幕間27(ある世界の勇者)②
本日二本目
パクスが目覚めると、そこは破壊された王城の一室だった。
ベッドから起き上がり外を眺める。
そこには、破壊された王都の街並みが見え、被害の甚大さを知らせてくれる。
悔しさから、拳を握る手から血が流れる。
力が無かったから守れなかった。
魔族がいるから、魔王がこの世にいるから、人に平和は訪れないのだと改めて理解する。
ダンジョンだけの話ではないのだ。
奴らがいるせいで、この世の人々に安息の日々はやって来ない。
倒す。
必ず、奴らを倒す。
平和を取り戻すと、そう心に誓った。
倒れたパクスをベッドに運んでくれたのは、蘇生魔法で復活した冒険者だった。
冒険者の体に異常は無いようで、死んでいたというのは何となく覚えているのだそうだ。
そして。パクスが救ってくれたのも、何となく覚えているのだという。
「助かった。ありがとな」
冒険者からのお礼の一言で、パクスは救われた気がした。
パクスが寝ている間、冒険者は何をしていたのかというと、生き残った人々を救っていたのだそうだ。
王都を覆っていた結界が破壊されており、モンスターが侵入して来ているのだという。
モンスターを倒しながら、人々を生き残った兵士の下へと送り届ける。
中には貴族もいたらしく、領地までの護衛を頼まれたらしい。勿論、受けなかったそうだが。
今回の魔族の襲撃により、王都を一旦放棄するそうだ。
生き残った貴族の領地に住人を避難させて、それから復興に取り組もうという話が上がっているらしい。
ただ、問題が一つある。
王族が全滅しているという点だ。
遠縁の者ならばいるのだが、今代の王と血が離れすぎている為、誰も認めないだろうという話だ。
そこら辺の話は、偉い人で決めてくれと冒険者は逃げて来たらしい。
これからこの国が、どうなって行くのか分からない。だが、人が集まれば復興は可能なはずだ。
新たな王が祭り上げられ、この国は新たな時代を迎えるだろう。
そう期待して、パクスと冒険者は魔族討伐の旅に出る。
それから五年後、人の国は内乱により滅びてしまう。
原因は今回の魔族の襲来。
主要な貴族家も王都同様、襲撃に遭っていたのだ。
殆どの家が断絶してしまい、統率が取れる者がいなくなってしまっていた。
更に、隣の獣人の国より報復が行われ、国として形を保てなくなってしまった。
ただ、魔族に喧嘩を売り滅ぼされた国。
傲慢な滅びた人族の国。
愚かなアドリア王国。
これが、そう汚名で呼ばれるようになった国の最後だった。
ーーー
パクスは冒険者と共に旅を続ける。
目的地は獣人が住む国。
場所は森林地帯にあり、認められた者しか森には入れないという。
獣人の国を目的地にしたのは、パクスの出生を知る為。
あの魔族を退けた力は、あれ以来使えなくなっており、何とか使おうとするが手応えがなかった。
だから、魔族が口にしていた異界の神なる存在を知れば、もしかしたらまた使えるのではないかと考えたのだ。
獣人の国に向かう道中ではトラブルが続いた。
冒険者が断った依頼だったが、行き先が同じになり一緒に向かうはめになってしまったのだ。
その最中に多くのモンスターに襲われ、それを撃退する為に奮闘した。その活躍で、期待を寄せられてしまい、目的地まで共に行くようになってしまう。
他にも盗賊を討伐したり、囚われた人々を解放したりもした。
そして一番の誤算だったのが、囚われていた者の中に獣人がいた事だった。
白猫の獣人の子供で、助けたパクスに懐いてしまったのだ。
元々獣人の国に行くのが目的なので、この子を返しに行くのは問題ないのだが、四六時中パクスにベッタリとしていた。
獣人の子の服装は、囚われていた当初はボロボロの服だったが、今では一般的な冒険者の服装をしている。といっても、装備は身に付けていないが。
