地上3
ダンジョンを出ると、問答無用にパトカーに乗せられた。
せっかく採掘したのに、換金できないとは悲しい限りである。
えっと、かつ丼って出ないんですか?
ああ自費になるんですよね、知ってます知ってます。
分かってんですけど、一応様式美で聞いとなきゃなと思ったんすよ。
どうしてあんな事したのかって?
何の事ですか?
ふんふん、まったく心当たりがありませんね。
俺はダンジョンでカツアゲも恐喝も半殺しにもしていませんよ。ただ死にかけのクソボケ馬鹿アホガキ共を治療しただけです。
出鱈目って、あーたねぇ、俺の話も聞かないで! あんなしょうもないチンピラの話を信じるんですか⁉︎ あんたそれでも、正義の味方の警察官ですか⁉︎
見て下さいよ、俺のこの澄んだ瞳を! これが嘘ついてるように見えますか!?
え? 濁って見えるって……ちょっと目薬借りて良いですか?
あっ、すいません。最近乾燥気味のせいですかね、目が疲れて輝きが無くなっちゃいますよね。
これでどうですか?
だめ?
まじかーって、そんなんどうでもいいわ!
まずあいつらを調べて下さいよ! 俺はダンジョンで襲われて誘拐されそうになったんですよ! 分かります⁉︎
それをわざわざ治療までしてやったんです。その対価を要求しただけで、それ以上の物は取ってませんよ!
えっ、分かってる?
あいつら別の事件の容疑者なの?
警察の話曰く、あの連中は他にもたくさんやらかしているらしく、そのまま逮捕するのだそうだ。
だからと言って、あいつらが被害を訴えた以上、俺の調書を取らないといけないらしい。
はいはい、どうやって治療したのかって?
治癒魔法ですよ、ほら。
「……なあ田中君」
なんですか?
「巷で起こっている誘拐事件を知ってるかな?」
警察官は更に話を続ける。
何でも、治癒魔法のスキルを持った者を誘拐する事件が頻発しているらしい。
元々、治癒魔法スキルの所持者が少なく希少ではあるが、国の施策のせいで探索者が増え、それに伴い治癒魔法の使い手が増えているそうだ。
それ自体は喜ばしいのだが、そこに目を付けた輩がいる。
そう、裏社会の人間……ではなく、ネオユートピアと呼ばれる場所に住んでいる人達なのだそうだ。
誘拐しては半ば強制的に契約を結んでおり、被害者が声を上げても、実行犯とは関係なく、危ない所を助けたと言ってのらりくらりと回避しているらしい。
実行犯を捕まえても知らぬの存ぜぬで通されており、罪が明確となり起訴されても、出所後の人生が約束されていると思っているのか決して口を割らないのだという。
それで、仮にあいつらを捕まえたとしても、誘拐未遂でしょっ引くくらいしか出来ないそうだ。
いやいや、十分でしょ。誘拐未遂でしょっ引いて下さいよ。
治癒魔法云々は、言っちゃ悪いが俺には関係ない。
どうして誘拐するのかとか、誘拐された人達がどうなったとか、残念ながら興味がないのだ。
そのまま、俺の意見を伝えて、はよ解放せんかいと警察官に詰め寄る。
え、身元引受人?
俺も一応は訴えられているから、釈放は出来ない?
誰かに来てもらってくれって?
……スマホの充電してもらっていいですか?
充電の切れたスマホを警察官に渡す。
スマホに連絡先があるから使えなかったら身元引受人を呼べないと伝えると、仕方ないかといった様子で充電してくれるようだ。
それから暫く待つと、スマホを持った警察官が入って来た。
はい、はい、え?
スマホ壊れてる?
そんな馬鹿なとスマホを受け取り電源を入れるが、最初の画面まで行くといきなり画面が真っ暗になって動かなくなる。
おいおいマジかよ、誰も呼べないじゃん。つーか実家にも連絡出来ねーよ。どうすんだよ、これマジで。
ちょっとスマホの修理に行って来て良いすか?
