幕間27(調 千里)その3
うーん、うざい奴らに仕上がってしまった。
ある日、これまでの勧誘がおさまり、まるで嵐の前のような静けさが訪れた。
諦めてくれたのなら良いのだが、それで大人しく引き下がるなら最初からやっていないだろう。
だから、このひとときの平和な時間を大切にしようと、千里は午前中に勉強して午後からは友人との待ち合わせに向かった。
大学が終わった美桜達と合流した千里は、その足でダンジョン近くにあるショッピングモールに向かおうとしていた。
偶然だった。
それほど大きくはないが近くのスクリーンに、今度の長期休みに放映される映画の紹介をしていたのだ。
それは突如ダンジョンからモンスターが溢れ出して、人々を襲っていくというパニック映画だった。主人公とヒロインが生き延びようと必死に抗っており、人々の混乱から迫力ある戦闘の映像が流れていく。
そして最後に、ゴブリンに襲われて「うぅアアアァァァー!?」と叫ぶ太った男の映像で終わっていた。
また独特な映画紹介ね、なんて思っていたら美桜達が足を止めて見入っていた。
「どうかしたの?」
「……たぶんだけど、田中さんが映ってた」
「え?」
以前教えてくれた田中という人物。
記憶を失っている間の千里を知っている人物だ。
そして、東風達の最期を見届けたかも知れない人。
スマホを取り出して動画サイトにアクセスする。
先程流れていた映画の予告を見てみると、かっこいい俳優の活躍する姿が映し出される。
「この人が田中さん?」
俳優に詳しい訳ではないが、この俳優の名前は違っていたはずだ。もしかしたら芸名で、本名は田中というのかも知れない。
「その人じゃないよ、この最後に出てた人」
「……」
イメージしていたのとだいぶ違っていた。
てっきり、がっしりとした探索者らしい体つきの人かなと思っていた。
なので、本当にこの人なのかと揶揄っていないかと麻由里を見る。
「本当だから! 嘘じゃないから! この太った人が田中さんなの!」
他の人達に目配せしても、そうだと頷くので信じるしかなかった。
「田中さんはね、私を庇ってミンスール教会に行ったんだ」
「そうなんだ……じゃあ、まだミンスール教に居るのかしら?」
「いや、たぶん居ない。田中さんが連れて行かれたあの日、何か騒動があったらしくて調べたんだけどさ、田中さん、どうやら逃げ出したみたいなんだ」
「それ初耳なんだけど⁉︎」
「言ったら探しに行っただろ。田中さんでも危険なら、俺達じゃ足手纏いにしかならないよ。残念だけどな」
金髪を掻き上げながら悔しそうに翔が言う。
それを否定出来ない面々は、黙るしかなかった。
「俺、これからダンジョンに行って鍛えて来るよ。力が無いからって何も出来ないのは嫌だからな」
「あー、すまん、俺も翔に着いて行く。お前達はどうする?」
大和が同意して他に尋ねると、千里と美桜以外が同意した。
「ごめん、私はダンジョンには行かないって決めてるから」
探索者協会での登録も解除しているのもあるが、何よりも親に心配を掛けたくはなかった。
それに、出来る事は他にもある。
千里が持つスキル、鑑定により良い武器を選び彼らに使ってもらうのだ。
もちろん金額には限界はあるが、その中で最善を選んで渡す。それだけでも、彼らの戦力アップには繋がるだろう。
ダンジョンに向かう友人達を見送り、千里は美桜に話し掛ける。
「美桜は行かなくて良いの?」
「私が付いて行った方が、危険が増えるでしょ」
それは、ダンジョンで誰かが襲って来るだろうと考えての発言で、少しでも危険が及ばないようにと、美桜なりの配慮だった。
「それにショッピングモールでなら、そう簡単には襲って来ないだろうし」
「そうかも知れないけど……」
この時から予感はあった。
美桜が諦めているのかも知れないと、仲間達に負担をかけているのに責任を感じていたと。
ーーー
田中という人物の容姿を知ってから数日後、美桜と連絡が取れなくなった。
麻由里から「大学に来てないけど、千里知らない?」と連絡があったのだ。
専門学校に入学して間もないというのに、事情を説明して早退するはめになってしまった。
「はあっ、はあっ、はあっ」
息を切らせながら走り回る。
他の人達と連絡を取りながら探しているが、心当たりのある場所にはどこにもいなかった。
美桜の家にも連絡しており、警察にも連絡を行っているという。
わざわざ千里達が探す必要はないのかも知らないが、それでも、連れ去られた後ならば手遅れだ。
「はあっ、はあっ、はあっ、スキルも効かないし、どこに行ったのよもう……」
スキル『遠視』『未来視』が美桜を見ようとすると、発動しないのだ。
これで考えられる可能性とすれば、美桜の近くに高レベルの探索者が居るというものだ。
考えたくはないが、もうすでに……。
「……美桜?」
そんな不安を抱いていたのだが、カフェ店の方に顔を向けると店内に美桜がいるのを発見した。
「何やってんのよ、もう!」
無事で良かったという安心と、どうしてこんな事をしたのかという怒りを持ってカフェに入る。
すると、マスクとサングラスを付けた怪しい風貌の男とすれ違う。
どこかで見たことあったかな?
