幕間27(ある世界の勇者)①
お久しぶりです。
本日より投稿再開します。
幕間を4話投稿したのち本編に入ります。
では、よろしくお願いします。
彼の記憶はフラスコの中から始まる。
フラスコとは言っても、人が入れるほど大きな容器の中で、外側にいる研究者たちの顔を眺めていた。
獣人の国から奪ったある素材と、研究者の亡くなった子供の体から造られた彼は、研究者達からパクスという名で呼ばれていた。
そんなパクスにとっての世界は、フラスコの中とそこから見える世界で完結しているかというとそうではない。
パクスは、数多くの誰かの記憶を宿していた。
常人ならば壊れてしまうような情報量。
魂による拒絶反応。
それらに耐え抜くように造られたパクスは、魂を制御下におき、記憶を情報として整理してしまったのだ。
やがて、少年と青年の中間まで成長したパクスは、ようやく外の世界へと解き放たれる。
記憶の中にある様々な物の質感。
それらは実際に体験したものとそれほど違いはなく、パクスに新しい経験を与える事は出来なかった。
しかし、そんなパクスにも新たな体験はある。
高い才能と魔力量を誇るパクスの肉体だが、肝心の体力がなくて直ぐに息切れを起こしてしまったのだ。
記憶の中にある肉体には、少し剣を振っただけで動けなくなるような軟弱者は存在しなかった。
生まれたばかりで当然の話なのだが、これには研究者達も盲点だったと反省していた。
そんなパクスを鍛える為に、一人の冒険者が雇われる。
その冒険者は剣の腕が立ち、一部の者からは剣聖と呼ばれている人物だった。
その冒険者の下、パクスは肉体を鍛えていく。
みるみる力を付けていき、百日もすると剣聖と呼ばれる冒険者と打ち合えるまでに成長していた。
魔法の知識と技術は既に宮廷魔法使い並にあるので、何でもありな状況ならば、パクスはこの冒険者を凌駕していただろう。
そんな日々を送っていたある日。
パクスのいる研究所は襲撃される。
それは突然だった。
上空から雨のように魔法が降って来て、一瞬のうちに研究室を壊滅させてしまったのだ。
パクスと冒険者は、転移魔法を使って脱出しようと試みる。いざ転移しようとする間際に、研究者から「王城に行け」と告げられる。
その指示に従う必要はないのだが、遺言であり、パクス自身がどうして造られたのか知る為に王城に向けて旅を始めた。
この旅は、記憶を辿る旅だった。
魔女と罵られながらも、多くの命を救った英雄。
家族の為に戦い抜いた剣豪。
聖人と言われ多くの病を癒しながらも、多くの命を奪っていた悪人。
商売を成功させながらも、一人の孤児を救う為に身を滅ぼした商人。
暗殺者として数多くの命を奪いながら、たった一人の妹を思い死んで行った兄。
他にも多くの記憶と対面し、パクスの内面も大きく成長して行った。
王城に到着すると、冒険者は衛兵に研究所での話をする。
だが、それで話は通じる訳もなく、追い返されるだけだった。
仕方なく宿に泊まり、これからどうするかと話し合っていると、王からの使いだという者が現れた。
夜遅くというのもあり思わず制圧してしまったが、それも仕方ないだろう。
使者に連れられて、王城に入るとパクスだけが城内に連れて行かれた。
どうやら、冒険者は外で待てという事のようだ。
抵抗出来るはずもなく、大人しくしているという冒険者を残して、パクスは謁見の間に通された。
そこで待っていたのは、年老いた国王と宰相。そして宮廷魔法使いの筆頭だった。
彼らはパクスを見るなり、何やら話し込んでいた。
「報告に届いていた通りの容姿のようです」「まだ子供ではないか」「この者が本当にそうなのか?」「所詮は造られた存在です。期待しない方がよろしいかと」「だが、あの天才が造った生命だぞ」「多くの命を費やした悍ましい存在です」
パクスの話をしているのだろうが、パクス自身どうでも良かった。
