幕間30(世渡カズヤ)
本日2話目
高校一年の夏休みに、カズヤは高熱を出して寝込んでしまった。
病院で受診しても原因不明で、一時は生死を彷徨ってしまうほど衰弱してしまう。
五日間も病院のベッドの上で過ごし、両親に心配を掛けてしまう。お見舞いに来た幼馴染の瑞稀にも心配を掛けてしまうが、他の友人は誰も来てくれなかったようである。
そして、目覚めたカズヤは人が変わっていた。
側から見ると、厨二病全開にキャラ変していたのである。
その以前はどうかというと、漫画やアニメが好きなごく普通の男子だった。せいぜい、部屋でアニメのキャラクターの真似をしたり、一人妄想してニヤニヤしているような若干イタイくらいの子だった。
それが急に「ふっ」とか「俺はもう、以前の俺ではない」などと自分の内面を隠す事もなく、全開放で披露していくスタイルに変更していたのである。
両親はこれまでにないほど心配した。
病院で脳波を検査してもらったり、カウンセリングを受けさせるくらいには心配した。
だが、病院からは異常無しとの診断が下ってしまったのである。
いや、それは良いのだが、如何せんこの変わりように異常を疑うのは仕方ないだろう。
なので、幼馴染の瑞稀にカズヤを気に掛けてくれないかとお願いをする。
結果、カズヤのテンションが上がってしまい、探索者になってしまうとは両親としては想定外だった。
そんな周囲に心配を掛けまくるカズヤだが、熱にうなされている間に、前世とも呼べる記憶を思い出していた。
カズヤの前世の記憶は一つではない。
多くの命を奪い、救って来た魔女。
家族の為に戦い抜い、散って行った槍の名手。
聖人と呼ばれ、多くの命を奪った悪人。
魔王を倒し、世界を救った勇者。
女性ながらに剣聖と呼ばれるほどの剣の達人にして、勇者の仲間。
他にも多くの記憶があり、それらを詰め込んだが故に高熱を出してしまったのだ。
おかげで、カズヤという人格は一度壊れてしまう。
記憶の中の緑髪の青年は、この少年の人格が消えてしまうのを感じ取り、再生に取り掛かる。
あくまでもカズヤという人格をそのままに、記憶を共存出来るように調整したのだ。
そのせいで誕生したのが、厨二マシマシのカズヤである。
そんな厨二野郎が、探索者になったのには理由がある。
それは、前世でもダンジョンがあったからではなく、ある映像を見たからだった。
動画投稿サイトに上げられていたダンジョンの映像に、前世の記憶と類似した建物が映っていたからだ。
巨大な城、それに併設するように建てられた建築物。
街並みは無くなっていたが、その建物はデミンズ王国の王城に似ていたのだ。
どういう事だと訝しむ。
何であの城があるんだ?
ダンジョンの形も変わっている。モンスターも知っている物ではない。寧ろ、前世の世界にいた生き物に似ていた。
分からない、分からない……。
「分からないなら、行って確かめるしかないな」
そう結論付けたカズヤは即座に行動したのである。
瑞稀を誘って、探索者登録をする。登録料はカズヤが貯めて来たお小遣いと、コレクションのカードを売って工面した。
記憶の中にあるダンジョンと、ここのダンジョンでは勝手が違っていた。
ボスモンスターが現れるのは記憶と同じなのだが、スキル玉なる物はドロップしなかった。現れるのは、特殊な能力を持った装備だったはずだ。
現れるモンスターも違っており、ダンジョンの作りも違っていた。
ただ、ダンジョンを懐かしいと感じてしまっており、不思議な感覚に取り憑かれてしまった。
なんでだろうかと考えるが、答えは出ない。
だが、あの城を見れば何か分かるはずだと信じて、ダンジョンに挑み続ける。
しかし、限界は直ぐに来てしまった。
13階から現れるロックウルフを相手に苦戦してしまい、先に進めなくなってしまったのだ。
この程度のモンスターに遅れを取るとは!
