地上8
本日12時、18時、19時、20時に幕間を投稿します。
明日、6時に幕間、18時に本編、21時に幕間を投稿します。
少しばかり多いです。申し訳ありません。
いやいや、いやいやいや、何やってんのマジで。
お供物だよ。
故人の霊への贈り物だよ。
それを何で飲んでんの。
俺は今、どうしようもない気持ちになりながらベンチに座り、千里が目覚めるのを待っている。
かれこれ三時間以上経つが、目覚める気配はない。
というか、千里はどうしてこのタイミングで東風の墓参りに来たのだろう。
たまたまの偶然の奇跡のような出来事なのだろうか?
なんて思っていたら、東風の友人らしき人達がお墓参りに来ていた。
それで今日が月命日だと気付く。
多くはないが、月命日に来てくれるというのは、それだけ東風が慕われていた証なのだろう。
他の奴らの所にも来ているのだろうか?
そうだと良いなと思いながら、千里の頭を撫でる。
まるで起きる気配はなく、何が原因だろうと考えてトレースで調べてみると、黄金色の魔力が千里の全身を駆け巡り体に馴染んでいくのが分かった。
体を作り替えるというほどではないが、細胞がベストな状態に置き換わっており、やや若返っているように見える。というより、肌のハリが一目で見て分かるほど変化している。更に、魔力の量と質がかなり向上しているようだ。
これが女王蟻の蜜による効果なら、飲む度に奇声を上げてしまうのも納得である。脳髄を刺激して、多幸感に包まれるのはこの現象の副次効果なのかも知れない。
つまり、女王蟻の蜜をもっと飲めという言っているのだ。
ふっ、それならば、今後は更に飲むしかあるまい。
まったく仕方ないなぁと思っていると、千里が唸り目を覚そうとしていた。
目、覚めたか?
おい、さっき目を開けたのは分かってんだよ。目をつむるな馬鹿タレ。
馬鹿タレが酷いって?
アホか、お供物に手を出す方がよほど酷いわ。
あれは仕方ないって? 体が勝手に動いてた? 衝動を抑えられなかったって?
やかましい、言い訳はいいんだよ。
今から東風の所行って謝ってこい。
言い訳をする千里に説教して、俺は立ち上がる。
本当なら次の墓参りに行っている所だが、時間も時間なので、他の奴らの所は明日行くしかない。
起き上がった千里に、じゃあ気を付けて帰れよと伝えて歩いて駅に向かう。
出来たらバスで帰りたかったが、次のバスまで四十分以上待たないといけないので、歩くか走った方が早い。
そんな俺の隣に千里が立つ。
どうやら一緒に歩いて帰るらしい。
てっきり車で来ているものと思っていたが、違ったようである。
別に拒絶するつもりはない。
普通に会話をして、一緒に駅に向かうだけ。それだけなのだが、何というか、まあ……。
会話の内容は、日常的なものばかりだった。
たまに別の話をしたりしたが、それも映画に出演した経緯やマスクやサングラスを付けている理由くらいで、特出したものと言えば……
「凄い……まったく読み取れない」
俺に触れて呟いたくらいだろう。
何でも千里は、鑑定のスキルを持っているようで、触れた対象のステータスを見ることが出来るのだという。
ただし、鑑定する対象との実力差があるとまったく見えなくなるそうだ。
俺の場合は、画面が真っ暗で何も映っていないように見えるらしい。
それは凄い事なのか? と尋ねると、千里は以前、レベル40の人が相手でも読み取れたので、まったく読めない俺は凄まじいのだという。
そうか、と一言だけ呟いてユグドラシルの言葉を思い出す。
"お主は既に、人の領域にはおらん”
人外になっちまったなーなんて感覚はまるでないが、側から見れば、俺は化け物に見えるのかも知れない。
ここにあいつらがいればきっと、もっと楽しくて、悩む暇もないほど盛り上がっていたんだろうなと性懲りもなく思ってしまう。
少しだけ心が荒むが、千里がどうかしたの? と顔を覗き込んで来るので、何でもねーよと強がっておいた。
短い40分という時間がもう直ぐ終わる。
今生の別になるわけではないが、俺達はもう会わない方が良いのだろう。そんな予感がして少しだけ寂しくなった。
ホームで「じゃあな」と別れを告げると、千里も「またね」と返してくれる。
何かあれば呼ぶだろうが、それは起こらないでほしいな。
そう思いながら帰りの電車に乗り込んだ。
そして、隣には千里がいた。
お互い見合って苦笑いした。
そりゃそうだ。
同じ方向から来たのだから、帰りも同じ電車になるのは当然だった。
電車に揺られている間も、いろいろと話をした。
ダンジョンの話は一切なく、普通の会話。
あそこのお店が美味しかったとか、最近の歌の話とか、カフェの新メニューの話とか、あの映画は感動したとか、今度ミュージカル見に行こうと約束しているとか、専門学校に入学して保育士を目指しているとか、千里は自分の事を精一杯伝えようとしているように見えた。
本当にこの数十分というわずかな時間に、千里が好きな物や好きな歌、趣味の映画、これからの夢を知れた。
俺は頷いて、美味しそうだなとか楽しそうだなとか相槌を打ち続けるだけで、俺自身の話は何もしなかった。
もしかしたらこれは、会話とは言えないのかも知れないが、それでも俺にとっては楽しい時間だった。
ダンジョンの最寄りの駅で、俺が先に下りる。
千里に「またな、何かあったら直ぐに呼べ」と今度こそ別れを告げる。
それに対して千里は……、
「……田中さん」
「なんだ?」
「助けてくれてありがとう」
「何だよいきなり?」
「……私がこうしていられるのは、田中さんのおかげです! 私が友達と遊べているのも、両親といられるのも、夢を叶えられるのも田中さんがいてくれたからです! だから、だから……今度は絶対に忘れないようにするから!」
電車の扉が閉まるまでの僅かな時間に、千里の本当の思いが伝わった気がした。
駅のホームで注目されながら、千里に「またな」と再度告げる。
出来るなら俺の事なんて忘れてもらいたい。
だって俺は、ここからいなくなるのだから。
心が満たされて、少しだけ寂しくなる。
まだ明るい街を歩き、いつも通りの景色を眺めた。
そして次の日、千里から助けてくれと連絡が入った。