幕間27(調 千里)その5
どうにもならない力差とはあるものだ。
それは分かっていても引けない時がある。
場所はビルの工事現場。
そこで争いがあり、美桜は車に拘束され千里達は倒れていた。
「良い武器を持っているが、諦めてくれ。本当なら一昨日には全部終わってたんだ。一緒にいる時間が伸びただけでも幸運だったと思ってくれ」
そう宣うのは灰野灯樹と名乗った探索者だった。
がっしりとした肉体に、装備は身に付けておらず剣だけを持っている二十代後半ほどの男。見た目に似合わない落ち着いた語り口は、もっと上の年齢ではないかと思わせる。
対して千里や大和、翔はフル装備で来ているにも関わらず、まったく太刀打ち出来なかった。
大和と翔は、千里を止めるために美桜が頼ったのだが、結果として千里と一緒に抗ってしまった。
「待って、美桜を連れて行かないで」
魔銃を地面に落とした千里が頼むが、それに頷く者はいない。
むしろ無視して、女性探索者がネオユートピアから来た他の探索者に対して質問する。
「あのさ、本当にこいつらにやられたの? とてもじゃないけど、プロのレベルにも達していないわよ」
訝しんでいるのは夢見焔と名乗った女性探索者。
この人物は知っている。
何せ探索者同士が争うグラディエーターに出場して、他の探索者を無双した人物だからだ。
スター選手の一人と呼んで過言はなく、かなりの有名人でもある。
そんな人物が、わざわざここに来ている。
それも、美桜を強制的に連れて行くために。
「こいつらじゃないです。もっと大きな体格の男でした。おい、あいつはどこにいるんだ⁉︎ 」
「大和くん⁉︎」
そう言って一人の男が、倒れた大和を蹴り上げる。
腹に食らった衝撃で「がはっ⁉︎」と吐き出し、砂利に染みていく。
ビルの解体作業をしている場所ではあるが、ここに人は居ない。
作業員には予め金を渡しており、場所を提供してもらっていたのだ。
それでも、力量差はあっても探索者同士の戦いだ。
騒音は相当な物で、外には人が集まり出していた。
「そのへんにしとけ。こいつらじゃないんなら、俺達がここにいる必要もないな。さっさとその娘を連れて帰るぞ、こっちだって暇じゃないんだからな」
灰野は立ち上がると、早く帰ろうと車に向かって歩き出す。
それを阻止しようと、千里は魔銃を構える。
「おいおいやめとけって、それが通じないのは分かっているだろう。そもそも、何でそんなに意地になってるんだ。ただ、うちに雇われるってだけだろう」
呆れたように振り返る灰野は、何をそんなに嫌がるのか分からないといった様子だ。
それがなお、千里の心を苛立たせる。
「嫌がっている友達を、無理矢理連れて行かれるのを黙って見ている奴なんているの?」
「あー……分かった。お前達は誤解しているだろう。俺達はこの、なんてったけ?」
「葉月美桜」
「そう、その葉月てのをどうこうしようってつもりはない。こいつがこの先「やめなさい!」
灰野が何か言おうとしたのを焔が止める。
「それ以上は言ってはいけないと何度も言ったでしょ!」
「おっとそうだった。理由は言えないが、お前達が思っているような扱いにはならねーよ」
「そんなの、信じられるわけないでしょ!」
千里が引き金を弾き、魔弾が灰野に向かって飛ぶ。
それを「チッ」と舌打ちして、剣で弾いて防いでみせる。だが、これだけでは終わらない。
攻撃された以上は、相応の報復をする。
敵を葬るための炎を剣に宿す。
「しぃ!」
そして、横一文字に振り抜かれた剣から炎の剣閃が解き放たれる。
千里に、炎の一閃を避ける術はない。
体はダメージを受けて動きが鈍くなっており、立ち上がるのも一苦労だ。
「くっ!」
だから受けるしかない。
魔銃に魔力を流して、魔力の刃を生やす。
千里が使う『魔刃の回転式魔銃』には魔法に対する耐性がある。それは、魔道具である剣から放たれた物でも同じで、刃に宿した分だけ相殺可能な能力だ。
炎の剣閃と魔力の刃が衝突して、互いに打ち消しあっていく。
ギギッと鈍い音が鳴り、やがて完全に消え去ってしまった。
「おお、やるじゃないか」
手加減したとはいえ、まさか消されるとは思っていなかった灰野は、素直に称賛する。
元々殺す気はなかった。
