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幕間27(ある世界の勇者)④

18時から本編を投稿します。

 宗教国家への侵入は難しくはなかった。


 大きな森に国境が曖昧な場所があり、二日も進めば密入国出来てしまう。ただし、森にはモンスターが多く生息しているので、生半可な者ではまず生きてはいけないが。


 四人は森を抜けると、休憩も行わずに聖都を目指す。

 今回の旅には馬車は持って来られなかったので、必要最小限の荷物を騎士の召喚獣に乗せて移動している。現地調達という手段もあるが、それだと発見される恐れがあり最終手段にしていた。


 歩き続けていると獣人の子は疲れたのか、ふらふらとした足取りになってしまう。

 少し休憩しようと提案して、足を止めて木陰で体を休める。


 パクスはこの旅には一人で行こうとしていた。

 きっとこれまでにないほどの危険な敵が待っていて、無事に帰れるとは思えなかったのだ。


 だから、三人には待っていてもらいたかった。

 その思いを伝えると、ふざけるな馬鹿と怒られてこの旅に参加すると言い出したのだ。


 正直なところ、パクスは嬉しかった。


 一人で不安というのもあるが、この四人で一緒にいられるのがどうしようもなく嬉しく、何でも出来るような気がして来る。

 こんなに心強い仲間に恵まれて、パクスの心は満たされていた。


 聖都までの道中では、不可解な出来事が起こっていた。


 昼間は問題ないのだが、夜間になると、上空を飛んで行く魔族の姿を見かけたのだ。

 見つかるわけにもいかず隠れてやり過ごすと、続けて数体の魔族が聖都の方向に向かっていた。


 やはり、何かある。

 この時、疑惑が確信に変わった。


 聖都に到着すると、そこは異様な光景が広がっていた。

 街並みはごくごく普通なのだが、肝心の住人の姿が見当たらない。この地は耳長族が支配していたはずだが、建物を残していなくなってしまったかのようだった。


 不気味な聖都を歩き、この地のシンボルでもある白亜の聖堂に到着する。


 大きな門は開かれており、聖堂の中からは大勢の気配を感じ取る。だが、この中に住人全員が入れるとは思えず何が起こっているのか想像も付かなかった。


 慎重に近付き、聖堂の中に侵入する。


 中には信奉する神を描いた絵画や銅像があるのだと、勝手にそう思っていた。

 しかし、聖堂の中に人工物は何も無かった。


 いや、正確には見慣れた巨大な洞窟があった。

 この洞窟は、各地にあるダンジョンと同じ物。

 宗教国家は聖堂にダンジョンを隠していたのだ。


 それだけではない。

 魔族がダンジョンの周りに集まっており、出入りしていたのだ。


 魔族はダンジョンから出て来るモンスター?


