地上4
あのー、えーと、うーんと、何と言いますかーーー……。
愛さん、お久しぶりです。
身元引受人を愛さんに頼んでしまった。
スマホが壊れていて連絡先が分からず、他に頼める人がいなかったのは事実だが、多忙だろうこの人にお願いするしかなかったのは心苦しい。
警察署から解放されて、そのまま愛さんに連れられてホント株式会社に来ている。
社長室の椅子に座っている愛さんの姿を見ると、本当に人の上に立つ人なんだなと分かる。
その愛さんの顔を見ると、不機嫌さを隠そうともしておらず腕を組んで指をトントンと動かしている。眉間に皺が寄っており、半眼で睨まれているようでなんか怖い。
あっ、あのー、こっちがマッピングールになります。
「…………」
……あとこれ、お土産です。
マッピングールを返しても反応が無かったので、お土産と称してユグドラシルから貰ったカード型の端末を差し出す。
「……」
……あとこれも、ダンジョンで取れた何かよく分からんモンスターの爪です。
それでも反応が無かったので、フェンリルから取れた大きな爪を一本差し出す。
「…………え?」
愛さんは急に現れた爪に驚いたのではない。
爪をテーブルの上に置いた瞬間に冷気を吹き出して、凍り始めたのだ。
あっ、これやっちまったやつだわと急いで回収して、収納空間に納めておく。
あはは、すいません。他にもあるんですけど、海亀の肉とかいります?
あっ要らない、はいすいません。
え? ああ、えーと、今まで何やってたって言われても、ダンジョンにいたとしか言えないですねー。
はいそうです。何ヶ月間もダンジョンに居ました。
食料? 主に現地調達してましたね、無限に増える肉とかも手に入ったんで、そこら辺は大丈夫でした。
あっ、いります? さっき言ってた海亀の肉なんですけど……ああ、要らないんですね。はいはい、分かってます分かってます。
いろいろと愛さんに尋ねられるが、隠す話でもないので正直に答えていく。
はい、はい、どうして長期でダンジョンにいたのかですか?
…………何でだっけ?
待って待って! 今思い出すんで、少し待って下さい。
んーっと頭を捻って思い出そうとする。
どうして奈落に落ちたんだっけ?
トラップを踏んで飛ばされたんだっけ?
なんか違うような気がするんだが、何せ昔の出来事過ぎて思い出せない。
だから適当に答えておく。
道に迷いました。
マッピングールがあるだろうって?
…………それもそうっすねー。じゃあ、トラップ発動させて知らない場所に飛ばされました。
真面目に答えなさいって言われても、覚えてないんですよ。どうしてあそこに居たのか、マジで覚えてないんですって。
それならそう言いなさい?
……ごもっともです。
適当に答えていたら怒られてしまった。
まあ、確かに迷惑を掛けておいて、適当に答えるのはダメだったなと反省する。
え? アパート燃えたけど、今どこに住んでいるのか、ですか?
公園に住んでます。
ええ、ダンボールを敷いて新聞紙の布団ですけど。
お金あるだろって?
ふっ残念ながら、使えないです。
なんでって言われても、スマホが壊れているのと口座の暗証番号忘れたくらいで、他に思い当たる節がないですね。
どうしたんですか、呆れた顔して?
何で忘れるのか? そんなの長いこと使ってないからですよ。長いこと現金なんて下ろしてないです。
銀行印はどうしたのかって?
そんなの、そんなの……アパートと一緒に燃えてますよ。
そう言えばと思い出してみると、収納空間の中に印鑑を見かけた記憶が無い。財布や通帳、カード類は入れているのだが、印鑑は別に置いていた気がする。
じゃあ、もうどうしようもないじゃん。
ギルドで稼いで、現金手に入れてスマホを修理するしかない。
え? お金くれるんですか⁉︎
ありがとうございます! ありがとうございます!
え? ああ、支払ってなかった報酬。
どうやら、マッピンググールのモニターした給与を支払ってくれるそうだ。
結構な時間があいてしまったが問題ないのだろうかと疑問に思うが、まあここは、あえて何も言うまい。
これからどうするのかって?
そうですね、スマホ修理して用事が終わったら、実家に帰って家族と過ごそうと思ってます。
ん? 何驚いてるんです?
やっぱり、探索者引退するのかって?
別にギルドに登録もしてないですし、半ば趣味でやってた物みたいなもんですしね。引退って言うより、少しの間の休養みたいなもんですよ。
というより、やっぱりって何ですか?
俳優を目指す? この映画でバズってたの俺だろうって?
愛さんにそう言って見せられたのは、ダンジョンパニック映画の予告動画だった。
…………違います。
この予告の動画が、というよりラストの怯えたデブのシーンが、ネットでミーム化しているようだ。
なんとも酷い話である。
過去に少しだけエキストラとして参加しただけというのに、ネットのオモチャにまでされてしまっている。
あと数ヶ月の話とはいえ、これはあんまりではないだろうか。
お蔵入りになんないかなぁ、この映画。
じゃあ戻って来るのか、ですか?
戻っては来ますけど、どうしてですか?
お願いがある?
ふむ、
ふむふむ、
ふむふむふむっぶっしゅ⁉︎
すいません、ティッシュあります?
あ、ありがとうございます。
そうですね、話はわかりました。でも、お断りします。
愛さんの話は、熊谷さんと同じ内容だった。
グラディエーターという催し物に参加してほしいと。そして、改めてホント株式会社と契約してほしいという物だった。
残念ながら、俺にはメリットが無い。
あと数ヶ月で居なくなる俺には、そんな催し物に参加する必要も、それで得られる金も必要ない。
今回の借りを返すつもりではいるが、それに参加するのは少し違うと思っている。
そんな俺の思いを察してか、愛さんは妥当な提案をして来た。
「……では、一度でいいから、治癒師として裏方でついて来てくれないかしら?」
それなら良いですよ。
裏方なら、他の選手の出場枠も取らないし、借りも返せるし、俺も面倒くさい試合に出なくていいので問題なし。
こうして、今度行われるグラディエーターに同行するようになった。
ホント株式会社を出て、スマホを修理してくれる店に行く。
スマホの修理を依頼すると、予約を取っていないから明日また来てくれと言われてしまった。
いつも客が多くて、予約してない人は今ここで予約を取ってくれというのだ。
そりゃすまんな、となって次の日に来るようになってしまった。
じゃあ、これからどうしようか? と考えていたら、周囲から視線を感じる。
若者が俺を見てヒソヒソ話をしており、「絶対あの人だよー」とスマホを見ながら不穏な言葉を口にしていた。
……とりあえず、顔隠すか。
どうにも有名になってしまったようで、困ってしまう。
このままではサインをねだられて、揶揄われて、下手すりゃ暴力沙汰に発展するかも知れない。
それは流石に回避したいので、ちょっくら物陰に隠れてフル装備で顔を隠す。
「…………また君か」
そして、またしても警察に連れて行かれた。