やられたからには、徹底的に。というのではなく、一発には一発と決めて、どの程度の攻撃なら生き残れるかを見極めてからの攻撃だった。
それでも、そう簡単に防がれるものではない。
「なあ、お前、名前は?」
「調千里」
「調か、変わった名前だな。お前さえ良ければ、葉月と一緒に来るか? 友達が心配なんだろう?」
「……」
「灰野さん、勝手な事を言わないで。私達には子守をする余裕はないのよ」
「だからだよ。葉月を守るのにちょうど良い人材じゃん。友達が一緒に居てくれるんなら、メンタルケアも出来て一石二鳥じゃないか」
黙って話を聞いていた千里は、美桜を救い出すタイミングを見計らっていた。
そもそも、一緒に行くという選択肢は無い。
あるのは、美桜を連れて日常に戻るという一点だけだ。
大和と翔は動けそうもないが、灰野の話を聞く限り、これ以上危害を加える気は無さそうだ。
なら何とかして、車に捕まっている美桜を連れ出して逃げる。
「分かった。私もネオユートピアに行く」
だから、この話に乗っかった。
タイミングさえ誤らなければ、美桜を連れてこの工事現場から外に出られる。
すでに外には何人もおり、警察も向かって来ている。そこまで出て行ければ、こいつらも手出しは出来ないはずだ。
灰野に車に乗れと合図をされて、重い足取りで向かう。
魔力は十分。
昨日、あの蜜を飲んでからというもの、かなり調子が良い。
あれを飲んでいなければ、きっと炎に巻かれて負傷していただろう。鑑定して見たものは間違いではなかったのだ。
用意された車両は二台。
一台は白のバンで、もう一台は国産の黒い高級車だ。
美桜はバンの方に乗せられており、探索者だろう男女に拘束されていた。
私もそっちに。
そう思い移動しようとすると、灰野に腕を掴まれて阻まれる。
「お前はこっちだ」
「美桜のそばに居たいんだけど」
「駄目だ。俺が誘ったからな、余計な事をしないように見張らせてもらう」
「傷だけでも治してもらえない? 動くのも辛いんだけど」
「ポーション飲んどけ、持ってるだろ? 無いなら俺のをくれてやる」
美桜の側に近づけない。
ネオユートピアに誘っておいて、千里への警戒を怠っていない。
ここでは駄目か……。
外に出て、助けを求めるという方法は使えなくなった。
千里は持っていたポーションを飲み、灰野に誘導されて車両に乗り込む。その前に、美桜に大丈夫だと手を振っておくが、凄く心配した様子だった。
必ず助けるから。
灰野と焔に挟まれるように乗ると、倒れた大和と翔を置いて車は出発した。
ーーー
こんなことしている場合じゃないんだけどなあ、と内心思いながら窓の外を眺める。
灰野はこんな憎まれ役をやる為に、この仕事を請け負った訳ではない。彼女達に限らず、他の面々にも事情を説明出来ないが為に、このようなややこしい事態に陥ってしまっていた。
MRファクトリーが彼女、葉月美桜をスカウトした理由は治癒魔法使いだからではない。
これには焔の妹、夢見未来が見た予知夢に原因がある。
未来は、ネオユートピア崩壊の予知をした後から、積極的に夢を見るようになっていた。
それは、肝心な予知が出来ていなかった事に、責任を感じているからなのかも知れない。
『崩壊したネオユートピアで、治癒魔法使いの葉月美桜という女性が、怪我人達の治療をしている予知を見た』
この予知夢を聞いて、葉月美桜という治癒魔法使いを探し始めた。
すると、直ぐに見つかった。
その能力の高さから、既に多くの企業からスカウトを受けており、全てを断って多くの反感を買っていたのだ。
直ぐに葉月美桜を狙っている企業側に連絡を取り、保護しようと動きだした。
だが、問題もあった。
ネオユートピアの崩壊という情報を、外部に漏らす訳にはいかなかったのだ。だから、表向きは優秀な治癒魔法使いのスカウトにして動き出すしかなかった。
結果的にこれが裏目に出てしまう。
末端には無理にでも連れて来るようにと伝わっており、脅迫めいた行為にまで及んでいた。
最初からパーティメンバーが動いていれば良かったのだが、そうはいかない事情があった。
「余計な事は止めろ」
「くっ!」
魔銃に刃を生やそうとしたのを掴んで阻止する。
赤髪の女性、千里を連れて来たのは、葉月美桜の為というのは本当だった。