記憶の中の戦士達なら、この程度のモンスターは瞬殺出来ていたが、カズヤと瑞稀ではそうはいかなかった。
そもそも二人は、これまで戦いというものをやった事がなく、瑞稀に至っては一般人の女の子でしかない。
たまたま水属性魔法のスキルを得たが、攻撃魔法として使うには威力が足りなかった。
カズヤは魔力増量というスキルを得て、それなりに戦えているのだが、残念ながら肉体が低スペック過ぎた。
魔女、剣豪、聖人、剣聖、勇者……etc達の肉体は、どれも人類の最高峰であり、勇者に至っては神の一部である。
そんな肉体と同じパフォーマンスが出来るはずもなく、撤退を余儀なくされたのである。
「くそ! あんな雑魚モンスターにしてやられるとは!」
「ねえ、カズ君。危ないからもう辞めない」
「駄目だ! 俺にはやるべき事があるんだ!」
「そのやるべき事ってなんなの?」
「ふっ、それは内緒だ」
「……」
口元の前で人差し指を立てる仕草は、瑞稀を不快にさせた。
それからカズヤは仲間を求めた。
己を鍛えるのも欠かさないが、二人ではやれる事も限られてしまう。
なので、探索者協会で仲間を募集したのだが、何というか素人の集まりのようで満足いかなかった。
武器の扱い方もそうだが、魔力を満足に扱えていなかった。
瑞稀には指導しているので、それなりに扱えている。だが、魔法系のスキルを持たない者では、そもそも魔力の感知すら出来ていなかったのだ。
記憶の中、前の世界では、基礎中の基礎の技術をだ。
これでは、仲間にしたとしても足を引っ張られるだけになるだろう。
だから最低でも、魔力に特化したスキル保持者が必要だと考えた。
そうと決まれば、魔法スキルを持った者を募集する。
だが、一向に集まらない。
それも当然だろう。そもそも、魔法スキル持ち自体が少なく、パーティの最大火力として重宝される存在なのだ。
パーティに複数いる事自体が稀なケースなのに、実績の無い新人のパーティに入ってくれる者などいなかったのだ。
じゃあ仕方ないな、なんて諦めるカズヤではない。
そっちから来ないなら、こっちから行くまでだ。
即行で判断すると、即座に行動に移す。
魔法のスキル持ちが集まりそうな場所は、探索者協会を調べるうちに目星を付けていた。
探索者協会には、探索者の生存率を上げるための講習会が開かれている。
内容は様々で、戦闘に関する物から生産系のスキルを使用した物だったりする。その中でも、魔法や武器の扱う講習は人気で、予約をしても一ヶ月後なんてのはザラだった。
講習を受けるまでの間、無理せずダンジョンに潜るように心掛けた。
レベルを少しでも上げて、かつての技術を再現できるようにしたかったのだ。
記憶の中にあるオリヴィアのレベルは54だった。パクスのレベルは記憶から抜け落ちているが、オリヴィア以上に高かったのは確実だ。
そこまで上げるのは困難だが、やり甲斐はある。
何せ隣には瑞稀もいるのだから、やる気が湧いて来て仕方がない。
何を隠そう、カズヤは瑞稀が好きだった。
幼い頃から一緒だったので気付かなかった……という事はなく、幼少期の頃から好きだった。
だから講習会でも、強気で目立つように行動したのだ。だが、それがいけなかった。
