幕間26(天津勘兵衛)(ミューレ)
ホバーボードのゴーレムに乗った男は、研究所から逃げ出したゴーレムを追っていた。
「あー、くそあちー」
砂漠の世界に入り、照りつく光がその体を焼く。
太陽がないと言うのに、この暑さはどうにかならないのかと、この世界に悪態を吐きたくなる。
そんな男の気持ちを察したのか、右腕のゴーレムが冷気を出して男の体温を下げてくれる。
「もっと早くやれよポンコツ」
男は自身の右腕に悪態を吐くと『誰のおかげで生きていられると思っている』という意思が伝わって来る。
男はちっと舌打ちをして、ゴーレムの意思を無視して正面を向く。
男とゴーレム。
どちらが欠けても、どちらも存在できない共存関係。
全てはお互いの利害が合致したから、共にいるに過ぎない。
男は右腕を失い、戦う力の大半を消失していた。
ゴーレムは核を破壊され、機能を停止する寸前だった。
その両者が森で出会い、互いを補おうと共になったのだ。
男は命を差し出し、ゴーレムは腕と戦う力を差し出した。
男、天津勘兵衛と対大型モンスター用殲滅兵器・参型は、あの時、偶然にも出会っていたのだ。
子供の天使の一撃をくらい力の大半を失った勘兵衛は、必死に天使達の追跡から逃げていた。
空間魔法で大きく移動出来たら、勘兵衛だけでも逃げきれただろうが、残念ながら空間魔法は万能ではない。
転移魔法と違い、空間魔法は視界に映る範囲しか飛べないのだ。
どんどん縮まる天使達との距離に焦っていたせいで、勘兵衛は地面に転がる残骸を見逃してしまう。
残骸に躓いて転がる勘兵衛。
追いつかれて絶体絶命かと諦めかけたそのとき、躓いた残骸が動き、勘兵衛の右腕のあった場所に付いたのだ。
同時に走る激痛。
何が起こったのかも分からずにのたうち回り、痛みと同時に頭に情報が流れ込んで来る。
対大型モンスター用殲滅兵器・参型がどういった存在なのか、どういう力があるのか、何が出来るのかが強制的に頭に流れ込んで来たのだ。
やがて、自身と対大型モンスター用殲滅兵器・参型の記憶が同化しそうになり、勘兵衛の持つ完全異常耐性のスキルが発動した。
跳ね返される記憶の侵食。
バチバチとゴーレムの腕が鳴り、失敗したという意思が勘兵衛に伝わる。
正常に戻った勘兵衛は「この!」と声を上げて右腕を取り除こうとする。
だが、出来なかった。
天使二体が追い付いて来たのだ。
子供の天使がいないのはありがたいが、それでも力を失っている勘兵衛では、この天使達にも勝てはしなかった。
だから助けろと叫んだ。右腕に着いたゴーレムに助けを求めたのだ。
お前を生かしてやる代わりに、俺を助けろと叫び、無様にも縋ったのだ。
対大型モンスター用殲滅兵器・参型としても、このままでは消滅する運命だった。だからこそ、利害が一致した。
勘兵衛は対大型モンスター用殲滅兵器・参型の力を利用し、対大型モンスター用殲滅兵器・参型は勘兵衛の命を利用して、追跡する天使達を葬る。
それから一人と一体の共存は始まった。
その足で対大型モンスター用殲滅兵器・参型の残骸を回収し、森から脱出して安寧の地を求めた。
「くそ、強力にすりゃ良いってもんじゃないんだな」
対天使用ゴーレム試作機を思い出して反省する。
一人と一体は、ある目的でゴーレムの軍団を作っていた。それには、ある天使の存在が関係している。
それは、黒い翼の天使ヒナタ。
最初に出会ったときは子供だったのに、みるみる強力になり、勘兵衛では太刀打ちできない存在にまで成長していた。
今でも、ヒナタの存在を思い出すと体が震えてしまう。
右腕を切り落とされ、何の力か勘兵衛の持っていた力の大半を消失させてしまったのだ。この世界では力こそが全て。もしも右腕のゴーレムに出会わなければ、間違いなく勘兵衛は死んでいた。
天使ヒナタの姿を夢想すると、怒りで頭がおかしくなりそうになる。
だが、それ以上の恐怖で体が震えてしまう。
相反する感情が混ざってしまい、動けなくなる。
完全にトラウマを刻まれた勘兵衛は、何とかしてその元凶を取り除きたかった。
だから対天使用ゴーレムを作っているのだ。
しかし、思うように計画が進まない。
原因は分かっている。
それは、ゴーレムはある一定の力を与えると、自我が芽生えるように出来ているからだ。強化すればするほど大量の魔力が溜まり、一種の魔法生物になるためだ。
予め従順な自我を与えても、新たな自我が芽生えて排除してしまい今回のような逃亡を許してしまう。
だからこそ、数で勝負しようと大量の対天使用ゴーレムを作っている。純粋な力が通じない相手ならば、数で攻めればいい。それが通じるかは別だが、やらなければならないと不安に襲われてしまう。
それに、右腕のゴーレムにも目的があり、それはある存在を捕える事にある。
その存在を探しているのだが、発見には至っていない。時折地上に戻り、探索者の姿を確認しているのだが、それらしき者はいない。
強者として名を上げている探索者を襲っては試しているが、どれも期待外れだった。
右腕のゴーレムの記録映像が対象の姿を残していればこんな面倒な動きをしなくて良かったのだが、何故かその存在だけが削り取られているのだ。
対大型モンスター用殲滅兵器・参型を倒した存在。
その存在の捕獲。
