かここでは、電子決済が出来なかったはずだ。
財布を見る。
ギリギリ二十杯は行けそうだ。
……ごくり。
フウマと顔を見合わせて、ラーメン店に入店した。
ふぃーと満足して店を出る。
そこには追い出されたフウマが待機しており、血走らせた目で俺を見上げていた。
「仕方ないだろ、ペット禁止なんだからよ」
「ブルルッ!」
「そこは一緒に出る流れだろって? いやー、俺もそうしたかったんだけどね、どうにも席が俺を離してくれなかったんだよ」
そう、あのフィットした椅子が、俺のケツをガッチリホールドしてラーメン食うまで離さないと訴えて来たのである。
そこまで言われたら、俺も断るわけにはいかない。
だからきっちりとラーメン二杯、炒飯、餃子を完食して解放してもらったのだ。
これは仕方ない。
椅子が離してくれなかったから。
俺の腰が動いてくれなかったから。
フウマがラーメン店を見つけてしまったから。
「だから、俺は悪くない」
「ヒヒーン!」
雄叫びと共に、街中で風属性魔法を使おうとするフウマ。
そんなバカ馬に俺は告げる。
「良いのか? 収納空間には、お前用のラーメンを入れてるんだが」
ピタリと動きを止めるフウマ。
そして、血走った目は穏やかな物に変わり、へっへっへっへっと、まるで餌を待つ犬のように変貌した。
お座りに、お手をするような格好までしており、周囲で見ていた人からは「え? 馬? 犬?」と困惑した声が聞こえて来る。
それには流石にドン引きである。
もう少し揶揄って遊んでやろうと思っていたが、そこまでして食いたいのかと、恐怖すら覚える。
少しだけ移動すると、器に移し替えたラーメンとチャーハンと餃子を収納空間から取り出した。
そして、一瞬で無くなった。
味わうという言葉を知らんのかとツッコミたくなるくらいの、素早い食べっぷりだった。
こいつは二度と、ここには連れて行かんと決めた。
「あれ? ハルトじゃね?」
フウマの食べっぷりを見ていると、背後から声を掛けられた。
誰じゃいと振り返ると、そこには懐かしい顔が二つ並んでいた。
「ミヤちん、タケっち」
中学、高校と友人だった宮地と竹本だ。
かなり長いこと会っていなかったが、一目見ただけで分かるのは、かなり嬉しいものがある。
二人はスーツ姿をしており、会社帰りのようだ。
「お、おおー⁉︎ まさかと思って呼んだけど、本当にハルトだとは思わんかった!」
「なにその体型⁉︎ 去年は普通だったやん!なんでデブってんの⁉︎」
「うるせー! お前らだって腹出て来てんじゃん!同レベルだ同レベル! 少しは運動しろよな」
「それは、ハルトには言われたくないわ」
「鏡見てから言え」
「俺は良いんだよ、運動してこの体型だからな」
「それが一番まずい」
「何かの病気か? 相談乗ろうか? そこの居酒屋で良いぞ」
ミヤちんが呆れた様子で、タケっちが居酒屋を指差して相談という名のタカリをしようとしていた。
正直、久しぶりに会ったのもあり、飲みに行きたい。でも今は、実家に帰るのが先である。
「悪いけど、今から実家帰るんだよ」
今は友人よりも、家族との時間を優先したい。
友人と飲みに行ったり遊んだりするのは、その後でいい。
俺の反応を見て、タケっちが残念そうにしているが、こればっかりは仕方ないので諦めて欲しい。
「ところでさ、そこの馬? ってペットなの?」
「馬で合ってるよ、デブでチビだけどな。まあ、ペットみたいな物だ。餌も上げてるしな」
「へー、馬って飼えるんだな。知らんかった」
今度はフウマに興味が湧いたのか、マジマジと見て来る。
フウマは注目されて悪い気はしないのか、キリッとした顔立ちになる。しかし、それも長くは続かず、直ぐに元の弛んだ顔に戻ってしまった。
時間的に五秒も持ってないな。
「あはは、面白いなこの馬! なんて名前なの?」
「フウマ」
「おお、何気に強そうな名前だな。……似合ってなくない?」
「ブルル!」
なんだとこの野郎! と激しく嘶くフウマ。
まさかの反応に驚いたのか、タケっちは尻餅をついてしまう。
「どうどう、落ち着けフウマ。別に、タケっちに悪気があった訳じゃないんだ。ただ事実を言っただけだ。気にする必要はない」
「ブルル……?」
仕方ない許してやるよ、という反応するが、何かに引っ掛かったのか頭を傾げていた。
「こいつ、人の言葉が分かるのか⁉︎」
「分かるよ。というより、全ての馬は人の言葉を理解しているんだぞ。知らなかったのか?」
「マジかよ……知らんかった」
「タケっち騙されるな、いつものハルトの冗談だ」
昔はよく冗談を言ったものである。
タケっちは、いつも簡単に信じてくれて面白かった。それを、ミヤちんが修正するのが、俺達の一連の流れだった。
懐かしい、実に懐かしい。
そんな懐かしい気分に、帰って来て良かったなと改めて思う。
今回の帰省が終われば、きっともう味わえない感覚だから。
「そうだ、ハルトは今度の同窓会参加するのか?」
「同窓会?」
「招待状送ったって言ってだけど、知らないのか?」
「知らない……あっ、前に住んでたアパート燃えたから、それに入ってたかもしれん」