「ふあー」
「ちょっと、カズ君やめてよ。みんな睨んでるよ」
「仕方ないだろう、退屈な講義なのだからな」
魔法の講習会中に盛大な欠伸をして、わざと注目を集める。
そして、余計なことを言って、自身が講義してくれる講師よりも知識があるアピールをするのだ。
これで、講習会の後に魔法系のスキル持ちが話しかけて来るはずだ。
ふっ、完璧だ。
カズヤは、自分の計画を自画自賛した。
これは仕方ないのだ。
何故なら、カズヤの肉体は低スペックだから。
だから、講師や周りから反感を買うというのを想像出来ていなかった。
「つまらないとは聞き捨てなりませんね。そこまで言うのなら出て行ってもらって構いませんよ」
「ふっ、気にしないで続けてくれ。貴女の技術は、俺にとって価値はないというだけの話だからな」
残念ながら話は噛み合っていないが、講師は馬鹿にされたのだと理解して魔法を使う。
もちろん、子供相手に殺傷能力のある魔法を使うわけにはいかず、水玉を当てるだけの魔法だ。
「なっ⁉︎」
しかしそれは、カズヤが展開した魔法陣によって掻き消される。
まさかの現象に狼狽する講師。
それだけに止まらず、困惑する状況は続く。
「分かっただろう、俺にはひつクゲッ⁉︎」
やれやれとしていたカズヤを顎を、石飛礫が直撃して意識を刈り取ったのである。
「カ、カズ君⁉︎」
突然机に突っ伏したカズヤを心配する瑞稀。
その隣に座る太った探索者は、なんでもないように講師に告げる。
「先生、構わず講義を続けて下さい」
「え? え?」
「続けて下さい。こいつはやれやれと頭を振りすぎて、脳にダメージを負っただけですから」
何だそれは、そう聞こえて来そうだったが、講師は講義を再開させた。
結局カズヤは、講義が終わっても起きることはなかった。
ーーー
目を覚ましたカズヤは、攻撃魔法の残滓を感じ取り追跡する。
くそ! 大事なところで邪魔しやがって!
怒りを押し殺しながらダンジョンの方に向かい、カズヤは攻撃魔法を使った輩と対面する。
そいつは、探索者と思えないほど太っており、まるでこちらを覚えていないかのように振る舞った。
馬鹿にしているのかと思ったら、本当に馬鹿にしていたようだ。
ふざけるなよ!
そう言って殴り飛ばしてやりたかったが、それを止まらせるだけの物をこの探索者は、田中は持っていた。
油断ならない相手。
間違いなく、強い。
立ち居振る舞いに隙がなく、魔力の扱いも相当なものだ。
もしかしたら、記憶の剣聖よりも強いかも知れない。
そんな田中を仲間に出来ないかと考える。
難癖を付けてでも仲間にするべきだ。
そうすれば、早くあの場所までたどり着けるのだから。
だからいろいろと文句を言って、きっかけを模索する。
会話をして分かったが、田中は言葉で囲っても仲間になるタイプではない。確かな絆がないと、仲間にならない奴だ。
その絆は何でもいいのだろうが、それを田中が大切に思わなければ、絶対に頷かないだろう。
どうする。
そう考えていたら、瑞稀から爆弾発言が発せられる。
「あの、私、カズヤの仲間じゃないですよ」
「……え?」
いつもはカズ君って呼んでくれるのに、どうして呼び捨てに……てっそうじゃない!