 可能性を考えてしまうが、それは無いと否定する。

 ダンジョンのモンスターに知性は無い。あるのは侵入者を殺すという本能だけだ。だとしたら、じゃあどうして魔王はダンジョンを支配しようとしていたのだろう。

 ダンジョンのモンスターを地上に解き放ち、人々に危険を及ぼしている。


 何かがおかしい。

 そう考えるが、人族で行われた残虐な行為を思い出すと、そんな疑問は吹き飛んでしまった。


 とはいえ、この数の魔族の集団に飛び込むのは危険過ぎる。

 パクス一人ならば、集団を突破してダンジョンに突入するのは難しくない。しかし、他の三人が一緒だとそうはいかないだろう。

 きっと誰かが死んでしまう。

 だから一旦引き返してパクスだけで行こう、と考えたのだが、そう事は上手くは運んでくれない。


 背後から脅威が迫っているのに気付いて、避けろと叫ぶ。

 それと同時に全員が前方に飛ぶと、先程までいた場所が魔法によって破壊されてしまった。


 魔法で攻撃した存在から、強烈な敵意を向けられる。

 パクスと冒険者は、その存在を見るとコイツは⁉︎ と狼狽してしまう。


 それは、かつて人族の国の王城にいた魔族。

 冒険者を殺し、パクスを覚醒させた魔族だった。


「貴様らのせいで無用な犠牲が出た」「この国を消してもなお足りない」「余計な手間など考えずに殺しておけば」「多少の影響を気にしたばかりに!」


 と、独り言のように喋り続ける魔族。

 この魔族は異常だ。

 魔将とは違って普通の魔族の姿をしており、違う点はツノが二本あるくらい。それなのに、そこらの魔将よりも圧倒的に強い。


 だから尋ねる。

 お前が魔王なのかと、どうして世界の人々を襲うのかと。


「ふん、私が魔王だと? だったら貴様らは破壊神だな。いや、この世界を食い荒らす害虫が相応しいか」


 鼻で笑われ、否定の言葉は出て来なかった。


 パクスは魔法を使用する。

 自身が魔王であると否定しなかった。それだけで、殺すのに十分な理由だった。


 四つの魔法陣を展開すると、凶悪な火炎の矢を作り出す。

 速度上昇と増大、圧縮、貫通の魔法陣を通過した火炎の矢は魔王に直撃して、背後にあった壁を破壊し、外にある壁や建屋まで貫いた。

 火炎の矢ではあるが、パクスの魔力コントロールで炎が燃え広がることはない。


 貫かれ、腹を大きく抉られた魔王の肉体はぐらりと傾くが、次の瞬間には元に戻りパクスに向かって特攻する。


 剣を構えたパクスは魔王を受け止めるが、その勢いを殺すことは出来ずにダンジョンへと共に入ってしまう。


 それを見た仲間達は、騎士の召喚獣に乗り後を追う。

 魔族は妨害しようと動くが、ダンジョンの変化に足を止めてしまう。


 ダンジョンからモンスターが溢れ出し、騎士や冒険者、獣人の子を通り過ぎて魔族を襲い始めたのだ。

 何が起こっているのか理解できなかったが、これはチャンスだと騎士は召喚獣の腹を蹴り、一気に駆け抜ける。



 ダンジョンの中は、これまでと様相が変わっていた。


 最初のエリアは洞窟のはずだが、見たこともない建築物が空高くに聳え立っている場所に変わっていた。

 数百メートルはありそうな巨大な建物は、どこまでも建ち並んでおり、見た事もないモンスターがパクスと魔王の戦いに巻き込まれて消滅していた。


 三人はこの景色に驚愕する前に、パクスの援護しようと駆け出す。だが、モンスターから逃れた魔族が追って来ており、足を止めて相手しなければならなかった。


 魔族との戦闘を開始する三人。

 その間も、パクスと魔王の戦闘は続いており、終始パクスが圧倒していた。


 パクスは剣を振り問いただす。

 聖都の人達をどこにやったのかと、どうしてモンスターを放ち多くを殺すのかと、怒りのままに左腕を斬り飛ばして問いただす。


 聖都の奴らには犠牲になってもらったと、弱いから死ぬんだと腕を斬り飛ばされても平気な顔で魔王は答えた。


 そして、「侵略者め、ふざけた真似を」とパクスではないどこかを見て呟いていた。


 左腕を再生させた魔王は、パクスから大きく距離を取る。つもりだった。

