地上17
盛大にぶっ飛ばされて、幾つものビルを貫通して行く。
そして、元の場所から遠くまで来てようやく止まった。
周囲は相変わらず超高層ビルだが、青空に朱色が混ざったような気がする。
ゴフッと血反吐を吐きながら、治癒魔法で治療する。
リミットブレイクを解除していたのもあり、ダメージをかなり受けてしまった。
鎧を見ると、腹部に疵が入っており攻撃の凄まじさを物語っていた。
「……迷わずに倒せばよかったな」
魔王の話なんて聞かないで、さっさと始末すれば良かった。
そうしておけば、少なくとも迫る脅威は現れなかった。
地属性魔法で地面を操り、迫る拳からスライドするように逃げる。
空振りに終わった拳は、先にあった地面を大きく抉り、地面を地盤にしていた建物を倒壊させる。
治療を終えた俺は立ち上がり、敵に向けて剣閃を放つ。
しかしそれは、敵の拳により消されてしまう。
何らかの魔法による防御ではない、ただ肉体を強化しただけの拳での結果だと理解する。
「リミットブレイク・バースト!」
追って来る殺意マシマシの一撃を不屈の大剣で受け止める。
ガガガッ! と連続して火花が散り、衝撃だけで世界を大きく震わせる。
敵から渾身の一撃が振り抜かれる。
それを受け止めずに避け、殺すと意志を込めた一閃で敵に刃が通る。
真っ二つにするつもりだった。
しかし、敵の肉体は硬く、その下にある肉も強靭なせいで表面を切り裂くだけに止まる。
一度大きく距離を取る。
追って来ても魔法で対処しようと、並列思考で魔法陣を準備していたが、敵は傷を負ったのを見て動きを止めていた。
ふぅーと息を吐き出して、油断なく大剣を構える。
そこでようやく敵の姿を確認出来た。
形は人間と大差なく、俺よりも頭ひとつ分身長が高い。髪と鼻、耳は無く、あるのは四つの目と大きな口だけ。肉体は青白く、腕や下半身以外は裸の状態だ。引き締まった体には亀を思わせるようなアザがあり、それがこの存在が何なのか教えてくれる。
海亀、アクーパーラ。
本体ではないだろうが、間違いなく海亀関係の存在だろう。
海亀は傷を撫でると、そこには何も無かったかのように傷は消えていた。
そして俺を見据えると、再び戦いが始まった。
言葉はない。
ただ、海亀は俺を殺そうと拳を繰り出す。
俺もそれに答えるように、不屈の大剣に意志を込めて振るう。
周囲を破壊しながら続く戦いは、魔法による攻撃も加わり拡大して行く。
俺は地属性と風属性を駆使して挑み、あちらは何でもありで、様々な種類の魔法を組み合わせて攻め立てる。
ズガガガッ!! という轟音が何度も響き渡り、世界が壊れてしまいそうだった。
きっと側から聞いていると、恐怖でしかないだろう。
あいつらは大丈夫か?
空中に逃れた際、一瞬だけ気が逸れてしまった。
その瞬間に地面に引き寄せられ、叩き付けられ、地面に縫い止められる。
どういう魔法か分からないが、地面に縫い付けられるという経験は初めてだ。重力的な魔法なら、まだ力尽くでどうにか出来ただろうが、これはどういう理屈か分からないので対処しようがない。
やらかした!
後悔するには遅く、黒い水球が迫って来ていた。
その悍ましい物に、どうしようもないほどの忌避感を抱く。
焦りながらも地属性魔法を使い、少しでも退けようと石の杭で貫く。すると、黒い水球に触れた杭は、黒に染まりドロドロと溶けてしまった。
それはやばい!!
無数の石の杭を生み出し、黒い水球を貫いていくが数が減る気配が無い。それどころか海亀は、大量の黒い水を生み出して仕掛けて来た。
「くそが!」
地面に縫い付けられて動けないのなら、下に行くしかない。
地属性魔法で地面に穴を掘り進めて、下に下に潜って行く。このまま行けば、また奈落かなぁと心配していたら、広い地下空間に出た。
その空間は広大で、まるで地上とは違うもう一つの街が入っているかのようだった。
これは、大規模な自然災害から逃れる為のシェルターだろうか?
壁は頑丈な白塗りの頑丈そうな素材で作られており、魔力を使用した照明が大量に取り付けられていた。
下にある建物を見ると、都ユグドラシルでお世話になっていた施設に似ている気がする。
時間があれば見て周りたい所だが、それは許してはくれないだろう。
俺が開けた穴から黒い水が流れ込み、全てを溶かして行く。
この空間に出ると同時に、縫い付けられる感覚は途絶えていた。
今のはやばかった。ここまで動けないのは、流石に反則じゃなかろうかと抗議したくなる。
これまで、何でもありな能力を使っていたモンスター達だが、こんな能力に心当たりは……あった。
「そういや、最初に海亀と遭遇したときのに似てるな」
あの時は、必死に逃げようとして何も出来ずに捕えられてしまった。あんな思いをしたのは、後にも先にもあの時だけだ。
もうあれは、海亀関係で確定だろう。
まったく面倒くさいと悪態を吐きつつ、魔力を高めて不屈の大剣に流し込む。
そして、黒い水から現れた海亀に向かって剣閃を放った。
反応されるとは思っていなかったのか、海亀は避け切れずに腕を交差して防御に徹していた。
ギィーという甲高い音が鳴り、海亀の肉体がどれだけ硬質なのかを教えてくれる。
だから追加の攻撃をプレゼントだ!