だめ? 誰でも良いから連絡付く奴はいないかって言われても、スマホがこれじゃ連絡先も分かりませんしねー……
…………誰でも良いんですかね?
ーーー
本田愛は、椅子に深く腰掛けて背もたれに体重を預けると、ぎぃと小さく軋む音が鳴る。静かな室内にはその音さえも大きく聞こえてしまう。
「はぁ、大変なことになったわね」
ため息を深く吐き出すと、これから先のことを思い憂いてしまう。
ホント株式会社は地域に根差した企業である。
この地域での目玉はダンジョンであり、そこから取れる資源が一番の財源と言って良かった。
ダンジョンと探索者の間には探索者協会があり、そこに作成した探索者専用のアイテムを卸して商売が成り立っていた。他にも、近くのショッピングモールにも出店しているが、やはりメインは探索者協会である。
それが今や、探索者協会との繋がりが切れようとしていた。
理由は、探索者同士が争うグラディエーターに選手を出場させるからだ。
グラディエーターという興行をよく思っていない探索者協会は、参加した探索者の登録を抹消していた。そして、その支援している企業にもペナルティを課しているのだ。
内容は、探索者協会内への立ち入り禁止。
それには、その企業の商品も含まれており、ホント株式会社はメインの取引先を失いそうになっていた。
問題はそれだけではない、そもそもの素材の購入先も探索者協会なのだ。その買取もできなくなるため、かなりの窮地に立たされていた。
今のうちに大量に購入してはいるが、精々持って一年分と言った所だろう。
このままでは厳しい状況に陥るだろう。
それなら、グラディエーターへの参加を辞めればいいという話だが、それも出来ない。
愛自身がそう選択したのだ。
理由は、以前企業の買収を持ちかけた大企業にある。
あの企業に、愛の兄の慧が加わったのだ。
元々、慧はホント株式会社とは関係のない外資系企業に勤めており海外にいた。だが、その外資系企業が昨今のダンジョンブームに乗り、件の大企業に協力関係を持ちかけたのである。
資金を提供する代わりに、ダンジョンの産業に口を出すための足掛かりを作れと。
それならば、最初からダンジョン関連の企業に話を持って行けば良かったのだが、それは全て断られていたようである。
以前、ホント株式会社にも訪れており、にべもなく追い返したのを覚えている。内容が、金を出すから言う通りにしろというもので、開発に殺傷能力の高い商品の開発をしろとまで言って来たのだから当然だろう。
殺傷能力のあるアイテム。
それを使うのがモンスター相手ならば問題ない。
だが、あの企業が言うのは、作った商品を海外に送れというものだった。
誰がその話を受けると言うのだろうか。余りにも馬鹿げた内容だったので、今もはっきりと覚えている。
ホント株式会社に人殺しの道具を作らせ、戦争に加担をさせようというのか。
それを察した他の企業も軒並み断っており、ホント株式会社も横の繋がりを使い、注意喚起をしていた。
これで終わればこうはなっていないのだが、外資系企業は別の手を使って来たのである。潤沢な資金を使い、日本の大企業を動かしたのだ。
そのチームには本田慧も参加しており、実家の事業に興味の無い慧はホント株式会社を取り込もうと動き出したのである。
血縁者だから、簡単に御せると思っていたのかもしれない。身内だからと情に訴え、もっと大きな企業に成長できると宣い、下らない野心を隠そうともしなかった。
父親である源一郎に似ており恵まれた体格を持っているが、ダンジョンに潜った経験もなく、ただ組織の中で上を目指すことに心血を注いでいるようだった。
ある意味、大企業という名の迷宮に囚われた存在なのかも知れない。
そんな兄である慧が、ある情報を手土産に訪れたのである。
そして、それに靡いてしまったのだ。
時は二ヶ月前に遡る。
「お前も分かるだろ? これからは、ダンジョンの資源が世界を席巻するんだ。その資源を利用して、数々の道具を生み出せるこの企業は可能性の塊なんだ! もっと大きくなれるんだぞ。それはお前でも分かるだろう」
「兄さん、それは受け入れられません。まず、ダンジョンの危険を理解しているなら、軽々しく言うべきではない。私達は、探索者が生きて帰って来る為に商品を開発しています。それ以外を目的に、ましてや兵器になり得るアイテムを作るなど、絶対に許されるはずがない!」
