地上2
早速ダンジョンの前に来たわけだが、そんなに稼ぐ必要もないので11階で適当に採掘するつもりだ。
確か魔鉱石やら何かの鉱石が売れたのを覚えているので、まあ一時間もすればそれなりに稼げるだろう。
そう思いダンジョンに入ろうとすると、田中君久しぶりと声を掛けられた。
声を掛けてきたのは二十代後半くらいの男性で、探索者の格好をしており双剣を腰に携えていた。これからダンジョン探索を行うのか、パーティメンバーと歩いていた。
誰だろう?
なんか、見覚えはあるのだが思い出せない。地上では三ヶ月くらいしか時間は流れていないだろうが、俺の体感では十年以上経過しているのだ。そのおかげで、記憶も曖昧なところが多い。ましてや、探索者の知り合いなんて一回か二回会っただけなので、記憶に残っている気がしなかった。
この場合、呼ばれた時点で聞こえないフリをするのが一番なのだが、すでに目を合わせている以上、それも出来なかった。
最近見なかったけど、ダンジョン行ってなかったの? と話しかけられる。俺は、そうっすねーと適当に返事をして、じゃあダンジョン行きますんでと告げる。
しかし、この男性は逃がしてはくれなかった。
まあ待ちなよって、いえ急いでいるんでお構いなく。
不屈の大剣はどうしたのかって?
ありますよ、ほらここに。
そう言うと、収納空間から不屈の大剣を取り出して見せる。すると、おおという驚きの声が上がった。
きっと何も無いところから、不屈の大剣が出てきたのに驚いたのだろう。なんて思っていたら違った。
え? これは違うくないかって?
いえいえ、これが不屈の大剣ですよ。修理してもらったんで、前とは違っていますけど、間違いなく不屈の大剣ですよ。
持ってみても良いかって?
はいどうぞ。
双剣の人に不屈の大剣を渡すと、軽くなってると驚いていた。それに凄い力を感じると感嘆の息を漏らしていた。
もういいですかね?
ああ、良いっすよ良いっすよ。気にしないで下さい。
じゃあ、俺はこれで。え? まだ何かあるんすか?
「田中君さ、君、俺の名前覚えてないだろう?」
…………すんません。
素直に謝ると、彼は自己紹介をしてくれた。
そして名前を聞いて、ああ! という驚きのアハ体験をしてしまった。
彼、熊谷さんとは、奈落に落ちる前に何度か交流した記憶がある。ような気がする。
なにぶん昔のこと過ぎて、数回しか会ってない人の記憶には自信がないのだ。テントも貰った気はするし、良くしてもらったはずなのだが、奈落での生活がスリリング過ぎて、具体的な記憶が塗り潰されてしまっている。
いやーすんませんね熊谷さんと謝罪して、またよろしくお願いしますと頼んでおく。
そして、ギルドの食堂に来ている。
おかしいな、ダンジョンに行くはずだったのに、飯を奢ってくれるという言葉に釣られて付いて来てしまった。
熊谷さんが、俺に話があるらしいのだ。
ふんふん。
ふんふんふん。
あっ、カレーとホットコーヒーお願いします。
ふんふん。
このパフェも注文いいです? あざっす。
ふんふん……ふん、分かりました。謹んでお断りします。マジで無理です。
正直、良くわからん話だったので断っておく。あと、ホント株式会社の名前が出たので、はっきりと拒絶もしておく。
熊谷さんの話の内容はこうだ。
40階を無事突破した熊谷さん達のパーティは、それを聞き付けたグラディエーターの興行団体に声を掛けられたらしい。
グラディエーターの活動は、探索者同士の戦いを見世物にしているらしく結構な人気なのだそうだ。
それだけを聞くと、おめでとう御座います。と言って終わりなのだが、どうにも俺を誘って来ている。
はっきり言って興味がない。
そもそも、数ヶ月後には俺は居なくなるので、参加する訳にもいかないのだ。
しかもだ。
グラディエーターに参加するとギルドを使えなくなるそうで、それなりのデメリットが存在している。
その保証をしてもらうために企業との契約をするのだが、熊谷さん達はホント株式会社と契約をしたらしい。
もう、その時点で無理である。
つーか、ホント株式会社の名前を聞いて、マッピングールの件を思い出してしまったのだ。
確か提出しないといけなかったのだが、奈落に落ちたせいで、その期限を大幅に過ぎている。仕方ないとはいえ契約違反なので、何を要求されるか分かったものではない。
なので、マッピングールは折を見て、郵送で送るつもりだ。
その事情を話す訳にもいかず、せっかく誘ってもらったのにすんませんねと謝りながら完食して席を立つ。
熊谷さんは残念そうにしているが、ダメ元だったのかそれ以上言ってくることはなかった。
食堂から出て行こうとすると、正面に映るモニターを前に足を止めてしまう。
そこに流れているのは、今度のゴールデンウィークに放映する作品の紹介で、ダンジョンからモンスターが溢れてきたパニック映画のCMが流れていた。
危機に立ち向かう探索者に扮したイケメンに美女の俳優たち。どれだけ倒しても現れるモンスター。それに襲われる一般人。
奇しくも未来に起こるであろう内容が流れており、皮肉なものだと思ってしまった。
そしてCMの最後に、太ってはいるが凄いイケメンが、ゴブリンに襲われ絶叫してパニック感を演出していた。
……きっと大ヒットするだろうなぁ。
俺はそんな予感がして、ダンジョンに向かった。
ダンジョン11階
この階に来て思ったのが、人が多いなというものだった。
どこか良い所ないかなぁと歩き回るが、どこに行っても人がおり、採掘できる場所が見当たらない。
たまに倒れている人はいるが、残念ながらご臨終の様子で無視して通り過ぎ「た、すけ、て」れなかったので、治癒魔法で回復させる。
更に進んでいくと、人のいない良い場所が見つかりそこで採掘しようとして、何故か柄の悪い探索者に囲まれた。
なんの用ですか? と質問すると、さっき治癒魔法使っていただろうと聞いてくる。
使っていたけど、だからなんだよ?