仮に捕獲したとして、右腕のゴーレムが何をしたいのか勘兵衛は知らない。
勘兵衛が右腕のゴーレムを利用しているように、右腕のゴーレムも勘兵衛を利用しているだけだ。少なくとも勘兵衛はそう考えており、好きにすれば良いと思っている。
一人と一体は共存関係にある。
少なくとも今は……。
逃げた対天使用ゴーレム試作機の反応に近付くに連れて、多くのモンスターが始末されているのが見える。
これを試作機がやったとしても驚かないが、その傷を見てそうではないと判断する。抉り取られた跡に、風魔法の残滓が見え、殴打した痕跡もある。
試作機が使う武器では残らない傷跡に、別の強力なモンスターがいると判断する。
帯刀している柄に手をやり、いつでも抜けるように警戒しておく。
この世界では、知覚できない場所からの攻撃は当然のように行われ、酷い場合は体内から食い破ってくる奴までいる。それに対策はしていても、絶対ではない。想定を超えてくる化け物は幾らでもいるからだ。
「……だが、それも面白い」
勘兵衛はそう呟いて笑う。
ヒナタに殺されかけて、力を失ったにも関わらず戦いを楽しんでいた。
黒い翼の天使だけが例外なのだ。
ヒナタさえどうにか出来れば、もっと楽しめると狂った思考を持っていた。
魔人化した弊害で、より強い者を求めてしまう。
かつては仲間を想っていた男が、ここまで落ちてしまった。それを悲しむ者は、もうこの世には居ない。
目的の場所に到着すると、試作機の残骸が残されていた。
それを見て違和感に気付く。この試作機は自我を持つまでに強化された個体だ。高い戦闘能力と再生能力を持っており、両断された程度では機能を停止したりしない。それなのに、動かなくなっている。
右腕のゴーレムで残骸に触れて、何があったのかを確認する。
そして……
「……見つけたのか!?」
歓喜の声を上げる右腕。
この男が対象だとしたら、それは恐ろしく困難な道になる。
だが、とも心が奮い立つ。
「面白れーじゃねーか」
狂気に満ちた笑みを浮かべた魔人が動き出す。
ーーー
時間は少し遡る。
ミューレは錬金術師に渡されたリストを持ち、ダンジョンで採取していた。
特殊な鉱物というのもあり時間が掛かっているが、それ以上に採取するリストが多いのだ。逐一採取した物を転移して送っているが、この分だと都ユグドラシルに戻るのは遅くなるだろう。
地上に出て、マヒトに接触出来ればその問題も解決出来るのだが、それは禁じられている。
何故なら、一級守護者クラスの天使が地上に出るのは、世界が終末期に差し掛かってからだと決められているからだ。
ダンジョンが世界を侵食する手段は幾つかある。
その中でもオーソドックスなのが、ダンジョンから取られた物資による侵食だ。多くの物資を求めた者達が好き勝手に持っていき、世界にダンジョンの魔力が充満する。
次に、モンスターの排出により世界に魔力を満たす方法がある。魔力が無い世界では、大抵のモンスターは弱体化してしまうが、その遺体から魔力が溢れ出す仕組みになっている。
そして、ダンジョンに潜った現地の住民を魔力発生源にする。である。これは探索者を魔力の発生源にする方法だが、魔力操作が卓越した者では、そう期待が持てない。
この場合、ミューレが地上に出るのは二つ目に当たる。
もしも、ミューレが地上に出ればダンジョンの魔力を撒き散らし、侵食を早め世界の終末が訪れてしまう。
過去には積極的に交流を持ってしまい、通常の半分の時間で飲み込まれたこともあった。それを防ぐためにも、ミューレが地上に出る訳にはいかなかったのだ。
やるのならば、ダンジョンの危険性を伝えるために三級守護者を使者として送るくらいだ。だが、今回の世界では、聖龍の問題や結界の消失と問題が続き、使者を送れなかった。
それは悔やまれるところではあるが、マヒトの報告を聞くに結果は変わらなかっただろうとミューレは考えている。
マヒトがダンジョンのある国の上層部に話したのだが、隠蔽されて混乱するからと公表されなかったのだ。
これは珍しいことではない。
これまでの世界でも、先の話だからと利益を求めてダンジョンに向かう者が後を絶たなかったのだ。
それを愚かだとは思わない。
そういうものだと割り切っているのもあるが、それはミューレも同じだったからだ。
世界樹の枝を取り出して、地上にある枝とコンタクトを取る。
この枝を通じて、自身の娘にユグドラシルの世界を見せていたのはミューレだ。その行いのせいで、娘が世界樹に執着しているが、元々不安定な子だった。もしも、映像を見せたり、ある目的を与えなければ、何をしでかしていたのか想像も付かない。
ミューレとマヒトの娘、世樹麻耶にある伝言を送る。
〝貴女の責務は解かれました。もう、その世界で自由に生きなさい〟
麻耶も大人になり、もう落ち着いている。
だから、問題を起こすことはなく自由に生きて行くだろう。
何があろうとも、マヒトが居るのだから大丈夫だと信じていた。
もう、ユグドラシルの世界を見せることもないだろう。
きっと平和な世界で、命の危険のない世界で安心して生を全うするだろう。
そう信じていた。
麻耶が絶望の悲鳴を上げながら暴走をするなど、欠片も想像しなかった。
今回の投稿はここまで。
ヒナタの幕間は出来次第投稿します。
ではまた。