地上5
……信じて下さい、わざとじゃないんです。
翌る日、またしても愛さんのお世話になっている。
流石に二回目ともなると、愛さんの額には血管が浮かんでおり、大変お怒りのようすである。
大変申し訳ないですはい。
というより、どうして鎧装備したらダメなんだよ。
探索者だったら普通だろうが。
ちくしょ〜。
悔しい気持ちになっていると、愛さんから鍵を渡される。
これは?
ここから近くのマンションの鍵?
次、何か起こされても困るから、そこに住んどけと……
アザース‼︎
マジで良いんですか⁉︎ 俺、何もしてないですけど、良いんすか⁉︎
いやー、流石は愛さんですね。普通のお人とは違うと思っていました。この恩は気が向いたら返しますんで、期待せずに待っといてください!
まさか短い間とはいえ、住む場所を提供してくれるとは思わなかった。
愛さんからマンションの資料を受け取り、その場所と間取りを確認する。
場所はホント株式会社とダンジョンの中間くらいの位置にあり、繁華街に近い場所となっている。
マンション8階の間取り3LDK! 家賃光熱費会社持ち! 至れり尽くせりの最高な環境だ。
「今度のグラディエーター、期待しているわ」
ええ! お任せ下さい!
鍵を受け取り、勢いよく頭を下げる。
ここまでしてくれたからには、多少の無茶はしてやろうじゃないか。
それから、マスクとサングラスを装着して、スマホを修理出しに行く。
店に提出すると、二時間後に来てくれというので、どこかで時間を潰そうと散策を始めた。
正直、地上に戻ってから躓いてばかりだ。
ダンジョンのように、力で全てが解決出来るわけもなく、都ユグドラシルのようにトップがサポートしてくれる訳でもない。
人対人でのしがらみや探り合い、共闘や騙し合い。
今の俺には、ダンジョンのモンスターよりも、地上の人々のほうが余程手強い相手なのかも知れない。
いや、この場合は人間社会かな?
なんて下らない思いを抱きつつ、コーヒーショップに入る。
ここに寄るつもりではなかったのだが、何故かあの甘い飲み物を口にしたくなったのだ。
無駄遣いするべきではないのだが、愛さんからの報酬は百万円をしかも現金で受け取っているのだ。少しくらいは許されるだろう。
タッチパネルを操作していく。
これ選択して、これのこれ……あとこれ……これからどうやるんだっけ?
長い間触っていなかったせいで、操作の仕方を忘れてしまった。
店員に聞こうにも、他のお客さんを相手にしていて頼めない。というより、意図的にこっちを見ようとしてないような気がする。
気のせいか?
なんて困っていたら、背後から助けの声が届く。
「何かお困りですか?」
それは大学生くらいの黒髪の女性だった。
物腰が柔らかく人当たりが良さそうで、その顔立ちの美しさと相まって、多くの男性を虜にしそうな人だった。
え? ああ、ちょっと操作の仕方が分からなくて……。
ここをこうの、はいはい、ありがとうございます。
え、他人行儀?
それって変装なんですかって?
んー……どうしよう、覚えてないや。
どうやら、彼女とは知り合いだったようだが、まったく覚えがない。
ここは素直に、忘れましたあんた誰? と尋ねるべきだろうか。そうだな、ここは素直に謝っておこう。
ああ、久しぶり。
元気してた? 俺? 元気してたよ。うん本当に久しぶりぃー。
ダメだった。
口が勝手に動いて、覚えてますアピールをしてしまう。
最近見なかったけど、どうしたのかって?
別にいつも通りだよ。いつも通り、ダンジョンにいたよ。
あの後、どうなったのかって?
何の話?
ふんふんと話を聞くと、どうやら俺は人助けをしていたらしい。
偉く感謝されているが、何に対してなのかがさっぱり思い出せない。
うん、あんがとね。うん、フラペチーノ好きなんだ。
だから太ってるって?
