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地上18

 守護獣の鎧に刻まれた魔法陣が発動する。

 光を放ちながら展開された魔法陣は、膨大な魔力を発しながらその存在を形造っていく。魔法陣を中心に風が吹き荒れており、その風が竜巻になり魔法陣を覆い隠す。


 少々演出が過剰ではないだろうかと思わないでもないが、フウマが満足しているのなら、まあ良いのだろう。


 竜巻から光が溢れると周囲に強風が吹き荒れ、竜巻が霧散する。


 そして、魔法陣の中央にいるのは、芦毛のミニチュアホースのフウマだった。


「ヒヒーーン!!」


 我、参上! と言わんばかりに嗎声を上げるフウマ。

 そして召喚主である俺を見つけると、喜びの表情を浮かべて一気に駆け出した。


 俺はフウマを受け止めるべく両手を広げる。

 こんな事している場合ではないが、海亀も警戒している事だし、大丈夫だろう。


 フウマは前脚を伸ばして俺に向かって飛び、受け止める体勢を取った俺の腹に向けて加速した。


 その瞬間的加速は、これまでに見た中でも上位に位置するものだった。


「がふっ!?」


 腹に突き刺さるフウマの蹄。

 自分の本体でもある守護獣の鎧を凹ませてまで、俺に一撃を見舞いやがった。


「てめーフウマ! こんな事してる場合じゃねーんだよ! 状況分かってんのか、このバカ馬!」


 フウマの首根っこを掴み持ち上げると、ジト目で俺を睨んでいた。

 その目からフウマの意思が伝わって来る。


 どうして早く召喚しなかったのかと。

 俺も地上でやりたい事があるんだぞと。

 読みたい漫画があるんだぞこの野郎と、その目は訴えていた。


 どうでもいいわボケ。


「フウマ、遊んでいる場合じゃないんだよ。何をすれば良いのか、分かってるな?」


 俺が真面目な顔で問うと、フウマもキリッとした顔で頷いた。


 フウマを開放すると、トコトコと海亀の方に歩いて行く。そして、恐ろしいほど初動の早い風の魔法で、海亀を吹き飛ばしてしまった。


 風属性魔法だけなら、フウマは俺よりも上位の使い手だ。


 フウマは一度振り返って俺の方を見ると、早くしろよと言いたそうな視線を送って来る。

 分かってると俺はその場に腰を落とすと、飛び立つフウマを見送った。


「あの、ハルトくん?」


「すまん、今から集中するから一人にしてくれ」


 心配そうな桃山が、恐る恐るといった様子で話し掛けて来る。

 だが今は、相手にする時間も惜しくて遮断させてもらう。


 大きく深呼吸すると、意識を体内に細胞に魔力に意識を向ける。


 どうして俺の思考があいつに読まれるのか考えていた。

 単に神のような強大な存在だから読めるのだろうと考えもしたが、どこか違和感があった。

 それで、あの海亀と俺の接点は何なのだろうかと考えると、自ずと答えは出て来た。


 森での生活で、俺の中に別の魔力が流れているのは理解していた。その中には、海亀の魔力も混ざっていた。


 だから、完全に俺の物にしようと説得を試みていた。


 早く俺の物になれよ。

 人生諦めが肝心だぞ。

 抵抗したって無駄だから早く来いよ。

 嫌よ嫌よも好きのうちってな。

 もう、お前は俺の物だ。


 言葉巧みに魔力を奪って来たのだが、最後の海亀だけが俺の物になってくれなかった。

 ト太郎と世界樹は割と早かったのに、何故かこいつだけが強固に拒むのだ。


 その結果、思考を読まれているとしたら、もうこっちも手加減が出来なくなる。


 目を閉じて魔力に集中すると、海亀の姿が現れる。


 巨大で偉大な神なる存在。


 名はアクーパーラと言ったか。

 目がある場所には、無数の目玉が収まっており、その全てが俺を睨んでいた。


 これは、怒りと抵抗の現れだろう。

 だが、そんなのは関係ないと、俺は海亀に近付いて巨大な顔に触れる。


 途端に、俺の中に海亀の魔力が流れ込んで、侵食しようとして来る。

