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地上7

 朝からクィーーーッ‼︎‼︎ として、一日のスタートを切る。


 昨日、適当に購入した家具を設置しており、広いリビングにカーペットと一人用のちゃぶ台、座布団にベッド、その他にも食器類や消耗品を購入している。

 寝具はダンジョンで使う簡易ベッドでも良かったのだが、せっかくだから少しお高目の物を購入した。


 どうせ、向こうに行けばこっちの金も使えなくなる。

 それなら、全部使い切るつもりで使って行こう。


 という訳で、今日は墓参りである。

 あいつらの、東風達の墓参り。


 これまで一度も行っていなかったので、気になっていた。

 今までの出来事も報告したいし、東風が調べていたダンジョンが何なのかも教えてやりたい。

 体をバキバキ鳴らしながら伸びをすると、早速着替えてマンションを出る。もちろん、マスクとサングラスも忘れない。

 昨日の夕食で定食屋に行ったのだが、そこではテレビが付けられており、例のコマーシャルが流れていたのだ。

 途端に周囲からの視線を感じてしまい、さっさと会計を済ませて出たのである。


 マジであの映画爆死してくんないかな。


 思い出すだけで何とも不快な気持ちになっちまう。


 おかげで、目に映る宣伝用のポスターを破りたくなる。


 ちくしょ〜。


 電車に揺られること十数分、バスに揺られて数十分、そこそこ歩いて霊園に到着した。

 その中に東風家と刻まれた墓石を探して、裏に『要』の名前を確認して掃除を開始する。

 掃除道具は昨日購入しており、箒で掃いて水の出る魔法陣で水をぶっかけて雑巾で拭き上げて、風属性魔法で完全に乾かす。周囲の雑草は地属性魔法で一発だ。


 ふぅと一通り終わると、線香を上げて女王蟻の蜜をお供えする。


 とりあえず何から話そうか……。

 ダンジョンの秘密は最後に話すとして、森での話からしようか。

 かなり大変だったけどさ、良い出会いもあったんだよ。

 信じられるか? 俺に天使の子供が出来たんだぜ。もちろん血は繋がってないけど、どっかのナナシに俺が親父だって言われたんだよ。

 ……そんでさぁ、フウマの馬鹿がさぁ。

 ト太郎っていうマッチョな恐竜もいたんだ。そいつが聖龍だったらしいんだけど、マジで嵌められたからな……。


 話が止まらない。

 東風達に聞かせたい話がたくさんある。

 酒でもあればもっともっと話してしまうだろう。余計な話までしてしまう自信がある。

 いつまでも話していたい、そんな気持ちになるが、それも新たな来客により中断させられる。


「要さんの親族の方ですか?」


 赤みがかった髪を背中で纏めた千里が、花束を持ってやって来ていた。

 昨日、千里を見ていて良かった。

 今出会ったばかりだと、きっと動揺して喋れなかっただろうから。


 違うけど……世話になった友人かな。

 あーうん、少しだけ飲みに行ったりしたかな。ダンジョンの話を、よく聞かされたよ。

 ん? ああ、仲間を信頼してたな。頼りになる仲間だって。この仲間達で、30階を突破したいって言ってたよ。

 ……じゃあ、これで。


 少し会話をして去ろうとすると、何故か呼び止められた。

 千里を見ると、真剣な表情で、昨日コーヒーショップにいた人かと問われた。

 どういう意図を含んだ問いなのか分からないが、とりあえず居たなと頷いておく。


 あなたも探索者なのかって?

 そうだけど……


「前の私とも知り合いだったって、美桜に聞きました。あなたは、お兄ちゃんや東風さん達の最後に立ち会った人、ですか?」


 まるで怯えながら聞いているかのようだった。

 知りたいけど、知るのが怖い。そんな感情を感じる。

 これはきっと、俺が記憶を消した弊害なのだろう。


 ……君は、幸せに暮らせてるか?