収納空間から大量の鉄を取り出し、即席の鉄の槍を作り上げる。一から作る物より威力は劣るが、石の槍よりは威力はあるはずだ。
魔法陣を五つ展開して、威力マシマシの魔法を放つ。
速度はそれほどでもないが、今の状態ならば避けきれないと踏んだ。そしてそれは当たりだった。
だが、失敗でもある。
海亀は魔法を見切っており、その手の甲で魔法を受け流すと、魔力を流し込み己の物へと作り替えたのだ。
魔法の主導権が奪われた。
その感覚と同時に、最高潮とも言える危険信号が灯る。
「マジでか!?」
一も二もなく全速力で逃げる。
俺が作った魔法だ。その威力は十分に理解している。
その上、あの海亀が魔力を込めたのだ。
冗談抜きで死ぬ。
風を纏い、天井に向かって飛ぶ。
石の槍を作り出し、幾つもの貫通の魔法陣を展開して天井に向けて放つ。
石の槍は、大穴を開けながら地上に向かって突き進む。
それを追うように飛び込むが、同時に海亀から凶悪な槍が放たれた。
早く!速く!はやく!はやくっ!!!
焦る気持ちが隠せない。
一秒が永遠にも感じてしまいそうな恐怖。そんな緊張感の中で、俺は泣きそうになりながら必死に飛んだ。
そして、地上に出ると同時に地面に向かって石の槍を飛ばした。更に、地面を強固に穴を塞ぐ。
地中を突き進んだ槍は、凶悪な槍と衝突すると、全てを消し飛ばすような大爆発を巻き起こした。
一瞬で何も分からなくなった。
視界が真っ白になり、音も耳鳴りだけがしている。自分がどこかに飛んでいるのは、何となく察せられるが、上も下も、右も左も認識出来なくなっていた。
治癒魔法を使おうとして、自分の手に感覚が無いと気付いた。魔力を流して確かめないと、そこに繋がっていると分からなかっただろう。
治癒魔法を使い回復すると、最初に視界が戻り、自分が地面に向けて落下していると理解する。
ついでに、海亀が殴る体勢に入っており、再び視界を失ってしまう。
どれだけ殴られただろうか。
治癒魔法で回復した側から殴られており、体に力が入らない。
しかも地上に下ろさないように、上へ上へと上空を駆け上がっている始末だ。
風属性魔法で竜巻を起こしても、その程度の攻撃で離れてくれない。
全身がボロボロのボロ雑巾のようになり、鎧もボコボコに凹んでいる。この前まで新品だったのに、もうこんな有様だ。
消耗品だから仕方ないのかも知れないが、それでもショックである。
自己再生能力が備わっていたとしても、やはりショックである。
だから、こいつにこの怒りをぶつけよう。
「捕まえた」
右腕だけを完全に回復して、腹に突き刺さった腕を掴む。
そして、右手にアマダチを作り出し、その腕を切り落とした。
と、思ったが、どこか手応えに違和感を覚える。
体を貫く衝撃が治ると、自由落下が再開される。
治癒魔法で急いで肉体を回復させると、視界を取り戻して上空に止まっている海亀を見た。
そこには、自身で腕を切り落とした海亀がいた。
気付いていたんだ。
アマダチに貫かれたら、タダでは済まないと理解していたんだ。
だから、己で腕を落としたのだろう。
それに、再生出来るのなら、実質ダメージゼロなのかも知れない。
「くそっ」と悪態を吐き、俺は地面に落下した。
戦闘は続く。
魔王との戦いとは違い、俺が圧倒されている。
とはいえ、動きには着いていけている。しかし、俺の攻撃がまるで分かっているかのように対処されてしまい、攻撃が当たらないのだ。
唯一剣閃だけが当たったが、あれも誘いだったとすると、その意味合いが大きく違って来る。
完全に掌の上で踊らされている。
俺に勝ち目は無い。
「がはっ!」
血反吐を吐き出しながらぶっ飛ばされる。
何度もバウンドして、最後は地面を擦るようにして止まった。
「ハルトくん!?」「田中さん!」
俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。
そちらに顔を向けると、ハーレムパーティの面々やカズヤ率いるパーティの顔が見える。
カズヤは意気消沈というか、心ここに在らずといった様子だが、他の奴らは心配してくれているようだ。
心配を掛けないように、大丈夫大丈夫と手を振って見せる。
こいつらを、不安にさせたらダメだからな。ここは少しでも強がっておくべきだろう。
「兜があって助かったな」
これで顔を見られていたら、強がっても意味はなかっただろうな。
まったく嫌になるなと立ち上がり、海亀に大剣を向けて強がってみる。
今襲われたら、こいつらを守れるだろうか?