 きっとこれが、俺の思考を読む一旦を担っているのだろう。


 だからそれ以上の魔力を流して、アクーパーラという巨大で神々しい魔力を侵食して行く。

 それはまるで綱引きのようで、彼方が諦めない限り完全に奪い取る事は出来ない。いつもなら少しずつ擦り寄って行くのだが、もうそんな悠長な時間も残されていない。


 そんな中で、終わりの見えない綱引きを始める。


 どれだけの時間が過ぎただろうか。

 己の中で完結する世界では、時間という概念は無く。一瞬が永遠のようにも感じて、永遠が一瞬にも集約される。


 そんな都合の良い場所で、減る事のない魔力を流し続ける。

 減らない魔力。

 それはそうだろう。なんたって自分の体内で魔力を循環させているだけなのだから。

 寧ろ、外から魔力を取り込んで回復すらしている。


 相変わらず海亀は俺を睨んでおり、諦める気配がない。


 きっと、俺一人ではこの綱引きを終わらせられなかっただろう。


「悪いな、手伝ってもらって」


 そう言ってお願いすると、先に取り込んでいたト太郎とユグドラシルは仕方ないなと肩をすくめていた。


 海亀の叫び声が聞こえる。

 よほど俺に取り込まれるのが嫌なのだろう。

 何気にショックだったりする。


「良いじゃねーか、仲良くしようぜ」


『分かっているのか? もう引き返せないぞ』


「そんなの、今更だろ」


 何故か海亀から心配されてしまう。

 覚悟は出来ている。というより、最初から引き返せる状態ではない。


 俺は、化け物として死ぬ覚悟を決めたのだ。



ーーー



 召喚されたフウマは風属性魔法を使い、空を駆け、敵を追い掛ける。


 速さだけなら、間違いなくフウマはトップだ。

 その脚で海亀に追い付いくと、無数の風の刃を生み出し連続して打ち込んで行く。


 海亀は避けるそぶりもなく、ただフウマを眺めて攻撃を受けていた。

 まるで食らってもダメージは無いと言っているようで、そんな海亀にフウマは怒りを覚える。


 ならやってやろうじゃねーかと力を使う。


「ヒヒーン!!」


 リミットブレイクを発動して黄金を纏う。

 そして幾つもの竜巻を生み出し、細く細く凝縮して一つに束ねる。

 田中の石の槍に匹敵するほどの威力を持った魔法。

 海亀はそれを察して避けようと動くが、それは許さないと周囲に風を巻き起こし空中に固定する。


 放たれた魔法は海亀に直撃し、ガガガッ! とまるで削岩機のように体を削りながら突き進み、海亀を地面に叩き付けた。


 それだけでは終わらない。

 フウマは駆け出し、加速していく。

 その走る姿は、ミニチュアホースからサラブレッドのような大きさへと変え、まるで絵画に描かれそうな神々しい姿だった。


 姿を変えたフウマは駆け出す。

 これまでよりも速く駆け、海亀に向けて突進する。

 更に前脚の蹄を強化して、竜巻が解除されると同時に、蹄の一撃をお見舞いした。


『ぐっ⁉︎』


 強烈な攻撃を受けて、海亀は苦悶を浮かべる。

 しかし、やられてばかりではない。フウマの脚を掴み、勢いよく地面に叩き付けたのだ。


 だがそれでも、フウマにダメージは無い。

 ベッドに使っていた魔法を使い、その身を守っていた。

 ポヨンと音を立てそうな感触で、全ての衝撃を吸収すると、掴んでいる手に向かって風の刃を連続して放つ。


 今度の魔法は無傷ですまないと判断したのか、海亀は手を離し、距離を取るように動く。しかし、連続した壁のような風に押されて、想定よりも大きく後退させられてしまった。


 海亀は、思考の読めないフウマを警戒して、次の攻撃に備える。



 フウマは己の役目に徹する。


 己の力では、この海亀には勝てないと理解していた。

 やるのは、田中が海亀の魔力を完全に取り込むまでの時間稼ぎ。


 海亀にダメージを与えられても、その命までは届かない。それを今の一撃で、何となく察した。

 フウマの思考が読まれていないのは、単にフウマが何も考えないで直感で戦っているからだ。