現実逃避の為に思考を手放してしまった。
田中と瑞稀の話は続き、カズヤが知らなかった事情が次々と発覚した。
特に、親に頼まれて仕方なくという内容には、心を思いっきり抉られてしまった。
「……元気出せよ」
去って行く瑞稀を見送ると、田中が優しく肩を叩く。
それに反応が出来ず、ただ呆然としていた。
仲間を得るどころか失ってしまったカズヤは、一人寂しくダンジョンに挑む。
裏切った瑞稀への反骨精神なのか、ロックウルフを最小の魔力消費で倒せるようになる。体も鍛えてはいるが、記憶の剣技を使える程ではない。
「しっ!」
剣を振るが、想定よりもかなり遅い。
ビックアントの装甲を貫けず、ロックウルフの動きに付いていけない程度が、今のカズヤの素の身体能力だ。それでも、ゴブリン程度ならば簡単に葬れ、それ以上となると魔力による身体強化が必須だった。
夏休みが終わり、焦る気持ちが授業にも影響する。
内容がまったく頭に入って来ないのだ。
それは前からだろうと言われたらそうなのだが、一度聞いたら忘れないパクスのスペックを知っているせいで、過去と比べてしまい余計に気に病んでしまう。
そんな日々を過ごしていると、ギルドで田中に話しかけられる。
その隣には、美野アキヒロと大岩サトルが立っており、何故か驚いた表情をしていた。
「なに、仲間にして欲しい、だと?」
「ああそうだ。この二人は魔法スキルを持ってるからな、お前の要望に応えられていると思うぞ」
中学から知り合いだった二人が、仲間になりたいという。
スキルの確認をすると、本当に魔法スキルを得ていたので、カズヤは快く受け入れた。
三人で探索者パーティを組むようになり、探索が順調に行ったかというとそうではない。
二人もカズヤ同様、戦った事も喧嘩した経験もなく探索者になっている。なので、一から鍛え直す必要があった。
剣を振らせ、魔力操作を家で練習させて戦力と呼べるまでに育てていく。
アキヒロは途中で、親が使っていたという大鎌と黒いマントを装備する。サトルもダンジョンで手に入れた玄武の盾を手にしており、戦力は上昇して行った。
ロックウルフのユニークモンスターを倒し、新たなスキルを得た三人は、更に進んで行く。
その後も、配信者のミロクを仲間に入れたりしていろいろとドタバタがあったが、概ね探索は順調に進んで行った。
ダンジョン20階のボスモンスターであるスケルトンソルジャーも、ユニークモンスターを倒したパーティからしたら、大した相手ではない。
強いて言うなら、ミロクの経験を積ませる為に、奮闘したくらいだろう。
可能な限り、ダンジョンに潜り目的地を目指して進んで行く。
モンスターと戦い、パーティの収入を管理して、皆に分配する。
瑞稀に彼氏が出来たという情報以外は、概ね順調だった。
そう、パーティメンバーは思っていただろう。
ダンジョンを進む度に、レベルを上げる度に、カズヤの中で変化が起こっていた。
「不味いな、存在が曖昧になっていく」
カズヤという存在と、勇者パクス、剣聖オリヴィアの記憶が同化仕掛かっていたのだ。
そしてそれは、二人の記憶に身体能力が追い付いて来たという証でもある。
「これは呪いか? それとも祝福か?」
「何言ってんだお前?」
独り言を呟いていると、呆れたサトルからツッコミが入る。
「ふっ、気にするな。俺が俺であるのに変わりはないからな」
「マジでイタイなお前」
因みに今は、サトルに勉強を教えてもらっている。
カズヤは追試の常連で、かなり進級が危ぶまれていたりするのだ。
ーーー
日々が過ぎて行く。
カズヤも無事に進級出来て、二年生になる。
そして、同じ高校で有名だった三年のハーレム野郎こと、日野トウヤは卒業してしまった。
当然、他のメンバーも卒業しており、アキヒロが寂しそうに見送っていた。
カズヤ自身、トウヤ達との接点はそんなに無いのだが、アキヒロがお世話になっておりサトルが迷惑を掛けているのもあり、挨拶はするような仲にはなっていた。
