幕間27(ある世界の勇者)③
本日三本目
亜人の国、デミンズ王国への入国は簡単ではなかった。
人族の国が発行した冒険者証では通用せず、何度も入国の目的を問いただされた。
その原因は、獣人の子にある。
昔、人族の商人達が、獣人を奴隷として売り払いに訪れたことがあった。当然、亜人の国では奴隷は違法なので、商人は即刻捕らえて、抵抗した者は容赦なく息の根を止めたのだという。
という過去があり、獣人の子が誘拐されていないのか数日にかけて調べられたのである。
どうにか容疑が解かれて解放されると、早速亜人の国にあるダンジョンに向かう。
そこではダンジョン探索が積極的に行われており、獣人の国と同様に大きな町を構えていた。
ただ違うのは、ダンジョンから出た素材の取り扱いを禁止しているという点だろう。獣人の国では、ダンジョンで取れた資材を活用していたが、ここでは防具以外の持ち出しを禁止していた。
それは何故かと亜人の住人に尋ねると、国が禁止しているからだと教えてくれた。ただ、どうして国が禁止しているのかという理由は分からなかった。
魔族という存在も、この国には居ないという。
過去に現れた際も、騎士団が殲滅してしまったらしい。
そう教えてくれた亜人は、とても誇らしげにしていた。
デミンズ王国にはパクス達は必要ないのかも知れない。
この国は平和で、魔族を退けられるだけの戦力が整っている。
じゃあ、次の国に向かうべきだろうと考えていると、デミンズ王国国王からの使者と名乗る人物が現れた。
槍を持った騎士達を前に拒否権は無く、獣人の国と同じように王の元へと連れて行かれる。
道中、どのような用件なのかと尋ねても誰も答えてくれず、騎士の中でも一際異彩を放つ者からは同情されてしまった。
同情してくれた騎士の姿は甲冑を装備し、シンプルだが魔力を纏った槍を持ち、これまで見た中でも大きな馬に騎乗している。
その騎士はパクスよりも冒険者の方に興味があるらしく、手合わせの誘いをしていた。
そして連れて行かれた王城は、遠目から見ても分かるほど荘厳な存在感を放っていた。
人族の国の物よりも大きく、城の隣には同じ大きさくらいの聖堂もあり、国の威厳を示すのには効果的だろう。
城門を潜ると、多くの石像が設置されており、その中には獣人の国で見た龍や天使を模った物もあった。
庭園を抜けて城内に入ると、そこには多くの絵画が飾っており、歴代の王らしき人達が並んでいた。
ただ、半分くらいは同一人物のように似ており、着ている服だけが変化していた。
上階に上がる際に、パクスは二人から引き離される。
ここからは一人だけで、王が待つ場所に向かう。
そこは謁見の間などではなく、王が個人的に使う自室のような場所の一つだった。
室内には植物が植えられており、魔道具により日光と変わらない光量を与えられていた。土からは神聖な魔力が感じられ、それが水を発生させる魔道具が原因だと気付いた。
亜人の王は大きな体で、器用に水を生み出す花瓶を使い、植物達に水を与えている。
その行動はパクスが入室してからも続いており、他の者達も邪魔する気はないのか、王の気が済むまで続けられた。
一通り植物に水をやったのか、亜人の王は花瓶を置いて「ようこそ、魔王を倒す勇者殿」と声を掛けて来た。
勇者と呼ばれて、人族の国と繋がりがあるのかと考えたが、それは検問で否定された。それに、魔王を倒すというのはどういう事だろうかと疑問が浮かぶ。
魔王を討伐する目標は持っているが、その配下である魔族にも遅れを取っている現状で、それが可能だとは思えなかった。
「なに、そんなに構える必要はない」「私のただの戯言だよ、勇者殿」「君が魔王を倒すのは、私の予知で決まっている」「だが、ある一定の未来から先が見えないんだよ」「それが私の死、なのか、はたまた……」
肉体の大きさの割に、フランクに接してくれる亜人の王。
種族はゴブリンキングだと言っていたが、とても威厳のある素晴らしい人物だと伝わって来る。
声音も重低音ながら朗らかに聞こえて心地良い。だが、会話の内容は衝撃的な内容だった。
亜人の王は、未来予知をする能力を持っているという。
その予知では、獣人の国から世界樹の枝が盗まれ、人族の国で世界樹の枝を使用した生命が生まれるとされていた。その人物は、亜人の国を拠点に活動を開始して、多くの魔族を討伐する。そして最後は、魔族の王である魔王を討伐するという。
亜人の王が背後に手を掲げると、それを合図に奥で待機していたハイオークが、一本の植木を持ってやって来た。