そんな既視感を覚えながらも、今は美桜が先だと横に置いておく。
「美桜、何やってんの?」
「あはは……探したよね?」
「ええ、今も麻由里達は探しているわよ」
そう言いながらスマホを開いて、美桜発見したと連絡する。
これで一安心だが、肝心なことを聞かなくてはいけない。
「それで、どうしてこんな事をしたの?」
「……うん、全部話す。これまで迷惑掛けちゃったし、みんなにも納得してもらいたいから」
「そういうのは先に言いってよ、みんな心配してるんだから」
「そう……だよね、ごめんなさい。私の独りよがりだった」
美桜は悲しそうな表情をしており、その顔を見て千里は何も言えなくなってしまった。
それから場所を公園に移して、麻由里達と合流する。
全員が不機嫌になっていたが、沈んだ美桜を見て何も言えなくなってしまった。
いつも笑みを浮かべており、彼女がいるだけで和やかな雰囲気にしてくれる。そんな美桜が悲しげにしているのだ。何かがあったのだと、誰もが察してしまう。
美桜はぽつぽつと事情を話し始めた。
最近、美桜を狙う者がいなくなったのは、ネオユートピアの有力者から圧力があったからだそうだ。
これまでにも、ネオユートピアの企業からの誘いはあったが、今回のものは格が違っていた。
MRファクトリー株式会社という、この国を代表する企業からの誘いは、まるで普通の言葉から始まったという。
『我が社が契約している探索者は数多くおりまして、中でもダンジョン40階をクリアした者が十名も所属しております。グラディエーターを見て頂ければ分かると思いますが、それほどの実力者を揃えております。お父様が勤めていらっしゃる××社とも取引がありまして、大変優秀な方だと伺っております。葉月様には是非我が社に来て欲しいと……』
これを断ると『元プロではありますが、我が社の探索者を向かわせますので、ご一考して頂ければと…』明らかな脅しに変わって来たのだ。
誰かに相談出来るものではなく、また断れるものでもなかった。ましてや、家族の情報も握られており、父の勤めている会社にも手を回している。
とてもまともではない。
その思いは、一度顔を合わせると確信に変わった。
『分かっていると思うが、断ったらどうなるのか良く考えるんだな』
強者からの有無を許さない脅しだった。
この探索者の独断ならまだ良かったのだが、他の者達も何も言わず、これが彼らのやり方なのだと知った。
そして、今日がその返答の日なのだと言う。
「どうしてそんな大事なこと黙ってたの⁉︎」
「ごめんなさい。もう、これ以上、みんなを危険な目には合わせられないから……」
「だからって! 他にも方法があるかも知れないじゃない! サークルの先輩にもプロはいるんだしさ、頼れば良いじゃない!」
麻由里は、自分が無茶を言っているのは分かっていた。
探索者を、しかもプロをボディガードで雇うなど、数万なんて端金では到底足りないと理解している。それでも言わなければ、美桜がどこかに行ってしまいそうで怖かった。
「……ごめんね、麻由里。私が我儘ばかり言ったから」
それに首を振って否定する麻由里。
美桜が友人達と一緒にいたいように、麻由里も美桜といたいのだ。それは、咲や千里だって思いは同じだった。
どうしようもない状況、そこで翔がポツリと呟く。
「田中さんがいてくれたらなぁ」
「……あっ」
名前を聞いて、千里は思い出した。
さっきカフェですれ違った人物。
マスクとサングラスで顔を隠していたが、あの体格は映像で見た田中と合致する。
それに、美桜の先の行動が見えなかったのは、田中という格上の探索者が近くに居たからだと考えたら説明が付いた。
「美桜、さっきカフェに居た人って……」
「……田中さん、だった。顔は隠していたけど、名前呼んだら反応してくれたから間違いないと思う」
それでも……、と美桜は言葉を続ける。
「彼には助けを頼まない。一度助けてもらったのに、これ以上は迷惑は掛けられないもの」
「でも、そしたら美桜が連れて行かれるんでしょ⁉︎」
我慢ならないといった様子の麻由里が、美桜の服を掴む。
その手には絶対に行かせないという意志があり、他人を犠牲にしても友人を救いたいという思いがあった。
「相談くらいは出来ないの? 私は良く知らないけど、一度は助けてくれた人なんでしょ?」
咲が言うが、美桜は首を振る。
今はどこにいるのか分からない上に、迎えが来る時間がもう直ぐで、とても今から探したのでは遅いという。
だからもうどうにもならない。
諦めるしかない。
それが嫌で、千里は未来視を発動する。
千里の力では、見通せるのは数分先が精々だ。探索者としての力もプロには届かず、中途半端しかない。
それでも、何かしなければ落ち着かなかった。
「くっ⁉︎ 」
だが、魔力は枯渇して何も見通せずに終わってしまう。
美桜がもういいからと背中を撫でるが、それが余計に悔しくて仕方なかった。
やがて時間が来て、美桜と一緒に待ち合わせ場所に向かう。
そこで一時間ほど待ちぼうけをくらい帰宅した。