地上16
完全にやらかした。
全く関係ない奴らを巻き込んでしまった。
不屈の大剣を振り、目の前の化け物を遠くに弾き飛ばす。
斬るつもりで刃を当てたのだが、体の装甲が頑丈すぎて刃が通らなかった。なので目的を変更して、大きく後退させた。
しかし、遠くに行ったはずの化け物は次の瞬間には背後に立っており、高火力の魔法を放って来た。
パンッ! と魔力の波を生み出し、化け物の魔法を無効化する。
遠距離の持続する魔法だったら無理だったが、ここまで接近してくれているなら大元から効果範囲だ。
まさかの現象に驚愕する化け物。
それは一瞬の隙だったが、その一瞬のうちに五つの魔法陣を展開して石の槍を放つ。
俺と化け物の間に結晶の壁が発生するが、それを砕いて化け物の肩を貫き爆発する。
痛みで悲鳴を上げる化け物だが、こちらとしては狙いが外されて驚いている。
魔法で狙ったのは、腹にある目玉。
この化け物が使う能力で、最も面倒なのが転移能力である。その元となってそうなのが、腹にある目玉だ。
この目玉には覚えがある。
いろいろと逃げ回って、倒すのに面倒だったモンスターの一部だ。
だから早々に潰したかったのだが、そう上手くはいかないようだ。
化け物の背中から、無数の触手が襲って来る。
チッと舌打ちをして、風を纏い、最小の動きで避けて斬り落としていく。だが、触手の数が減る事はなく、さらに数を増してしまう。
最も面倒なのが転移だとしたら、最も問題なのはこの触手だ。
これだけが、この化け物と繋がっていない。
まったく別の魔力を持っており、この化け物に寄生しているように見える。
もっと言うと、この魔力には覚えがある。
『邪魔をするなー!!』
咆哮のような念話が化け物から発せられる。
それに連動するように、雷撃を纏った無数の結晶が生み出された。
それは無理!
魔力の波でも無効化出来ないだろう魔法。
直ぐに察して、大きく距離を取る。
しかし、発射された結晶は俺を追撃して来る。
高速で動き回り、地上から空中に逃げて、迫る結晶を剣閃で消滅させて行く。だが、次々と攻撃魔法が射出されており数が減らない。
しかもそれだけではない。
チッ! と本日何度目かの舌打ちをして、動きを変える。
化け物の姿が消えて、どこかに移動したのだ。
そして、その場所は俺にとって急所と言ってもいい場所だった。
「リミットブレイク・バースト!」
全力で移動する。
あいつらへの余波を考えていては、結果として守りきれない。
そう、化け物が転移したのは、巻き込んでしまったカズヤやトウヤ達が居る場所だった。
化け物の前脚が持ち上がる。
馬の蹄のような脚には膨大な魔力が込められており、振り下ろされれば大爆発を巻き起こし、あいつらを消し飛ばすだろう。
そんなの許す訳にはいかない。
化け物が込めた以上の魔力を不屈の大剣に込める。
そして飛び込むように割って入り、大きく振り抜いた。
不屈の大剣から繰り出された剣閃は、蹄を消し飛ばし、胴体を大きく削り、化け物を大きく後退させる。
「田中、なんだよな?」
サトルが怯えたように尋ねて来る。
「すまん、巻き込んだ。あれは俺が倒すから、少し我慢してくれ」
振り返らずに告げると、追い付いて来た結晶に向かって剣閃を放ち消滅させる。
背後から息を飲む音が聞こえて来る。
空間把握が、こいつらが酷く緊張しているのを伝えてくれる。
申し訳なく思いながら、魔法陣を展開する。
石の槍を作り出し、次の攻撃の準備を進める。
化け物からの魔力の動きを感じ取り、真上に向かって魔法を放つ。
すると、そこに転移して来た化け物に着弾して、大爆発を巻き起こした。
墜落する化け物。
