地上6
ふむ、事情は大体分かった。
廃墟となっている倉庫に十四名の男女が転がっている。十名は探索者らしく武装をしているが、四名はスーツを着たサラリーマン風の男達だ。
この中で意識があるのはサラリーマン風の男達で、そいつらから話を聞いた。
どうやら、狙われているのは千里ではなく黒髪の女性の美桜の方で、理由は治癒魔法使いだから。
何だか最近、同じ話聞いたなぁと思わなくもないが、あっちはチンピラだったので、たぶん別だろう。
それで誰が狙っていたのかと言うと、ネオユートピアに住む富裕層の方々からだそうだ。
治癒魔法使いを狙っている理由は、寿命を伸ばすため。怪我を治せるのは当然だが、ここ最近、治癒魔法を定期的に浴びると肉体の不調の改善ができ、寿命が伸びると話題になっているからだそうだ。
そう話題だ。
話題に上がっている程度で、確証は無い。
それなのに、噂程度のレベルで治癒魔法使いが狙われている。
ただでさえ少ない治癒魔法使い。
その多くの人員を、ある宗教団体と富裕層が囲っており、無所属の治癒魔法使いは希少な存在になっていた。
その希少な治癒魔法使いの中でも、美桜の能力は別格なのだそうだ。
普通の治癒魔法では、怪我や負傷した部分を治療出来る程度だが、美桜の物は病から欠損部位を再生するという破格の能力だった。
これならば、本当に寿命が伸びるのではないか。
そう考える富裕層は大勢おり、美桜の存在を知った者達が動き出したそうだ。
最初は普通のスカウトから始まり、断られても条件を吊り上げて再交渉。失敗したら脅迫で、それでもダメなら力尽くで連れて行く。
そうして雇われたのが、今倒れている奴らなのだそうだ。
話は分かった。
依頼主に伝えろ、もしまた狙うようなら、次は直接会いに行くってな。
とりあえずこれで、こいつらの注目は俺に向くだろう。
美桜を狙うなら、俺を排除する必要がある。
そう思わせておけば、まずは俺を狙って来るはずだ。
まだ意識のある探索者が、「こんなことして、ただで済むと思っているのか」なんてアニメやドラマで聞きそうな台詞を吐いていた。
なので俺は、
そう思ってるからやってんだよ。
と返しておいた。
ーーー
全部終わってみると、それなりの時間が過ぎていたので、急いでスマホを取りに行く。
返ってきたスマホはちゃんと起動出来た。
これでようやく実家に連絡が出来る。
スマホを操作して、早速実家に電話を掛ける。
しかし、電話に出ない。もしかしたら、時間が時間なので二人とも出かけているかも知れない。
母ちゃんの携帯電話を掛けてみるが、何故か電話に出ない。次に父ちゃんに電話を掛けると、ようやく取ってくれた。
「お前、ハルトか?」
久しぶりに聞く父ちゃんの声。しかし、その声音はどこか沈んだ物だった。
ただそれでも、懐かしいその声に思わず心が震えそうになる。
うん、ハルトだけど。ごめん連絡出来なくて、うん、うん。少ししたらそっち帰るから。
こっちは大丈夫。
うん、もう仕事辞めたから。
は?って、だから仕事辞めたから。
いやいや! そんな怒らんでもいいやん⁉︎ 次の仕事も決まってるから、いいやん別に!
相談しろって言われても、こっちもそんな状況じゃなかったんだよ。
それよりそっちは変わりない? 母ちゃんは元気してる?
……どうしたんだよ、歯切れ悪いな。
落ち着いたら話す?
うん、分かった。また帰る時に連絡するから。
うん、まだこっちでやらないといけない事もあるから。ん? まだ帰って来るなって? なんで? 落ち着いたら連絡するから、まだ待ってろって。
……なあ、父ちゃん。
あんた、不倫してるだろ。
嘘嘘っ! 冗談だって! そんなに怒らんで良いやん。うん、じゃあ連絡待ってるから。うん、また。
帰ると言ったら仕事の心配をされて、無職になってると伝えたらめっちゃ怒られた。まあ、それは良いんだが、母ちゃんの話になると口をつぐんでいたのが気になる。
もしかして喧嘩でもしたのだろうか。
良い歳したおっさんとおばさんが喧嘩すんなよと言いたいが、それを言ったら更に燃料を投下しそうなのでやめておいた。
まあ、何にせよ帰ってからだなぁと考えを切り替えて、愛さんから貰った鍵を手にマンションに向かう。
そこまで離れた場所じゃないので、歩いて行ける距離だ。
恐らく、このマンションも社員寮の為に借りている物件だろうから、それほど綺麗な物は期待していない。なのだが、たどり着いたら、二十階建ての結構立派なマンションだった。
おおー……金かけすぎじゃね?
ホント株式会社は、言ってしまえば地方の中小企業だ。社員の為に、これほどのマンションを借りているのだろうか?