 その瞬間には足は地面から伸びた蔦に掴まれており、身動きが取れなくなっていた。更に目の前には五つの魔法陣が展開している。


 これで終わりだ。

 パクスはそう告げると、魔王に向かって魔法を放った。


 青い炎が魔王を焼く。

 この炎は再生させない為の特殊な炎。

 再生力を上回る勢いで、焼き尽くしてしまう絶死の炎。

 静かに燃え始めた青い炎は、魔王を苦しめながら焼き殺してしまう。


 残酷だが、再生能力を持った者には最も効果的な魔法だった。


 崩れ落ちる魔王。


 終わった。

 この長かった旅もようやく終わる。

 少しだけ寂しい気持ちはあっても、全員が無事に生き延びているのが何よりも大切だった。


 あとは残りの魔族を倒せば、世界は平和に……。


 確かな勝利を掴み、仲間達に振り返ろうとすると、突然巨大なプレッシャーが襲って来た。


 何だ⁉︎ と焦り、周囲を警戒する。

 仲間達も魔族に勝利しており、パクスと同様に巨大なプレッシャーを警戒する。


 聳え立つ建物が、強い衝撃を受けてパクス達のいる方へと倒れ始める。

 急いでその場を飛び退き、建物の下敷きにならないように避けた。

 建物は轟音を立て倒れ、地面が揺れるほどの衝撃が辺りを襲う。多くの破片が飛び散り、土煙が辺りを曇らせた。


 だがそれも少しの間で、何者かが起こした突風により邪魔な土煙を吹き飛ばしてしまう。


 そこにいたのは、異形の何か。

 頭部は白い陶器のような物で作られており、首は幾重にも折り重なった線で作られている。身体は人の形をしているが、首と同じく線の集合体のような物で形作られており、何故か腹の部分は空洞になっていた。

 その大きさは騎士の倍ほどあり、腕だけが異様に短かった。


 これは生物なのか?

 誰もが疑問に思いながらも、誰も喋れないプレッシャーがこの存在から放たれる。


 逃げ出したい。

 だが動けない。

 絶望がそこに立っているというのに、体が動いてくれない。


 パクスは大量の汗を流しながら、必死に己を動かそうとする。

 恐怖で固まった体は呼吸を忘れてしまうほどであり、意識しなければそのまま死んでしまいそうだった。

 せめてもの救いは、あれの敵意がパクスだけに向いている事だろう。もしも仲間達にまで向いていれば、恐怖で心臓が止まっていたかも知れないから。


 この状況で、パクスが動けたのは奇跡だった。

 異形の何かが動いた瞬間、パクスは力を使い樹木の壁を何重にも発現させたのだ。


 何かが通り抜ける。

 それが異形からの攻撃だと気付いたのは、パクスの左腕が飛んでからだった。


 樹木の壁を貫通して、異形が魔法を飛ばして攻撃したのだ。


 左腕が熱を帯びるが、痛みで蹲る訳にはいかない。

 命の危機に瀕して、ようやくこれまで通りに動けるようになったのだ。ここから、仲間から少しでも離れなければ、と考えて頭が真っ白になる。


 目の前には、既に異形の何かが立っていたのだ。


 ゆっくりと見上げると、異形の何かと目が合った。


 陶器の顔には目元も付いており、その奥から黒い目がパクスを睨んでいた。

 目が合い数歩後退りすると、陶器の口元が動き言葉を発した。

 その声は魔王と同じ声音で、まさかと狼狽する。


「この程度で臆するか」「最初からこうすれば良かった」「無用な犠牲を出したが、致し方あるまい」「貴様が枝のままならば、どれほど良かっただろうか」「かつて希望であった異物よ、ここで永遠に眠れ」


 異形の手が動く。

 その手は短く、とてもパクスに届く物ではないが、その先から新たな結晶の手を生やしパクスに向かって振り下ろされる。


 衝撃がパクスの体を襲う。

 しかしそれは、痛みを伴ったものではなく、優しく横に押すものだった。


 何が起こったのか分からず、衝撃を受けた方向を見ると、そこには獣人の子の姿があった。

 そして、無情にも魔王の手によって切り裂かれてしまう。


 嘘だと思いながら、獣人の子に手を伸ばす。

 コポリと血が溢れた獣人の子の表情は、無事なパクスを見て安堵しているようだった。

 ドサリと横たわる獣人の子からは大量の血が流れており、明らかに助かるような傷ではなかった。


 早く治療を、いや蘇生魔法を!