俺の渾身の魔法を受けて、無事ではすまなかったのだろう。脚は二本しか残っておらず、短い腕も一本しかない。腹の目玉も潰れており、胴体も大きく削れていた。
ドンッと大きな音を立てて地面に横たわる。
一見、瀕死のように見えるが、肉体の再生は始まっており魔力もそれほど減ってはいない。
そして、戦意も衰えてはいないようだ。
倒れた化け物が急に顔を向け、大きく口が開く。
そして口からは全てを凍らせる冷気が放たれた。
「何度やっても同じだ」
冷気を防ぐ為、風属性魔法を行使する。
しかし、風の魔法は一瞬の均衡のあと、全ての冷気を吹き飛ばしてしまう。
魔法が通り過ぎた跡は、全てが氷の世界に変わっていた。だが、そこに化け物の姿は消えていた。
もっと言えば、空間把握で感知出来る範囲にはいない。それでも、転移により発生した魔力の線は見えている。
そちらに目を向けると、巨大なビルのような建物があり、その更に奥から膨大な魔力の高まりを感じ取る。
鉄の槍を作り出す。
更に竜巻を纏わせ、攻撃力を増す。
魔法陣を六つ展開する。
種類は速度上昇、貫通、追跡、必中、破壊、爆破。
化け物の魔力の高鳴りを感じ取り、俺も魔法を放った。
ほぼ、建物の中心地で衝突した魔法は、その衝撃だけで建物を消滅させる。
破壊の衝撃が後方にいかないように、石の壁を生み出し保護してやる。これで、少しは持つだろう。
衝突した魔法は、直ぐに方向を変える。
俺が放った鉄の槍は、化け物が放った魔法を消し去ると、上空に向かって飛び、次はまた別の場所へと飛んで行く。それを何度も何度も繰り返して、最後は遠くで大爆発を巻き起こした。
どうなったかという結果は、ここからでは遠すぎて確認出来ない。
ただ、世界は変わらず超高層ビルのままなので、奴はまだ死んではいないだろう。
俺は不屈の大剣を構えて、次の攻撃に備えた。
正直な話、この化け物の能力は怖くはない。
様々なモンスターの能力を取り込んでおり、厄介ではあるが、それら全ては過去に倒したモンスター達の物なので、その攻略法も覚えている。そして何より、地力が俺の方が圧倒的に上だ。
まあ、例の如く再生能力は面倒くさいが、それの対処法はある。
というか、その気になれば一撃で葬れる。
なのに、何故かそれをする気にはならない。
どうしてだろうな。
何だか嫌な予感がするような、そうじゃないような。
もしかして、化け物が言っていた世界がどうのというのに同情したからだろうか?
俺を狙っているのではなく、カズヤを狙っているからだろうか?
どうしてだろか?
そう考えながら、化け物を圧倒していく。
繰り出される攻撃を全て対処して、魔法をぶっ放す。
その大きな肉体を削って行くが、直ぐに元に戻ってしまう。削っても削っても、結果は同じ。
そんな事を繰り返していたからだろうか。
他人の思考や認識を操るモンスターがいたなと思い出してしまった。
化け物を斬り刻むと、俺自身に治癒魔法を使ってみる。すると、思考がクリアになりアマダチを使うのに迷いが無くなった。
さあ、さっさと始末するかと準備を始めようとして、動きを止めた。
化け物は斬り刻まれ、倒れた状態から起き上がれなくなっていた。肉体の回復も遅くなっており、恐らく限界を迎えたのだろう。
唸り声を上げる化け物は、怨嗟の声を叫ぶ。
『おのれ、おのれおのれおのれ!! 何故邪魔をする! 世界を滅ぼした大罪人を何故庇う!?』
憎しみが込められた目は俺ではなく、集団の中にいるカズヤを睨んでいた。
「アホか、俺があいつらを巻き込んだんだ。守るのは当然だろうが。そもそも世界を滅ぼしたって、あいつは関係ないだろう。人違いだ、人違い」
カズヤはこの世界の人間だ。
ダンジョンが取り込んだ世界の生き残りとかではないはずだ。
だよな?
