地上1
「お帰りなさい。大変でしたねー、ヒナタとも結局逢えずじまいでしたし」
ただいま。仕方ないだろ、夜の世界に限定とか訳わからん状態になってんだから。
「まあ、そうですけどね。とりあえず乾杯しましょうよ。今日はみんな来てるんで、久しぶりに思いっきり飲めますよ。あっ、千里は来てなかった。すんません、会いたかったでしょうけど我慢して下さい」
やかましい。それよりも注文しようぜ、とりあえず生で良いか?
「俺も生で、他は?」
東風の問い掛けに「俺も、俺も」と答える武と元と騎士の男三人。その中で瑠璃だけが手を上げて別の物をと主張した。
「はい! 私はオレンジジュースお願い」
おいおいどうしたんだ?
酒豪の瑠璃さんがおかしなことになってるぞ。
「失礼な! 私だって飲みたいわよ。でも飲めないのよ!」
歯を食いしばり悔しそうにする瑠璃。
だが、その手は腹部を守るように動いており、おいおいまさかと一同が気付いた。
「瑠璃、腹が痛いならそう言え」
「女の子の日か、大変そうだな。体調悪いんなら横になって休んでていいぞ」
「体調悪いのに来るなんて、そこまでして飲みたいんすか? どこまで食い意地張ってんの」
お前から酒豪という特徴を除いたら、どこにでもいる普通の奥さんになっちまうな。
などと、武を除いた一同が口々に言う。
「あんた達、分かって言ってるでしょ!? 妊娠してんのよ! 少しは気を使いなさいよ!」
瑠璃の反応にニンマリとする。
そして、瑠璃の旦那である武をバシバシと叩きながら、おめでとうと祝福する。
流石に瑠璃は叩けないからな、こういうのは男を叩くべきだ。
「マジか! 武、パパになるのか!?」
「いやー、めでたいな。瑠璃もおめでとう」
「義姉さんおめでとう! 俺も叔父さんになるのかぁ……彼女欲しいなぁ」
いやーめでたい! 瑠璃おめでとう! 武もおめでとう! 俺も帰って来れておめでとう! 今日はとことん飲むぞー!!
みんなで祝福すると、瑠璃と武は照れ臭そうにしている。
何だか幸せそうで腹が立つから、今日は武を飲ませて潰そうと心に決めた。
「いやー、ありがとう。瑠璃と一緒に頑張っていきます」
「ありがとうございます。改めて言われると、照れくさいわね」
らしくないなーと笑いながら、乾杯しようと準備をする。
「じゃあ音頭は……田中さんお願い!」
何でだよ、リーダーのお前がしろよ。
「いやいや、やっぱ久しぶりに会った田中さんがするべきでしょ!」
「お願いしやーす」
「早くしてー、ビールが俺を呼んでる」
「田中さん、お願いします」
「一言とかいいから、早く」
お前ら、音頭とかどうでもいいだろ。つーか瑠璃、お前はビール持ってんじゃねーよ。しかも俺のじゃねーかよ、それ!
「くっ!? 早く私の前からどけて!」
やかましい、お前が持っていっただけだろうが。
えーでは、今日は私が音頭を取りたいと思います。
私、田中ハルトは長い長い時を掛けてですね、ダンジョンから帰還して参りました! ほら、拍手。 これも一重に皆様の応援があったから「乾ぱーい!!」でー……乾杯。
まあ、途中で遮られるとは思ってだけどね。
とりあえず一杯目を一気飲みして喉を潤す。久しぶりのビールだ。味わうのではなく、直接胃袋に届けたい。
ぶはーっと吐き出す。
まったくたまらんなぁこの味、喉越し、この刺激!
「良い飲みっぷりですね」
まあな、何年振りかのビールだからな。
「そうですよね、ところでなに注文します?」
お任せで良いよ、今なら何でも旨く食べられる気がするから。
「そうですか、フウマは呼ばないんですか?」
フウマ? あいつは食い意地が張っているからな、絶対に呼ばないかな。
「ですね! じゃあ、刺身の盛り合わせと串の盛り合わせから注文しときますね。他、何か食べたいのあるか?」
東風がみんなに聞いて、注文を取っていく。騎士が代わりますよと言っていたが、それを東風が断っていた。何でも「今日は俺がやりたいんだよ」ということらしい。
わいわいと飲み進めて、最近の仕事がどうとか、彼女ができないとか、武が良く手伝ってくれるとか、瑠璃が可愛いとか、今度旅行に行くんだーとか、途中から殺意の湧きそうな会話を武と瑠璃が繰り広げていた。
「おい、田中さんがキレそうだから、その辺にしとけ」
「あっ、すまん田中さん。つい、幸せ過ぎて自慢したくなったんだ」
ああ、いいよいいよ。あとでローキックで許してやるから。
大丈夫、ちゃんと一撃で粉砕してやるからね。
「どうどう、落ち着いて」
俺は落ち着いている。ただ、リア充を抹殺したいだけだ。
「全然、落ち着いてないっすね。それよりもダンジョン大変だったみたいじゃないっすか。これからもダンジョン行くんですか?」
騎士が背中を摩りながら尋ねてくる。
んー、金を稼ぐのに潜るくらい、だと思う。小銭しかないし、実家に帰る金……は空飛んで行けば良いか。たぶん、向こう行くまでの生活費稼ぐくらいだな。
「……田中さん、本当に向こう行くんですか?」
真剣な表情で聞いてきたのは元だ。
だが、その質問に興味があるのは他の奴らも同じようで、こっちを見ている。
まあな、ヒナタを救いたいしな。
「こっちで生活するって選択肢はないんですか? ヒナタをこっちに連れて来れば解決でしょう!」
そんなの、ヒナタが頷かねーよ。俺がやらなきゃ、あいつがずっと戦い続けなくちゃいけないじゃん。
「田中さん関係ないじゃないですか! あっちは、あっちの奴らで解決すべきでしょう!」
……どうしたんだよ元? そんなにムキになって、何かあったのか?