これまでの経験と、記憶との対面のおかげで揺らぐことのない精神を手に入れていたのだ。
無駄な会話のあと宰相から告げられたのは、魔王の討伐命令だった。
魔王とは人類の敵。
約五百年前から、この世界にはダンジョンがあり、昔は多くの資源を得ていたという。
ダンジョンを我が物にしようとした魔王が、眷属である魔族を使い全てを奪って行ったのだそうだ。
それだけではなく、ダンジョンにしか生息していないはずのモンスターを地上に解き放っており、多くの人の命を脅かしているという。
この世界の敵である魔王を討ち滅ぼし、世界に平和を齎して欲しいと、宰相は告げていた。
パクスは「はい」と短く返事をする。
元々拒否権は無い。
断れば、パクスはもちろん冒険者の命も無いだろう。
少なくない金銭と国が認めた冒険者の証、それから装備一式を貰い王城を後にする。
王城から出ると、冒険者と合流する。
そして、国から貰った金銭を全て渡した。
ここまでありがとうと、ここからは俺一人で行くからと別れを告げる。
しかし、冒険者も黙っていなかった。
ここまで一緒だったのだから、とことん付き合ってやると言ってくれたのだ。
引き続き、二人旅が始まる。
どこに行けばいいのかと検討すると、まずはこの国のダンジョンに行き、占領している魔族を討伐するべきだろうとなった。
人族の国には、ダンジョンは一つしかない。そのダンジョンは、亜人の国であるデミンズ王国との国境沿いの領地にある。
この地はかつては栄えていたのだが、魔族の侵攻により町は破壊されて、今では誰一人暮らしてはいなかった。
廃墟となった町を歩くと、そこかしこでモンスターと遭遇する。
即座に倒して進むが、数が多過ぎて激しく消耗してしまう。ダンジョンに到着した時には、魔力も残り少なくなっており魔族との戦闘は厳しいものになると思われた。
だが、ダンジョンに入ると、そこには何もなかった。
いや、洞窟のような空間ではあるのだが、魔族はもちろんモンスターの姿も見えなかったのだ。
暫く休憩して体力と魔力を回復したあと、ダンジョンの奥に進む。
そこには地上にいるモンスターに比べて、とても弱い種類しか現れなかった。
階段を下って進み続け、10階で人工物と思われる大きな扉を発見した。
扉を抜けて進むと、そこには甲虫型のモンスターが待ち受けていた。
パクスの腰くらいの大きさしかないモンスターだが、外殻は硬く、その部分の防御力は高そうだった。
だが、関節部はそうではなく、剣で突き刺せば簡単に倒す事が出来た。
モンスターを倒した直後、二つの木箱が現れる。
何だこれはとなる二人だが、ゆっくりと開けると青い手甲が入っていた。
冒険者が開けた宝箱には、見たこともない素材で作られた黒い胸当てだった。
サイズは二人ともピッタリで、体に馴染む感覚に困惑する。
しかし、軽くて動きやすく、頑丈な防具は有用なのでこのまま使うよう事にする。
試しに魔力を流してみると、この装備の使い方を理解する。
パクスの手甲は氷属性の魔法で作られた盾を生み出し、冒険者の胸当ては一時的に体を硬化させる能力を宿していたのだ。
何だこれはと困惑する二人。
初めて体験する現象だが、パクスの中にある記憶にこの装備に関する知識があった。
10階層ごとに現れるボスモンスターを倒すと宝箱が現れ、中には能力を付与されたアイテムが入っているという。他者に渡すのも可能だが、サイズの変更は困難だとされていた。
この知識を冒険者に説明すると、感心したように胸当てを撫でていた。
ボス部屋の先にあるポータルに触れて起動する。すると、足元にある魔法陣が起動して1階にあるポータルに飛ばされた。
ダンジョンから出て地上に戻ると、外は闇に覆われ夜が訪れていた。
二人は外に出て野営するのは危険と判断して、ダンジョンで一泊しようと引き返そうとする。しかし、それを邪魔する者が現れた。
戻ろうとする二人に魔法が放たれたのだ。