 だから戦いの中では、魔法陣を使えないという情けない理由があったりする。


 そんなフウマは、ひたすらに風属性魔法で攻撃を加えて行く。

 時折り接近して、蹄で攻撃を加えるのはテンションが上がったからである。


 それはもう仕方ない。

 だって久しぶりに召喚されたのだから。

 だって久しぶりの外だから。


 そのテンションも段々と落ち着いて来て、遠距離での攻撃に徹するようになる。


 しかし、それこそが海亀の反撃するタイミングでもあった。


『愚かだな』


 遠距離魔法だけなら、ダメージを受けない。

 それを理解した海亀は、フウマを無視して本体である田中に向かう。


 海亀は田中の思考を読み取り、何をしようとしているのか理解していた。

 理解して、手遅れになる前に止めようとしていた。


 三神の魔力の統合。

 その影響がどれほどのものになるのか、想像も付かなかった。

 アクーパーラを除いた聖龍と世界樹は、元は同じ魔力だった事もあり、その相性は良かった。おかげで、反発は起きずに田中という存在は維持されていたのだ。


 そこにもう一つの神の魔力の統合。

 神の意識を排除して、制御を失った魔力を己の物にしようとしていた。


 何かが産まれようとしている。


 そんな感覚が、海亀の心を震わせた。

 現れるのは、アクーパーラと同等の存在か。それとも自我を失った、ただの破壊神か。はたまた別の何かか。


 この心の動きは喜びからではない。

 ただ世界を揺蕩いたいだけのアクーパーラからすれば、望ましくない変化であり存在だったのだ。


 だから殺す。

 平穏を脅かす存在は始末する。


 そんなアクーパーラを止めるべく、フウマは駆ける。

 あっという間に追いつくと、竜巻を起こして進路を妨害する。しかし、急いで作った魔法は簡単に突破されてしまう。


 ならばと、上空より風の刃で攻撃を仕掛ける。

 ダダダッ!! と土煙を上げながら着弾した風の刃だが、アクーパーラを止める事は出来ない。


 もっと強い魔法じゃないと止められない⁉︎ そう考えて一瞬だけ動きを止めてしまった。


 途端に動けなくなり、フウマは地面に叩き付けられる。


「ブルル⁉︎」


 何が起こったのか理解出来ずに、地面に横たわるフウマ。

 ダメージは無いというのに、体の自由が奪われてしまった。治癒魔法を使ってみても、何の変化もなく動けないでいた。


 これは田中も受けた攻撃である。

 アクーパーラの魔眼の能力による万物への干渉。

 本来なら、見た物を意のままに操れる森羅万象の能力だが、今の状態では対象の動きを制限するので精一杯だった。


 動けないフウマを見下ろし、アクーパーラは言う。


『暫くの間そうしていろ。貴様の主人を殺して仕舞いにしてやる』


「ブルル!!」


 フウマは待てと叫ぶが、既にアクーパーラの姿はなかった。


「ヒヒーンッ!!!」


 己の役目を果たせなかったフウマは叫ぶ。

 誰か助けてくれと、このままでは田中に危険が及ぶと、漫画の続きを読むまでは死ねないと本心ダダ漏れで叫んだ。



ーーー



 カズヤは、いや、カズヤの中にいるパクスは考え続けていた。


〝世界が無くなった!〟

〝迷宮に取り込まれた〟


 魔王の言葉が真実なら、一体何の為に戦っていたのだろうか。

 もしも本当に、魔王がダンジョンから世界を守っていたとしたら。もしも本当に、世界が滅びたのなら。


「……世界を滅ぼしたのは、俺じゃないか」


 人々が笑って暮らせるように、世界が平和になって豊かになるように、そう願って続けた旅も戦いも、全ては無駄だった。


 いや、無駄だからではない。


「これじゃあ、俺が魔王じゃないか」


 世界を滅ぼした魔王。

 魔王パクス。


 叫びたくなる真実に、頭を掻きむしる。


 周囲に目をやると、かつて魔王と戦った地に来ており、数多く建っていた建物が倒壊していた。


 遠くで竜巻が上がり、轟音が鳴り響く。