そう思い振り返ってみると、カズヤの言動や行動はどこか痛々しかった気がする。ただの厨二かと思っていたが、その価値観が別の世界で育まれた物だと考えたら、あのイタさも説明がつく気がする。
……いや、ないな。カズヤのイタさはこの世界で育まれたものだ。
だから、やっぱり関係ない。
という訳でこいつには悪いが、野放しにも出来ないので始末させてもらう。
『貴様には分かるか! 守れなかった者の憎しみが! 多くを救えなかった後悔が! 慕ってくれた者達を犠牲にした悲しみが! 貴様には分かるのか!?』
「……ああ、分かるよ。分かるから、お前には消えてもらう」
今度こそアマダチを作り出すため、力を込めていく。しかし、またしても邪魔が入ってしまった。
それも、今度は味方側から。
「待て!」
カズヤが俺を止める為に、走って来ていたのだ。
「なんだよ、こいつはお前を狙ってたんだぞ」
「分かっている。分かっているが、魔王と少しだけ話をさせてくれ」
「魔王って……お前、そこまで頭がおかしくなってたのか」
「何を言っている? こいつは魔王で間違いない。姿は変わってしまったが、この魔力に最初の姿は間違いなく魔王の物だ」
鬼気迫る表情で宣っているが、はっきり言って笑いを取りに来ているとしか思えない。
緊迫した空気だったのに、カズヤのせいで台無しである。
そんな空気になってしまったからか、他の奴らも近くまで来てしまった。化け物、もとい魔王を警戒しているが、緊張感が緩和されているような気がする。
「おい、あんまり近付き過ぎるなよ。まだ、こいつは動けるんだからな」
「そうだけど、カズヤが心配で……」
そう答えたのはアキヒロだ。
黒いマントに黒く大きな鎌。こっちの方が、よほど魔王らしくないだろうか。
まあ、それはいいとして、今は魔王だ。
さっさと始末したかったが、カズヤが倒れた魔王に近付いており、それも出来なくなってしまった。
カズヤは魔王に近付くと、片膝を突き魔王と視線を合わせる。
見上げるほどに大きな体の魔王だが、倒れた状態だと、腰の位置にまで視線が下がってしまっていた。
だがそれでも、憎しみは衰えておらず、カズヤを真っ直ぐに睨み付けていた。
『異物め! 貴様のせいだ! 貴様のせいで世界が滅びた! 何が勇者だ! 何が魔王だ! 何が人類の敵だ! 貴様こそが滅亡の魔王だ!』
「……」
沈黙したカズヤの雰囲気が変わる。
気持ち背が伸びた気がして、身体つきも良くなったような気がする。子供っぽさが消えて、急に大人びたように見える。
そして何より、ユグドラシルに似た髪色の青年を幻視してしまっている。
『魔王……それは違う。ダンジョンから取れる資源で世界は豊かになり、国家間の争いも無くなった。文明だって発展し始めていた。世界は、お前が居なくなって良くなって行ったんだ』
声音はカズヤの物だが、口調や表情はまったくの別人の物になっていた。しかも、俺が使えない念話まで使っており、お前やるやんけってなっている。
そのカズヤの言葉により、更に苛立ちを募らせたのか、魔王は激昂する。
『何も知らぬ愚か者が!! 未だに、あの世界が残っていると思っているのか!? 貴様の無知が、傲慢が世界を滅ぼしたのだ!!』
『世界が残って? さっきから何を言っているんだ? まるで、世界が無くなったかのような言いようじゃないか』
『そうだ! 世界は文字通り滅びたのだ! ここに! この迷宮に飲み込まれて消えたのだ! 貴様は感じないのか!? 世界の悲鳴が、取り込まれていく世界の嘆きが!』
『迷宮に……?』
『馬鹿め! 貴様の大元は知っているというのに、枝葉の貴様がなぜ知らぬ!? 愚か、愚か愚か愚か愚か!!』
うーん、凄い盛り上がってるけど、話に着いていけてない。