悪意ある攻撃に気付いたパクスが、防御魔法を展開して防ぐ。そして、魔法を放ったであろう存在を睨み付けた。
青紫色の肌にひび割れた肌、長い耳に髪の色は様々だが額に一本のツノが生えていた。
魔族。
それが五体もいる。
戦士だろう剣を持つ者と、魔法使いだろう杖を持った者がいる。
互いに敵と認識しており、戦闘に移るのに言葉は必要なかった。
冒険者が前に出ると魔族の前衛も動き出し、パクスが魔法陣を展開すると、同様に魔族の魔法使いも魔法の準備に入る。
剣戟が舞い、魔法が入り乱れた展開になる。
しかし、この戦いは激戦、とまではいかなかった。
冒険者は剣聖と呼ばれるほどの達人であり、パクスはそれ以上の戦士に成長していたのだ。
入り乱れた戦いでも、それぞれが圧倒していき一体ずつ確実に葬って行く。
最後の一体は逃してしまったが、この戦いは無事に勝利する。
それだけに止まらず、逃げた魔族を追い、奴らの拠点を突き止めた。
拠点にいた魔族の数は百を越えており、真正面から戦っても勝てないだろう。
特大の魔法を放ち削るのは可能でも、その瞬間に場所がバレて数に押し潰される。
だから長い時間をかけて、数を減らすしかなかった。
隠れ、逃げ、罠を張り、潜伏して奇襲を繰り返す。
真っ当な戦い方ではないが、確実に魔族を減らせ、疑心暗鬼にさせる良い方法だった。
食料もダンジョンに行けば手に入れることができ、20階を突破すれば、果実がなる木が生えているエリアも発見した。
ダンジョンで食料を確保し、モンスターを食い、魔族を倒していく。
順調に進んでいると思っていた。
ある時、ダンジョンにいる所を見られ、襲撃を受けてしまう。
数を減らしている思っていたが、どこかから補充したのか、その数は寧ろ増えていた。
パクス達は、ダンジョン20階へと飛び奥へ奥へと逃げて行く。
しかし、これが功を奏したのか、魔族の一部しか追って来れなかったのである。
どういう事だと疑問に思うが、これはチャンスだと攻勢に出る。
パクスは特大の魔法で魔族を攻撃すると、一体を残して消し炭へと変える。
これで、勝てると安堵するが、事はそう簡単には運ばなかった。
残された一体が、魔将と呼ばれる一際強い魔族のリーダーだったのだ。
その魔将は白を基調に青いラインの入った鎧を身に付けており、兜で顔は見えない。右手には戦斧が握られ、只者ではないと立ち姿だけで察せられる。
魔将との戦いは、正に激闘だった。
パクスと冒険者を相手に一歩も引かず、恐ろしい戦斧を振り回して攻撃を繰り出してくる。
鎧は魔法に耐性があるのか、効き目が薄く攻めあぐねていた。
それでも必死に喰らい付き、その身に刃を突き立てる。
その魔将から兜が外れると、獣の顔が出て来た。
普通の魔族とは違い獣に近い肉体を持っており、ツノは二本生えていた。
魔将を倒した二人は地上に戻る。
それから、魔族が拠点にしていた場所を訪れると、そこには何も残されていなかった。
魔将が倒されて、残された魔族は去ってしまったのかも知れない。
こうして、この国はダンジョンを取り戻した。
この成果を王城に報告すると、パクスは国から勇者の称号を承った。
少なくともこの時までは、この国もパクス達も幸せだった。
ーーー
魔将を討ち取った功績で勇者と呼ばれるようになったパクスは、初めての祝賀会で緊張してしまった。
どう対処すれば良いのか、知識はあるのだが、実際にやるのとはだいぶん違っていたのだ。
だからこの日は、疲れたなと王城に用意された一室で眠りに付いていた。
暫くすると、嫌な予感がして目が覚めてしまう。
この感覚には覚えがあった。
研究所が襲撃された時も、同じものを感じていたのだ。
次の瞬間、王都に魔法が放たれる。
多くの人々が、何が起こったのか認識しないままこの世から去ってしまう。
それは一箇所だけでなく、複数の場所で同時に起こっていた。
混乱に陥った王都の住人は、王城に助けを求めようと集まって来る。