前に住んでいたアパートが放火されて、何もかも無くなってしまったのだ。そこのポストに入っていたとしたら、もうどうにもならない。
「マジかよ……また冗談じゃないよな?」
「今度は本当の反対の反対だ」
「そうか、やっぱり嘘か」
「タケっち……」
ミヤちんはタケっちを残念に思いながら頭を振っていた。
そんな残念なタケちんを放置して、ミヤっちに尋ねる。
「それで、同窓会っていつやるんだ?」
「今度の大型連休の土曜日。どうする? 参加するなら、実行委員に連絡しとくけど」
「行く、場所はどこだ?」
「場所は駅近くのホテルだけど……今日帰ったら、メッセージ入れとくよ。時間とかは、俺も曖昧なんだ」
「分かった。連絡よろしく!」
じゃあなと手を振って、二人と別れる。
きっと、最後になる同窓会だ。懐かしい顔を眺めておくのも良いかも知れない。
フウマに行くかと言って、徒歩で実家に向かう。
時間は掛かるが、確実に家に着くには交通機関か徒歩しかない。空を行けば、きっとまた迷ってしまう。
学生時代に何度も通った道を街灯が照らしており、昔々に自転車で通った記憶が蘇る。
あそこのコンビニには可愛い店員がいると噂が流れて、一度顔を拝んでおこうかなと来店すると、今では兄ちゃんの嫁のヨシナさんだったりしたな。
あそこの喫茶店でイケメンが働いてるって噂があり、どんなイケメンだと嫉妬心丸出しで顔を見に行くと、今では姉ちゃんの旦那のマサフミさんだったりしたな。
どうして兄ちゃんと姉ちゃんは、あんな良い人と結婚出来たのだろう。
いや、ヨシナさんは昔から兄ちゃんが好きだったし、マサフミさんも姉ちゃん一筋なのは知ってたけどさぁ、どうして俺にはそれが無いのだろう?
なんか、不公平じゃね?
「なあ、フウマ」
「ブル?」
「世の中って理不尽だよなぁ」
「……」
久しぶりに帰って来たというのに、どうしてこんな苦い思いをしないといけないのだろう。
せっかく友人との再開で盛り上がった気持ちが、一瞬で台無しになっちまったぜ。
そんな思いを抱えながら、ようやく実家に到着した。
「ただいまー」
玄関を開けて家に入ると、沢山の靴が並べられていた。
空間把握から感じる人の数は二つなのだが、何故か多くの靴がある。
それも並んでいる靴には特徴があり、全てが子供用の靴だったのだ。
「え、何これ怖い」
どんなホラーだと思いながら家に上がると、リビングの方から三十代後半くらいの男性が出て来た。
「ハルトか、遅かったな」
「……誰?」
「お前の父親だ。顔も忘れたのか?」
「え……ああ! そうだそうだ! 父ちゃん若くなってるんだった」
すっかり忘れていた父ちゃんの現状。
母ちゃんが若返っているのは覚えているのだが、父ちゃんも少しだけ若返っていたのだ。
「そっちの……馬? ハルト、馬を連れて来たのか?」
フウマを見て目を丸くする父ちゃん。
そりゃ、こんなアホ面の馬を見たら驚くだろうな。
「ハルトに似てるな」
「……」「……」
何とも言えない気持ちになりながら、フウマの足を拭いてやる。
拭きながらフウマの顔を見ると、なんだよと生意気そうな顔をしている。
何も言うまい。
きっと傷付くのは自分だから。
「それよりさ、この靴ってなんだ? めっちゃ怖いんだけど」
「これは、母さんが買って来た物なんだが……」
「母ちゃんが? こんなにいらないだろう、サイズだって同じじゃん」
「そうなんだが……」
「ああーー⁉︎⁉︎」
父ちゃんと会話をしていると、リビングの方から叫び声が聞こえて来た。それは女性の物で、この家に居る女性は母ちゃんしかいない。
「母ちゃん⁉︎」
「待てハルト!」
心配になり急いでリビングに向かう。
父ちゃんが止めようとして来るが、そんな事してる場合じゃないだろう。
リビングの扉を開き中に入ると、ソファの上で大きくなった腹を抱えて、悲鳴を上げている母ちゃんの姿があった。
「母ちゃんどうしたんだ⁉︎ 何があった⁉︎ 誰かに何かやられたのか⁉︎」
「赤ちゃんが! あたしの赤ちゃん!」
錯乱して腹を抑えている母ちゃん。
俺は何を言っているのか分からず、怪我をしているのならと治癒魔法を掛ける。
治癒魔法を受けた母ちゃんは、段々と落ち着きを取り戻し、ソファに横になり眠りに着いた。
「なあ、母ちゃんはどうしたんだ?」
一連の出来事を見ていた父ちゃんに尋ねる。
しかし、唖然とした表情の父ちゃんからの反応はなく、それにイラついてしまう。
「父ちゃん!」
強く呼びかけると、はっとして正気に戻る。
「母ちゃんに何があったんだ? こんなに取り乱すなんて、普通じゃないぞ」
お腹を大事そうに抑えて、まるでお腹の赤ん坊がなくなってしまったかのように叫んでいた。
一体、何があればそうなるというのだろうか?
誰かに危害を加えられたか?
誰かに精神的に追い詰められたのか?
だとしたら、何としても救わなければならない。
犯人は容赦しない。
存在そのものを消してやる。
「ハルト落ち着け。母さんがこうなったのは、今年に入って少ししてからだ……」
話は、俺達が奈落に落ちた頃に遡る。