 魔王だった者が田中の召喚獣と戦っており、その凄まじさを伝えて来る。


「おい、どうすんだよ! あんなの倒さないといけないのか⁉︎」


「無理に決まってるでしょ! 少しは冷静になりなさい!」


「はい! 九重先輩!」


 サトルが取り乱して、それを九重が静止していた。

 サトルは九重のファンクラブの会員だっただけあり、その忠誠心は高い。


 繰り広げられている戦いは、パクスと魔王の戦いが児戯に思えるようなものだった。

 巻き込まれたら死ぬ。

 それは間違いなく、今もこうして生きているのが不思議なほどだ。


 いや、守られているのだろう。

 魔王に狙われていた時も、庇われていた。


「……田中」


 座って微動だにしない田中を見る。

 龍を彷彿させるデザインの鎧を身に付けており、右手には黒い大剣が握られていた。

 魔王を圧倒し、あの化け物と互角に渡り合う男。

 普通ではないとは思っていたが、まさかここまでの存在だとは思わなかった。


 その田中の鎧に既視感を覚える。


 なんだろうか、どこかで見たような……


「……っ!? まさか!」


 見覚えのある鎧。

 それは仲間が使っていた守護獣の鎧に似ていた。

 新たな装飾や秘めた力はまるで違っているが、胴体の部分や馬を召喚するという能力があまりにも似ていた。


 カズヤは動かない田中に向かって歩き出す。


「田中! お前に聞きたい事がある! その鎧はどこで手に入れたんだ!?」


「ストップ! カズヤ、今の田中さんに近付いちゃ駄目だ」


 それを止めたのは、パーティメンバーのアキヒロだった。


「離してくれ、お願いだアキヒロ。田中に聞かないといけないんだ」


「どうしたのカズヤ? なんか普通になってるよ」


 これまでの厨二口調ではなく、普通の喋り方をしているのに驚いてしまう。

 それだけ取り乱す事態が、カズヤには起こっていた。


「頼む、アキヒロ、離してくれ。あいつがどうなったのか、田中に聞かなきゃいけないんだ」


 それは懇願だった。

 必死の思いで、かつての仲間がどうなったのか知りたかった。


「……カズヤ」


 それでもアキヒロは離さなかった。

 今、田中を邪魔すれば、きっと僕らは生き残れない。その確信がアキヒロだけでなく、この場にいる全員の共通認識だった。


 遠くで一際大きな竜巻が巻き起こる。

 まるでこの世の終わりのような光景。

 それを巻き起こす敵を倒すには、どうしても田中に頼るしかなかったのだ。


 だが、仲間が取り乱しているのを無視も出来なかった。


「カズヤ、一体どうしたの? らしくないよ。あのモンスターとも知り合いみたいな話をしてたけど……」


「……俺はカズヤじゃない。肉体はカズヤの物だが、今の俺はカズヤじゃないんだ」


「えっと、そういうのはいいから、今は真面目な話を……」


「真面目な話だ! 俺は、こことは違う世界で生きていたんだ。そこで、そこで……勇者と呼ばれる存在だった……」


 尻すぼみになった言葉は、とてもではないが信じられるような内容ではなかった。

 だが、あの魔王と呼ばれたモンスターと知り合いだったり、念話を使った会話をしたりと気になる点があるのも事実だった。


 カズヤは話す。パクスであった頃の記憶を、あの世界の話を、魔王との戦いを、田中が装備している鎧が仲間の物と似ているというのを話した。


「……それは本当なのか?」


「証明は出来ないから、信じてくれとしか言えないが、真実だ」


 尋ねたのは、ハーレムパーティのリーダーであるトウヤだ。

 俄かには信じられない話を聞かされて、判断に困っていた。

 魔王という存在が執拗にカズヤを狙っていたのは明らかで、二人の念話も話の内容に矛盾はなかった。


「そうだとしたら、ダンジョンは世界を滅ぼすんですか? でも、どうやって?」


「分からない。魔王が言っていただけで、まだ存在している可能性だって……」


 神庭の質問にカズヤは答えて、その可能性は無いと察してしまった。

