地上12
カフェの一角を陣取り、待ち人が来るのを待つ。
まだ待ち合わせの時間には一時間以上あり、早く来すぎてしまいスマホをひたすら眺めている。
人のSNSでも見てれば気が紛れるだろうと思ったが、今からソワソワして落ち着かない。まるで恋人を待っている少女のような気持ち……というのは嘘で、スマホをいじりながらアイスコーヒーで時間を潰している。
本日は、愛さんに美桜を紹介する約束をしていた。
俺がいない間のニュースを見て行くと、探索者関連でグラディエーターに出場していた選手が、事故で亡くなっているのが出て来た。
他にも、先日殴り倒した誘拐犯の男女の顔も載っており、そこそこ有名な人物のようである。
特に女の方は人気なようで、大企業のモデルの仕事もしているようだ。妬ましいな、これならもっとボコボコにしてもよかったな。
他にも見ていくと、探索者がどんな事件を起こしたとか、現在も逃走中とか、いろいろと情報が出て来る。
なんだろう、前より治安が悪くなっている気がする。
どうなんだろうかとスマホをスワイプしながら眺めていると、俺を呼ぶ声が聞こえて来た。
そこには黒髪の女性、葉月美桜がおり、それに付き添うように千里が立っていた。更に女性が二人付いて来ており、ついでに男性も三人いた。
んーなんか多くね?
知らない顔もいるし、誰だろうか?
そこの所どうなんだと千里に尋ねると、美桜が心配でみんな付いて来たのだとか。
男二人は分かるのだが、他の三人が分からない。もしかして、知り合いだったのだろうか?
まずいな、完全に忘れてしまっている。
そう思っていたのだが、二人が前に出て来て自己紹介をする。
女性の方が速水咲と名乗り、男性の方が古森蓮と教えてくれた。どうやら、この二人とは初対面だったようだ。
それでもう一人はと視線を送ると、「え、私?」と困惑した様子だった。残念ながら、この女性とは知り合いだったらしい。
気まずくなったので、誤魔化すように行くかと呼び掛けてカフェを出る。
その足でホント株式会社に向かうのだが、男連中が非常にうざかった。
何ですか?
マスクとサングラスをしているのかって?
ファッションですよ、ファッション。
似合ってない? ほっとけ。
どうやって二人を助けたのかって?
そんなの、愛と正義と勇気があればどうとでもなりますよ。そもそも、人同士なんだから、話し合いで解決出来ますよ。
俺はしなかったけどな、という副音声は置いておいて、男性の金髪イケメンが異様に絡んで来る。
黒髪イケメンと古森は普通に会話をしているのに、こいつだけがやたらと話し掛けて来る上、スキンシップなのかベタベタと触って来てうざい。
なんで敬語なのかって?
そのうち慣れるから、我慢して下さい。人が多いとこうなっちゃうんですよ。
どうして映画に出演していたのかって?
出てないです。人違いです。間違いです。あれは他人の空似です。
ダンジョン何階まで行っているのかって?
……三十……階くらいですかね。
もっと深くまで行っていると思ったって?
まあ、今度行くつもりですけど……。
今度一緒に探索しようって?
絶対に嫌。
なんで野郎と潜らなきゃならんのだ。罰ゲームじゃねーか。そんな思いは面には出さずに、笑顔で拒絶しておく。
一方的に話をされているので、今度はこちらから質問しようと口を開く。
なあ、最近探索者の犯罪が目に付くんだけど、何か知ってる?
ん? 事件は昔からあったの。ふーん、グラディエーターで注目を浴びるようになったと。
大抵の事件は探索者が独自に解決するか、探索者達で作られた探索者監察署なるものが組織されているらしいので、そこが対処すると。
それで、過去に起こった事件の被害者が声を上げたりして、どんどん増えて来ていると。
ふーんと話を聞きながら、人間力を持ったら悪いことをしてしまうんだなぁと思ってしまう。
やっぱり普通がいいな。
もう無理だろうが、平和に暮らすなら普通が一番だ。
そこで、あっと思い出した。
収納空間からブローチを取り出して、千里にほいっと手渡す。
これは? と千里が不思議そうにしているので、プレゼントだから大切にしろよと言っておく。
揶揄い混じりのつもりだったが、千里がハニカミながらありがとうと言うものだから、どうにも調子が狂ってしまった。
ーーー
ローレライの胸飾り
魔力を流すと五分間妖精を召喚出来る。使用回数は三回であり、色により残り回数が判別出来る。赤色が残り三回、黄色が残り二回、青色が残り一回、使い切ると白に変わる。十二時間で一回分回復する。
買取価格 千三百万円
ーーー
昨日、ギルドで鑑定してもらった内容だ。
売っても良かったのだが、金を必要としなくなるのなら、危なっかしい千里に渡しておくのも良いだろうと思ったのだ。
それに、召喚は間に合っているしな。
千里も鑑定を使い、これがどういう物か分かったのか、俺に向かってもう一度ありがとうと口にする。
そんな千里に、おうと返事をしておいた。
そうこうしていると、ホント株式会社に到着する。
受付に向かうと、話を聞いているらしく特に何も言われずに通してくれた。
当初は美桜と付き添いの千里だけの予定だったのだが、大所帯になってしまったので大丈夫かなと心配だったが杞憂だったようだ。
「……多いわね」
なんて思っていたら、開口一番に苦言を呈された。
ああ、すいません。ほら、関係ない奴は出てろよ。
そう言って追い出すと、愛さんによる美桜の面接が始まった。
本来なら治癒魔法使いの美桜は歓迎される存在のはずだが、残念ながら今回は違う。
理由は、俺が条件を付けたせいだ。
美桜の自由を約束しつつ、他にスカウトや無理矢理連れて行こうとする者がいれば阻止、排除する。
ホント株式会社という名前を出して、葉月美桜という存在を護衛する。これを条件に付けたのだ。
その代わりに、美桜は治癒魔法を使って愛さんの美貌を保つと伝えてある。
出来るかどうかは知らない。
ただの口から出まかせだ。
愛さんも「本当かしら?」と訝しんでいるので、話半分に聞いているはずだ。だから大丈夫。だよね?
あっ、愛さんが美桜に肌を若々しく保てると聞いたのだけど、本当なのかしら?って聞いてる。
それに対して美桜は、
「肌を保てるかは分かりませんが、友人の治療をした際に、肌荒れが治ったとは言われた事があります」
その質問に何の意味が? と戸惑った様子で答えていた。
ただ、その答えを聞いて愛さんの目がきらりと光る。
どうやらお気に召したようだ。
その後は順調に進み、週に一回、愛さんの治療をするのと引き換えに、美桜は給金と自由と身の安全をホント株式会社から保証されるようになった。