 混乱するパクスは、脅威がいるにも関わらず獣人の子に近付こうとする。

 それだけ救たくて必死だった。

 だがそれも、魔王には関係のない話だ。

 先程と同じように、結晶の手を振り翳してパクスを殺そうと動き出していた。


 しかし、結晶の手はギンッ! という横からの衝撃を受けて、パクスの横を通過し大地を削ってしまう。

 更に鋭い槍が伸びて、魔王を突いた。

 ガガガッと削る音が響き渡り、おおおー‼︎ という雄叫びを上げた騎士の渾身の力で、魔王を大きく後退させる。


 そして、パクスと獣人の子を守るように立つ冒険者と騎士。


 結晶の手を逸らしたのは、冒険者の渾身の一撃。

 魔王を後退させたのは、騎士の渾身のひと突き。


 彼らもただパクスに着いて来ただけではない。

 この長い旅で積み上げて来た鍛錬も実戦も本物だった。恐怖したからと言って、何も出来ない訳ではないのだ。


 冒険者は剣を構え、騎士は槍を構える。

 パクスに、早く獣人の子を治療するように伝えて、二人は魔王に立ち向かう。


 それはいくら何でも無理だ。

 二人を止めようとするパクスだが、早くしろと二人から睨まれてしまう。

 何も言えずに二人から視線を切り、パクスは獣人の子の蘇生を行う。


 既に獣人の子に息は無く、心臓の鼓動も止まっていた。治癒魔法では傷は癒せても、離れた魂までは戻せない。

 今、戦ってくれている二人を信じて、蘇生魔法を発動する。

 光が溢れ出し、獣人の子の傷を癒して行く。それと同時に魂に呼びかけ、こちらに戻って来るようにパクスは手を伸ばした。

 柔らかい感触が手に乗る。

 それが獣人の子だと、温もりから感じ取り優しくその身へと誘う。


 獣人の子に温かみが差し、生命力が戻って来る。


 もう大丈夫だ。


 良かったと安堵して、剣を持ち立ち上がる。

 そして魔王を見定めると、息の荒い冒険者と、負傷し召喚獣にもたれ掛かっている騎士の姿があった。

 魔王はまるで相手にしていないかのように佇んでおり、パクスを真っ直ぐに見ているようだった。


 ふざけやがって! そう冒険者が吠える。

 その顔、砕いて上げますよ。と騎士が負傷した体で槍を構える。


 魔王の態度が気に入らない二人が、魔力を練り上げる。

 二人は生粋の戦士だ。

 これまでの生の大半を戦いに身を置き、鍛錬を怠らずに常に上を目指して戦って来た。いつも真剣で、生半可な思いで戦いに望んだ事など一度としてない。

 だというのに、この魔王はパクスしか目に入っておらず、まるで二人を適当にしか相手にしていなかったのだ。


 戦いの中で死ぬのなら本望だ。

 だが、こちらを見もしない輩に殺されるつもりはない。


 これまでにないほどの怒りが、二人の力を限界まで引き上げる。


 次に二人から放たれた一撃は、間違いなく最速であり最高の物だっただろう。

 事実、傷一つ付けられなかった魔王の結晶の腕を、冒険者の剣が砕いて見せた。

 それだけではない。

 騎士の鋭く伸びた槍は、魔王の顔面を捉える。

 ガッ! と鈍い音を立て、陶器の顔にヒビを入れて見せた。


 これまで、殺されないように粘るしかなかった二人からすれば、この結果は健闘したと言って良いだろう。


 だが、それだけだった。


 魔王の腕から新たな結晶の手が出現し、横薙ぎに払ったのだ。

 最も近くにいた冒険者は剣で受け止め、建物の中まで飛ばされてしまう。

 最も威力が乗る場所に立っていた騎士は、避けるのを諦めて、負傷していた肉体で受け止めるのを選択する。槍で受け止め、腕が潰れて、全身の骨が折れて、壁に叩き付けられる前に植物が生えて受け止められる。

 もしも、壁に衝突していれば、騎士は生きてはいなかっただろう。


 魔王は邪魔な二人の排除を確認すると、ゆっくりと動いて再びパクスを見る。


「素晴らしい力だ」「我でも命を戻す事までは出来ん」「だが、欠片でしかないお前では、存分には使えまい」「人族は問答無用で滅ぼすべきだった」「ここで消えろ、イレギュラー」