 探索者になろうと決めたきっかけの写真、ダンジョンで現れるモンスターの既視感、そして田中が身に付けている鎧。

 全てが肯定する材料になってしまった。


「なあ、田中はどこまで知っているんだ?」


 サトルの言葉で、全員の注目が田中に集まる。

 田中は相変わらずその場に座っており、微動だにしない。名前を出しても反応する事はなく、恐ろしい集中力で瞑想を続けていた。


 田中が何をやっているのか分からなかった。

 ただ、邪魔してはいけないとだけは理解していた。


 何が起こっているのか認識出来ない超常の戦い。それに終止符を打てるのが田中だと、それだけは分かっていたのだ。


 だが、その戦いの音が突然聞こえなくなってしまう。


「……どうなったの?」


「なんだか不気味ね……」


 桃山は後退りしながら不安そうに呟き、九重は一気に重くなった空気を警戒する。


 無音になり、全員が周囲を見て警戒する。

 そして、高速で接近する何かに気付いた。


「何か来ます!」


「みんな武器を構えろ!」


 絶望の塊である、青い人型のモンスターが接近する。

 狙いは間違いなく田中だ。

 だが、その田中は未だ動かない。


 ならば、やるべきことは一つしかなかった。


 トウヤは必死に頭を動かして、絶望に立ち向かおうと指示を出す。


「巫世はみんなに強化を! 加奈子、悠美、攻撃準備! 世渡、しっかりしろ! 今は田中さんを守るんだ! ここで死んだら、何も分からないまま終わるんだぞ!」


「だが、あんな化け物に、俺達じゃ……」


「それで諦めるのか? 前世じゃ、勇者って呼ばれたんだろ⁉︎ 諦めるな! 全てを知るまで、諦めるな! 分かったら剣を持って立ち向かえ、勇者!!」


 乱暴な言動だが、鼓舞するように言い放つ。

 だが、これでカズヤが動けるようになった。


「……くっ! こっちの気も知らないで、言ってくれる! アキヒロとサトルは魔法の準備を、ミロクはミシロの準備をしておけ」


「うん」「マジでやんのか」「うえ? 逃げるんじゃないの⁉︎」


 アキヒロは魔力を高めて雷属性魔法の準備を始める。

 サトルも仕方ないと諦めて、地属性魔法の準備に取り掛かる。

 そしてミロクは、召喚獣のミシロに抱き付き、涙目で魔力を流していた。


 それを確認すると、カズヤはトウヤに向き直る。


「すまない日野、攻撃の合図は任せて良いか?」


「良いが、世渡はどうするんだ?」


「俺は奴の動きを止める」


「なんだって?」


 言葉の意味を理解出来なかったのか、トウヤは聞き返すが、絶望は待ってはくれない。


「来るぞ!」


 カズヤはユニークモンスターを倒して手に入れたスキル、荊の魔眼を発動させる。

 更に、魔法陣を目の前に展開する。

 魔法陣の効果は硬質化、増殖、強化の三つ。

 可能なら、もっと多くの魔法陣を使いたかったが、今のカズヤには三つが精一杯だった。


 これで、あのモンスターが止まるとは思えない。

 それでも、動きを止めると宣言した以上、カズヤは、パクスは全力で力を発動した。


「おおおおーーー!!!」


 荊の魔眼の効果で、田中に向けて急降下するアクーパーラの周囲に薔薇の蔦が現れる。

 その魔眼に込められた力を見抜いて、アクーパーラは舌打ちをする。


 この蔦には少量だが、神の魔力が含まれている。

 これを受けては、数秒は動きが阻害されてしまう。避けようにも既に魔眼の効果範囲に入っていて不可能だった。


『おのれ!』


 アクーパーラは縛り付けられ、その身は地上に落下する。


「いまだ!」


 トウヤの号令で一斉に放たれる矢と魔法。

 その中でも一番強力な魔法使いである九重は、最後に魔法を使用する。魔法陣を二つ展開しており、全魔力を使って大地を操る。


「アースクエイク!」


 大地が隆起して、地中にアクーパーラを飲み込んでいく。更に押し潰すように次々と大地が覆い被さり、ドンッ! ドンッ! と硬く固めてしまった。


 一瞬の静寂。


 すると、何かを察知したのか、白虎となったミシロは走り出す。