因みに、獣人の子の性別は女の子だった。
性欲という物が存在しないパクスにとって、雌雄など関係ないのだが、それに気付いた時には少しだけ驚いてしまった。
どうして捕まっていたのかと尋ねると、両親と人族の村に向かっている途中に、盗賊と遭遇したらしく、両親は殺されて、この子だけが売る為に囚われたそうだ。
とても悲しそうな顔をしており、頭を撫でて慰めていると、胸元のネックレスに触れているのに気付く。
そのネックレスは木の葉を模っており、何でも獣人が信仰する神を象徴する物らしい。
神という言葉を聞いて、パクスは詳しく教えてくれとお願いする。
すると、獣人の子はたどたどしくも話してくれた。
約五百年前、この世界にアミニクと呼ばれる天使が降臨した。
天使アミニクは数百年後の未来に、この世界が滅ぶと予言する。
そんな話を信じなかった当時の王様は、天使アミニクを攻撃しようとしたが、国を滅ぼすような圧倒的な力の前に何も出来なかったという。
これほどの力を持った者が言うのなら本当の話なのだろうと信じた王は、救いを求める為、天使の言う通り世界樹を信奉する宗教を作ったのだという。
天使アミニクから賜った物である、世界樹ユグドラシルの枝を信仰の対象にして、救いを求める為に祈っているのだという。
〝獣人の国から盗まれた、異界の神の一部〟
あの魔族が言っていた言葉を思い出す。
もしも、世界樹の枝でこの身が作られているのなら、俺はどうすればいいのだろうか。
そうパクスは考えてしまう。
もやもやとした気持ちを抱えながら、パクスに冒険者、それに獣人の子を加えた三名は獣人の国に到着した。
ーーー
獣人の国は厳しい環境の中に存在していた。
山岳地帯からは溶岩が流れ、湿地帯には毒を発生させる沼がある。大河が生命を生み出し、巨大な滝が生物を飲み込もうとしている。
平地が少なく、そんな過酷な環境に国を設けているのが獣人の国だった。
獣人の国の首都は、数少ない広めの平地に設けられていた。
獣人の国の建築様式は、樹木の上に家を建てるようになっている。
その理由は、平地の少なさと地面の脆さにある。水分を多く含んだ地に、重量のある建築物は建てられず、樹木を利用するしかなかったのだ。
ただ、そんな中にも頑丈な地面はあり、そこには王が住まう城が建てられていた。
と言っても、人の国の物と比べると、半分の大きさしかないが。
パクス達は奇異な視線に晒されながらも歩いて行く。
道は平地と木の上にもあり、上からも睨まれているような状況に、肩身が狭い思いをしていた。
そんな中を進み、たどり着いたのが世界樹を信奉する神殿だった。
大樹の中に作られた神殿だが、中は想像以上に広く、壁には多くの絵画が描かれていた。
様々な種族から、異彩を放つ天使達。
三対の翼を持つ巨大な白龍。
そして、全てを包み込むように大きな世界樹。
この絵画を見て、パクスの脳裏に見たこともない世界の風景が映り込む。
ここよりも遥かに発展した世界。
聖龍の結界により守られた安住の地。
世界樹ユグドラシルの手により、導かれた多くの種族達。
どれもこれも初めて見る光景のはずなのに、懐かしいという思いが込み上げて来る。
どうかしたのか? と尋ねて来る冒険者に、何でもないと溢れそうになる涙を堪えて、神殿を後にする。
その日、パクスは夢を見る。
巨大な大樹の前に、パクスと同じエメラルド色の髪を持つ少女の姿がある。
少女はパクスを見つけると、困ったような顔をして悩んでいる素振りを見せる。
だが、考えるのが面倒になったのか、手を一振りしてパクスに何かを振り掛けた。
それと同時に、パクスの中にある制限が解除されてしまった。
翌日、宿から出ると、パクス達は城に連行される。
訳の分からないまま連れて行かれて、王の御前に突き出された。