だとしたら、中小企業も侮れんな。
ホント株式会社に驚きつつ、マンションの中に入る。それで用意してもらった部屋に入ると、かなり広々とした綺麗な部屋が広がっていた。
これまでで、一番広い部屋かもしれん。
都ユグドラシルでも部屋は与えられたが、広さはワンルームと変わらなかった。その分、機能は充実していたが、それだけだった。
その点便利さは無くても、一人で広い部屋を占拠出来るというのは、何とも言えない充実感が湧いてくる。
収納空間から女王蟻の蜜を取り出して一杯。
クィーーー‼︎
うむ! この声の響きといい、この部屋は良いのではないだろうか!
物がまったく無いというのは、自分で用意しろという意味だろうが、これだけの部屋なら家具を選ぶのも楽しそうだ。
……一人だけどな。
それも、少しの間だけど。
ここに長く留まるという可能性は、まず無い。
なので、家具を選ぶにしても、こだわっても無駄になってしまう。
そう考えた瞬間に、楽しみが一つ無くなってしまった。
無駄を楽しむのが、人生を楽しむ方法だと誰かが言っていた気がする。余計なこと考えずに、行動すれば良かったなと後悔した。
はあとため息を吐くと、気を取り直してマンションを出る。
やらないといけない用事は、まだまだあるのだ。
まずは、ギルドに行って天津道世に会わなければならない。このボロボロになった手帳を渡さないと、流石に彼が報われないから。
会長という忙しい立場にあるのは分かっているので、仮に居なくても、どこかで会える日を作ってもらおう。
最悪、受付に手帳だけでも渡しておこう。
それで行こうと決めてギルドに向かっていると、強い口調で誰かに呼び止められた。
「無視するな、田中!」
それはまだ高校生くらいの少年で、顔立ちに幼さが残る厨二臭い奴だった。
こいつは何となく見覚えがある。
だが名前が思い出せない。
えーと、誰だったかなぁ?
ああ待て待て、今思い出すから。
その生意気な目つき、人を苛立たせる言動、そう簡単に忘れるはずないんだけどなぁ……タカヤ。
お前、タカヤだろう⁉︎
「カズヤだ! 貴様っ! 少しの間、会わなかっただけで、他人の名前を忘れたのか⁉︎」
タカヤあらためカズヤは大変ご立腹の様子だ。
いやーすまんすまんと謝っておく。確かに人の名前を忘れるのは失礼だった。
今度からは、厨二顔=カズヤで覚えておこう。
それにしても久しぶりだな。
彼女出来たか? ああすまんすまん、彼女出来ないよなぁ。いやいや、気にすんなって、お前くらいの歳だと普通だって。
そういえば、お前の幼馴染はどうしたんだよ。
彼氏とデート……ブフッ⁉︎
ごめんごめん、別に面白がっているわけじゃないんだ。辛いよなぁって同情してんだよ。まあなんだ、ギルドで飯でも食おうぜ。
え、いらないって? 待ち合わせをしている?
どうやら、パーティメンバーとこれからダンジョンに潜る約束をしているらしい。
まあ、それなら仕方ないなと別れを告げる。しかし、何故かカズヤに呼び止められてしまう。
最近変わったこと……?
何だよいきなり。え? 俺から懐かしい何かを感じるって?
何だよ、その懐かしいやつって。
分からんのかい⁉︎
今度、合同で探索するから来ないかだって?
馬鹿野郎! 知らない奴らの中に、一人で放り込まれたら、思いっきり孤立するだろうが!
絶対に参加せんわ!
拒絶の意志を示すと、今度こそカズヤと別れてギルドに入る。
受付に行くと、何故か毛の生えた帽子をかぶっている中年男性が座っていた。一応、女性の受付もいるのだが、そっちの方には多くの人が並んでおり順番待ちをしていた。
俺は珍しいなぁと思いながら、せっかくだからとかつら男の列に行き、会長はいるかを尋ねる。
あっ、いないんですか。いつ頃戻って来ますかね?
別に、用事って言うほどの……用事ですね。
それがなんなのかって言われても、ちょっとそんな喧嘩腰な人に言いたくないですね。
喧嘩腰じゃない? その言い方がそうなんですよ! この列だけ人が並んでないでしょ! これが原因なの!
もうちょっと言い方を考えろよ、このハゲ野郎!
ああ、いえ、謝ってもらえたら別に……あっ、ハゲてないんですね、すいません変なこと口走って。
これティッシュです。
はい、また来ます。はい、そこまで急ぎではないので、次来た時にでも大丈夫です。はい。
まさかハゲと罵るだけで、悲しそうにするとは思わなかった。寧ろ、キレて散らかすかと思っていたが、案外繊細な人なのかも知れない。
また別の日に来ようと決めてギルドを出る。
出てから、この前採掘したやつ換金してないやと気付いたが、それは次でも良いかと思い、ショッピングモールに家具の調達に向かった。