当然、王城でも騎士が直ぐに派遣されるが、この惨劇を起こした者達の前に、何も出来ずに散ってしまう。
パクスと冒険者も住人を助けようと奮闘するが、多くの魔族の前に苦戦を強いられる。
そう、この襲撃は魔族によるものだったのだ。
魔族より魔法が放たれ、今度は王城の一部を吹き飛ばす。
数体の魔族が空から王城に乗り込むのを見るが、パクス達は目の前の魔族に手一杯で、引き返すことも出来なかった。
戦いぬき、多くの魔族を葬った。
その代わりに、多くの人の命が失われてしまった。
夜が明ける頃には戦いは終わりを迎え、生き残っている魔族は去って行き、ボロボロになった王都だけが残された。
パクスと冒険者は王城に引き返し、どうなったのか結末を知る。
人は誰一人として生きていなかった。
兵士もメイドも騎士も貴族も宰相も王族も、全て殺されていたのだ。
そして残っていたのは、一人の魔族だった。
青紫色の肌に額から二本のツノが生え、男とも女とも取れる顔立ちをしていた。
体は決して大きくはないが、これまでにないほどのプレッシャーをパクス達は感じていた。
魔将以上の魔族。
ここまで鍛えたパクスでも、勝てるとは思えないほどの強敵。
二人は息を飲み、後退る。
その魔族は、パクスを見て人形と呼ぶ。
人によって造られた人形。
獣人の国から盗まれた異界の神の一部を使い、造られた人形。
おかげで貴様を殺せないと、訳の分からない事を呟いていた。
そこからは一瞬だった。
パクスは殴り飛ばされ、冒険者は腹を貫かれてしまった。
何の抵抗も出来ず、ろくに反応も出来ずに終わってしまったのだ。
冒険者の腹から、魔族の手が引き抜かれる。
支えを失ったかのように、冒険者の体からは力が抜け落ち、倒れてしまう。
殴られたパクスには、まだ意識は残っていた。
だが、大きなダメージを受けて動けず、ただその光景を見ている事しか出来なかった。
手を伸ばすが、そこまでが余りにも遠い。
唯一の仲間で、唯一信頼できる人が殺されてしまう。
それは嫌だとパクスは手を伸ばす。
魔族は目を細めてその様子を見ていたが、次の瞬間には驚愕に染まった。
パクスの伸ばされた手から、植物が生まれたのだ。
それは瞬く間に成長して、強靭な蔦となり魔族に襲いかかったのだ。
これがただの植物ならば、何の脅威にならず切り刻むことが出来ただろう。
だが、この植物は違う。
パクスの生み出した植物は、魔族の防御魔法を破壊して激しく打ち付けたのだ。
それでも、大したダメージを受けていないようだが、魔族は一度舌打ちをするとその場から飛び去ってしまった。
危険は去ったが、パクスは安心出来なかった。
床を這い、冒険者に近付いて行く。
生きていてくれと願いながら、間に合ってくれと願いながら必死に這って行く。
そして、冒険者の下にたどり着くと、もう息をしていなかった。
後悔する。
どうして冒険者を仲間にしたのか。
どうして一人で行かなかったのか。
どうして、己に力が無いのか。
そして願う。
造られた命なら、神の一部を使っているのなら、この人を生き返らせてくれと慟哭する。
そんな奇跡は起こらないと知りながら、奇跡を願い泣き叫んだ。
それは、起こってはいけない奇跡だった。
パクスの根幹にある異界の神。
世界樹ユグドラシルの枝が、パクスの願いに答えてしまった。
この世界には無いはずの魔法。
蘇生魔法の使い方が、パクスの頭に刷り込まれてしまう。
迷いはなかった。
冒険者を助ける為に、パクスは魔法を使う。
蘇生魔法のリスクを理解して、失敗すればどうなるかも理解してパクスは蘇生魔法を使用する。
それは救いの光。
謁見の間に溢れた光は、母の温もりのように優しく、新たな命の誕生のように心を震わせる物だった。
優しいまばゆい光は冒険者の中へと入っていき、その魂を救い出す。
傷は跡も残さずに消え、肉体に鼓動が戻り穏やかな呼吸音が戻って来る。
成功した。
そう確信すると同時に、パクスは気を失った。