 魔王からの圧力が増す。

 相変わらず勝てる気がしないが、立ち向かう二人の姿を見て、パクスも覚悟を決める。


 それはただ死ぬという覚悟ではない。

 魔王を倒した後の生存を諦めたのだ。


 雄叫びを上げる。


 パクスの肉体は、研究者の亡くなった子供をベースに、神である世界樹の枝を融合させた物だ。

 力の制限を掛けていなければ、その身は崩壊をし始める。だから、これまでは力を抑えて戦って来た。

 まだ、倒れるわけにはいかなかったから。


 だが、もう、ここで出し切っても構わない。

 蘇生魔法を使った影響で、自身の寿命もそれほど長くはないのだ。


 惜しむ命ではない。


 魔力を全身に漲らせると、肉体が変化する。

 体に木目のような紋様が浮かび上がり、硬質化していく。更に背中からは天使を模したような、木製の翼が現れた。


 その姿を見た魔王は警戒する。

 簡単に殺せた相手が、油断すれば自身の命に届くかも知れない存在に変わってしまった。


 この時、初めて魔王は構えた。


 そして、人外の戦いが始まった。





 戦いは拮抗したものではなかった。


 パクスの力がどれだけ上がったとしても、魔王には届かなかったのだ。


 それでも、魔王の動きについて行き、何度も攻撃を食らわせたのは称賛すべきだろう。

 その攻撃は結晶の腕を消し飛ばし、足を斬り刻み、胸部を穿った。


 だがその傷も、即座に再生されてしまい、ダメージになっていなかった。


 反対にパクスは、右目を潰され、左腕を失い、身体中に無数の傷を負っていた。

 治癒魔法を使えば回復は可能だが、それを魔王が許すとは思えなかった。


 二体の戦いが及ぼした被害は、それだけではない。


 戦いの余波で見える範囲の建物は倒壊し、大地は裂け真っ暗な空間が顔を覗かせた。

 唯一、まだ動けた冒険者が、騎士と獣人の子を連れて退避していなければ、巻き込まれて死んでいただろう。


 それだけの人外による壮絶な戦いが続いていた。

 ただの人でしかない冒険者では、どれだけ鍛錬を積もうとたどり着けない境地だった。


 分かっていても、仲間が戦っているのだ。

 どうにか助けに入れないかと、剣を握る手に力が入るのは仕方ないだろう。



 息を荒げたパクスが、魔王に接近する。

 この二体の戦いでは、ダンジョンで手に入れた装備など役には立たなかった。

 魔王と衝突した瞬間に、剣はへし折られ、鎧は砕け散った。だから今は、魔法で作り出した木製の剣を使用している。

 その剣は折れる事はなく、魔力に反応して切れ味が増す世界樹の魔力を帯びていた。


 その剣を持って、魔王の肉体を斬り刻み、頭部を狙った突きは首を逸らされて避けられる。

 そして、瞬時に肉体を再生させた魔王は、短い腕から衝撃波を放ちパクスの反応を鈍らせる。更に、破壊の力を付与した結晶の腕を作り出し、パクスを殺さんと殴打した。


 激しくぶっ飛ばされたパクスは、黒い空間を飛び越え、地面に何度もバウンドして倒壊した瓦礫に突っ込んだ。

 全身ボロボロだが、ようやく治癒魔法を使えると肉体を回復していく。


 はっきり言って一方的な戦いだ。

 まともに戦っては、まず勝てない相手だ。


 それでも、パクスに悲壮感は無い。

 正攻法では通じないのは分かっていた。だから、卑怯とも呼べる手段を選択したのだ。


 そうしなければならなかった。


 もう、パクスには時間が残されていないから。


 戦いを見ている冒険者に目配せする。

 その視線には頼むと、巻き込んですまないという謝罪の思いを込めた。

 これで通じるとは思っていないが、これが今のパクスの精一杯の伝え方だった。