大人しく付いて来い?
えー、嫌っすねー。お前らみたいな、むさ苦しい男に誘われて付いていくわけないじゃん。
痛い目見るぞって言われてもねぇ、あんたら大した強くないだろ?
人数差がどうと言われてもさ、現にあんたら足元に気付いてないじゃん。
男たちが足元を見ると、数匹のビックアントが一斉に噛みついてしまう。
奇襲から逃れた男達が、仲間を助けようとビックアントを攻撃している。その成果はあり、全てのビックアントを倒してしまう。それでも被害は大きかったらしく、噛み付かれた三名が足や手に酸を注入され切断されていた。
大変だなぁと眺めていると、早く助けろと俺に要求してくる。
は? ふざけんなよ、誰が助けるかボケ。
人を襲おうとしといて、どうして助けてもらえるって思うんだ?
なに? 死んじまうから早く助けてくれって? ああ、お疲れ、来世では善行積めよ。
お、力尽くで来るのか?
足に魔力を込めて、一度踏み込む。すると、ドッ! と音と共に地面が割れ、ダンジョンが揺れる。
で、どうするんだ?
そう挑発すると、男達は恐怖したのかガタガタと震え出した。忠告のつもりでやった行動だが、思った以上に効果があったようである。
なんだろう、こういう強者ムーブもたまには……と思ったが、なんも感じん。こいつらを虫ケラのように見ている自分がいる。寧ろ、そういう風にしか見てない自分に対する驚きの方が大きかった。
〝お主は既に、人の領域にはおらん〟
ユグドラシルから言われた言葉を思い出す。
たとえそれが本当だとしても、人としての心を失ったつもりはない。失うつもりもない。
男達が怯えて後退りするなかで、一人の男が土下座して助けてくれと懇願してきた。
なんでも、足を切断したのが弟らしく、このままでは出血多量で死んでしまうという。
だからなんだという話だし、まったく心は動かされないが、仕事としてなら受けてやっても良いかと自分自身に言い聞かせる。
じゃあ、全額置いてけ。
全員だ。
一人でも誤魔化せば救わないし、逃さない。
そう条件を出すと、即座に財布を取り出してこちらに投げて来る。これで全部かは分からないが、まあ良いだろう。
負傷した奴らを治癒魔法で治療していく。
失った部位が繋がり、後遺症もなく動かせるようになる。他のかすり傷も癒えており、余計な治療までしてしまったと後悔した。
負傷者の治療を終えて、次に見かけたら容赦せんと忠告して解放する。途端に各々が走って逃げ出し、仲間意識とか皆無のように見えた。
俺は残された財布を手に取り、中身を確認していく。
……うん、やりやがったなあいつら。
つーか、考えれば分かることだが、俺も電子決済を利用してたんだから、あの男達もやっていると考えるべきだった。
財布はすべて空っぽだったのである。
いやいや、最低限の金は持っておくべきだろ。もしかしてダンジョンには持って行かない主義なのか?
ちくしょ〜、タダ働きじゃねーか。
俺はクソッタレと財布を叩き付けて、採掘に取り掛かった。
そして採掘を終えてダンジョンから出ると、パトカーが待っていた。
映画は『正社員、暇な日に迷宮に潜る(四十七日目〜五十二日目)』でエキストラで呼ばれたやつになります。