「そんなの分からないさ、警察が取り締まるって言うのか? 探索者向けだと言っておけば、誰も取り締まれないだろ。なんたって、国がダンジョンに潜るのを推奨しているんだからな。探索者の助けになるアイテムが、他でも使える。ただそれだけの話さ」
「馬鹿馬鹿しい、誰がそんなの認めると言うんです。それに、取り締まるのは警察じゃないんですよ」
「じゃあ、何が取り締まるって言うんだ? 警察が動かないなら、スーパーヒーローでも介入して来るのか?」
「この業界に無頓着な兄さんは知らないでしょうね、探索者には、探索者を取り締まる組織があるんです。彼らは、容赦なく動く。相手が一般人だろうと関係ありません」
「あはは、知っているさ。それなら問題ない。話は付けてあるし、対抗手段も用意されている」
「対抗手段?」
「ネオユートピアでグラディエーターが開催されているのは知っているな? どうして、あんな物を起こしたのか考えたことはあるか? あそこの連中は怯えているのさ、探索者っていう存在を、金で言うことを聞かない連中に怯えているんだよ。考えてみれば当然だよな、一人で既存の軍隊を壊滅させられる存在。そんな連中が野放しになっていれば、誰だって怯えるだろ。だから、身を守る為に探索者を雇っている。その存在の危うさを知らせる為に開催しているんだよ」
まっ、興行としても大成功しているがな。そう締め括った慧は、皮肉そうに笑って見せた。
「では、選手達が対抗手段だと?」
「違う、民衆だ。選手も対抗手段ではあるが、一番はどこにでもいる一般人なんだよ。たとえどんなに優れた探索者でも、世論を敵に回してただで済むはずがない」
「その認識が間違っているとは思わないんですか?」
「どこがだ? どれだけ力のある探索者でも、一人の人間に違いはないんだ。欲望を満たせば靡き、弱みだってある。やりようは幾らでもあるんだよ」
「それで制御出来る相手なら、過去に国が傾くような事件は起きていません。彼らは普通ではない。どれほどの欲を満たしても、彼らは思うままに行動します。弱みなど握って脅せば、即座に殺されますよ。それでも、考えを曲げないのですか?」
「戯言だ。どれだけ言っても、お前は頷かないだろう。説得出来なければ、俺は強制的に親父に追い出される。だから、とっておきの情報をやろう」
「……なんですか、それは?」
「オーストラリアで、ダンジョンらしき物が発見された」
驚いて息が詰まった。
他国にもダンジョンが現れた。
それは日本が独占していたダンジョンの資源が、他でも採れるということだ。また、その地で探索者という職業が産まれるのと同義でもある。
これはチャンスだ。
企業家として、商機を逃す訳にはいかない。
しかし、焦る気持ちを諫めて、だがと考えを改める。
「そのダンジョンは国によって管理されてますね」
「鋭いな、その通りだ。だが、日本以外にもダンジョンはあるのは確定したんだ。なら、問題は資源ではなく、それを加工する技術だ。探索者協会に依存した商売からの脱出だけではなく、世界で唯一になれるチャンスでもあるんだぞ。よく考えろ」
「……どうしてここなんですか? ネオユートピアでは、更に優れた物を開発しているでしょう」
愛は一度だけネオユートピアに行っていた。
あそこだけ、世界が違っていた。あの区画だけ、文明が発達していたのである。とてもではないが、あれに匹敵する物を作れるとは思えないのだ。
ならば、探索者専門の企業を訪ねるよりも、ネオユートピアの開発企業と提携した方が、何倍も利益を得られるはずである。それなのに、ホント株式会社を選ぶ理由が分からなかった。
「ふん、あそこの奴らは、自分達が使っている物がどういうものか理解していない。言っておくが一般人の話じゃないぞ、開発者も理解していないんだ。はっきり言って素人と変わりない」
「はあ?」
そんなことはあり得ないと愛は断言出来る。
作り出す工程で、魔法陣の作用や魔術線の繋ぎを必ず調整しなくてはいけない。優れた錬金術師になれば、その魔法陣と繋ぐ魔術線を見ればどういう効果があるのか理解する。
それを、あれ程の物を開発した者達が理解していないというのだろうか?