 瓦礫の上から起き上がると、目の前に魔王が降り立った。


「なぜ諦めない」「大人しく殺されろ」「我との力の差は理解しているだろうに」


 自分勝手な事を言う魔王に、ニッと笑って見せる。

 それと同時に、再び剣を振るうパクス。

 体を斬り刻み、頭部だけが躱される。


 頭部には何かがある。


 そう判断して、肉体が再生する一瞬の間に、頭部までの距離を詰め最速の魔法を発動する。

 雷撃が頭部に直撃する。

 威力はそれほどではないが、ここが弱点ならば何らかの反応があるはずだ。


 と、予測したが、まるで違っていた。


 魔法の攻撃により陶器の顔が割れ、代わりに大きな口が姿を現したのだ。


 失敗した。

 そう思うには遅く、無数の牙がパクスの体に深く突き刺さってしまう。


 強烈な圧力に軋む体。硬質化した肉体でも、この強靭な顎により砕かれてしまうだろう。

 冒険者に目を向けると、パクスを心配したのか走って来ている。


 ……怪我をしているのに、無茶をするな。


 危機的状況だが、そんな場違いな考えが浮かんでしまう。


 パクスはまだ動く手で魔王に触れて、魔力を流す。

 すると、魔王の動きが止まり、驚愕しているかのように映った。


「貴様……何をした?」


 魔王は狼狽え、パクスに尋ねる。

 それに素直に答えてやる義理はなく、さあね、と返してやる。


 パクスがやったのは、魔力による干渉だ。

 それもただの魔力ではない、世界樹ユグドラシルの神の魔力だ。

 魔王を斬り刻む度に、魔力を紛れ込ませていた。

 その魔力を使い、一時的に魔王の自由を奪ったのだ。


 そう、これは一時的な効果に過ぎない。

 発動条件は、パクスが魔王に触れている間。魔王の体内に、世界樹の魔力が残っている間だけ。


 そして、その魔力は今も急激に消費されていた。


 だからこそ、ここしかなかった。


 パクスは残りの魔力を使い、その身を樹木へと変化させて行く。

 根が生えて魔王に絡みつき、蔦がパクスと魔王の肉体を強く結び付ける。


 そして、最初の仲間であり最も信頼出来る冒険者の名を呼ぶ。


「オリヴィアー!!」


 剣聖と讃えられるほどの剣技を持った彼女に、後を託すしかなかった。


 オリヴィアは名を呼ばれる前から、パクスを救おうと駆け出しており、もう直ぐそこまで来ていた。


 パクスは最後の命を使い、最も忌むべき力を使う。

 その力は、かつて転生を試みた者が編み出した秘術。

 そして、パクスが造られるきっかけになった悲劇の技術。

 多くの命が犠牲になった研究であり、この世界にダンジョンが発生するきっかけにもなった滅びの技だ。


 パクスは、自身の魂を変化させて行く。

 神々しいとも、不気味とも取れる悍ましい力の波動が辺りに広がる。

 クルクルと回るように力が躍動し、最後は一つの球体となって物質化する。


 完成したのは緑色のガラス玉。


 それはいつからか、スキルソウルと呼ばれるようになった忌々しい物だった。

 

 樹木となった掌に乗ったそれは、オリヴィアへと向かって飛び、胸元に当たると溶けるように消えてしまう。


 膨大な量の情報に、オリヴィアは頭を抱えて膝を突いてしまう。

 だがそれも直ぐに治り、パクスからの意志を受け継ぎ成すべきことを成す。


 立ち上がったオリヴィアの髪は、元は黒色だったのが緑色へと変色していた。そして、魔力の質も大きく変化していた。


 本来なら死んでもおかしくないような急激な変化。

 それは、パクスが望みオリヴィアが受け入れたから成功した奇跡の現象だった。


 オリヴィアの持つ剣に魔力が宿り、木製の剣へと作り替えて行く。

 