ここまで思ってくれる友人がいるのなら、ネオユートピアに行っても心強いだろうと考えからだ。
友人か。
柄にもなく亡くなってしまった友人の顔を思い出す。
昔からの友人で、頼れるリーダーだった。
それが、グラディエーターの出場中に事故で死んでしまった。
いや、殺された。
誰が、何の目的で、どうやって殺したのか不明なままだ。
どんなに調べても、犯人の手掛かりになりそうな物は何も無く、加賀見に恨みを持つ者を探っても、何も出て来なかった。
だが、いずれは犯人はかならず特定して報復する。
地獄を見せて八つ裂きにして殺すと誓い、加賀見の墓に花を添えていた。
だからこそ、こんな事に時間を割きたくはなかった。
今も仲間達が、古巣である探索者観察署の職員と共に調査を行っているはずだ。
灰野も焔も、早く戻って調査の続きをしたかった。
車が高速道路に乗り加速して行く。
法定速度を守って走っているせいで、横を走り抜けていく車両の姿がよく見える。
空は鉛色の雲に覆われており、いつ雨が降り出してもおかしくはなかった。
そんな時に、反抗的な千里から声が上がる。
「ねえ、向こうに着いたら親に連絡って出来るの?」
「あ? まあ、落ち着いたらな。正式に契約を交わしたあとなら問題ないはずだ」
「そう……貴方達って、グラディエーターに出場してた人達よね?」
「ああ、まあ隠す事でもないしな。サインでも欲しいのか?」
「いらない。……私ね、鑑定のスキルを持っているの」
「それがどうした? 俺のステータス見てビビったのか? 怖がるなよ、別にどうこうするつもりはないからよ」
「そうじゃない。鑑定で貴方達の強さはよく分かったけど、私の鑑定で見えなかった人の強さって、どれくらいなのかなって思っただけ」
「そりゃ化け物だろうよ。探索者協会の会長クラスくらいじゃないか?」
「そっか……それだけ強いんだ。あの人」
「さっきから何の話をして……おい、スピード出し過ぎじゃないか?」
千里と会話をしていると、窓の流れる景色が早くなっているのに気付いた。
それは後方を走っているバンも同じで、次々と車を追い越して行く。
「おかしい⁉︎ なんだ⁉︎ 車の制御が効きません⁉︎」
運転手が叫びハンドルから手を離すが、車は道沿いに走り次々と前の車を追い越して行く。
更に違和感が生まれる。
地面を走っているはずなのに、タイヤからの振動が感じられなくなり、まるで宙に浮いているかのようだった。
「違う、実際に浮いているんだ⁉︎」
焔が叫び、後方の車両を指差した。
振り返り見てみると、バンは宙を浮いており、明らかに何らかの力が働いている。
「どこからだ⁉︎」
明らかに魔法による攻撃。
そのはずなのに、魔力を感じ取れない。
恐ろしく精密で強力な魔法使いが、攻撃を仕掛けて来ている。
バックドアガラスを壊して外に出て、魔法使いを探す。激しく目配せして、どこにいるんだと探してみても姿はどこにも見当たらない。
「バカな」
これほどの魔法を使っているのに、姿が見えない。
それだけ離れた場所から、魔法を操る者がいる。そして、移動しながらも魔法を維持出来るような者が、灰野達を狙っている。
高速で進む車の上で、灰野は冷や汗を流す。それは焔も他の探索者達も同じだった。
だが、そんな中でも動じた様子のない者もいる。
「貴女、何か知っているの?」
「凄く強い人が来てる。私が分かるのはそれだけ」
焔の問い掛けに答えたのは千里だった。
何でもないように座っており、ただ事の成り行きを見守っているようでもあった。
「それは、誰?」
再び焔が質問すると、車はさらに加速する。
車に剣を突き刺し、その加速に耐える灰野はようやく魔法を使っている存在を認識する。
だが、それと同時に二台の車両は空高く舞い上がり、その存在と対面する。
誰も声を上げなかった。
彼を知る二人は「え? 空も飛べるの?」という理由から。
彼に襲撃された者達は「こいつがやったのか」と驚愕したから。
そして残る二人は、この男が生きているのかと顔面蒼白になり恐怖する。
加賀見だけでなく、パーティメンバー全員に恨みを持った人物が現れてしまったのだ。
男が手を振り翳すと、山の緑深い場所へと車両ごと誘われてしまった。