「田中さんが無鉄砲過ぎるんですよ! 田中さんが居なくなったら、千里はどうなるんですか!? あいつを任せられると思って俺は……」
何で千里が出て来るんだよ。あいつはもう、俺のことも、あの日の出来事も忘れて生活してるんだぞ。もう、関わることはないんだ。
「……田中さん、千里のやつ、少し危ないことに首を突っ込んでいます」
黙った元に変わって答えたのは東風だった。
危ないって、あいつはもう探索者じゃないんだ。危険なことに関わる必要はないだろう?
「友人の為みたいです。引き際をわきまえていたら良かったんですけど、どうにも状況は悪いみたいで」
……ったく、分かったよ。何とかしてみるよ! だがな、俺だって人だからな! やれる事にも限界があるんだからな! ちゃんと覚えとけよ!
「あはは、冗談きついっすよ。ユグドラシルに人外認定されたんでしょ?」
……。
「あ、あれ?」
「ばっか騎士! 田中さん結構気にしてんだよ! 謝っとけ! 本当のことでも、一応謝っとけ! あの人単純バカだから許してくれるって」
東風テメー! 全部聞こえてんだよ!
「やべっ、バカがキレた!」
揶揄う東風に飛び掛かろうとする俺。
逃げようとする東風。
それを見て笑う奴ら。
何もかもが楽しいと思えるひとときだった。
ーーー
んがっと目を覚ますと、目の前には青い空が広がっていた。
布団がわりにしていた新聞紙をどけて、ベンチから起き上がる。近くの水飲み場に行き、歯を磨いて顔を洗いスッキリする。
仲間が「新入り朝早いな」なんて声を掛けてくるので、おはようございますと紳士的な対応で挨拶する。
食事は昨日コンビニで貰った廃棄分のやつだ。
本当なら廃棄処分しないといけないのだが、コンビニの店長が食べ物を捨てるくらいならと闇で譲ってくれたのである。何ともありがたい話だ。いつも行っていたコンビニで、店員もやる気はないのだが、こんなに良くしてくれるなら今後も利用しようと思う。
へー五百円入ってたんですか?
酔っ払いが釣り銭取っていかないことがあるんですね。勉強になります。
大丈夫ですよ、他の人には言いません。警察の厄介になってしまいますからね。
ええ、はい、分かってます。先ずは自動販売機の確認ですね、下もしっかり見るんですよね? ええ、任せて下さい。
昨日、焼失していたアパートを見てどうしようかと困っていると、歯抜けのお爺さんに公園まで連れられて来られた。
どうやら、俺と同じような境遇の人が集まっているらしく、生き抜く方法を教えてくれたのだ。
ダンボールは下に敷くとかなり暖かいとか、新聞紙は何枚か重ねると暖かいとか、水道は朝早くか夜に使って、子供達が来たら、極力姿を見せないとかいろいろと教えてくれた。
どれもこれも初めて聞く内容で、大変勉強になる。
きっとこれからの生活でも使える知識に違い……あるわボケ。
何で毎度毎度流されてしまうんだ?
しかも、当たり前のように馴染んでしまうから、自分の才能が恐ろしい。
とりあえず、お世話になったのは本当だからお爺さんには、お礼として歯を再生して上げる。これで固い物でも食べれるようになるだろう。
公園のトイレを利用してスッキリすると、ホームレスのお爺さんにお世話になりましたと言って公園を出る。
ニカッと生え揃った真っ白な歯を見せて見送ってくれたので、少しだけ良いことをした気分になる。
さて、まずはスマホの充電だ。
所持金は五百円を切っており、充電器を買うには百均ショップに行かなければならない。だが、残念なことに近所には無い。コンビニでバッテリーシェアしようにも、そもそもスマホが起動出来ないのでアプリも開けない。
金をおろそうにも、暗証番号を覚えてないし実印は焼失している。窓口でおろそうにも、厳しそう。というか、下手したら警察を呼ばれそうな気がする。
んーと考える。
電子マネーばかり使っていたから、スマホがつかえないと買い物もできない。最低限の現金は入れていたつもりだが、本当に最低限でしかなかった。
こうなると、働いて金稼いだ方が早い気さえしてくる。
金を稼ぐか……。
というわけで、昨日ぶりにダンジョンに戻ってきた。