 千里は俺の問いに、首を振って否定する。


 記憶を失ってからの出来事をぽつぽつと話てくれた。



 病院のベッドで目を覚ましてカレンダーを見ると、覚えている日付から一年近くが過ぎており、一体何が起こったのか分からなかったという。

 病室に入って来た両親から探索者を辞めるように泣いて言われ、その流れで兄や仲間達が亡くなったのだと聞いた。


 そして、千里だけが一人だけが生き残ったとも。


 両親は何が起こったのか教えてくれなかった。

 仲間達の葬儀も終わっており、焼香を上げに行こうとしても止められた。

 理由は、唯一生き残った千里に悪意が向くのを恐れたからだった。


 両親からすれば、大切な娘が傷付くのを恐れたのと、兄の(はじめ)を失い、これ以上大切な子供を失いたくないと願ったからだ。

 それを察した千里は、暫くの間は大人しく過ごし、両親に言われて保育士になるための専門学校を目指した。


 千里に取って空虚な時間が始まる。

 仲間達の死が実感できずに、千里を置いて探索に行っているのではないかと夢想してしまう。


 それほど探索者に執着している訳ではないのだが、置いて行かれたという感覚がこびり付いて離れなかった。

 ただただ寂しくて、泣くことも出来ずに日々を過ごしてしまう。


 それが嫌で嫌で、意を決して仲間達の家に向かう。

 残念ながら浅野兄弟の家は知らないが、東風要と二条瑠璃の家は知っていた。

 連絡も入れずに訪れたのだが、二つの家族は快く千里を迎えてくれた。


 仏壇を前にしてようやく実感が湧いて来る。

 遺影が優しく微笑んでおり、もう居ないのだと突き付けて来る。

 二人は兄の友人であって、千里と長い付き合いがある訳ではない。もしかしたら、記憶を失った間に仲を深めていたかも知れないが、それも今となっては分からなかった。

 ただそれでも、去来する悲しみは、涙を溢れさせるのに十分だった。


 ようやく得た感覚に、止まっていた時間が動き出した。


 それから千里は、両親に何があったのか話を聞いた。

 最初は渋っていたが、最後は根負けして教えてくれた。


 パーティが狂人に襲われて、千里を残して全滅した。そこに、一人の探索者が現れて狂人の魔の手から千里を救ったのだという。

 そして、仲間の死のショックで廃人になってしまった千里を治してくれたのだと教えてくれた。


 だが、その人物が誰なのか聞いても教えてくれなかった。

 約束だから。

 千里に誰なのか教えないというのが、その人からのお願いだった。

 千里が探索者を辞めて、普通の生活を送ることがその人の願いだった。

 だから、連絡先も教えてもらえなかったという。


 千里はその恩人を探す。

 両親は秘密にしていたようだが、情報はすぐ近くから得られてしまった。

 美桜が千里の記憶の無い期間の交友関係を知っていたのだ。

 そこで田中という名前が出て来ており、唯一探索者として活動している人物だった。


 どのような容姿をしているのかも直ぐに分かった。

 ある映画のCMに出ており、美桜が「た、田中さん?」と驚いていたのだ。


 イメージと違っていた。

 太った人とは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。

 だが、この人に会えば詳しい事情が聞けるかも知れない。


 そう思っていたが、美桜も連絡先を知らず、ダンジョンの最寄駅で待っていても一向に現れなかった。

 映画の制作会社に確認しても、エキストラとして参加しただけのようで、連絡先を知らなかったのだ。


 だが、昨日ようやく出会えた。

 サングラスとマスクをして気付かなかったが、カフェですれ違った人がそうだと美桜が教えてくれたのである。


 やっと出会えた。

 これで、過去の自分が何をしていたのかを知れる。

 そう思い、外に追いかけるがその姿はどこにも無かった。

 残念に思いながらも、美桜の護衛に戻ったという。


 そして今、俺が目の前にいる。




 少々引っ掛かるところはあったが、まあ良いだろう。


 記憶を無くして、仲間が急にいなくなり、事情を知っている俺と話がしたいという気持ちは、分からないではない。


 だが、話す事は何もない。


 幸せでないというのも、仲間を失った悲しみを乗り越えられていないからだろう。


 それよりもだ。


 一ついいか、その護衛ってのはなんだ?


 美桜が狙われているのは、昨日の出来事で知っている。ネオユートピアの連中が、探索者を雇って攫おうとしており、とても危険な状態だ。

 その護衛を、千里がしているというのだろうか。


 その質問に対する答えはイエスだった。


 どうしてかと尋ねると、美桜が狙われて困っており、一人で出歩けなくなってしまったからだという。

 大学生の仲間達に加えて、30階を突破している千里が揃えば、屈強な男達が襲って来ても撃退出来ると考えたそうだ。


 余りにも浅はかな考えだった。

 昨日の探索者達は、千里では止められない。

 それだけの実力を持った者達が集められていた。


 危ないからやめろ。

 俺がそう忠告しても、千里は嫌だと拒絶する。


「お兄ちゃんに東風さん、瑠璃さん、武さん、騎士くんも死んじゃったのに、これ以上友達まで失いたくない!」


 その思いに、俺は何も言えなくなってしまった。

 同じ立場なら、間違いなく千里と同じ選択をしただろうから。

 力が無いとか関係ない。

 怖いのだ。

 自分の周りから、親しい人達が消えていくのが。

 だから抗おうとする。

 俺がそうだったように、千里も仲間の死を乗り越えられていない。

 これは、当然の選択だったんだろう。


『美桜を守ってね』


 遠い昔に言われた言葉を思い出した。


 俺は紙を取り出すと、スマホの番号を記入して千里に押し付ける。

 そして、


「何かあったら連絡しろ。東風達の事は話せないが、お前達は必ず守ってやる」


 それだけを伝えて、俺は歩き出す。

 千里に何か言われたが、足を止めなかった。

 しかし、このまま去ろうと霊園を出ようとした時、背後で上がった声に引き返すハメになってしまった。


「クィーーー⁉︎」


 その奇声は、俺もよく上げており聞き慣れた物だった。


 東風の墓まで戻ると、そこには恍惚とした表情で気を失っている千里の姿があった。

 そして、その傍には東風にお供えした空のコップが転がっていた。


 マジで何やってんの?

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― 新着の感想 ―
あ……
何故飲んだw
センチな気持ちだったのに最後ので吹っ飛んだわ!
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