しかも素人呼ばわりである。
じゃあ、あの技術はどこから来たと言うのだろうか?
「これは眉唾物の情報だが、ネオユートピアの設計はたった一人で行われたそうだ」
「……それは些か度を越しているのでは?」
いくら何でもそれはないだろうと言うのが率直な感想だ。
あそこにある技術は、それぞれが独立しており、高い専門の知識が必要になる物ばかりだ。それをたった一人で成してしまえるなど、到底信じられるものではなかった。
「そうだろうな、俺も最初耳にした時は信じなかったよ。だがな、ネオユートピアの建設に携わった企業の全てが、ある存在の元を訪れている」
「一体どこを……いえ、誰を尋ねたんですか?」
「それは教えられないな。ただな、アレと取引しようとは思わない。そういう人物だった、とだけ教えておいてやる」
愛は考える。
これからのホント株式会社としてどう在るべきなのか、それが今問われている。
「この話に乗るのなら、優秀な探索者を雇い入れておけ。宣伝効果もあれば、自衛の手段にもなる」
「宣伝効果、グラディエーターに参加させろと? 探索者協会がどういう方針を取っているのか知っているでしょう、それをやれと言うのですか?」
「そうだ。やるからには覚悟を決めろ。こんな小さな場所で終わるような会社にするな」
「……考える時間を下さい。今直ぐ判断できる内容ではない」
「いいだろう。だが、悠長に構えるなよ。他の企業の囲い込みも始まっているからな」
そう告げると慧は社長室から出て行った。
その後、ホント株式会社を加えた約半数の企業が慧の提案に乗った。
地方から世界へ。
その謳い文句に簡単に乗った訳ではない。
各社協議を重ね、横の繋がりと話し合いながら決定したのである。
勿論そこには、これだけの企業が参加を表明すれば、探索者協会も規制を緩めるだろうという打算もあった。
しかし現状は、探索者協会の指針に変わりはない。
「話し合いの場すら与えてくれないって、会長は何を考えているのかしら」
何度か探索者協会に説明の打診を申し入れたが、その全てが無視されている状態だ。
どうしたものかと天を仰ぐ。
それで良いアイデアが浮かぶ訳でもないが、一人でいる時くらいはいいだろう。
「スーパーヒーローでも現れてくれないかしら」
どうしようもなくなると他者に頼りたくなる。
そんなとき、ふと彼の顔が思い浮かんだ。
凄まじく強い探索者のはずなのに、体型は太っておりどこか抜けている彼。
昨年、命を救われ、父親である源一郎の命も救ってくれた。正しくスーパーヒーローのような存在だ。
その彼と連絡がつかなくなって早三ヶ月が過ぎようとしていた。
度々連絡が取れなくなる事はあったが、それでも仕事中の連絡がつかなくなったのは、これまで一度もなかった。
マッピングールの報告をせずに姿をくらました。
最後の目撃情報は、ダンジョンに向かう姿だった。
それはつまり、そういうことなのだろう。
「はぁ……」
自然とため息が出て、この考えを振り払おうとする。
亡くなった人を考えるにしても、今ではない。
そう考え、頭を切り替えようとすると、社長室の電話が鳴った。
「はい……警察から?」