「合同での探索、ですか?」
ある日、日野トウヤに呼び出されると、一緒にダンジョンに行かないかと誘われる。
正直、収入面に関してはメリットはない。だが、先を行っている探索者に次の階段の場所を聞くのは明確なメリットだった。
それに、他のパーティの戦い方を見るのもアキヒロ達の良い勉強にもなる。
「そう。アキヒロ君には提案してみたんだけど、リーダーの君に聞いてくれと言われたんだよ。世渡君、だったよね? どうだろう、同じ高校の繋がりで一緒にダンジョンに行ってみないかい?」
高校を卒業して大学に進学しているはずだが、数少ない探索者の後輩というのもあり、気に掛けてくれているのだろう。
特に断る理由もないので了承する。
リーダー同士で具体的な日程と、目標、探索によって得た利益の分配を決めて行く。
これらは、複数のパーティで潜る際に決めておかねばならない事項だ。
後になって、利益を主張されたら、無用な争いに発展しかねない。事実、昔の探索者協会で殺人事件まで起こっている。
そんなトラブルを起こさせない為の必要な手順だった。
探索者協会の会議室を借りて、諸々を決め終わるとそのまま外に出る。
すると、久しぶりに見る巨体が歩いていた。
「おい、おい! おい!! 無視するな、田中!」
何度か声を掛けても反応しないので、無視されているんじゃないかと強い口調で呼び止める。
「ん? おっ⁉︎ んー? あっ! ……んん〜」
「おい田中、まさか俺を忘れたのではないだろうな?」
「いや待って、その生意気な顔は覚えてるんだよ。今思い出すから、少し待って」
「貴様……」
「はっ! タカヤ、お前タカヤだろう⁉︎」
「カズヤだ! 貴様っ! 少しの間、合わなかっただけで、人の名前を忘れたのか⁉︎」
「おおっ! 久しぶりだなカズヤ! 相変わらず厨二してるな!」
「何が久しぶりだ、だ! 失礼にもほどがあるぞ」
田中を批判するが、すまんすまんと言うだけで反省した様子はない。
その後も会話を続けるが、何故だか田中から懐かしい物を感じ取る。
これは久しぶりに会ったからとかではなく、もっと昔に、記憶の中で、もっと言えば前世で感じた物に似ていた。
世界樹。
そんなはずはないと否定しながらも、田中に親近感を覚えている自分がいた。
「なあ田中、今度合同で探索するんだが、お前も来ないか?」
だから探索に誘ってみる。
この感覚が正しいのなら、田中は世界樹について何か知っているのではないかと考えたから。
「馬鹿野郎! 知らない奴らの中に、一人で放り込まれたら、思いっきり孤立するだろうが! 絶対に参加せん!」
しかし、返って来たのは強い拒絶だった。
確かにそうだなと思う所もあるが、この男ならどうせ孤立しないだろうという確信もある。
「日野に確認してみるか」
去って行く田中の背中を見送り、早速連絡を入れた。
ーーー
どこで間違えたのだろうかと考える。
カズヤという存在に転生して、その人格を守って来た。
パクスという勇者の魂は、元が神の一部だったのもあり他の魂よりも圧倒的に強かった。
だからこそ他の魂を抑え込む事ができていた。
オリヴィアの魂もそれに協力してくれており、一緒にカズヤの行動を見守っていた。
時折、というか常に変な言動や思想を持っているが、それも個性と考えれば問題は無い範囲だろう。
ダンジョンに潜り強くなる度に、パクス達の存在が希薄になり同化が進むのを感じていた。
パクス達は、元々死んだ存在だ。
だからカズヤの一部となり、消えて行くのに迷いはなかった。
また、どこで間違えたのかと考える。
「……魔王」
日野に田中の参加許可を貰ったときか?
一人で行こうとする田中に着いて行ったからか?
ダンジョンにデミンズ王国の面影を見たからか?
そもそも、パクスという存在から間違いだったのか?