俺と同じく取り残されたトウヤ達は、口々に「世界が滅びる?」「迷宮ってダンジョンの事だよね?」「ダンジョンに飲み込まれたってこと?」「カズヤって何者?」などなど話をしていた。
『待ってくれ! お前が言うことが真実なら、あの世界は……』
「あの〜、もういいですか? さっきから何を言っているのか分からないんで、終わらせちゃって」
シリアスな雰囲気なので、一応腰を低くして進言する。
魔王も敵ではあるけど、瀕死まで追い詰めたけど、会話が成り立つなら、許可くらい貰っておいた方が良いだろう。
なんて下手に出ていたら、矛先が俺に向いた。
『貴様は何なんだ!? その強さ、纏う神気、貴様はこの世界を守る一柱であろう! だというのに何をやっている! 何故、己の世界を守らぬ!?』
「いや〜、たぶん違うと思いますよ。そんなの言われた事もないですし、他にやる事もあるんで無理です」
そもそも世界を守る一柱なんて物は初耳だ。
何だろうな、一柱って。カズヤが喜びそうなワードだが、そのカズヤは目を見開いて呆然としており、気付いてなさそうだ。
『分かっているのか!? 迷宮の物を外に出せば、迷宮は世界を侵食して行く。それは天使によって知らされているはずであろう!』
「えっと、それは聞いた気はするんですけど、まだまだ猶予はあると言いますか。取り込まれるにしても、俺には関係ないかなって……」
『それだけの力を持ちながら、役目を果たさないのか!? 己の世界を見捨てて、己だけ生き延びるつもりか!』
「それは、先約があるんで無理です。そもそも、世界を救うなんて柄じゃないですし、その頃には守りたい人達も居ないと思うんで、俺としては問題無いですね」
『……馬鹿な、己の世界より優先すべき物があるというのか?』
「ええ、お前みたいな、強力な化け物を退ける仕事が待ってんだよ。分かったら、そろそろ終わらせていいか?」
対話で丸く納まるのならそれに越したことはなかったが、どうにもその気配がない。
これ以上会話をしても平行線だろうし、何より面倒になって来たので、始末しようかと考える。
魔王もある程度回復しているし、これ以上時間を掛ければ危害を加えて来るだろう。
俺が告げると魔王の戦意が萎んでいき、先程までの荒々しい雰囲気が嘘だったかのように消えてしまった。
『……貴様には、守るべきモノはあるのか?』
「これ以上、問答をするつもりはないんだがな……ある。絶対に助けたい奴がいる」
『ならば、守れなかった苦しみを知っているか?』
「ああ、今も後悔している。だから、もう迷いは、ない!」
『……そうか……我も、もう疲れた。全てが無駄だった。もう、もうよい、終わらせてくれ、頼む』
それはとても疲れた声だった。
こいつがどういう存在だったのか、俺は知らない。
どんな生を歩んで来たのか、俺は知らない。
それでも、最後の言葉に親近感を覚えてしまった。
だから、せめて最後は苦しまないように、全力で応えよう。
「待て! 待ってくれ!」
そんな俺を止めようとカズヤが動くが、止めるつもりはない。
俺に出来るのは、魔王を絶望から解放してやることくらいだから。
不屈の大剣を戻して、アマダチの姿勢を取る。
右手に集中して魔力を込めて行こうとして、目の前で予期せぬ出来事が起こった。
『なっ!?』
魔王の背中にある触手が急に伸びて、魔王自身に巻き付いたのだ。
その触手は魔王とは別の魔力を持ち、独立した意思を持った存在だった。
「ちっ!」
舌打ちをすると、地面を操りカズヤやトウヤ達を可能限り遠くへと移動させる。
アマダチで滅ぼせたら良かったのだが、直感がそれは無理だと知らせて来る。
事実、魔王の全身に巻き付くと同時に姿を消したのだ。
そして、腹に衝撃を受けて盛大に吹き飛ばされた。