「そっちから来ます!」


 ミロクが指を差し、皆に注意を促す。

 すると、指差した場所が割れ、アクーパーラが姿を現した。


「ガァー!!」


 ミシロが牙を剥き出しにして、格上の敵に牙を突き立てようと飛び掛かる。

 しかしそれは、ハエを払うような仕草で消し飛んでしまった。


「あうっ」


 頭部を消し飛ばされ、体も魔力となり霧散する。

 召喚主であるミロクにもダメージは返ってきており、脳震盪を起こしたように倒れてしまう。


 ガラ空きの背中に神庭は走る。

 スキル縮地を使った移動術は、常人では目で追えないほどの速度だ。

 現にアクーパーラは反応しておらず、田中の方を見ていた。


「シッ!」


 短い呼吸音と共に、渾身の突きが放たれる。

 剣の切先はアクーパーラの体に接触し、少しだけ押し込み、刀身から無惨にも砕け散ってしまった。


「そんな⁉︎」


 悲鳴のような声が出てしまう。

 全力の攻撃だった。これまでで、最高の一撃だった。それが何の成果も出せずに、無惨に散ってしまった。

 剣も鈍ではない。

 武器屋で購入した、高品質の逸品だった。


 どれだけの化け物と、田中は戦っていたのだろう。


 全てがスローモーションに見える世界で、神庭は考える。


 きっと想像も付かないような経験を積んだのでしょうね。


 神庭の目の前には水の魔法が生まれており、細く棘のように形造る。


 これは死ぬ前の一時かと、神庭は冷静に見ていた。

 体勢はのけ反ってしまっており、直ぐに動く事も出来ない。

 手に武器は無く、避ける手段も無い。

 絶望的な状況。


 目の前が黒く染まり、終わりが向かって来たのだと教えてくれる。

 その黒が、神庭に巻き付くと横にスライドするように移動した。


「なっ!?」


「お姉さん、大丈夫ですか?」


「アキヒロ君?」


 神庭を救ったのは、魔変のマントを纏ったアキヒロだった。

 魔道具である魔変のマントは、魔力の流し方によって、幾らでも形を変える能力を持っている。

 それを使い、窮地の神庭を救ったのである。


 因みに、神庭の妹とアキヒロは良い感じの仲だったりする。


 魔法が外されて、次の魔法を準備するアクーパーラ。

 今度は一つではなく、辺りを更地に変えるほどの魔法。


 バスケットボールほどの水球が生み出される。

 それに込められた魔力に気付いた九重は、悲鳴を上げる。カズヤも気付いて、残りの魔力で魔法を使おうとするが、魔法陣も作り出せなかった。


 そんな中で、トウヤは空間魔法を使い、アクーパーラの正面に立った。

 右手にはオーラを纏った光翼の剣が握られており、トウヤのスキル、力溜めの効果により膨大な力が込められていた。


 面倒な。


 そうアクーパーラを警戒させるほどの力が込められた一閃が放たれる。


「チャージアタック!」


 トウヤの必殺の一閃は、アクーパーラの手を薄く切り裂き、水球に向けて刃を走らせた。

 力が込められた刃は、水球を斬り、爆発するように霧散させる。


 警戒したが故に、トウヤの狙いが読めなかった。


 アクーパーラにとって、矮小な存在にしか過ぎない者にしてやられた。

 そこに湧く感情は怒り、ではなく称賛の思いだった。

 彼我の差は理解しているはずだ。

 それなのに挑んで来る者達を、素直に素晴らしいと称賛したのだ。


『見事』


 そう褒め称え、拳を見舞った。

 拳はトウヤの腹部を破壊して、田中の下へと吹き飛ばした。


 トウヤは何が起こったのか理解出来なかった。

 ただ、こちらを唖然と見ている仲間達がおり、視界が真っ赤に染まってしまった。


 そして、優しい光に包まれて強烈な眠気に襲われた。


「すまん、少し遅れた」


 遅いですよ田中さん。

 そう言いたかったが、眠気には逆らえずトウヤは安心して目を閉じた。

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