幕間31 (世渡カズヤ)(日野トウヤ)
会議室から出て行った田中を見送り、手元にある世界樹の枝を見る。
今のカズヤという存在は、曖昧な状態に陥っている。
魔王の登場によりパクスが前面に出てしまい、人格が深く重なり過ぎてしまったのだ。
本来なら、時間を掛けてカズヤに溶けていくはずだったのに、魔王という存在、それから齎された世界の消滅という情報は、それを許してはくれなかった。
オリヴィアは悲鳴を上げて奥に引き篭もり、他の記憶達も自ら消えようとしていた。
何の為に戦って来たんだ……。
絶望したパクスが言う。
俺に、出来る事が、あるはずだ。
小さな声でカズヤが呟く。
二つの意識が内在した状態。
特にカズヤの小さな意識は、田中の言葉により現れたものだ。
パクスという存在を忘れて、世渡カズヤとしての本来の道を歩むという道を示してくれた。
どこにでもいる普通の男子高校生。
アニメ好きで自信が無い、それでも見栄を張って生きている何処にでもいる普通の男の子。
「本当にそれで良いのか?」
田中の示してくれた道。
両親とも仲間とも、親しくしてくれた人達とこれからも一緒にいれる、普通で平凡で一番の道だ。
それは分かっていても、パクスという存在を、共に旅をした仲間達を、あの世界を忘れられなかった。
いや、忘れたくないのだ。
じゃあ、どうしたらいい?
どうしたら、どうしたら……。
「……ヤ、…ズヤ! カズヤ! 話聞いてるか⁉︎」
「あっ? ああ、すまない、考え事をしていた」
「今から、みんなで飯食いに行くんだよ。お前も行くだろう?」
サトルが何でもないように言う。
今の流れでよく誘えるなと思わなくもないが、サトルなら普通にやりそうで納得する。
「いや、俺はいい。食事の気分じゃないんだ」
「駄目だ。強制参加! お前、昨日から何も食べてないだろ。だからウジウジ悩むんだよ」
頼むから、今は一人にして欲しい。
そう言いたかったが、昨日から食事どころか睡眠も取れていないのは事実。
最悪を想定して、精神的にまいってしまっていたのだ。それをサトルに見抜かれていた。
だから、空元気を出して無理矢理笑顔を作り、顔に貼り付ける。
「大丈夫だ、しっかり食べれている。もちろん睡眠もな」
「……バレバレな嘘はやめろよな」
眉を顰めたサトルは、何も言わないカズヤに不満を持った。これまで探索者として活動して来れたのは、カズヤがリーダーとなり先頭に立って引っ張ってくれたからだ。
その一員として、仲間としてこれまで一緒にやって来たのに、頼ってくれないのが不満だった。
「ちょっと良いかしら?」
その様子を見ていた小さな女性、九重加奈子が割って入って来た。
「なんだ?」
「部外者の私が言うのもなんだけど、一人で抱えるのが辛いなら仲間を頼りなさい。その為の仲間なのよ」
「……ああ、そうさせてもらう」
その言葉が嘘だと、この場の誰もが分かった。
それを寂しいと仲間達は感じてしまい、九重は少しだけピキリと来た。
だから、自分の考えを言ってやろうと思った。
「いい、これは私の意見よ!」
そう前置きをして言葉を続ける。
「貴方がどれだけの物を抱えているのか、私達は知らない。だから、ハルトの話を真に受ける必要もないって思ってる。失った物を思い続けるのも、大切な行為だと思うし、結局決めるのは貴方だしね。でもね、貴方を慕っている仲間がいるのを忘れないで。貴方は一人じゃないのよ」
それだけ穏やかに告げると、最後にビシッと指をさした。
「でもね、存在がどうとか言うんじゃないわよ! 私だったらグーで殴ってるわ! 分かった⁉︎」
下から睨みつけられ、何も言えずに九重に圧倒される。
言いたい事を言ったからか、九重はスッキリした顔をしており、振り返って「ご飯行きましょう」と皆に告げる。