獣人の王である獅子の獣人が、パクス達を睨む。
「この国に何しに来たのだ?」「そこの獣人の娘はなんだ?」「過去に連れ去った獣人達はどうした?」「我らの神を盗んだのは貴様か?」
獣人の王のプレッシャーは凄まじかった。
それこそ、あの魔族に匹敵するほどのものだった。
おかげで、冒険者も獣人の子も萎縮してしまい、口を開けなくなってしまっていた。
だからパクスは代表して答える。
質問の全てに臆することなく答え、ただ世界樹を祭る神殿を見に来たのだと述べた。
だが、その態度が気に入らなかったのか、王がパクスを睨み付ける。
それでも動じないパクス。
まるでそれがつまらないかのように王は鼻を鳴らし、掛けていたプレッシャーを解いた。
これで王との謁見も終わり解放されたのだが、一つだけ懸念材料が残った。
獣人の子の保護をお願いしたのだが、拒絶されたのである。
理由は、単に弱いからだという。
獣人にも種族により個体差があり、強い者がより上の地位に付き、弱い者は相応の地位しか与えられない。
だからこそ、五百年前の天使が訪れた際、当時の王は天使の力に屈服したのだという。
そうでなければ、国教にはしなかっただろうと悔しそうにしていた。
力の弱い白猫の獣人な上に、まだ子供では、引き取っても直ぐに死ぬだろうと言われてしまった。
パクスは何故だと言おうとしたが、冒険者から止められる。
他所の国の事情に意見するなと、この環境で保護してくれる人がいないのなら生きて行くのは不可能だと、冒険者は寂しそうにパクスに説いていた。
それ以上何も言えなくなってしまい、唇を噛むしかなかった。
獣人の王にダンジョンの場所を聞いて、パクス達は踵を返す。無礼な行動だが、王自身が許して周囲の兵士を引かせたので問題はないだろう。
謁見の間から出ようとすると、王から尋ねられる。
ダンジョンに行って何をするんだと?
それに対して「魔族を倒しに」と答えて、今度こそ城から出て行った。
ーーー
三人はダンジョンに向かい、占拠しているだろう魔族を探す。
可能なら獣人の子は置いて行きたかったが、信用出来る人物はおらず、長い間一人にするのも不安を覚えてしまい連れて来てしまった。
魔族との戦いになれば、冒険者にこの子を託して、パクス一人で倒すつもりだった。
獣人の国にあるダンジョンの場所は、足場の悪い山岳地帯と、毒沼がある場所の二箇所だ。
まずは山岳地帯にあるダンジョンを目指す。
そして、巨大な洞窟が見えて来たのを確認して、隠密行動に移る。
足音を立てずに慎重に近付いて行く。
しかし、どこにも魔族の姿は見えず、モンスター以外の姿は誰一人として見る事は出来なかった。周囲を探しても同様で、魔族の姿は一向に見つからない。
ならばダンジョンの中かと探索を開始するが、どこにも姿はなく、獣人の子の装備を手に入れるだけに終わってしまう。
そして、ここだけではなく、もう一つの沼地のダンジョンにも魔族の姿は無かった。
それどころか、獣人達は町を作りダンジョンに出入りしており、多くの物資を取り扱っていたのだ。
どうしていない?
魔族はダンジョンを支配しているんじゃないのか?
獣人は魔族を追い払ったのか?
その疑問は、近くの酒場で解消する。
この国には、天使から賜った御神体があるから大丈夫なのだという。
愚かな人族の国では、天使を拒絶したが為にダンジョンを魔族に奪われたのだという。
そう説明してくれた獣人は愚か者を見るような目をパクス達に向けていた。
御神体と聞いて、パクスは体を震わせる。
それが、獣人に気付かれていないか心配になるが、その心配も吹き飛ぶ轟音が鳴り響いた。
外で爆発が巻き起こり、多くの悲鳴が聞こえて来たのだ。
急いで外に出ると、そこでは魔族が獣人達を襲っていた。
やはり、魔族は悪だ。
滅ぼさないといけない!