パクスは動けなくなる。
その植木から親しみとも、懐かしさとも、離れ離れになった半身を見ているようで、感情が追い付かなくなってしまっていた。
植木を目の前まで持って来られて、ようやく動けるようになる。
だがそれは、正気を取り戻したとかではなく、ただ触れたいという思いからの行動だった。
指先が枝に触れる。
それだけで涙が溢れて来る。
この感情を何と言うのか、パクスは知らない。
ある人は望郷への思いか、ある人なら愛しい人への思いか、或いは母からの優しい思い出か。
ただ分かるのは、言葉にならない感情がパクスを支配しているという事だけだった。
亜人の王は、これは君の兄弟だという。
かつて天使アミニクより、亜人の国に与えられた世界樹の枝。
それがこれなのだという。
亜人の王は、パクスの涙が止まるまで待ってくれた。
初めて泣くパクスは涙の止め方を知らず、ひたすらに泣き続けるしかなかった。
やがてパクスは泣き止むと、力を失うように気を失ってしまった。
ーーー
夢を見る。
これが夢だと知りながら、エメラルド色の髪の少女と対面する。
パクスはその少女に頭を撫でられる。
その手は柔らかく、暖かく、そして懐かしかった。
口が自然と母を求めるような言葉を発してしまう。
それを聞いた少女は微笑んで、また頭を撫でてくれる。
ただただこの時間が愛おしくて、醒めないでくれと願ってしまう。
きっとここを訪れる日は来ないだろう。
現実を知りながら、パクスはただただ少女に縋り付いていた。
力の代償は大きい。
残された時間は短くはないが、長くもない。
少なくとも、人と同じ時間は生きられない。
ここがどこかも分かっておらず、少女も教えてくれないだろう。
だから少女に言う。
「俺を許してくれて、ありがとう」
少女がその気になれば、パクスという存在を消すのは簡単だった。
元は一つなのだ。
枝に過ぎない自分が、大樹である少女の意思に逆らえないのは明白だ。
だから、パクスという存在を許してくれた感謝の言葉を告げた。
ーーー
目覚めると、冒険者や獣人の子が心配そうに顔を覗き込んでいた。
どうやら、二日間も眠っていたようだ。
パクスは起き上がると、もう大丈夫だからと安心させるように言う。
この二日間何をしていたのか尋ねると、冒険者は騎士と手合わせをしており交流を深めていたらしく、槍だけでなく魔法も洗練されていたという。更にあの馬も召喚獣というものらしく、生き物ではないそうだ。
獣人の子も冒険者と似たり寄ったりで、手空きの騎士を見つけては、戦いの指導をお願いしていたという。
強くなったと、嬉しそうにしている表情を見て、今度はパクスが頭を撫でてしまった。
何をやっているんだろうなと自嘲しながら、嬉しそうな獣人の子を見ていた。
それから、再び亜人の王と謁見する。
暫く待たされるかと思ったが、パクスを優先的に対応してくれたのだ。
迷惑を掛けたのと、感謝の礼を述べて今後の協力を願う。
以前の話の中にあった、この地に拠点を構えて各地のダンジョンを巡る為のサポートをして欲しいと要望を伝える。見返りに、パクスに可能な事なら何でもするとお願いした。
パクスの要望に対して側近達は罵声を浴びせるが、王は逡巡して、了承したと返事をしてくれた。
ただし、騎士を一名参加させるという条件付きではあるが。
亜人の王との謁見を終えて、参加するという騎士と合流する。
その人物は、パクスに同情した目を向けていた者であり、仲間の冒険者と手合わせをした者だった。
冒険者の話によると彼の実力に申し分はなく、剣聖と呼ばれた自分よりも強いのではないかと話していた。
この騎士は監視役だ。
パクスが余計な行動を起こさない為の見張りだった。
亜人の王にその気はなくても、周囲を黙らせるのに必要な措置だったのだろう。
それに、要望も数多く渡されている。
ある装備の入手、ある魔族が持っている武器の回収、困っている者達を助けよという具体性に欠ける物まであった。
要望を了承して、早速準備に取り掛かる。
物資は亜人の王より提供される。新しい馬車や食料、同盟国ならばどこにでも行けるようになる通行許可証。少なくない金品を与えられて、早速旅に出る。
少しはゆっくりしてはどうかという声もあったが、時間に限りのあるパクスはそれを断った。
仲間達にはすまないと謝ると、気にしないで良いと許してくれた。
新たな仲間を加えた四人で、ダンジョンのある各地を巡る旅に向かう。
目的は魔族の討伐だが、魔族の拠点がダンジョンに集中しているので自然とこの目標になってしまった。