心配そうにしている仲間達に「一人にさせて上げるのも仲間よ」と言って、カズヤを残して会議室から出て行った。
「……言ってくれる」
好き放題言われたが、悪感情は抱かなかった。
「仲間か……」
思えば、パクスであった頃も、そして今も仲間達に支えられている。
仲間達がいなければ、きっと何者にも成れはしなかっただろう。その結末が世界の消滅だったとしても、あの時の経験で抱いた数多の思いに嘘はなかった。
全てが大切な思い出だ。
田中は過去を捨てろと言った。
だが、それはどうにも出来そうにない。
じゃあ、どうするのか。
手元にある世界樹の枝を握り締める。
以前はこれだけで反応して、世界樹ユグドラシルと意識を共有出来たのだが、何故か今は出来ない。
繋がる感覚はあるが、反応がまったく感じられなかった。
「俺がパクスじゃないからか?」
勇者パクスの肉体とは違い、この体に世界樹の要素は無い。
だから反応が無いのかと考えたが、それもどこか違う気がする。
彼女と話をしたかったが、それはもう不可能なのかも知れない。
「……結局決めるのは俺、か。的を射てるな」
九重の言葉を思い出して、その通りだと自嘲する。そして、仲間がいるのを忘れるなと言われたのを思い出し、気を引き締める。
「探そう、あの世界が無くなったのか、本当に全てが消えてしまったのか。どうするか決めるのは、それからでいい」
決断するのは今じゃなくていい。
探すんだ、仲間達がどうなったのか。
答えはダンジョンにあるはずだ。
アキヒロ達は協力してくれるだろうか?
いや、関係ない。仲間なんだ。強制的に協力してもらう。
そう無理矢理決断して、カズヤは無理矢理立ち直る。
立ち上がったカズヤの目には、絶望と微かな希望が宿っていた。
約一ヶ月後、全てを知るとある教祖が、カズヤの元を訪れる。
ーーー
「正直、いろいろ話が大き過ぎて信じられない」
ギルドにある食堂で、食事をしながらトウヤは呟いた。
「うん、私は理解出来ているのかも怪しいよ」
困ったように言うのは、胸の大きな桃山だ。
田中からの情報だけなら、恐らく信じなかっただろう。だが、カズヤの枝に対する執着と絶望した表情を見ると、信じざるを得なかった。
何より、昨日の戦いはそれだけの説得力があった。
「あの二人が演技していて、私達が騙されてるというのが一番なんですけど、それは無さそうですね」
テーブルの上にあるパスタをフォークで絡めつつ、神庭は諦めたようにため息を吐く。
「あなた達、じゃんじゃん食べなさい。ここは先輩である私! 達が奢ってあげるから」
何故か私を強調する九重。
お気に入りの後輩がいるのもあり、卒業しているが先輩風を吹かしたいのだ。
「はい! もっと頂きます!」
「ありがとうございます。でも、ご馳走様でした」
「私、お腹いっぱい」
サトルはテンションを上げており、アキヒロはお礼を言う。ミロクは元々少食なのもあり、ボリューム満点の探索者の料理の前にダウンしていた。
「それにしても、世渡は大丈夫なのか? かなり追い詰められていたが……」
「分かりません。でも、カズヤが何か助けを求めて来たら、僕達は応えるつもりです」
「そうか。俺達に出来る事なら協力するから、いつでも頼ってくれ」
トウヤとしても、探索者の後輩は大切にしたい。
大学でそれなりに交友関係は出来ているが、探索者として本格的に活動している者はいなかった。
探索者サークルにはいるそうだが、そこに入る予定は今の所ない。
サークルでは、先を行っている者が後発を指導するよう強要されたり、スキルを公開するという悪習があるからだ。
前者はまだ良いが、後者は論外だった。
スキルを公開するリスクを理解していないとしか思えない。事実、治癒魔法スキルが原因で、トラブルに巻き込まれている人がいる。
それがあったにも関わらず、悪習を変えようとしない。とてもではないが許容出来なかった。