「止めておけ、後悔するぞ」


 何かを悟った魔王はオリヴィアに忠告する。

 だが、大切な仲間からの願いを、投げ出すつもりはない。


「断る。パクスの願いなんだ。この世界が平和になって欲しいって、これだけが、あいつの唯一の願いなんだよ」


 オリヴィアは走る。

 魔力が変質して強力になっているとはいえ、魔力量まで増えた訳ではない。

 たった一撃で魔力を使い果たしてしまう。

 だから、迷いも疑問も何もかもかなぐり捨てて、ただパクスの願いのためにオリヴィアは走った。


「真に愚かは、やはり人か」


 静かだが、怒気を含んだ言葉が魔王の最後の言葉だった。


 オリヴィアの木剣がパクスだった物に突き刺さる。


 そこを起点に光を放ち初めると、魔王から大きく距離を取る。

 光はどんどん光量を上げていき、直視できないほど光輝く。

 そして、目を開けると白い炎が生まれていた。

 

 その白い炎は、何度でも再生する魔王を滅ぼす為の滅びの炎。

 パクスだった物を燃料にして燃え上がり、魔王を内部から焼いて行く。

 肉体を焼き、再生する側から焼いていき、魔王の魔力が尽きて再生出来なくなるまで焼き続ける。そして最後は、魔王の魂すら焼き尽くしてしまうだろう。


 絶望の中で、魔王は絶叫する。


 その叫びは死への恐ろしさによるものではない。

 ただ目的を達成出来なかった無念と、邪魔した者達への恨みからだ。


 叫び、叫び、叫び続けて、白い炎から逃れようと動き、魔王は底の見えない黒い空間へと落ちてしまう。


「終わった……のか?」


 オリヴィアが呟くと、「ああ」とさっきまでそこにいた奴の声が聞こえて来る。


「パクス?」


 振り返るが、そこには誰もいない。


 分かっている。

 もういないと分かっていても、パクスという存在を感じ取ってしまう。

 スキルソウルを使用した事により、オリヴィアとパクスは重なってしまった。

 だから、パクスという存在をオリヴィアだけが感じ取ってしまう。


 これで、世界が平和になる。


 パクスが安堵しているのが分かり、オリヴィアは「ああ、そうだな」と返した。



 魔王討伐は、勇者パクスという犠牲を出して終焉を迎えた。


 一人の犠牲で、世界は魔族という脅威に怯える必要がなくなった。

 これからは、ダンジョンから取れる資源で世界は潤い、急激に発展して行くだろう。


 ただそれだけを願って、パクスはオリヴィアの中で眠りに着いた。




ーーー




 魔王討伐から一年後。

 オリヴィアは獣人の国に定住していた。

 騎士であるホブゴブリンのグン・リーには、デミンズ王国に来ないかと誘われたが、断って獣人の国の片田舎を選択した。


 理由は獣人の子、マリーを一人にしたくなかったというのもあるが、パクスの元となった世界樹の枝がこの地から盗まれた物だからだ。


 せめて魂だけでも、この地に眠らせてやろうと、オリヴィアはここで終わりを迎えるのを選択したのだ。


「マリー、そっちは大丈夫か?」


 オリヴィアは家から顔を出して、洗濯物を干しているマリーに声を掛ける。


「だいじょーぶっ! 子供扱いしないでよ!」


 白猫の獣人のマリーは真っ白なシーツを干して、これくらい何でもないとアピールする。

 その様子を見て、パクスと一緒の時は大人しかったのになと苦笑してしまう。


 魔王との戦いを終えて、目覚めた二人にパクスの死を伝えると、一番泣いたのはマリーだった。グンも悲しんではいたが、戦いの中で逝ったと聞き、どこか羨ましそうな顔をしていた。