田中が開いた空間から、巨大なジャイアントスパイダーが姿を現すと、それに続くように魔王だった物が出て来た。
それだけではなく、魔王に匹敵する、若しくはそれ以上の存在の亡骸が出て来たのだ。
「アアアァァァーーーーッ!!!!?!?!?」
そして世界が切り替わり、いつか見た巨大な建物の空間が広がる。
魔王は息を吹き返し、多くのモンスターの亡骸を取り込み姿を変えて行く。
「何ですかアレ⁉︎⁉︎」
ミロクが怯えた表情でアキヒロに抱き着いている。
だが、抱き付かれたアキヒロも怯えており、体が震えていた。いや、アキヒロだけではない、ここにいる者全てが恐怖していた。
それはカズヤも同様だった。
唯一武器を構えているのは、魔王を連れて来た田中だ。
田中の様子は「やっべやっちまった!」のような表情をしており、怯えた様子ではないが、想定外の出来事に焦っている様子だった。
その様子を見ていたトウヤが、田中に叫ぶ。
「田中さん! 何なんですかこれ!?」
「すまん! つーか知らん! 生きてると思わんかった! チッ、グッ!?」
舌打ちをした田中が、魔王の攻撃により激しく殴り飛ばされてしまう。
田中は錐揉みしながら建物に突っ込み、建物は衝撃に轟音を立てながら倒壊する。
そんな⁉︎
田中が死んだ。
そう確信させられるほどの一撃は、衝撃が空間を伝わり、カズヤ達を後退させる。
「ハルト君⁉︎」
桃山が田中の名を呼び走り出そうとするが、それは危険だとカズヤは手を掴んで止めた。
「待て、あれではもう死んでいる。目の前に集中しろ、次の瞬間には俺達がああなるぞ!」
焦った声音は、後半は荒げるようになり、全員に緊張が走る。
怯えながらも武器を構えるが、これであの存在がどうにかなるとは思えなかった。
恐怖と絶望の権化たる魔王の変身が終わる。
その姿は、一見ケンタウロスのようだが、全身が灰色の鱗のような物で覆われていた。空洞だった腹の部分には巨大な目玉がはまっており、目玉はギョロギョロと動くとカズヤ達を見据えて止まった。
足は六本あり腕も六本ある。
前脚は馬の蹄、中脚は十本指の人の腕のような物、後脚は獅子を思わせる物になっていた。
腕は全て短くなっており、そこだけがかつての魔王の姿を彷彿とさせる点だった。
更に背中には何本もの触手が生えており、ここからは異質な魔力が発せられていた。
魔王の両目が開き、無数の牙が揃った口が開く。
『おのれ、おのれおのれおのれ!! 異物め! 世界が消えてしまった! 私の世界が! あの世界が消えてしまった!!』
それは知らない言語だった。
だが、その内容は頭に入って来てしまう。
耳を塞いでも頭の中に直接届くそれは、怒りとも悲しみとも取れるものだった。
そして、その目は真っ直ぐにカズヤを見据えている。
強い恨みを抱いた目は、カズヤの中にいるオリヴィアを、パクスの存在を見抜いていた。
六本の短い手に巨大な結晶の手が現れる。
その一つ一つには膨大な魔力が込められており、そこらにいる程度の探索者では一瞬で消されるだろう力を持っていた。
恐怖で後退る面々。
だが、そんな反応さえ気に触る魔王は、消えろという強い意思を込めて一気に距離を詰める。
まるで瞬間移動したかのような移動速度。
憎しみの目を向けながら、魔王は手を振り上げる。
その様子を見上げながら、カズヤは、いやパクスは魔王の言葉を咀嚼していた。
世界が消えた……?
意味が分からないなかで、絶望の結晶が振り下ろされる。
誰も悲鳴を上げなかった。
そんな暇が無いのもあるが、光が通り過ぎて絶望の権化が視界から消えたのが大きいだろう。
「やってくれたな、このクソ野郎!」
光を放った者が、瓦礫の中から姿を現す。
その者は龍を彷彿とさせる鎧を装着しており、今の魔王に匹敵するほどの力を漲らせていた。
「田中……か?」
カズヤは、その者の名前を口にする。
しかし、どうしても日頃のイメージとかけ離れた雰囲気を出してしまっており、同一視出来なかった。
だが、それでも、状況は止まってはくれない。
真の化け物と、真の英雄の戦いが始まってしまったのだから。