「あの、質問いいですか?」
「なんだい?」
腹を膨らませたミロクが、トウヤに向けて手を上げた。
「どうして皆さんは探索者やってるんですか?」
いきなり話が変わったな。
そんな思いが全員一致する。
世界の危機だとか、リーダーの問題だとか、田中の存在だとか、いろいろと考えないといけない内容があるのに、探索者になった動機と来た。
「ここでその質問は凄いな」
「だって気になるでしょ! 学校でも美人で有名だった人達が、探索者やってるんだから!」
トウヤのパーティメンバーは、三森を除いた四人は同じ高校出身だ。
桃山、神庭、九重の三人は違った種類の美人で、多くの注目を集める人物だった。
その三人がトウヤと組んで探索者を始めたのだ。
それはもう話題になった。
冴えない男が、美女三人を脅してダンジョンでいけない事をしていると学校中に広まった。
それを羨ましがった男子の一部が探索者になったりもしたが、今も続いているのはサトルだけである。
「あはは。そうだな、僕が探索者を始めたのは、ある目的があるからだよ」
「その目的って何ですか?」
「探索者を取り締まる探索者監察署に入る事だ」
探索者監察署。
それは罪を犯した探索者を処罰する警察のような組織。
時には、問答無用で命を奪う、かなり恐れられている存在だ。
探索者監察署に所属するのは、探索者界隈ではステータスでもあり、実力を認められた証明でもある。
「他の方達も同じなんですか?」
「違うよ、今は僕の我儘に付き合わせている」
トウヤは他の面々に顔を向けると、全員が困ったような笑みを浮かべていた。
その理由を聞こうかと思ったが、ミロクはなんだか嫌な予感がして尋ねるのを辞めた。
「どうして、九重先輩達は日野先輩を手伝っているんですか?」
しかし、その空気を読めないアキヒロが九重に尋ねた。
「そりゃ、その、ねー、ほらあるじゃない、こうやって絆を深めていく、みたいな」
しどろもどろになりながら、答えになっていない解答をする。
その顔は赤くなっており、察する人には直ぐに分かるような反応だった。
「ケッ!」とどこかのテーブルから聞こえて来る。
「けっ!」
そして、アキヒロの隣からも舌打ちが鳴っていた。
隣の反応に「サトル?」となるが、残念ながらアキヒロには何も察せられない。
なのでサトルは、話を変えるため睨みながらトウヤに質問する。
「どうして監察署に入りたいんですか!?」
それに「あはは」と困ったように笑いながら答えた。
「目的は勿論、悪い探索者を取り締まる為だよ。僕の家族は、探索者の争いに巻き込まれて亡くなっているからね。その復讐でもあるかな」
何でもないように軽く言っているが、内容の重みはまるで違っていた。
どう反応していいか分からなくなったサトルは「そ、そうですか」と返すのが精一杯だった。
「気にしなくていいよ。一応、自分の中では整理は着いているから。こうして、支えてくれる仲間達もいるしね」
トウヤは仲間達を見て、力強く頷く。
三人も分かっているのか頷いており、絆の深さを教えてくれた。
ただ三森だけは初耳だったようで、「えっマジ?」と困惑していたが。
食事を終えて、じゃあ帰ろうかとなった時、神庭がある提案をする。
「ステータスの確認をして行きませんか?」
昨日、新たなスキルを獲得しており、その確認をしていなかったのだ。
そして、受付でステータスチェックをしたのだが、
「日野様は、こちらにお越しください」
とトウヤだけが別室に連れて行かれた。
どうやら鑑定に不備があったようで、再び鑑定をするという。
時間も掛かるらしく、他のメンバーには先に帰ってくれとお願いをした。
「加護、ですか?」
「はい、日野様は上位存在より加護を受けているようです。何か心当たりはありませんか?」
