幕間27(調 千里)その2
うーん、友情を書きたかったんだけど、なんでだろ……。
あれから千里は両親と対話をする。
「私は、もうダンジョンには行かない。保育士になる為に精一杯頑張る。安心してって言っても信じないのは分かってるけど、私を信じて欲しいの」
もちろん、これで納得する両親ではないが、父も母も早く前を向こうとしているのは分かっていた。簡単には頷いてはくれないが、それでもこの言葉で、両親の心が軽くなったのはその表情から伝わって来た。
美桜や学生時代の友人達との再会を果たし、一見日常を取り戻したかのように見えた。
「やだ。あの人、こっち見てるよ」
そう口にしたのは友人の花坂麻由里である。
ミンスール教会からの勧誘が無くなり、久しぶりにみんなで集まろうとなったのだ。
メンバーは高校時代の同級生の、千里に美桜、麻由里と速水咲の四人。
それぞれが特徴を持った美人であり、人目を引く四人組でもあった。だから他人に見られるのは慣れてはいるのだが、同性が隠れながら見て来るのは違和感があった。
しかも場所はレストランだ。
食事を終えて、あとは会計をするだけなのだが、その中年女性のせいで動けないでいた。
「もしかして、私を狙っているのかな?」
暫くの間、狙われていたのもあり、美桜は疑心暗鬼に陥っていた。周囲が助けてくれたから、まだ何とかなっているが、これが一人だったらトラウマになってもおかしくはなかった。
「……たぶんそうかな。目線も美桜の方向いてるみたいだしね」
「どうする? 大和君達呼ぶ?」
御剣大和とは、美桜と同じ大学に通う同級生だ。
他にも、天照翔と古森蓮もおり、三人ともミンスール教会から美桜を庇っていた面々である。
だが、そんな彼らを呼ぶよりも前に、千里が提言する。
「その前に移動しよう、あの人の他にもいるみたい。他にも車の中で待機している人もいると思う」
「千里?」
「あっ、ごめん。これ私のスキルなんだ。でも急いだ方が良さそう、他にも人が集まって来てる」
千里は両親と対話をして一度落ち着くと、探索者協会に行っていた。
その目的はダンジョンに潜るのではなく、探索者としての登録を解除しに行ったのだ。
探索者カードの返却はスムーズに済んだが、最終のステータス確認だけしていた。
ーーー
調 千里(20)
レベル 19
《スキル》
鑑定 鷹の目 未来視
ーーー
恐らく記憶の無い一年間の間に、ユニークモンスターを倒すか30階を突破したのだろう。
レベルが幾つも上がっており、未来視というスキルを手に入れていた。
未来視は数分間以内の確定した未来を見るスキルで、探索者として活動すれば、間違いなく重宝されるスキルの一つだった。
ただし発動の条件もあり、自身よりも強い相手が関わる出来事だと見通せないし、魔力の消費も大きかった。
だが、未来視と鷹の目の併用で、千里は恐ろしいほどの索敵能力を手に入れていた。
それこそ、探索者協会から引退を引き留められるほどに。
「それってまずいんじゃない、早く行こうよ」
「ごめんなさい、私のせいで……」
「別に美桜のせいじゃないよ、勝手に群がってる奴らが悪いのよ」
咲がそう言うと、全員が立ち上がり会計を済ませてしまう。そしてレストランから出ると、それに続くように中年女性も後を付いてくる。
「少し良いかしら? あっ、ちょっと⁉︎」
話し掛けて来た中年女性を振り切り、四人は駆け出した。
それを追うように、駐車場に止まっている車も動き出す。そして、中年女性を乗せると隠す気も無いかのように走り出した。
「なんかこれまでの人達と違うくない⁉︎」
「うん、何だか大人しいっていうか、普通の勧誘っぽいね」
「宗教関係じゃないのかしら? じゃあ、一般企業の人とか?」
「でも車で追って来ないよね普通! こっちはあからさまに拒否してるんだしさぁ!」
「千里には分かる?」
「ごめん、そこまで万能なスキルじゃないんだ。ただ、今来ている人達は大丈夫かな。でも、他の人の中に好戦的な人がいる気がする」
「じゃあ止まれないね、そこを右に行きましょう」
普通の企業なら一度話してみても良いかなとは考えたが、一部とはいえ過激な者がいるのなら逃げるしかない。
一方通行の道に入り、車は入って来れずに千里達を睨んでいた。
もう追って来ないと分かると、更に路地に入って足を止める。
「どうしようか、遊べなくなっちゃったね」
「人が多かったら大丈夫じゃない?」
「それを気にしない奴らが来たら、周りに迷惑が掛かるでしょ」
「でもさ、店の中で何もして来ないならショッピングモールでも良いんじゃない?」
「……そうね、ダンジョンの近くなら、店員が助けてくれるかも知れないわね」
これは噂ではあるが、ショッピングモールにはトラブルを解決してくれる店員がいるという。その人物は、過去に凄腕の探索者だったようで、探索者協会の会長の元パーティメンバーだったという。
じゃあそこに行こうとなったのだが、それを美桜が止める。
「それよりも、まずは警察に相談しておきましょう」
「でも、ミンスール教会の時は相手にしてくれなかったでしょ?」
以前にも勧誘が激しいときに、警察に相談していた。
しかし、相手が一般人で美桜達が探索者をやっているというのもあり、注意するのが精一杯だったのだ。
「相談したっていう実績は残しておかないと、いざという時、言い訳が出来ないんじゃない?」