やかましい。
店員から商品を受け取ると、じゃーねーと挨拶をして店を出ようと歩いて行く。すると、正面の自動ドアが開き赤い髪の女性が入って来た。
動けなかった。
サングラス越しに見る彼女は、眉間にシワを寄せて困ったような怒ったような顔をしていて、それでも優しい目が黒髪の女性を見ていた。
変わってないな。
赤い髪の女性は黒い髪の女性を美桜と呼んでおり、一人で出歩かないでよと怒っている。
その様子から、よほど心配していたんだなぁと察する。友達思いな所も変わっていない。
仲間になりたいと願っていた。
一緒にダンジョンに潜れたら、きっと楽しいんだろうなって思っていた。
どこまでも行けるんじゃないかと、ただただ夢見ていた。
千里。
彼女に話し掛けるのは避けるべきだ。
東風達が守った命を、平穏を掴んだ彼女に俺が関わるべきではない。
だけど、少しくらい視線で追っても許してはくれないだろうか。
美桜と呼ばれた女性は、千里にごめんなさいと謝っており、千里は仕方ないわねと許していた。そしてスマホを取り出して、どこかに連絡している。
きっと友人と仲良くしているのだろう。
良かった。
これで良かった。
あの時、記憶を消して良かった。
俺は安堵して店を出る。
そして、二人を狙っている男達を睨み付ける。
店の向かい側の道に停車しているワンボックスカー、その中から二人を見ている気配を感じ取る。
その視線は物色している物ではなく、明確に二人を狙った物だった。
スキル空間範囲が広がり、車両の中の状況を把握する。四人の男がおり、一人が店内を見ながらどこかに連絡していた。
もしかして千里かとも考えたが、通話を切るタイミングが違っていた。
男達は俺に気付いたようだが、気にした様子はない。
サングラスで、俺の目が隠れているからだろう。
千里達が店から出ようとしている。それと同時に、ワンボックスカーも発進する。
どうする。
追うべきか、千里達を陰から守るべきか……。
悩んだすえ、ワンボックスカーを追いかける決断をする。まずは、こいつらの狙いが何なのか、どういう規模の集団なのか知る方が重要だろう。
こんな時にフウマがいてくれたら、二手に分かれられたのに、まったく使えない馬である。
さて、とつま先をトントンとしてワンボックスカーを追う。
空から行けば簡単なのだが、それだと目立ちすぎるのでやめておく。走ろうにも、人通りの多い場所なので全力を出す訳にもいかない。その代わりと言っては何だが、道路には信号も多く交通量も多いので、追いつくのは簡単だ。
ランニング程度の速度で走り出し、空間把握が感知可能な範囲の距離を保っておく。
やがて大通りに出てスピードを上げるので、少しばかり速度を上げて走る必要があった。
近くの車が驚いて事故りかけていたので、すまんと思った。
途中でフラッペで喉を潤しつつ十分ほど走っていると、大通りから曲がり、人通りの少ない場所へと入って行った。
そろそろ目的地かな、と思っていたら車両が停車して四人の男が車から降りて来ていた。
うん、どうやら追跡はバッチリバレていたらしい。
相手は四人ともスーツを着用しており、一見普通のサラリーマンのようにも見える。しかし、油断のない所作を見る限りそれなりに腕に覚えがあるようである。
なので、一緒に車に乗せてもらう事にした。
別に俺が捕まったとかではなく、ボコボコにして移動させているとかでもなく、単純に彼らから車に乗れと指示されたのである。
だからこれ幸いと乗り込んで、彼らから話を聞こうと思ったのだ。
はっきり言って、彼らを排除するのは容易い。
そもそも、彼らは探索者ではなく一般人なのだから相手にすらならない。それは、千里達からしても同じだっただろう。
そんな彼らがどうして千里を狙っていたのか、目的を聞かなければならない。
じゃあ、きびきび吐いてもらおうか。
威圧して問うと、何故か取引をしようと宣い出した。
おいおい、俺はあの二人を……どこに雇われたって?
三百万で手を引いてくれ?
だから何を……探索者が一般人に手を出すとどうなるか、知っているかって?
知らん。
つまり、お前達も雇われてるんだな。そいつは誰だ。まずは、それだけ言え。
言えないって、お前ら状況理解してんのか?
探索者観察署? なんだそれ?
犯罪を犯した探索者を取り締まる機関。
……だからなんだよ?
それがどうしたというのか。
取り締られるからって、今の状況に関係ないだろう。
もしかして、そう言えば俺が怯むとでも思ったのだろか?
ん? 家族にも被害が及ぶ?
……それはその探索者監察署って所が動くのか?
違う? お前らのバックにいる奴か……。
じゃあ問題ないな。
喋る気がないのなら力尽くで、そう行動しようと思っていると、車が廃屋となった倉庫に入って行くのに気付く。
そして停車すると、外に十名の探索者の存在を感知する。
半ば恐怖していた男達は、この場所に到着すると同時に車から飛び出した。
俺も車から降りて周りを見ると、武装した探索者達が立っていた。