「あの、加護とは一体……上位存在というのも……」
初めて聞く単語が並び困惑する。
曰く、ダンジョンには人よりも高次の存在がいるとされている。
されているというのは、その存在が確認できていないからだ。ならば、どうして上位存在がいるとされているのか。それは、稀に探索者に加護、恩恵、寵愛などの形でステータスに出ており、これまでよりも強い力を持つようになる。
その力は、レベルアップよりも強力で、中には特殊な能力に目覚める者もいる。
そんな事が出来るのは、人よりも上位の存在。若しくは神と呼ばれる存在だろうと言われている。
「僕に、その加護が?」
「はい、鑑定では〝世界亀の加護〟とあります。左腕に六角の痣が出ているのが証なのだそうです」
「世界亀?」
それを聞いて思い出すのは……。
だが、それはないと頭を振って否定する。
「何か心当たりはありませんか?」
「分かりません。最近はいろいろあり過ぎて、何がなんだかという感じでして……」
昨日の戦いを話していいものではないのは理解している。もし話せば、田中に迷惑が掛かるのは間違いない。それだけは絶対に阻止したかった。
「そうですか……。後日にはなりますが、会長と面会して頂きたいのですが、この日程は如何でしょうか?」
「面会ですか? 僕が……」
「はい、加護を受けたお方は、会長との面会をする決まりとなっております」
「そんな決まりは聞いた事が無いんですが」
「これは、加護を授かった方にしか伝えておりません。安心してください、別に危害を加えようとは思っていませんよ。ただ、会長も加護を授かったお方ですので、何かアドバイスが出来たらという配慮です」
「そうですか……」
警戒するトウヤに丁寧に説明する探索者協会の職員。
トウヤも納得したようで、会長との面会する日程を決めて行く。
会長も忙しい身なので、面会は十日後となった。それまでに気付いた事があれば、メモをしておくと良いとアドバイスを受ける。
「会長と面会したときに、加護以外の内容も質問して良いですか?」
「え? ええ、構いませんよ。時間はそれほど長くは取れませんので、短く纏めておいて下さい」
質問したい内容は、ダンジョンが世界を滅ぼすというのを知っているかというものだ。
田中は言っていた。
世界が滅ぼされると知らせていると。
それが本当かどうか、確認するチャンスだった。
ギルドでの鑑定も終わり外に出ると、空はすっかり暗くなっていた。
街灯が道を照らしており、探索を終えた者達が帰路に着いていた。
トウヤはふぅーと息を吐き出し、痣がある左腕を撫でる。
「まさか、昨日の……」
加護を与えてくれた存在。
その存在には、腹を貫かれて殺されかけた。
田中に治療されなければ、間違いなく死んでいた。
そんな存在が、どうして加護を与えてくれたのかまったく想像が付かなかった。
「分からない事だらけだな」
頭を掻きながら、トウヤも家路につく。
桃山達は先に帰ったようで、これから帰ると連絡しておく。
すると返事が直ぐに返って来て、繁華街の喫茶店で待っているという。なので、これから行くよとメッセージを送って繁華街に足を向けた。
そして、直ぐに止めるハメになる。
「日野トウヤさんですか?」
トウヤを呼び止めたのは、金髪に白いワンピースを着た女性。
母性溢れる笑みを浮かべており、誰からも好かれるであろう雰囲気を纏っていた。
だが、その目は絶望に染まっており、狂気を宿していた。
「そうですが、貴女は?」
その女性の闇を感じ取れないトウヤは、警戒心も無く聞き返していた。
「申し遅れました。私、世樹麻耶と申します。トウヤさんのご両親について、お話をしに参りました」
天使のなり損ないが、トウヤに目を付けた。
残り10話。
実家の話が5話、幕間が5話で今回の投稿は終了となります。