パクスの中に怒りの炎が宿り、近くの魔族に斬りかかる。
剣を振る度に、誰かの記憶が助けよと急かして来る。
脅威を退け、獣人を救えと訴えて来るのだ。
贖罪のために魔族を殺し、昔殺した分の獣人を救えとうるさく鳴り響く。
どれだけ戦っただろうか、どれだけの魔族を倒したのだろうか、どれだけの命が守れたのだろうか、どれだけの命を……。
終わった頃には、周囲は魔族と獣人の亡骸で埋め尽くされていた。
冒険者と獣人の子は無事だが、この町はもう駄目だろう。
建物の大半が破壊されており、多くの命を失ってしまった。生き残った獣人達は、既に逃げていた。
被害が大きくなったのは、魔将の存在が大きい。
一体ならばまだ何とかなったが、三体もいると戦いの規模が大きくなり、倒すのに時間がかかってしまった。
疲れ果てたパクス達は、その場に腰を落としてしまう。亡骸に囲まれた状況では心は休まらないが、戦い続けたパクス達には体力を回復する時間が必要だった。
暫くすると、王が派遣したであろう獣人の兵隊が到着する。
事情を説明すると、パクス達は捕えられてしまう。
魔族が襲って来たと説明しても、信じてもらえなかった。魔族の亡骸がそこにあるのにも関わらず、怪しいという理由だけで連行されてしまったのだ。
牢に囚われ、そこで数日間過ごす事になる。
何故か三人共同じ牢屋で、尋問など特に行われずに時間が過ぎてしまう。その間、冒険者は体が鈍るからと鍛えており、獣人の子はパクスから魔法を教わっていた。
獣人の子は、残念ながら魔法の適性は低かった。
使えるようになった魔法も、火を灯す魔法だけで、他は使えそうにもない。ただ、ダンジョンで手に入れた武器は鉤爪を生やすタイプの武器だったので、そちらを鍛えていけば、生きていく上で十分な実力を手に入れるだろう。
そんな時間もやがて終わる。
牢屋から解放されたのは、パクスが救った獣人達の声があったからだと教えてくれた。
その後、獣人の王と再び謁見して、今回の功績としてダンジョンから取れた強力なアイテムを一つずつ賜る。
だが、それよりも気になるのが、なぜ魔族が襲って来たのかという理由だ。
酒場では、魔族は獣人の国を襲わないと言っていたが、今回の襲撃で多くの命を失っている。だから尋ねなくてはいけない。
どうして魔族に襲われたのかを、巷に流れていた噂はどういう意味なのかと。
獣人の王の返答は、今パクス達や多くの獣人が身に付けている装備が原因だという。
この装備はダンジョンから出た物であり、魔族が狙っている武具なのだという。だが、これまで襲って来なかったのは、ある御神体がこの国を守っていたからだ。
それが何者かに盗まれてしまい、その事を魔族側にバレてしまったのだろうと獣人の王は眼光を鋭くしてパクスを見て言った。
その視線の意味を知って、パクスは小さく震えた。
ーーー
獣人の国を離れた三人は、次の国に向かう。
小さい子に歩きの長旅は酷だろうと心配だったので、獣人の国で馬車を貰えたのは幸運だった。
獣人の子は馬車の中で、貰った絵本を見たり魔法の練習をしたりしており、パクスは隣に座ってその様子を眺めていた。
御者をやってくれている冒険者が、もう直ぐ国境に到着すると教えてくれる。
次の国は、亜人の国である。
五百年近く同じ人物が王を勤めている稀有な国である。
国の名前はデミンズ王国。
この周辺国家の中でも大国と呼べる規模を誇り、軍事力に産業、教育と共に高水準を維持している国だ。
土地は平地が多く、獣人の国から流れる河川で大地は豊富な栄養を含んでいた。また、船を利用した貿易をしており、この国で作られる魔道具は高値で取引きされていた。
そんなデミンズ王国に、パクス達が長期間滞在する事になる。