「いえ、いざという時が来ないようにしたいから警察に行くんだけど……」
咲のやや過激な発言を美桜が否定する。
「それよりもさ、田中さんの連絡先って分からないの?」
「田中さん?」
「麻由里っ⁉︎」
麻由里の言葉に、田中という名前に聞き覚えの無かった千里が疑問を覚える。
それに反応するように怒鳴ったのは美桜だ。
美桜は知っているのだ。
千里が田中と親しかったと、少なからず千里が思いを寄せていたと察していた。
そして、千里を救ったのが田中だと予想していた。
だからこそ、千里には田中という存在に触れてほしくなかった。仲間達の最後を看取っている人物だろうから。
「いいじゃない。ミンスール教から美桜を救ったのも田中さんだったんだから、またお願いしたら何とかしてくれるかも知れないじゃない」
しかし、事情を知らない麻由里は、思い付いた最善の策を口にする。
「その田中さんって、そんなに頼りになるの? 探索者?」
「そうだよ、私達が探索者始めた時に引率してくれた人だよ。めっちゃ太ってるけど、美桜以上の治癒魔法を使えるんだ。ん? 千里って知らなかったっけ?」
凄いでしょと言う麻由里に眉を顰めてしまう美桜だが、もう田中という人物の名前を出したからには、隠すのもおかしくなってしまった。
「千里、貴女が記憶を失っている間に出会っていた人物よ」
「ふーん、そうなんだ。……もしかして東風さん達とも?」
「それは分からないわ。この前、助けてもらってから会ってないの。連絡先も聞いてないから」
「そっか、でも助けてもらえるなら、その田中さんを探した方が良くない?」
「それは駄目。田中さんをこれ以上、この件には関わらせたくないの」
何よりも、千里の為に。
その思いを知らない千里は、どうして? といった表情で美桜を見る。
「とにかく、お願い。もう彼には迷惑を掛けたくはないの」
じゃあわたし達はいいの? と三人の顔が語っていたが、美桜は三人を見て。
「私達、親友でしょ」
と、悪戯っぽく笑って見せた。
内心では、どこかで諦めなければならないと分かっていながら、それでも今を楽しみたかった。
ーーー
その日から、美桜を狙う者達は増えて行った。
最初は逃げていたが、いい加減しつこいと苦情を言うと、某企業の使いと名乗った。
やはりというか、美桜をスカウトしに来たようで、大金を払う代わりにネオユートピアに来てほしいというものだった。
当然断った。
ネオユートピアはここから二県は離れた場所にあり、そうなれば大学を辞めなければならないからだ。
そもそも、美桜の家は金に困っていない。
もっと言えば裕福な家庭である。
だからこそ、美桜は友人との時間を大切にしていた。少しでも一緒の時間を作り、友達と楽しい時間を共有するのだ。きっとネオユートピアに行けば、会えなくだろうから。
スカウトされた治癒魔法使いは、大金を得る代わりに自由を奪われる。
まるでボディガードのように雇い主と共に行動して、もしもがあった際は即座に治癒魔法を使う。
普通のボディガードならば交代で対応可能だろうが、美桜は変えの効かない治癒魔法使いである。高額であるが故に、無茶を言われるのだ。
個人事業主として雇われ、そこに労働基準法やらは適用されずに使われる。
人権なんて主張しようものなら、秘密裏に消される。そんな噂さえある場所なのだ。ネオユートピアとは。
そこから送られて来たスカウト達は、最初はしつこく美桜を勧誘していたが、応じないと分かると嫌がらせが始まった。
ーーー
「どうしてダンジョンでもないのに、襲われなきゃいけないのよ!」
身体強化をした千里が、襲って来たガラの悪い男達を圧倒していく。
男達もダンジョン経験者のようではあるが、実力は大したものではない。スキルも戦闘向きではないようで、レベルも高くはなさそうだった。
そのような男達は美桜を力尽くで連れて行こうと、千里達を囲んだのだ。
「千里ちゃん強いね、俺も負けられないな!」
髪を金に染めた天照翔が、ハイキックで近くにいた男を沈める。
「美桜を連れて行ってくれ、ここは俺達で何とかするから」
黒髪のイケメンである大和がアイテムボックスから取り出した木刀を持ち、振り下ろされた特殊警棒を受け流すと、体勢の崩れた男の手と体を打ち付けて無力化する。
この二人は、大学がない日はダンジョンに潜って己を鍛えていた。
まだ20階には届かないが、レベルを順調に上げており、一般人に毛の生えた程度の連中なら簡単に圧倒できた。
「それにしても、なりふり構わなくなって来たね……、そんなに治癒魔法って価値があるのかな?」
古森蓮が美桜を庇いながら移動する。
魔法が得意な古森は、接近戦が苦手だ。目の前の男達に負けるほど弱くはないが、人数に囲まれたら危うくなってしまう。
「……もう無理なのかな」
古森に庇われながら、美桜は諦めかけていた。
友人の身にも危険が及ぶほど、苛烈な手段に出るとは思っていなかったのだ。
「駄目だよ美桜、諦めちゃ。私達だってまだまだ大丈夫だから」
「そうそう、親友なんでしょ私達」
麻由里が励まして、咲が揶揄う。
そんな二人に元気付けられるが、それが尚、心を蝕んでいった。
大切だからこそ、これ以上は巻き込めないと考えてしまう。こんなに優しいからこそ、ここから先の危険には関わらせたくはなかった。