 泣いて泣いて、泣き疲れて寝て。起きてまた泣くマリーに寄り添い、慰め続けた。


 あの時は大変だったなぁと、オリヴィアの中のパクスがため息をつく。

 それを乗り越えて、元気にしている今がある。


 オリヴィアは、マリーが大人になるまでは一緒に暮らすつもりだ。

 これまで生きて来たのが、戦いの中だったマリーでは、普通の生活を送るにはいろいろと足りない。それを教えて、一人でも問題ないようにするのだ。


 それが、今のオリヴィアの目標だった。


「オリーは終わったの?」


「うん、終わったよ。それが終わったら朝食にしようか」


「うん!」


 食事の良い匂いを嗅ぎつけたのか、マリーは鼻をすんすんと鳴らす。

 因みに、オリーはオリヴィアの愛称だ。

 この方が呼びやすいらしい。


 洗濯物を干すマリーを見て、こんな日が続けば良いのになと思い微笑んでしまう。


 手に入れた平和は、確かにここにはあった。





 それから五年後、村にパクスの銅像を立てる。

 更に七年後、オリヴィアは亡くなってしまう。

 原因は、肉体の限界だった。魂が強すぎて、体が持たなかったのだ。


 更に五十年後、世界はダンジョンに飲み込まれてしまう。




ーーー




 白い炎を消そうと黒い空間に飛び込んだ魔王は、奈落の世界へと落ちてしまう。


 どこまでも広がる広大な森。


 それを無言で眺めて、残りの魔力を再生に注力する。だがこのままでは、十分もしないうちに燃やし尽くされてしまうだろう。


 早く地上に戻り、世界を救わなければ。

 ダンジョンという脅威から、多くの命を救わなければ。


 魔王と呼ばれた神は、世界から生み出され、世界を救う為にこれまで戦って来たのだ。


 世界からダンジョンを排除する方法を模索し、それが不可能だと気付いて延命処置に切り替えた。

 その方法が、魔族を生み出してダンジョンを管理するというものだった。

 当然、最初はダンジョンを取り戻そうとする者はいたが、それらは排除すれば静かなものだった。


 ただし、獣人の国と亜人の国を除いてだが。


 あそこには、魔王にとっても希望と呼べる物があった。

 世界樹の枝。

 異界の神の一部にして、多くの命を救う希望の異物だった。


 それが、あのような醜い姿に造り替えられてしまった。

 王城で初めて対面した時は、怒りよりも嫌悪感を覚えてしまうほどだ。


 なのに殺せなかった。

 あの肉体が死ねば、異界の神の力が世界に広がり、ダンジョンの侵食が早まるからだ。


 被害を最小限に抑える為に、一度見逃してしまった。

 それが失敗だった。

 迷わず消すべきだった。

 元に戻す手段を考えてしまった。より多くを救う為にと、欲を出してしまった。


 今度は間違えない。


 魔王と呼ばれた世界の守護者は、白い炎に焼かれながら落下していく。

 地上に戻って成すべき事を考えながら、その意識も白い炎に焼かれ始めていた。


 ただ世界の為に孤独に戦った者は、誰にも看取られる事なく、その命を終えようとしていた。


 しかし、そうはならなかった。


 森に落下すると、突然白い炎が消え去ってしまったのだ。

 それは、世界樹ユグドラシルよりも上位の存在、聖龍の結界による効果だった。


 命を繋ぎ止めた魔王だが、まだ意識は戻らない。

 それでも、肉体は再生を初めており、焼かれた跡は殆ど残っていなかった。


 仮死状態の魔王。

 意識を取り戻せば、地上に戻る為に動き出しただろう。

 だが、そうする事は永遠に無かった。


 力を危険と感じ取った聖龍の結界により、来るべき時まで囚われてしまったのだ。


 真なる英雄が現れるまで、魔王は結界に囚われ続ける。


 守りたかった世界の最後を見届けないまま。

 何も出来ず、何も知らずに全ては終わってしまった。


 それが、魔王と恐れられた救われない神の物語だった。

魔王 (アミステリカ)

世界にダンジョンが現れ、その対処に世界が生み出した神の一柱。頭部と腹部以外は管のような物で作られており、体長5mの長身。腹部にある神の胎盤は、眷属を生み出す重要部であり、戦闘時は取り外していた。今は、どこぞの堕天使がゲットしてデーモンを生み出している。


宗教国家

魔王の死後、デミンズ王国が管理しており、白亜の聖堂は世界樹を崇拝する聖堂に作り替えられた。

住民の大半はダンジョンの生贄に使われてしまい、殆ど残っていなかった。

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― 新着の感想 ―
おもしろい(´・ω・`)
だから緑色なのかー
[良い点] 繋がっていって面白い [一言] しかしほんと哀れな者が多いな
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