旅は順調に進んで行く。
騎士の能力が高かったのもあるが、パクスの成長が凄まじく、ダンジョンを占拠している魔族の討伐を一人で成し遂げてしまえるほど強くなっていたのだ。
冒険者も獣人の子も戦ったが、ほぼパクスだけで終わってしまった。
それでも、仲間達は必死にサポートする。
冒険者は最も長くパクスと共におり、常にパクスの背中を守っていた。
獣人の子は、戦力としては心許ないが、パクスが悩んでいるのを察してくれて共にいてくれた。
騎士とは関係が浅かったが、移動時の手続きや泊まる場所など旅に必要な事をやってくれた。
そんな四人は、しっかりと信頼関係を構築していた。
きっとパクス一人だけだと、どこかで限界が来ていただろう。
たとえ世界樹の枝を使い作られた命だとしても、多くの魂を取り入れた存在だとしても、一人で戦い続けるのは不可能だった。
夢で合ったあの少女に対する思い以上の気持ちで、仲間達に感謝している。
この思いをどう伝えたらいいのか、パクスは知らない。誰かの記憶の中で、言葉にすれば良いと教えてくれるが、それを照れ臭いと思い伝えられなかった。
旅は進んで行く。
亜人の国と獣人の国以外では、どの国でもダンジョンは魔族に占拠されていた。原因は明白で、亜人の国や獣人の国と違い、どの国も世界樹の枝がなく信仰していなかったのだ。
〝御神体が守ってくれている〟
ある獣人が言っていた言葉だが、あながち間違いではなかったのだろう。
ダンジョンを魔族の手から解放すると、大変喜ばれた。
各国を回る上で、魔族を討伐する前にその国の代表者と面会して許可を貰う。
代表者は王様というのが多かったが、次に多かったのがそれぞれの種族の族長が集まり、国の方針を決めているという議員制の国だった。
他にも教王が治める宗教国家があった。
ここはデミンズ王国を異教徒の国としており、五百年以上を生きる亜人の王にいたっては、異界の神を崇める神敵と定められていた。
おかげで、この国だけは騎士を置いて入り、何も告げずに一つのダンジョンだけを解放して去った。
次のダンジョンに行こうとしたのだが、この国に指名手配されてしまい諦めるしかなかった。
宗教国家を残して、様々な国に向かう。
そして、三年の月日が流れても魔王の行方は判明しなかった。
行く先々で、魔王の情報はないかと聞いて回ったが、何の手掛かりも掴めなかったのだ。
焦燥に駆られる日々を送り、どこに隠れているんだと頭を抱えていた。
そんなパクスを心配したのか、出会った頃よりも大きくなった獣人の子がやって来る。
何でもないよと返すが、信じていないのか黙ってパクスの隣に座った。
今いるのは拠点にしているデミンズ王国の一軒家。
ここは亜人の王が用意してくれた場所で、のんびりとした時間を過ごせる安息の地だった。
ただ、この環境が合わないらしい冒険者と騎士は賭場に酒場にと繰り出しているが。
寄り添うように、獣人の子は肩を寄せて来る。
触れた肩から温もりが伝わり、大切な仲間がここにいるのだと教えてくれる。
二人きりの時間だが、色気のあるようなものではない。パクスに性欲は無く、獣人の子もまだ幼い。
ただ二人だけの、のんびりとした時間を楽しんでいた。話の内容も他愛のないもので、王都では何が流行っているとか、演劇を観たなんて内容から、同年代の友達が出来たとか、今度一緒に遊びに行く約束をしたとか、いろいろと楽しそうに話してくれた。
パクスはそっかと言って頭を撫でる。
前に撫でた時よりも、少しだけ高い位置に来ていた。
更に、獣人の子はパクスにある提案をする。
今度の天使様が降り立った降臨祭は一緒に行きましょうと。
何かが引っ掛かった。
誘われた事を疑問に思っているのではなく、もっと何か、誰かに神がどうのと言われたような……っ⁉︎
一気に疑問が晴れた。
魔王の居所は、もうそこしか考えられなかった。
あの時、人族の城で出会った魔族は、世界樹を異界の神と呼んでいた。
世界樹を信仰しているのは、獣人の国と亜人の国の二つだけ。
他の国も信仰している対象は違っているのに、どうしてあの国は亜人の王だけを神敵と定めたのだろうか?
信仰しているのが、異界の神だからか?
どうして、宗教国家がそう言うんだ?
あの国と魔族以外から、異界の神という単語を聞いた覚えがなかった。
考え事をしていたからか、獣人の子が心配そうに覗き込んで来る。
何でもないよと、また頭を撫でて安心させる。
再び、宗教国家に行かなくてはならない。
きっと、これが最後の旅になるだろうという予感がした。