幕間28(本田愛)
ホント株式会社は事業拡大を図るため、兄の提案を受け入れた。
兄の提案に乗った企業は多くあり、探索者相手に商売している企業の半数が話に乗っかった。
それは、探索者協会との決別を意味しており、これまでの企業体制から大きく外れる事を意味していた。
なんとかこれまで通りの関係を続けてくれないかと、協会長に直談判する者もいたが、全て門前払いされていた。
「……問題は続くものね」
本田愛も一度は面会を希望しており、全て断られている。それは父の名前を出しても同じだった。
愛の知らない時代、父の源一郎は『怪力無双』と恐れられた探索者だった。
協会長の天津道世とも旧知の仲であり、それなりに親交もあったと聞く。それでも駄目だったのだ。愛の力では、もう交渉の場につくのは不可能だろう。
考えを切り替えて、今の問題に向き合う。
先日、グラディエーターの正式な日程が決まり、これに企業に所属する探索者が参加すれば、いよいよ探索者協会との関係が遠退いてしまう。
いや、それはもういい。
今の問題は、行方不明だった田中ハルトが持って来たマッピングールにある。
「この映像は本物、なのよね?」
「は、はい、間違いありません。加工された形跡もありません」
「……とてもではないけど、信じられないわね」
それはどこまでも続く青空。
景色が目まぐるしく代わり、絶望しそうなほどのモンスターの大群。そのどれもが見たことはなく、父に聞いても知らないと答えが返って来た。
映像は途切れ途切れだが、それは現実に起こったものだと研究者は言う。
この場所がダンジョンなのは間違いないのだが、どれだけ調べても同じ場所は出て来なかった。
「50階よりも、もっと深い所に彼は行ったのかしら」
怪力無双は50階を越えた探索者だが、その源一郎が知らないと答えている以上、それしか考えられなかった。
しかし、そんな話、俄には信じられるものではない。
愛も趣味とはいえダンジョンに挑戦している身だ。
プロの探索者と呼ばれる存在が、どれだけ過酷な状況を進んで来たのか理解している。
それよりも先の階層など、選ばれた者しか辿り着けない領域だ。
田中が規格外の力を持っているのは、治癒魔法を見て察してはいたが、ここまでとはとてもではないが想像していなかった。
いや、今でも信じられていない。
「社長、どうなさいますか? ここがダンジョンの中なら、探索者協会に報告すべきではないですか?」
「そうね。……でも、報告するのは彼に話を聞いてからでも良いでしょう。それに……いえ、なんでもないわ」
マッピングールに保存された映像だけで、全てを把握するのは不可能だ。だが、この映像を持って来た田中に聞けば分かるはずだ。
更に言えば、探索者協会との交渉材料になるかも知れない。
探索者協会はダンジョンの情報を求めている。
正確には、余計な情報を外部に漏らさないように動いていた。
10階のボス部屋でユニークモンスターが現れた映像が消され、ダンジョン内で起こった事件は報道されない。
事件を自己責任と片付ける風潮があるが、探索者を管理しているような立場の協会が、それを自己責任と片付けるのには無理があった。
被害者遺族から何度も訴えられていると聞くが、それが報道された事は一度もない。
力を使い、報道機関に圧力を掛けているのだ。
それが探索者協会なのか国からの指示なのか不明だが、少なくとも中小企業が口出し出来るものではなかった。
だが、この映像ならば、ダンジョンの深層かも知れない情報ならば、探索者協会も黙ってはいないはずだ。
「彼を利用するのは気が引けるけど、こっちもなりふり構っていられない」
命の恩人で、この会社を守ってくれた田中。
そんな彼をゴタゴタに巻き込みたくはなかった。
仕事の依頼という形で金銭を提供して、恩を返して行きたかったが、探索者協会と関係が切れたらそれをする余裕も無くなってしまうだろう。
愛は田中の平穏を望んでいるが、社員を路頭に迷わすわけにもいかない。
二つを天秤に掛ければ、自ずと後者に傾いてしまう。
「可能な限り、彼には報いないと……」
そう決意していると、会議室の扉が開かれる。
秘書の女性が入室して来て、片手には電話が握られていた。
「社長、警察から連絡が入っています」
「…………」
早速報いる機会が訪れてしまった。