そんな不安に駆られるが、海亀はまるで俺の心を読んでいるかのようにトウヤ達を見た。
視線を向けられたトウヤ達は、呼吸を忘れたかのように動きを止めて、瞬きすら出来なくなっていた。
「ちっ!」
視線で人を殺す。それを体現出来る存在が目の前にいる。
海亀の気を逸らす為に、無様な剣筋で斬り掛かり、案の定、無様に殴り飛ばされてしまう。
それでも、俺に意識が向いたのならそれでいい。
あとは何とかして、こいつを倒すだけだ。
そう頭の中で考えていたら、海亀から声が発せられる。
『おい豚、私を倒せると本気で思っているのか?』
「誰が豚じゃこの野郎! ぶっ飛ばすぞ!」
ふざけた事ぬかしやがって!
おかげでやる気が出て来たわボケ!
『ふん、分かっておらんようだな。豚、貴様の思考は私に筒抜けだ。どうやっても、私には傷一つ付けられはせん』
「やかましい! 人を豚呼ばわりしやがって! 覚悟は出来ているんだろうなぁ」
『強がるな。分かっているだろう、私には勝てないとな。今も足手纏いのこ奴らを逃す事を考えている。勝手に着いて来た、迷惑な奴らだというのに』
「ちげーよバカ、お前を倒す大技が危険だから逃がそうとしてるだけだしぃ! お前なんぞ、その気になれば一瞬で倒せるしぃ!」
勘違いしてんじゃねーよ!
今から一刀両断してやっから、そこから動くんじゃねーぞ!!
力を高めてアマダチの準備を始める。
こいつが俺の考えを読んでいるというなら、この行動も理解しているだろう。だが、読まれていたとしても、それ以上の速度と威力で迫れば倒せるはずだ。
脳死した理論なのは分かっている。
アマダチを使う以上、リミットブレイクも使えないのだから差は広がるばかりだ。
それでも歯を食いしばる。
「ここで意地をはらなきゃ、男じゃないだろ」
これは俺自身に向けた言葉だ。
自分を納得させる為の言葉。
ここで死んでも、意地を貫いたと言う為の言葉。
そんな俺の言葉をつまらないとでも言うように、海亀は鼻で笑う。
『ふん、つまらんな。そんなつまらない貴様に、慈悲をくれてやる』
「……」
『私の肉体を返せ。さすれば、そこの鼠どもは見逃してやっても良いぞ。貴様は殺すがな』
どうしてこんな提案をするのか、可能性を考える。
並列思考を使い、アマダチを恐れているのか、何か弱点があるのか、何かを恐れているのか、あらゆる可能性を考えて否定する。
そして、この思考も読んでいるのか、海亀は答えた。
『なに、貴様を殺して取り戻すのは可能だが、それだと時間が掛かるんでな。その手間を省くためだ』
「……肉体を取り戻したらどうする? そのまま元の場所に戻るのか?」
『私を食した者を全員殺す。豚の世界に一人、そして闇夜の世界に一人。貴様らは必ず殺す』
海亀の顔が、怒りに満ちた表情に変わる。
それだけ俺達に食われたのが屈辱だったのだろう。
「二人は見逃してくれないか? 俺が勝手に食わせただけなんだが」
『馬鹿が、豚の要望など聞く訳がないだろう。見せしめに、そこの奴らから殺してやろうか?』
「人質を取って卑怯じゃないか、男なら正々堂々と来いよ」
『卑怯? あはははっ! 笑わせるな。生死を賭けた戦いに、卑怯も何も無い。強ければ生き、弱ければ死ぬ。己の矜持を通して死ぬのは、命を蔑ろにする愚かな行為だ。全てを賭して戦うからこそ価値があるのだ。その覚悟もない者はさっさと死ね!』
海亀から発せられる雰囲気が変わる。
次は、本気で殺しに来るのだろう。
「……覚悟か」
並列思考で考え続けていた。
どうやったらこいつを倒せるのか、どうやったらあいつらを救えるのか、どうして海亀は俺の考えを読めるのか、どうしたら一人でやれるのか、どうしたら人のままでいられるのか考えていた。
きっと無理だったんだろう。
一人でこいつに勝つなど、何も捨てないで勝とうとするなど傲慢でしかなかったのだ。
『チッ、面倒な』
「お前が卑怯も何も無いって言ったんだろう」
だから呼び出す。
俺の平穏を犠牲にして、奴を呼び出す。
「来い! フウマ!!」
守護獣の鎧に魔力を流して、芦毛の召喚獣を呼び出した。